FC2ブログ

    【石】但称の石仏を巡る~番外編 東京・養玉院如来寺

    カテゴリ:【石】京都の石仏~雨の日も風の日も京の街を山を水辺を護り続ける"いしぼとけ"達


    ミニブログコーナー:本日、台風15号の影響で、昨夜から大変なことになっています。私が現在住んでいる場所も、近くに大きな川が流れているのでとても心配です。(高齢者に対する避難勧告が出ている状況です。)今夜がヤマだということですが、どなた様も無事で過ごされますことを、心から願っています。
    5回に渡り、京都の但称仏を巡ってきましたが、最後のまとめとして但称の墓があるという東京・西大井の養玉院如来寺を訪ねてきました。

    伊藤博文公墓所_R01.06.22撮影
    伊藤博文公墓所 R01.06.22撮影

    養玉院如来寺へは、JR横須賀線の西大井駅を下車します。目的地までの道が非常に複雑なため、予め地図を印刷してから出かけました。駅近くでは、伊藤博文の墓所を見ることができます。(但し。通常非公開) 徒歩で15分ほど住宅地を歩いて、養玉院如来寺に辿り着きました。


    養玉院如来寺_R01.06.22撮影
    養玉院如来寺・山門 R01.06.22撮影

    養玉院如来は二つの寺院が合併してできました。養玉院は1635(寛永12)年に、家康のブレーンとして知られる天海僧正が寛永寺の中の一院として下谷に、如来寺は1636(寛永13)年に、但称が弟子と共に作成した五智如来を本尊として、高輪に開いたのが如来寺です。

    養玉院如来寺・参道_R01.06.22撮影
    養玉院如来寺・参道 R01.06.22撮影

    1908(明治41)年に如来寺が、この地に移転しました。如来寺が移転してきた理由はよくわかりません。養玉院は境内地の多くが上野駅の用地として収容されたため、1922(大正11)年にこの地に移転を余儀なくされました。両寺院は隣接していたため、1926(大正15)年に合併し、現在の形になったのです。

    養玉院如来寺・石柱_R01.06.22撮影
    養玉院如来寺・石柱 R01.06.22撮影

    現在は釈迦如来を本尊に、帰命山の山号をもつ天台宗の寺院です。迎え盆には境内に1000個の提灯を灯す千燈供養、そして大井の大仏(おおぼとけ)、五智如来のある寺として知られています。

    瑞應殿・正面から_R01.06.22撮影
    瑞應殿・正面から R01.06.22撮影

    参道を奥まで進むと、瑞應殿の中から大日如来が私を見下ろしていました。階段の下から大日如来を見上げてみると、これはかなりの迫力です。

    瑞應殿・五智如来像_R01.06.22撮影
    瑞應殿・五智如来像 R01.06.22撮影

    堂内に入ると、中には大井の大仏とよばれる五智如来、写真の手前側から薬師如来、宝生如来、大日如来、阿弥陀如来、釈迦如来の五仏が安置されています。横に長いので一枚の写真に収めるのが難しい・・・(内部の写真撮影は禁止されていません。) 肌の部分には金箔が貼られ、人が近づくとライトアップされるようになっています。


    瑞應殿・薬師如来像_R01.06.22撮影
    瑞應殿・薬師如来像 R01.06.22撮影

    但称が作った当初の五智如来は、1745(延享2)年の火災により全て失われ、現在のものは1760(宝暦10)年頃作成されたと考えられていますが、この薬師如来の頭部だけは当初のものであると伝えられています。しかし、但称の作風とはかなり異なっていることから、他の仏師が関わっていた可能性もが高いとの説が有力です。

    瑞應殿・但称像_R01.06.22撮影
    瑞應殿・但称像 R01.06.22撮影

    蓮華寺・石仏群・僧形坐像_H31.02.09撮影
    蓮華寺・但称像⑦ H31.02.09撮影

    堂内には、以前に資料の写真を撮影してこのブログに掲載させて頂いた但称上人の像が安置されていました。1641(寛永18)年に弟子の林貞によって作られたもので、頭部には樋口平太夫による法華経八巻が納められているそうです。林貞は京都市御室にある蓮華寺の但称石像も手掛けています。

