【石】爪で彫られた観音像

カテゴリ:【石】京都の石仏~雨の日も風の日も京の街を山を水辺を護り続ける"いしぼとけ"達


ミニブログコーナー:今日、出かけた先で見ると幸せになれるという黄色い新幹線を見ました。見たといっても走っている所ではなく、倉庫に入っていてしかも先端部分だけなんですが・・・。幸運を少しでも皆様にということで写真はこちら

清水寺・随求堂(ずいぐどう)_H27.09.09撮影
清水寺・随求堂(ずいぐどう) H27.09.09撮影

清水寺の話題が3回続きましたが、今回のテーマも清水寺七不思議の一つ、石に爪で彫られたという観音像です。今回のお目当ては仁王門をくぐって正面にある随求堂(地図)の前にあります。随求堂は真っ暗なお堂の中を、数珠を頼りに進むという胎内めぐりを体験できる場所です。ちなみに"清水寺の七不思議"とこの間から連呼していますが、七不思議と言いつつ、実は不思議は26個も。

爪で彫られた観音像へ_H27.11.08撮影
"爪で彫られた観音像へ H27.11.08追加撮影

仁王門から来ると、隋求堂の手前にこの石灯籠と石柱が見えてきます。石碑には"かけきよ守本尊 観世音"と書かれているのでしょうか?

清水寺・随求堂前の石灯籠_H27.09.09撮影
随求堂前の石灯籠 H27.09.09撮影

爪で彫られた観音像は、"景清爪形観音"、"景清爪彫の観音"とよばれ、随求堂前、お堂に向かって右側にたつ石灯籠の中にあります。平氏の侍大将だった平景清は、壇ノ浦後に、源頼朝の暗殺を企てて捕らえられ、"源氏の世は見られぬ"と自らの眼球をくりぬいて、清水寺に奉納したという伝説が残る人物です。

景清爪形観音の石柱_H27.09.09撮影
景清爪形観音の石柱 H27.09.09撮影

その景清が牢内にて、爪で刻んだというのがこの観音像。話だけでも鬼気迫るものがあります。石灯籠の脇に立つ石柱には"かけきよ""くわんせおん"の文字を確認することができました。

清水寺・随求堂前の石灯籠_H27.09.09撮影
随求堂前の石灯籠 H27.09.09撮影

石灯籠の火を灯す部分を"火袋(ひぶくろ)"と云いますが、観音像はこの中に彫られています。窓の部分から中を覗き見るのですが・・・

石灯籠の火袋_H27.09.09撮影
石灯籠の火袋 H27.09.09撮影

覗いても暗くてなかなかよく見えません。何とか内部にフラッシュの光が当たるようにして、映したのが上の写真です。テレビか何かで、ジョークかもしれませんが"心がきれいな人しか見えない?"と聞いたような気もするので、無理やりこじつけてみたのが赤丸と青丸部分になります。

赤丸部分_H27.09.09撮影
赤丸部分 H27.09.09撮影

まず赤丸部分はおかっぱの女の子のようにも見えますが、肩から下の手を合わせた観音像のようにも思えます。

青丸部分_H27.09.09撮影
青丸部分 H27.09.09撮影

青丸部分は手を合わせた観音の全体像。真ん中の小さな丸が手を合わせている部分です。

テレビのキャプチャー画面_H27.09.09撮影

テレビのキャプチャー画面_H27.09.09撮影
テレビのキャプチャー画面 H27.09.09撮影

たまたまテレビで景清爪形観音を取り上げていたので、画面をキャプチャーしてみました。これもはっきりしませんが、私には黄色い線で描いた、宝冠を付けた観音像の頭部から肩にかけての像に見えました。皆さんはいかがでしょうか?