    養玉院如来寺・但称の石仏_R01.06.22撮影
    墓地入口の石仏 R01.06.22撮影

    瑞応殿の側面を背にした墓地の入口に、個性的な表情をした3体の石造の地蔵菩薩像が安置されていました。そのうち、向かって左と真ん中の二体が但称のものになります。

    養玉院如来寺・但称の石仏_R01.06.22撮影
    但称の石仏_R01.06.22撮影

    但称の石仏にしては、両方とも頭が小さく妙にスマートな印象があります。石仏の総高は向かって左が210cm、中央が233cmです。

    養玉院如来寺・但称の石仏_R01.06.22撮影
    但称の石仏(向かって右) R01.06.22撮影

    特徴的な表情は鼻が原因でした。よく見ると鼻は、セメントのようなもので雑に修理されていました。欠損して、後に修復されたためと思われます。

    養玉院如来寺・但称の石仏・銘_R01.06.22撮影
    但称の石仏(向かって右)・銘 R01.06.22撮影

    裏側の銘には"于時寛永十五年 五智如来大本願為十品甚右衛門内方 奉従霊巌島新堀町中此供養也 戌寅二月廿九日作但称(花押)"とあります。霊巌島新堀町の町人達が、但称に製作を依頼したようです。霊巌島新堀町は、但称とゆかりの深い材木商、樋口平太夫の住まいのあった日本橋材木町の近くになります。

    養玉院如来寺・但称の石仏_R01.06.22撮影
    但称の石仏(中央) R01.06.22撮影

    中央の石仏は、もう一体と違い錫杖を持っていますが、錫杖の顔の脇辺りが欠損してしまっています。光背にも、大きく割れた跡がありました。

    養玉院如来寺・但称の石仏・銘_R01.06.22撮影
    但称の石仏(中央)・銘 R01.06.22撮影

    裏側の銘の記載は長くなるので省略しますが、この像が1637(寛永14)年に但称の手によって、16名の法名を持つ人物の寄進で作られたことがわかります。この銘では"但唱"の表記です。右面には"施主 石屋和泉半右衛門"との銘もあります。

    養玉院如来寺・墓地_R01.06.22撮影
    養玉院如来寺・墓地 R01.06.22撮影

    但称の石仏の辺りを入口に、瑞應殿の裏手に墓地が広がっています。大和高取藩植村家、対馬藩宗家の歴代の墓所のある場所です。養玉院如来寺は小高い丘を利用して建てられていますが、この墓地は頂上に近い部分になります。

    養玉院如来寺・但唱墓_R01.06.22撮影
    養玉院如来寺・但称墓 R01.06.22撮影

    但称の墓は、墓地内の手前寄りの高い場所にありました。石仏脇の石段を上がって進み、また石段を登ると正面が但称の墓です。高さは約4mあり、墓地内でひと際大きな墓なのですぐにわかると思います。

    養玉院如来寺・但唱墓_R01.06.22撮影
    養玉院如来寺・但称号墓 R01.06.22撮影

    中央に"佛性院満嶺但唱上人"の名と、没年である"寛永十八 辛巳(かのとみ)年"が彫られています。こちらでも表記は"但唱"です。この墓は但称の死後、彼を慕う弟子たちによって造られました。墓の大きさから、弟子たちの但称を慕う気持ちが偲ばれます。

    但唱墓から東海道新幹線_R01.06.22撮影
    但称墓から東海道新幹線 R01.06.22撮影

    但称の墓からは、ひっきりなしに往来する東海道新幹線を臨むことが出来ます。このブログで長期間、彼の造った京都にある石仏を取り上げてきましたが、この風景は新幹線が、京都の但称仏と東京の但称の墓をつないでいるような気がして、非常に感慨深いものがありました。(後日、新幹線からもこの墓がはっきり見えることがわかりました。)


    参考文献:
    「大佛 帰命山養玉院如来寺-鐘楼・山門落慶供養記念-」 1988(昭和63)年 帰命山養玉院如来寺
    「京の石仏」 佐野精一 1978(昭和53)年 サンブライト出版
    樋口平大夫と但称の作善」 川勝政太郎 1974(昭和49)年大手前女子大学論集8号
    「品川歴史館特別展 大井に大仏がやってきた-養玉院如来寺の歴史と寺宝」 品川区立品川歴史館 2013年発行
    ブログ「のんびり生きよう」 但唱上人の足跡(年表) 2013.11.04
    ブログ「のんびり生きよう」 京都 因幡堂(平等寺) 2014.11.11
    写真少年漂流記の旧サイト 続・蓮華寺から流失した石仏の謎 2010.11.4

    養玉院如来寺:東京都品川区西大井5-22-25(WEB/MAP)

    R01.10UP

    関連記事
    スポンサーサイト



    テーマ:東京 - ジャンル:地域情報

    2019.10.12 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【石】京都の石仏

    【石】但称の石仏を巡る~その4 広沢池

    カテゴリ:【石】京都の石仏~雨の日も風の日も京の街を山を水辺を護り続ける"いしぼとけ"達


    ミニブログコーナー:10月に開催される茅ヶ崎のサザン芸術花火に行けることになりました。先行予約は外れてしまったのですが、知り合いが当たったので夫婦で連れて行ってもらえることになったのです。初回だった昨年、私は遠いので行かなかったのですが、とても感動的なものだったそうで、今から楽しみにしています。
    京の但称仏を探して、烏丸高辻の因幡薬師、山科の本圀寺、御室の蓮華寺と巡ってきました。今回はそもそものきっかけとなった、広沢池の十一面千手観音像を訪ねてみました。冬の嵯峨野に小雪がぱらつく、抒情的な風景です。

    広沢池(鯉揚げ時)_R01.02.10撮影
    広沢池(鯉揚げ時) R01.02.1010撮影

    広沢池はちょうど鯉揚げの時期でした。ここでは冬の時期に池で養殖している鯉やもろこを捕るため、池の水を抜くのです。そのため、いつもは見えないグレーの池底が見えています。鯉揚げは夏の送り火の際の灯篭流しともに、嵯峨野の季節の風物詩となっています。

    広沢池(春)_H26.04.05撮影
    広沢池(春) H26.04.05撮影

    広沢池は大覚寺の大沢池と並び、かつては多くの時代劇ロケ地として使用されていました。しかし、東岸側の開発や時代劇自体の製作も減ったこともあり、残念ながら、現在はロケ地として見かけることは少なくなってきています。

    広沢池・観音島_R01.02.10撮影
    広沢池・観音島 R01.02.10撮影

    最近では池の西側から突き出した観音島で、たまにロケが行われる程度です。観音島は明治中期に造られた人工島で、観音像のある大きな島と弁天堂のある小さな島で構成されています。

    広沢池・弁天堂跡_R01.02.10撮影
    広沢池・弁天堂跡 R01.02.10撮影

    昨年の台風の影響でしょうか。島の先端にある弁天堂のお堂は吹き飛ばされ、土台だけになっていました。後ろの松の木も半分倒されているような状態です。

    広沢池・十一面千手観音像_R01.02.10撮影
    広沢池・十一面千手観音像 R01.02.10撮影

    但称の造った十一面千手観音像は、ちょうど池を見守るような形で安置されています。像の高さは約160センチ、大きな自然石の上に置かれています。

    広沢池・十一面千手観音像_R01.02.10撮影
    広沢池・十一面千手観音像・頭部 R01.02.10撮影

    頭部がふくよかな童顔で大きいことが、但称仏の特徴ではありますが、こちらの観音像は頭部が参拝者の目線よりも高い場所にあり、また台座の石のせいで像のすぐそばには寄れないので、頭部の大きさはあまり感じません。全体としてバランスの良い印象があります。

    広沢池・十一面千手観音像_R01.02.10撮影
    広沢池・十一面千手観音像・頭部 R01.02.10撮影

    頭部は上体が欠けてしまった正面の立像を挟んで両脇に5面ずつあります。通常、十一面観音像は、頭部を冠のように顔がぐるり取り巻いていますが、この像では真後ろに顔は作られていません。