清水寺:京都府京都市東山区清水一丁目294(アクセス/公式HP)
H27.11.17追記・写真追加

スポンサーサイト

テーマ:京都 - ジャンル:地域情報

2015.10.30 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【石】京都の石仏

【石】清水の首振地蔵

カテゴリ:【石】京都の石仏~雨の日も風の日も京の街を山を水辺を護り続ける"いしぼとけ"達


ミニブログコーナー:当ブログのPC版のサイドナビに、Twitterのタイムラインを表示できるようにしました。久々に機能追加してみましたが、いかがでしょうか?
前回は清水寺、仁王門の前にある阿々(ああ)?の狛犬をご紹介しましたが、本日は同じく仁王門手前の向かって左側にある善光寺堂の首振地蔵をピックアップします。

清水寺・善光寺堂_H27.09.09撮影
清水寺・善光寺堂 H27.09.09撮影

善光寺堂は地蔵菩薩が本尊ですが、如意輪観音も併祀しているので、洛陽三十三所観音霊場の一つ、第十番札所に数えられているお堂です。善光寺堂の具体的な位置はこちら

首振地蔵_H27.09.09撮影
首振地蔵 H27.09.09撮影

参道を登ってくると、どうしても仁王門に目が行ってしまうので、その手前にある善光寺堂に気づかない方も多いと思いますが、首振地蔵は、善光寺堂の正面、向かって右側の小さな祠の中に安置されています。首振地蔵も狛犬と同じく、清水寺の七不思議の一つです。

首振地蔵_H27.09.09撮影
首振地蔵 H27.09.09撮影

このお地蔵様は首が可動式になっていて、動かすことができる、動かしてもよいという珍しい石仏です。駒札によると、自分の願い事がある方角に首を動かして祈ると、願いが叶うそうです。"商売がうまく回る","借金で首が回らない"などの"回る"という意味ににかかっているのでしょう。(公式HPでは片思いが叶うとなっています。)

首振地蔵_H27.09.09撮影
首振地蔵 H27.09.09撮影

首を動かすなんてちょっと畏れ多いのですが、せっかくなので首を動かさせて頂きました。(小学校の時、宿題で地元の古い石仏を調べていて、首を落としてしまったことがあるので、ちょっと抵抗があるのです。) 現在、就職活動中なのでとりあえず東京のある方角へ首を向けて、手を合わせます。石臼を引くような感じで、ギリギリとした感じで首が動きます。

初代・首ふり地蔵_H27.09.09撮影
初代・首振地蔵 H27.09.09撮影

ところで、私が首を回したのは20~30年前に作られた二代目の首振地蔵で、初代はその後ろの格子戸の中に安置されています。初代は、江戸中期に祗園の芸妓が、鳥羽八という幇間(ほうかん~たいこもち)を忍んで奉納したのだとか。実はこのお地蔵さん、仏像ではなく、幇間の像なのです。初代は確認できませんが、二代目の像は頭巾をとるとちょんまげ、よだれかけの下には扇子を持っているそう。着ているものも羽織です。言われてみると初代の像も、扇子を持っているのが確認できます。表情は摩耗していてわかりませんが、なんとなく穏やかなのがわかります。(詳しいエピソードは京都新聞のサイトに)
H27.11月追記

後日、善光寺堂を訪れた際に、二代目の像のよだれかけの下がどうなっているのか、見させて頂きました。失礼を十分お詫びしてからめくってみたのがこちらの写真です。

首振地蔵_H27.11.07撮影
首振地蔵 H27.11.07撮影

やはり前述の京都新聞の内容は正しく、よだれかけの下は、羽織に扇子を持つ幇間の姿でした。(さすがに頭巾をとる勇気はありません。)

善光寺堂内_H27.11.07撮影
善光寺堂内 H27.11.07撮影

写真撮影禁止ではなく、なおかつ公開されているので、是非、当ブログでご紹介致したく、きちんと参拝した後、善光寺堂内の御本尊も撮影させて頂きました。中央が鎌倉期作の六臂(ろっぴ~六つの肘の意味)の如意輪観音座像、向かって左がご本尊の地蔵菩薩、右が奥の院南庭にあった善光寺如来堂の本尊・善光寺型阿弥陀如来三尊像です。こちらは長野の善光寺の本尊を勧請したものです。善光寺如来堂は明治初期に地蔵院と合併して善光寺堂になりました。