    広沢池・十一面千手観音像_R01.02.10撮影
    広沢池・十一面千手観音像・頭部 R01.02.10撮影

    さらに頭頂の1面は破損していますが、残り2面の表情はしっかりと残っています。


    広沢池・十一面千手観音像_R01.02.10撮影
    広沢池・十一面千手観音像 R01.02.10撮影

    2本の手は胸で合掌し、もう2本の手は腹の前で宝鉢をもっているようです。脇に飛び出しているのが、この像独特の千手の表現です。

    広沢池・十一面千手観音像_R01.02.10撮影
    広沢池・十一面千手観音像・千手の表現 R01.02.10撮影

    私はこの千手の表現がとても好きで、特に仏像に詳しいわけではないのですが、室内に安置する木像の千手観音像では、とうてい考えられないような斬新な発想だと思っています。

    広沢池・十一面千手観音像_R01.02.10撮影
    広沢池・十一面千手観音像・千手の表現 R01.02.10撮影

    数えてみると、片側に上向きの掌が3、下向きの掌が3×3列で12本、両側で24本の手、正面の手が2×2で28本の手を持っています。

    広沢池・十一面千手観音像_R01.02.10撮影
    広沢池・十一面千手観音像・千手の表現 R01.02.10撮影

    この表現のお蔭で野外の石像でも、見事な千手を今に残すことができました。背後から見ると、カニのように見えるところもユーモラスです。指先は多く欠けてしまっていますが、江戸時代初期製作の野外に置かれた石仏としては、状態はかなり良い方なのではないでしょうか。

    広沢池・十一面千手観音像_R01.02.10撮影
    広沢池・十一面千手観音像・背面の銘 R01.02.10撮影

    光の関係ではっきりと撮影できなかったのですが、背面の銘は「願主 本国伊勢生武州江戸住樋口平太夫家次(花押) 寛永十八年 月日造立之 作但称(花押)」と彫られているのが確認できました。

    広沢池・十一面千手観音像_R01.02.10撮影
    広沢池・十一面千手観音像(池底より) R01.02.10撮影

    この像も、京都の他の但称仏同様、元々は蓮華寺に安置されていたものですが、盗難などではなく、明治以降に地元の有志が蓮華寺から借用し、この場所に安置されています。蓮華寺にはその借用書が現存しているのだとか。

    十一面千手観音像の視線で見た広沢池_R01.02.10撮影
    十一面千手観音像の視線で見た広沢池 R01.02.10撮影

    現在も地元の方が島の手入れをされており、観音像の周りは常に清潔に保たれています。この観音像が今後もこの場所に、長く安置されていて欲しいものです。


    参考文献:
    「京の石仏」 佐野精一 1978(昭和53)年 サンブライト出版
    樋口平大夫と但称の作善」 川勝政太郎 1974(昭和49)年大手前女子大学論集8号
    「品川歴史館特別展 大井に大仏がやってきた-養玉院如来寺の歴史と寺宝」 品川区立品川歴史館 2013年発行
    ブログ「のんびり生きよう」 但唱上人の足跡(年表) 2013.11.04
    ブログ「のんびり生きよう」 京都 因幡堂(平等寺) 2014.11.11
    写真少年漂流記の旧サイト 続・蓮華寺から流失した石仏の謎 2010.11.4
    広沢池十一面千手観音像奇譚
    広沢池: 京都市右京区嵯峨広沢町(map)

    R01.09UP

    関連記事

    テーマ:京都 - ジャンル:地域情報

    2019.09.21 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【石】京都の石仏

    【宿】三井ガーデンホテル京都新町別邸

    カテゴリ:【宿】京都の宿~サウナ、ゲストハウスも含めた泊まる京都をご案内します。個人的な感想にはなりますが、京都旅行のお役に立てば幸いです。


    ミニブログコーナー:我が家では今なぜか、楳図かずおブーム。スケールの大きさ では手塚治虫の「火の鳥」にも劣らない「14歳」を私が読み直している時に、あまり漫画を読まない妻に「漂流教室」をたまたま勧めたら、普段あまり漫画を読まない妻が面白がって、毎日読んでいます。さらにうちの弟は「漂流教室」の関谷ファン(笑)なので、来週、横浜からうちに呼んで、楳図かずおを語る会をすることになりました。
    三井ガーデンホテル京都新町別邸_R01.07.15撮影