善光寺堂扁額_H27.11.07撮影
善光寺堂扁額 H27.11.07撮影

結果的に善光寺堂に合併された形になっていますが、地蔵院の名前はこちらに残っていました。善光寺堂は旧地蔵院ともよばれています。
清水寺:京都府京都市東山区清水一丁目294(アクセス/公式HP)

テーマ:京都 - ジャンル:地域情報

2015.10.27 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【石】京都の石仏

【石】嵯峨野の油掛地蔵

カテゴリ:【石】京都の石仏~雨の日も風の日も京の街を山を水辺を護り続ける"いしぼとけ"達


ミニブログコーナー:土日に所用があって大阪に出かけたので、当然のことながら京都で一泊して参りました。出かける前にこちらの記事を書きかけだったので、まずはこちらの記事を完成させようと思います。
有栖川_H27.04.24撮影
有栖川 H27.04.24撮影

嵯峨嵐山駅から丸太町通りに出て、200m程東へ進み、有栖川に行き当たったら川沿いに入ります。有栖川は、マンションの脇を静かに流れているせせらぎです。

有栖川へ降りる階段_H27.04.24撮影
有栖川へ降りる階段 H27.04.24撮影

川沿いの大きなマンションには、川へ降りる階段がつけられていて、子供たちが川遊びをしているのが印象的でした。かつては汚れていた川も、再生活動で綺麗な水に戻ったようです。

集会所_H27.04.24撮影
集会所 H27.04.24撮影

しばらく進むと写真のような建物が見えてきます。地図で示すとこちらです。(実際は丸太町通りに出なくても近道がありますが、川沿いを通りたかったので。)

橋に取り付けられた幟_H27.04.24撮影
橋に取り付けられた幟 H27.04.24撮影

橋には、油掛地蔵の名が入った幟が取り付けられています。この橋の名も油掛橋、この辺りの地名も右京区嵯峨天龍寺油掛町です。先程の建物は油掛地蔵奉賛会が管理する集会所になっており、Y字に交差している道路の逆三角になる中央部にあります。この集会所では、関西の風習である地蔵盆も行われているようです。

油掛地蔵_H27.04.24撮影
油掛地蔵 H27.04.24撮影

油掛地蔵は、建物の、私達が来た道の反対側に安置され、千羽鶴や真新しい供花、線香が手向けられています。

供えられた花_H27.04.24撮影
供えられた花 H27.04.24撮影

私が取材している15分位の間に、少なくとも地元の人が5人以上が、みな丁寧に参拝していました。"まさに香華の絶ゆることがない"というのはこのことです。

油掛地蔵_H27.04.24撮影
油掛地蔵 H27.04.24撮影

金びしゃくで、下に溜まっている油をすくって、仏像にかけます。油をかける風習は、江戸初期に山城国の地誌"雍州府志"を著した黒川道祐が、油の行商人がここを通りかかる時に、祈願成就のために油をかけた旨を記述しています。

油掛地蔵_H27.04.24撮影
油掛地蔵 H27.04.24撮影

仏像自体は鎌倉後期の延慶3(1310)年に建立された記録があるそうですが、風化と長年に渡り、油をかけ続けられたたこともあり、真っ黒で細部はよくわからなくなっています。ちなみに行商人が油をかける地蔵は、伏見の西岸寺(さいがんじ)にもあり、寺田屋騒動で坂本龍馬が襲撃された際に、地蔵堂に身を潜めたという言い伝えも。石仏に油掛をかける習慣はこちらのページに詳しくまとめられています。

油掛地蔵_H27.04.24撮影
油掛地蔵 H27.04.24撮影

先程から、この石仏を"地蔵"とよんでいますが、実は"地蔵菩薩"ではなく、"阿弥陀如来"です。仏像の頭光(ずこう~光背の頭部分)に刻まれた、観音菩薩と勢至菩薩の梵字と合わせて、阿弥陀三尊となっています。左右の石も石仏が刻まれているようにも見えますが、これは違うようです。)

集会所と道標_H27.04.24撮影
集会所と道標 H27.04.24撮影

道路がY字に交差する部分には、文字が読めませんでしたが、道標が置かれていました。おそらくこの地域の交通の要衝であったと思われますが、そのような重要な場所に安置されていることからも、地元によく根差した石仏であることがよくわかります。油掛地蔵はこれから先も、この場所で護り護られ続けられていくのでしょう。
嵯峨・油掛地蔵:京都市右京区嵯峨天龍寺油掛町30-1(地図)

テーマ:京都 - ジャンル:地域情報

2015.06.10 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【石】京都の石仏

【石】獅子林院の小便地蔵

カテゴリ:【石】京都の石仏
~雨の日も風の日も京の街を山を水辺を護り続ける"いしぼとけ"達


ミニブログコーナー:萬福寺の龍は写真不足が発覚しましたので、その3は次回の京都訪問までお待ち下さい。萬福寺、もう一度行って参ります。
獅子林院入口_H26.07.15撮影
獅子林院(ししりんいん)入口 H26.07.15撮影

4ヶ月以上前の話で少しうろ覚えですが、記憶を辿って書いています。みみずく地蔵の時と同じく、JR黄檗駅から萬福寺の山門を探しながら歩いていると、気になる塔頭を見つけました。お寺の名前は獅子林院ですが、その脇の"小便地蔵菩薩"という表記が、とても気になりました。

獅子林院の石段_H26.07.15撮影
獅子林院の石段 H26.07.15撮影

案内板には黄金の獅子頭の表記がありますが、それよりも"小便地蔵"という一風変わった名前と、そそり立つような石段に魅かれて上まで登ってみることにしました。

獅子林院・石段の上_H26.07.15撮影
石段の上 H26.07.15撮影

石段は険しく、体感としては30度位あったような気がしました。石段は全部で60段ありましたが、登り切ると山門の様な建物がありますが、真ん中を何かの像が塞いでいます。

獅子林院_石段上の木像_H26.07.15撮影
石段上の木像 H26.07.15撮影

木像は舌を出して爆笑している僧侶らしき像でした。険しい石段の上で爆笑しているとは、何とも人を食ったお寺です。少し腹が立ってきましたが、禅問答的な何かがあるのかもしれません。胴体にはひび割れが入っています。そして足元には同じく大きな荷物を背負った福々しい老人の像が控えます。七福神にいそうですが、どれにもあてはまりません。こちらはまだ新しそうです。

山門の正面_H26.07.16撮影
山門の正面 H26.07.15撮影

脇から正面に回ってみて驚きました。向かって右は"東司"(とうす)"厠"と書かれています。禅宗寺院は、日常の全てが修行であるため、目立つ場所にトイレがあっても驚きませんが、まさか石段の頂上がトイレになっているとは思いませんでした。

東司_H26.07.15撮影
トイレ H26.07.15撮影

思い切って開いてみると、中は水洗の洋式トイレがありました。綺麗に掃除されており、上には仏像が祀られ、禅僧の画が飾られています。日常的に使用されているトイレのようです。

小便地蔵_H26.07.15撮影
小便地蔵 H26.07.15撮影

お目当ての小便地蔵は向かって左に祀られていました。正式には"小便地蔵王菩薩"でした。もしかして小便を掛けて願掛けをするなどというとんでもないことを想像してしまいましたが、そのような感じではなさそうです。

小便地蔵_H26.07.15撮影
小便地蔵 H26.07.15撮影

石像は大分摩耗しており、表情もよくわかりませんが、頭の形から地蔵菩薩であることが見てとれます。古びてはいても綺麗な前かけや供物から、大切にされていることはわかります。

小便地蔵王讃_H26.07.15撮影
小便地蔵王讃 H26.07.15撮影

後ろには"小便地蔵王讃"という文章がか掲げられているのですが、私には意味が理解出来ませんでした。また別の場所には"尿道二宝有""男女一切孤魂"とも書かれています。ネットで調べてもついぞ確かな情報が得られませんでした。小便地蔵王には何か独自の世界観がありそうです。