    今回は東武トップツアーズを通して予約したので、普段宿泊する安めのビジネスホテルとは少し違います。祝前日の日曜日、和室チックなツインに1泊1人あたりで税込21,800円なので、私的には高級ホテルです。高いだけあって、チェックアウトが正午というのも大きな魅力。外観は入り口の部分が町家になっていて、建物はビルという町になじむ造り、正面と向かって左も町家なので、宿の出入りの際は京都の風情が楽しめます。

    新町通_R01.07.15撮影
    新町通から放下鉾 R01.07.15撮影

    山鉾が立ち並ぶ地区にあるので、祇園祭の時には祭の雰囲気を味わうには最高な立地です。先祭ではホテルの前の新町通にすぐ放下鉾、後祭では、南観音、北観音山が望める上に23時頃から行われる南観音山の「あばれ観音」も、宿のすぐそばで楽しむことができます。

    三井ガーデンホテル京都新町別邸・客室内_R01.07.14撮影
    三井ガーデンホテル京都新町別邸・客室内 R01.07.14撮影

    ・部屋の電源は入口でカードキーを挿すタイプ。
    ・カードキーは宿泊エリア、エレベータ、大浴場でも必要。大浴場で使うので男女で色が違います。
    ・カードキーは部屋番号の記載がないので、覚え忘れると面倒です。(私は忘れて廊下からフロントに電話しました。)
    ・エレベーターで1Fから上がる時は、カードキーをタッチしないと、降りる階のボタンを押しても「この階にはに止まりません。」のアナウンスが流れます。ちょっとわかりづらい。(チェックインの説明をよく聞くべし)
    ・館内Wi-Fi有。
    ・エアコンは部屋ごとに調整可能。
    ・部屋の風呂はユニットバス。
    ・電源はベッド脇に1個ずつと窓際に1個。
    ・部屋の電気製品は冷蔵庫 ポット 冷蔵庫 テレビなど。ドライヤーは大浴場に備え付けのもの有。
    ・大浴場は深夜でも使用可能。炭酸泉もありましたが、サウナがあればもっとよかった。
    ・近くにコンビニはありません。わかりやすくて近いのは、300m程離れた四条新町のセブンイレブン。
    ・門限は無し。午前1時から6時までは玄関が施錠されていますが、カードを忘れてもインターホンで対応してくれます。

    H31.07.14宿泊/H31.9UP


    関連記事

    テーマ:京都 - ジャンル:地域情報

    2019.09.06 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【宿】京都の宿

    【滞】2年目に行く新婚旅行で祇園祭真っ最中の京都 7/15

    カテゴリ【滞】:京都での滞在記録
    ~備忘録も兼ねた京都での行動記録です。基本、取材旅行の過密スケジュールなので観光の参考にはならないと思います。後日、他のカテゴリで大きく取り上げる部分はさらっと流します。


    ミニブログコーナー:「なつぞら」もそろそろ終わりに近づいています。最近の中で「ひよっこ」以来の名作、私はもちろん全部録画してます。今、何よりも気になることは、おじいさんが死なないかどうか。絶対死なないで最終回を迎えて欲しい。毎土曜日の次週予告をそればかり気にして見ています。そのシーンを想像しただけで涙が・・・
    7月15日(月・祝)の滞在記録

    三井ガーデンホテル京都新町別邸_R01.07.15撮影
    三井ガーデンホテル京都新町別邸 R01.07.15撮影

    ホテルのチェックアウトが何と正午という余裕のスケジュール。高いホテル(少しですが...)はやはり違います。ギリギリまで出かけるギリギリまで寝ていることにしていたのですが、やはり私は我慢できずに、9時過ぎに一人で外に出ていきました。

    新町通_R01.07.15撮影
    朝の新町通 R01.07.15撮影

    新町通に出て放下鉾を眺めながら、一筋西の西洞院通へ向かいます。空は曇っていますが、昨晩のように雨は降っていません。当たり前ですが、やや蒸し暑い梅雨の京都です。

    蟷螂山_R01.07.15撮影
    蟷螂山 R01.07.15撮影

    昨日はビニール越しにしか見えなかった、蟷螂山のカマキリを直接見ることが出来ました。粽は既に売り切れてたので、他の授与品を購入しようと思いましたが、販売開始が10時からなので諦めてホテルへ戻りました。昨日少し並んででも買えば良かった。後悔先に立たず・・・

    ますたに今出川店_R01.07.15撮影
    ますたに今出川店 R01.07.15撮影

    ホテルを10時過ぎに出て、タクシーで"ますたにラーメン"を食べに行きました。普段の休日の昼はスーパーで売っている"ますたに"の生麺を食べているので、本物を食べさせようと思ったのです。ところが、まさかのなんと定休日。この日を日曜日と思い込んでいたのですが、よく考えたら祝日の月曜日でした。何たる迂闊!

    天下一品・総本店_R01.07.15撮影
    天下一品・総本店 R01.07.15撮影

    しかし、二人とも口はすっかりラーメンの口になっていたので、同じタクシーで近くの北白川にある天下一品の総本店へ。「ここはCKからではなく独自でスープを作っている。」など真偽不明の蘊蓄を語りながら、11時の開店を30分ほど表で待っていました。

    天下一品・こってり_R01.07.15撮影
    天下一品・こってり R01.07.15撮影

    私はチャーハン定食のこってりに煮タマゴトッピングでギョーザ。煮タマゴは最初に一口で食べるのが私のルール。しかし、久しぶりの天一なので、調子に乗って朝から少し食べ過ぎました。若干、胃がもたれ気味ですが、もちろん天一に罪はありません。

    三十三間堂_R01.07.15撮影
    三十三間堂 R01.07.15撮影

    本日の移動は全部タクシーと決めていたので、一気に白川通を南下して三十三間堂まで向かいます。三十三間堂は、私が人に京都を案内する時の定番スポットなのです。妻は千体の千手観音が鎮座する圧倒的な光景に感動して、思わず涙を流していました。連れてきて良かったです。

    東本願寺・御影堂_R01.07.15撮影
    東本願寺・御影堂 R01.07.15撮影

    当初は月桂冠大蔵記念館に行くプランもあったのですが、時間もなく疲れているので、タクシーで東本願寺に行き、しばらく休むことにしました。私は東本願寺の御影堂の広い畳敷でボーッとするのが好きで、帰り際によくここを訪れます。ただ本堂では、盂蘭盆会法要が行われていたため、堂へ昇る階段の所に座っていました。

    地下街・ポルタ_R01.07.15撮影
    地下街・ポルタ R01.07.15撮影

    お土産購入のために京都タワーに向かいましたが、イマイチ何か違う。昔と違って妙に上品すぎてイメージと違うということで、地下街ポルタでお土産購入しました。その後、20分ほど新幹線の待合所で時間を潰して、14時39分ののぞみで帰京しました。
    H31.08UP

    関連記事

    テーマ:京都 - ジャンル:地域情報

    2019.08.28 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【滞】京都での滞在記録

    【滞】2年目に行く新婚旅行で祇園祭真っ最中の京都 7/14その2

    カテゴリ【滞】:京都での滞在記録
    ~備忘録も兼ねた京都での行動記録です。基本、取材旅行の過密スケジュールなので観光の参考にはならないと思います。後日、他のカテゴリで大きく取り上げる部分はさらっと流します。


    ミニブログコーナー:毎日暑い日が続いておりますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。暑いと何にもする気が起きません。もうすぐお盆休みですが、今年は仕事でジャストの時期にはとれそうにないので、どこにも行かず、家でゆっくり過ごそうと思っています。送り火中継は今年もBS11でやってくれるし。
    7月14日(日)の滞在記録その2

    嵐山・いこい_R01.07.14撮影
    嵐山・いこい R01.07.14撮影

    保津川下りを下船して、まずは嵐山で昼食。妻が湯豆腐を希望していたのですが、当然高級店ばかり。探していたら、川沿いにちょうどお手頃な店が見つかりました。湯豆腐の定食が1,500円程度だったと思います。安く食べたいならおススメです。

    渡月橋_R01.07.14撮影
    渡月橋 R01.07.14撮影

    雨はまだパラパラと降っています。渡月橋を渡って、中之島公園を抜け、阪急嵐山駅へ。桂乗換で烏丸下車。いよいよ祇園祭の京都市内へ突入です。

    四条通・長刀鉾_R01.07.14撮影
    四条通・長刀鉾 R01.07.14撮影

    地下から四条通に上がって、最初に目に入ったのは曇天に聳える長刀鉾。いよいよ、夏の京都にやってきた実感が湧いてきました。心の中で号泣しています。

    四条通・函谷鉾_R01.07.14撮影
    四条通・函谷鉾 R01.07.14撮影

    四条通を西へ。鉾が大通りに並び立つこの光景を見ると、いつも「世界よ、これが京都だ!」というフレーズが浮かんできます。(元は「アベンジャーズ」の「日本よ、これが映画だ」)

    四条通・月鉾_R01.07.14撮影
    四条通・月鉾 R01.07.14撮影

    歩道は大混雑で、立ち止まって写真を撮ると警備の方に注意されます。歩みを止めず、人にぶつからないようにバスの合間の月鉾の写真を撮りました。

    新町通・放下鉾_R01.07.14撮影
    新町通・放下鉾 R01.07.14撮影

    函谷鉾、月鉾を眺めながら、混雑する四条通から新町通りへ。大通りから細い道に入っても、人の数は変わりません。とりあえず、疲れてもいることもあり、放下鉾を通り過ぎてホテルへ向かいます。

    三井ガーデンホテル京都新町別邸_R01.07.14撮影
    三井ガーデンホテル京都新町別邸 R01.07.14撮影

    本日のホテルは、外観が町家になっている京都らしいホテルです。前から一度、泊まってみたいと思っていました。朝、駅で手配した荷物も無事届いていたので、チェックインしてしばらく休憩、入浴したりしました。

    蟷螂山_R01.07.14撮影
    蟷螂山 R01.07.14撮影

    6時過ぎから外出しました。まだ外は明るいです。ますはホテルから一筋西の西洞院通の蟷螂山へ。二年連続、山一番を引き当てた蟷螂山は、私の推し山でもあります。雨が降っているのでビニール越しですが、久方ぶりにあのカマキリに出会うことが出来ました。

    蟷螂山_R01.07.14撮影
    蟷螂山 R01.07.14撮影

    カマキリみくじは行列になっており、雨も降っているので並ぶのは断念です。明日の朝、一人で見に来ることにして、食事に出かけることにしました。

    郭巨山_R01.07.14撮影
    郭巨山 R01.07.14撮影

    一旦、四条通に出て、タクシーを探しつつ歩いたら、裏道をグルグル。ようやく烏丸蛸薬師でタクシーを捕まえて、木屋町三条へ。今晩は先斗町か木屋町で夕食と決めていましたが、どの店も混んでいたり、今夜の気分に合わなかったりで今度は先斗町を行ったり来たり・・・

    インドの青鬼_R01.07.14撮影
    インドの青鬼 R01.07.14撮影

    1軒目は先斗町の中華寄りの居酒屋の華めぐり。2階の座敷で食べた四川風の麻婆豆腐が美味かった。そのあと、先斗町の突き当り、歌舞練場近くのThe Highburyというパブへ。二人とも大好きな"インドの青鬼"というIPA(ビール)を楽しみました。

    長刀鉾_R01.07.14撮影
    タクシーの中から長刀鉾 R01.07.14撮影

    もう少し、京都の夜を楽しみたかったのですが、旅二日目で疲れており、雨なので少し早めにタクシーで帰ることに。をタクシーで河原町から四条通を経由して、ホテルへ戻りました。
    H31.08UP

    関連記事

    テーマ:京都 - ジャンル:地域情報

    2019.08.06 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【滞】京都での滞在記録

    «  | HOME |  »

    タイムライン

    リンク


    京都市 ブログランキングへ

    にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 京都(市)情報へ
    にほんブログ村

    都の商売人様バナー
    都の商売人様運営サイト
    “空想の匣”

    プロフィール

    SOULKYOTO

    Author:SOULKYOTO
    東京生まれの東京育ち、でも魂は京都人
    自称・勝手に京都観光大使

    全記事表示リンク

    全ての記事を表示する

    カテゴリ

    カレンダー

    09 | 2019/10 | 11
    - - 1 2 3 4 5
    6 7 8 9 10 11 12
    13 14 15 16 17 18 19
    20 21 22 23 24 25 26
    27 28 29 30 31 - -

    検索フォーム

    ブロとも申請フォーム

    この人とブロともになる

    QRコード

    QR