小便地蔵のポスト_H26.07.15撮影
小便地蔵のポスト H26.07.15撮影

トイレと小便地蔵の間、爆笑している僧侶の像の後ろには、"小便地蔵様へのお願い"を入れるポストがありました。何らかのお願いをかなえてくれるお地蔵さまには間違いないようです。

獅子林院・本堂_H26.07.15撮影
本堂 H26.07.15撮影

すぐそばには本堂があります。獅子林院を開いたのは、萬福寺の4世独湛性瑩(どくたん しょうけい)。彼は隠元隆琦の最後の高弟でもあります。1681(天和元)年から1692(元禄5)年まで萬福寺の住持を務め、獅子林院に引退、1706(宝永3)年にこの場所で没します。独湛性瑩と小便地蔵の関わりにはどのようなものことがあるのでしょうか。興味は尽きません。

獅子林院:京都府宇治市五ヶ庄三番割34(地図

テーマ:京都 - ジャンル:地域情報

2014.11.25 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【石】京都の石仏

【石】岡崎の石仏

カテゴリ:【石】京都の石仏
~雨の日も風の日も京の街を山を水辺を護り続ける"いしぼとけ"達


ずっと前から、金戒光明寺へ行く時に、気になっていた石仏があります。天王町の交差点の近くで、白川通りからほんのちょっとだけ入ったところなんですが、場所はこの辺りです。

岡崎の石仏_H25.08.16撮影
岡崎の石仏 H25.08.16撮影"

カギ型に曲がった道の外側の角の所に石塔を中心に、石仏が並んでいますが、普通の道端のお地蔵さんとは趣がちょっと異なるので、どうしても気になって記事にさせて頂きました。

岡崎の石仏_H25.10.12撮影
岡崎の石仏 H25.10.12撮影

赤い前かけに、白く塗られた顔とその顔に描かれた目鼻は、猟奇的な感じすらして何やらいわくありげな気もします。

石塔上部_H25.10.12撮影
石塔上部 H25.10.12撮影

中央の石塔上部には「南無阿弥陀佛」の文字と「聖誉上人」「善誉上人」「威誉上人」「超誉上人」の名前があります。南無阿弥陀仏ということは浄土宗、浄土真宗に関連があることでしょうか?ちょうどこの石仏群の後ろの山は浄土宗大本山の一つ、黒谷さん・金戒光明寺があります。

石塔下部_H25.10.12撮影
石塔下部_H25.10.12撮影

下部には「三界萬霊等」と書かれ、周囲には戒名らしき名前が記されています。「三界萬霊等」は「さんがいばんれいとう」と読み、お盆に行われる施餓鬼会には「三界萬霊等」と書かれた位牌を安置するそうです。三界萬霊とはこの世のあらゆるものの命をさすのだとか。

岡崎の石仏_H25.10.12撮影
岡崎の石仏 H25.10.12撮影

先程の4人の上人の名前で検索をしてみたところ、この場所が何をする場所なのかようやくわかりました。答えはこちらのページにありました。なんと、こちらは京都の子供たちが毎年楽しみにしている、地蔵盆を行う場所だったのです。猟奇的な等といって申し訳ありません。この白い顔に書かれた顔も、きっと子供たちに親しみを持ってもらうために、書かれた顔なのでしょう。東京に住む私は地蔵盆を見たことが無いので、ぜひ一度見てみたいとは思っていました。今年の夏は、地蔵盆の時期にこの場所を訪れてみたいと思います。

テーマ:京都 - ジャンル:地域情報

2014.01.30 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【石】京都の石仏

«  | HOME |  »

タイムライン

リンク


京都市 ブログランキングへ

にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 京都(市)情報へ
にほんブログ村

都の商売人様バナー
都の商売人様運営サイト
“空想の匣”

プロフィール

SOULKYOTO

Author:SOULKYOTO
東京生まれの東京育ち、でも魂は京都人(四条烏丸から河原町あたり)

全記事表示リンク

全ての記事を表示する

カテゴリ

最新トラックバック

カレンダー

03 | 2017/04 | 05
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR