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【鳥】京都市街で一番高いところにある鳥居

カテゴリ【鳥】:京都の鳥居
~京都にある珍しい鳥居や特徴的な鳥居をピックアップします。


ミニブログコーナー:夫婦でサザン信者の私たちですが、今年はサザン結成40周年の記念すべき年、誠におめでとうございます。。早速先日、6/25にキックオフライブがNHKホールであると発表されましたが、まず抽選は当たらないだろうと思うので、残念ですがツアーまで待とうと思っています。その代わり6/23にサザン結成の地・渋谷でファン仲間と祝賀パーティーをする予定です。
舞妓の人形_H29.11.04撮影
謎の舞妓人形 H29.11.04撮影

今回ご紹介するのは、京都市街で一番高いところにある鳥居です。それは一体どこにあるのでしょう?ちなみにその場所の大体50m位下では、ちょっと怪しげな舞妓と地方(じかた)の人形が出迎えをしてくれます。

チケット売り場_H29.11.04撮影
チケット売り場 H29.11.04撮影

入口でチケットを購入しました。チケット代は大人770円です。そろそろ勘のいい方はお気づきでしょう。というか、建物の高さ規制がある京都市街で、極端に高い場所といえばここしかありません。

京都タワー_H29.11.04撮影
京都タワー H29.11.04撮影

答えは京都タワーです。京都市内の建物の高さ制限が31m、特例措置で対象外の京都駅ビルが59.8mですから、京都市街地でそれよりも高い場所は一目瞭然で京都タワーということになります。

京都タワーの案内図_H29.11.04撮影
京都タワーの案内図 H29.11.04撮影

この案内図の通り、京都タワーの台座になっている京都タワービルの11Fが京都タワーの1Fとなっており、ここからエレベーターで展望台へ上がっていくのです。今回は展望台にあるという、とある神社の鳥居を見に行きます。

京都タワーの案内図_H29.11.04撮影
京都タワーの案内図 H29.11.04撮影

展望台は地上100mにあります。タワーの先は地上131m、これは建設当時の京都の人口にちなんでいるのだとか。

京都タワー展望台から東本願寺_H29.11.04撮影
展望台から東本願寺 H29.11.04撮影

展望台にあがりました。鳥居を見る前に、せっかくなので上空からの風景を少し楽しみましょう。展望台北側のすぐ下には、東本願寺の御影堂、阿弥陀堂の大屋根が見えます。地上ではあれだけの大きな建物も100mの高さからでは手に取るよう。

京都タワー展望台から烏丸通り_H29.11.04撮影
展望台から烏丸通り H29.11.04撮影

上から見ると東本願寺の前から、烏丸通りが北へまっすぐ伸びているのがよくわかります。北大路通りまで約6.3kmが一直線、京都ならではの光景です。京都盆地は南から北へと緩やかに高くなっていますが、ちょうど北大路通りの辺りがタワー3Fの50m位の高さになります。

京都タワー展望台から渉成園_H29.11.04撮影
展望台から渉成園 H29.11.04撮影

烏丸通りの東側に視線を移します。ビルに囲まれた緑地は、東本願寺の飛地境内の渉成園です。

京都タワー展望台から比叡山方面_H29.11.04撮影
展望台から比叡山方面 H29.11.04撮影

さらに北東の方角を見ていくと、手前の赤い鳥居が平安神宮の大鳥居で、その後ろが比叡山。どこからみても、比叡山はてっぺんに木がちょろちょろと顔を出しているので、私はすぐそれとわかります。

京都タワー展望台から清水寺方面_H29.11.04撮影
展望台から清水寺方面 H29.11.04撮影

東山方面を眺めると、清水寺の赤い三重塔が目に飛び込んできます。その向かって右が、現在修理中の本堂と奥の院が確認できます。塔の向かって左はおそらく、八坂の塔だと思われます。またその下の方の鳥居は、方角から行って豊国神社の鳥居ではないでしょうか。

京都タワー展望台から霊山観音_H29.11.04
展望台から霊山観音 H29.11.04撮影

少し北東に視線を動かすと、山裾でひときわ目を引く白い仏像は霊山観音、その北方に太陽光パネルのように見えるのは、現在修復中の知恩院御影堂の作業用の覆いです。

たわわちゃん神社_H29.11.04撮影
たわわちゃん神社 H29.11.04撮影

さて今回のお目当ての鳥居は、こちらの鳥居、地上100mの高さにある京都市街で一番高い場所にある鳥居です。展望台の東側、だいたい清水寺のある方を向いて建っているイメージになります。

たわわちゃん神社・鳥居の扁額_H29.11.04撮影
たわわちゃん神社・鳥居の扁額 H29.11.04撮影

この神社は"たわわちゃん神社"といいます。京都タワー開業50周年を記念して、2014(平成26)年に誕生しました。本物の神社なのか?というツッコミは、この際無視させて頂きますが、云わずと知れた"たわわちゃん"は、京都タワーのマスコットキャラクターです。

たわわちゃん神社・鳥居の土台_H29.11.04撮影
たわわちゃん神社・鳥居の土台 H29.11.04撮影

コンクリート風の鳥居の土台には、両方ともたわわちゃんのアウトラインが彫られています

黄金色のたわわちゃん_H29.11.04撮影
黄金色のたわわちゃん H29.11.04撮影

鳥居の向こうの祠に鎮座するご神体は、もちろん金色に輝くたわわちゃん。この神社は、たわわちゃんをデザインした"もへろん"氏によりプロデュースされました。ご存知かもしれませんが、"もへろん"氏は"ひこにゃん"の生みの親でもあります。

阿吽の八咫烏_H29.11.04撮影
阿吽の八咫烏(やたがらす) H29.11.04撮影

狛犬代わりに、たわわちゃんの左右に控えるのは、三本足の阿吽の八咫烏です。たわわちゃん神社の運営には下鴨神社が協力しています。そのため下鴨神社の糺の森にある河合神社を本宗(仏教でいう本山)としている八咫烏が用いられたそうです。

たわわちゃん神社・絵馬掛_H29.11.04撮影
絵馬掛 H29.11.04撮影

神社らしく、絵馬も用意されています。こちらもデザインはたわわちゃん仕様です。納められた絵馬は、最終的に下鴨神社に奉納されます。

たわわちゃん神社・絵馬_H29.11.04撮影
絵馬 H29.11.04撮影

絵馬に赤い紐で5円玉を括り付けることで、目指すものへの"御縁"があるのだとか。結び目が多いほどよいという話も。

京都タワー・たわみくじ_H29.11.04撮影
たわみくじ H29.11.04撮影

絵馬があるなら、ガチャガチャで販売される"たわみくじ"もあります。1回100円です。後ろにはちゃんと結びつける場所も用意されています。

京都タワー_H29.11.04撮影
京都タワー H29.11.04撮影

今回は、京都市街で一番高い場所にある鳥居の御紹介でした。最後に思ったのですが、これを"京都市内"という括りにしたら、愛宕神社になるのでしょうか?
京都タワー:京都府京都市下京区烏丸七条下ル東塩小路町721-1(WEB/MAP)
H29.11.4取材/H30.5公開

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2018.05.28 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【鳥】京都の鳥居

【鳥】もう一つの三柱鳥居

カテゴリ【鳥】:京都の鳥居
~京都にある珍しい鳥居や特徴的な鳥居をピックアップします。


ミニブログコーナー:サザン40周年の今年、部屋に飾るためにサザンのレコードを集めまくっています。この間はヤフオクで、LP11枚セットを約4,000円程で競り落としました。中古レコード屋通いも、次第に様になってきた今日この頃です(笑)
先日、ようやく京都の三珍鳥居の中で一番変わった形をしている蚕ノ社の三柱鳥居を取り上げることが出来ました。実はこの三柱鳥居、京都にもう一か所あるのです。実は2年ほど前に取材したのですが、取材メモももう無くなってしまいました。今回は残りの記憶を頼りにご紹介してみたいと思います。

南禅寺・大寧軒_H27.09.10撮影
南禅寺・大寧軒 H27.09.10撮影

三柱鳥居があるのは、南禅寺にある大寧軒(だいねいけん)という塔頭です。南禅寺の三門前の鹿ケ谷通りを南へ、道なりに進んでいきます。

南禅寺・金地院_H27.09.10撮影
南禅寺・金地院 H27.09.10撮影

東照宮や茶室・八窓席(はっそうのせき)、鶴亀の庭で知られた、金地院の前を進んでいきました。

南禅寺・金地院前の水路_H27.09.10撮影
金地院前の水路_H27.09.10撮影

この日は確か残暑が厳しい日で、道路脇を流れる水路の水音が、やけに涼しげだったのを覚えています。

南禅寺・金地院楼門_H27.09.10撮影
金地院楼門 H27.09.10撮影

塔頭にしては、かなり立派な金地院の楼門の前を通り過ぎました。黒衣の宰相と呼ばれた金地院崇伝の絶大な権力が忍ばれます。

大寧軒・入口_H27.09.10撮影
大寧軒・入口 H27.09.10撮影

金地院の楼門の隣に一見、料亭を思わせるような大寧軒の門構えがあります。こちらで受付を済ませて中に入ります。料金は確か500円ほどでした。大寧軒は、廃仏毀釈の関係で明治期に民間に払い下げられ、明治の中期から2004(平成16)年まで民間の所有となっていました。現在は南禅寺に戻っています。

大寧軒・庭への門_H27.09.10撮影
大寧軒・庭への門 H27.09.10撮影

大寧軒は通常非公開の塔頭なのですが、この年の夏の特別公開で中に入ることが出来ました。調べてみると、以前は2011(平成23)年に公開されていました。数年に1回の公開なのでしょう。この小さな門を潜って、早速庭園へ入ります。

大寧軒・庭園の池_H27.09.10撮影
庭園の池 H27.09.10撮影

池泉回遊式の庭園には縦に長い池がありました。よく手入れされた苔の緑と、池の水がまた涼しげだった印象があります。先ほど明治以降に民間の所有になったと申し上げましたが、持ち主は茶道家元の薮内家でした。そのためこのような穏やかで心落ち着く見事な庭になっているのでしょう。

大寧軒・庭園の池_H27.09.10撮影
庭園の池 H27.09.10撮影

あくまで私の想像ですが、料亭を思わせるような門も、純粋な寺院ではないため、あのような作りになっているのではないでしょうか。池の反対側の端の方、遠目に三柱鳥居が見えています。

大寧軒・庭園_H27.09.10撮影
庭園 H27.09.10撮影

池の周りに添って庭園の奥、三柱鳥居がある方へ進んでいきました。大きな錦鯉もたくさん泳いでいる立派な池です。

大寧軒・三柱鳥居_H27.09.10撮影
大寧軒・三柱鳥居 H27.09.10撮影

近くまで来てみると、もう庭園の石細工の一部であるかのように、大寧軒の三柱鳥居はすっかり風景に馴染んでいました。こちらの三柱鳥居は蚕ノ社を模したもので、明治期に作られたものと考えられています。

大寧軒・三柱鳥居_H27.09.10撮影
大寧軒・三柱鳥居 H27.09.10撮影

鳥居の足元を澄んだ池の水が洗い、蚕ノ社に比べると随分明るい印象です。あまり神秘的な感じはありません。

大寧軒・三柱鳥居_H27.09.10撮影
大寧軒・三柱鳥居 H27.09.10撮影

この庭を作庭した薮内家と三柱鳥居に縁のある三井家との関係から、なぜこちらにこの鳥居があるかをこちらのページの方が面白い推理をされています。なるほどという感じです。

大寧軒・庭園の滝_H27.09.10撮影
大寧軒・庭園の滝 H27.09.10撮影

庭園の奥には滝が設えられていました。鳥居の下から水が湧いているかどうかは定かではありませんが、こちらの池はおそらく琵琶湖疎水から水を引いているのではないでしょうか。
2年ほど前で取材メモがもうないため、中途半端な記事になってしまいましたが、常時公開されているわけではないので、今頃ながら敢えて記事にしてみました。(H27.09.10取材)

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2018.02.06 | | Comments(3) | Trackback(0) | 【鳥】京都の鳥居

【鳥】奇妙な形をした鳥居

カテゴリ【鳥】:京都の鳥居
~京都にある珍しい鳥居や特徴的な鳥居をピックアップします。


ミニブログコーナー:先日、桑田さんのライブを見に東京ドームへ行ってきました。アリーナで2塁ベースのあたりでしたよ。"〇〇〇〇〇〇"からの"〇〇〇〇〇〇〇"は鳥肌モノでした。私はセトリは知りたくない方なので、伏字にさせてもらいましたが、ファンならわかっちゃうかな。
今回は、京都三珍鳥居の最後の一つ、蚕の社(かいこのやしろ)の三柱鳥居(みはしらとりい)を御紹介すべく、嵐電で蚕ノ社駅へやってきました。蚕ノ社の三柱鳥居は今まで記事にしようと何度も訪問していましたが、その都度記事にするチャンスを失っておりました。

蚕ノ社・駅近くの石鳥居_H29.06.27撮影
駅近くの石鳥居 H29.06.27撮影

駅を降りると目の前は三条通り、嵐電の線路はここから四条大宮に向かって三条通りの上を走っていきます。線路に沿って50mも進むと、北側に進む道に6~7mはあろうかと思われる1934(昭和9)年の銘の入る大きな石鳥居が目に入ってきました。

蚕ノ社・石鳥居脇の石灯籠_H29.06.27撮影
石鳥居脇の石灯籠 H29.06.27撮影

石鳥居の扁額や鳥居脇の石灯籠には"蚕養神社(こがいじんじゃ)"と刻まれています。これは、蚕の社の境内社である"蚕養神社"のことを指し、それが駅名にもなった"蚕の社"の通称の由来となっています。元々は、古代に渡来人として、この地、太秦(うずまさ)で大きな勢力をもった"秦氏"の養蚕・機織・染色技術に関わる神社なのでしょう。

蚕ノ社の森_H29.11.03撮影
蚕ノ社の森 H29.11.03撮影

石鳥居の下を進むと通り沿いは、数軒の飲食店や住宅が並ぶ静かな地方のごく小さな町の趣きです。300m程進んだセブンイレブンのある変形十字路の一角に、蚕ノ社のこんもりとした森が現れました。

蚕ノ社・木の鳥居_H27.04.24撮影
木の鳥居 H27.04.24撮影

入り口に立つ黒ずんだ丸太の神明鳥居は、それほど古いものでは無さそうですが、この神社の格と気品を感じさせます。

蚕ノ社・木嶋坐天照御魂神社の石碑_H29.06.27撮影
木嶋坐天照御魂神社の石碑 H29.06.27撮影

鳥居の脇には、蚕ノ社の正式名称である"木嶋坐天照御魂神社(このしまにますあまてるみたまじんじゃ)"の碑が建っています。舌を噛みそうな名前ですが、京都検定受験の時には覚えるのに苦労しました。蚕の社以外の通称では、木嶋神社(木島神社 このしまじんじゃ)とよばれています。

蚕ノ社・石柱と石燈籠_H29.06.27撮影
石柱と石灯籠 H29.06.27撮影

隣には蚕神社の石碑、石灯籠には蚕養社と刻まれています。

蚕ノ社・境内_H29.06.27撮影
境内 H29.06.27撮影

渡来人の秦氏に所縁があるといわれる通り、京都の神社の中でも古い時代、平安遷都以前に創建された神社で、604(推古12)年に創建されたとの説もあります。一方、参道の脇には保育園があり、日中は無邪気な子供の声が響きます。

蚕ノ社・舞殿_H27.06.27撮影
舞殿 H27.06.27撮影

鳥居から一直線、社務所や蔵の前を通り過ぎると、舞殿に行きあたります。舞殿から先は、木々の葉に覆われて空が見えなくなります。そのせいで辺りは少し暗くなるのですが、それが否が応でもこの場所の神秘的な感じを引き立てています。私は京都の神社の中では、ここが最も神秘的な印象をもっています。

蚕ノ社・拝殿_H27.06.27撮影
拝殿 H27.06.27撮影

舞殿の向こうの小さな石段を上がったところが拝殿です。本殿は位置的に撮影が難しいのですが、本殿の祭神は天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)、大国魂神(おおくにたまのかみ)、穂々出見命(ほほでみのみこと)、鵜茅葺不合命(うがやふきあえずのみこと)、瓊々杵尊(ににぎのみこと)の五神となっています。古くから雨乞いの神社としても信仰されていました。

蚕ノ社・本殿と蚕養神社_H29.11.03撮影
本殿(左)と蚕養神社(中央) H29.11.03撮影

こちらが蚕の社の名の由来にもなっている蚕養神社です。本殿の向かって右に、本殿と並んで建っています。拝殿の内側にあり、東本殿とよばれていることで、この養蚕神社が重要な位置を占めていることがわかりますが、由来はよくわかっていないそうで、祭神は保食神、蚕の神、木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)となっています。

蚕ノ社・珍鳥居前に建つ鳥居_H27.04.24撮影
珍鳥居前に建つ鳥居 H27.04.24撮影

今回の珍鳥居は舞殿の脇の小さな木製鳥居を抜けた先、元糺(もとただす)の池の中にあります。元糺の池では、夏の土用の丑の日に足浸け神事が行われます。この日、この池に足をつけると諸病に効くという伝承があるのです。

蚕ノ社・元糺の池(手前)_H29.06.27撮影
元糺の池(手前部分) H29.06.27撮影

現在、元糺の池は水がありません。神社の方に伺ったところ、神事の際は地下水をポンプでくみ上げて、池に水を張っているそうです。20年くらい前はコンコンと水が湧いていたのだとか。元糺の池は竹柵で二つに分けれれており、池の手前側はちょっとした幼稚園のプールくらいの深さでしょうか。ここからさらに出ている水路は神社の正面をぐるりとまわり、社務所の裏まで続いています。

蚕ノ社・元糺の池(奥側)_H29.06.27撮影
元糺の池(奥側) H29.06.27撮影

少し見えていますが、この御幣をつけた竹柵の向こうに、今回の三柱鳥居が鎮座しています。いつ頃からあるものかは不明ですが、現在のものは享保年間に修復されたものだそうです。

蚕ノ社・三柱鳥居_H29.06.27撮影
三柱鳥居 H29.06.27撮影

竹柵の隙間から撮影してみました。八の字型の池の真ん中に奇妙な三本柱の鳥居が鎮座しています。鳥居の真下には石が積まれ、真ん中に御幣が。何やらただならぬ雰囲気が感じられます。

蚕ノ社・三柱鳥居_H29.06.27撮影
三柱鳥居 H29.06.27撮影

渡来人の秦氏が景教(古代キリスト教の一派)を日本に伝えたのではないかという説から、この三柱はキリスト教の三位一体を表しているのではないかという考え方もあるそうです。こちらのHPでは、三柱鳥居の場所と方角について面白い分析をされています。

蚕ノ社・三柱鳥居の下部_H29.06.27撮影
三柱鳥居の下部 H29.06.27撮影

枯れた池にぽつねんと立つ不可思議な鳥居ですが、水があればさらに神秘さが増していることと思います。鳥居の下の、この石組の下からポンプで水をくみ上げているそうです。

蚕ノ社・三柱鳥居_H29.06.27撮影
三柱鳥居 H29.06.27撮影

訪れたのはいずれも春夏の時期、池は森の木々に覆われていますが、三柱の上にはさらに深く覆い被さり、何かからこの鳥居を守っているように感じました。ちなみに日中でも、一眼レフでこの鳥居を撮影すると写真がぶれることが多いのも不思議な気がします。(単に私の撮影技術の問題だと思いますが。掲載の写真は全てスマホで撮影しています。)

三囲神社_H29.11.18撮影
三囲神社 H29.11.18撮影

余談になりますが、呉服屋から財を成した三井家は、布に関わる技術を守護する蚕の社を篤く信仰していました。江戸期に松坂から進出した三井家は、江戸では向島の三囲神社を崇敬することとなります。"三囲"が"三井"の"井"の字を"□"で囲っていることから、"三井を護る"と解釈されたのです。

三囲神社・三柱鳥居_H29.11.18撮影
三囲神社・三柱鳥居 H29.11.18撮影

現在も"三囲(みめぐり)神社"の中には、この鳥居を模した三柱鳥居が置かれています。説明には"三角石鳥居 三井邸より移す。原形は京都太秦・木島神社にある。"とはっきりと書かれています。鳥居の真下には井戸が置かれていました。

三囲神社・顕名霊社_H29.11.18撮影
三囲神社・顕名霊社 H29.11.18撮影

ネット上では(wikipediaでも!)三井家の家祖を祀る顕名霊社が今でも蚕の社にあることになっていますが、三井広報委員会こちらのHPによると、顕名霊社は現在東京の三囲神社内に移されていると書かれています。東京の三井北家邸取り壊しと共に、1994(平成6)年にこの地へ、三柱鳥居と共に移ってきたようです。

蚕ノ社・椿丘大明神の入り口_H27.04.24撮影
椿丘大明神の入り口 H27.04.24撮影

蚕の社の話に戻りましょう。最後にもう一つ、この神社の神秘的なスポットをご紹介します。神社の入り口に近い側の蔵の脇を入った所が、椿丘大明神と呼ばれる一角です。元糺の池から水を引く水路を渡る橋を渡ります。

蚕ノ社・椿丘大明神入口_H29.06.27撮影

石鳥居をくぐるとと、四つの社と一つの塚で構成されているスペースが現れます。こちらも、昼でも何となく薄暗く奇妙な感覚にとらわれる場所です。

蚕ノ社・椿丘大明神・白清社外観_H29.06.27撮影
椿丘大明神・白清社外観 H29.06.27撮影

一番奥の、白清社は石を積んだ"かまくら"のような洞穴の中に社が置かれています。薄暗い中にぼんやり見える社は恐怖さえ感じてしまいます。

蚕ノ社・椿丘大明神・白清社内部_H29.06.27撮影
椿丘大明神・白清社内部 H29.06.27撮影

石室の中で狐を従えているのが白清稲荷です。ここから南に700mほどの所にある秦氏に所縁の天塚古墳から、伯清稲荷大明神を移築したため、このような造りになりました。伯清稲荷は養蚕稲荷ともよばれていて、ここでも秦氏、養蚕の深い関係が浮き彫りになっています。

H27.4.24、H29.06.27他取材
蚕ノ社(木嶋坐天照御魂神社):京都府京都市右京区太秦森ケ東町50番地(地図)

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2017.11.21 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【鳥】京都の鳥居

【鳥】ただそれのみで佇む鳥居

カテゴリ【鳥】:京都の鳥居
~京都にある珍しい鳥居や特徴的な鳥居をピックアップします。


ミニブログコーナー:twitterで少しお知らせしましたが、今日からスタートした武田鉄矢さんの水戸黄門に直江喜一さんが出ていました。本当に少しだけの出演でしたが、金八ファンには何とも感慨深いものがありました。劇中で死んじゃいましたが、幸作も出てたし。あと敵の忍がなんか見たことあるなと思ったら、渡鬼の荘ちゃんでした。
今回は、"京のお伊勢さん"とも云われる、日向大神宮(ひむかいだいじんぐう)の鳥居をご紹介しようと思います。あまり目立たない場所にあるせいか、京都の方でも知らない方が多いそうですが、創建が第23代顕宗天皇の頃(西暦485~487?)と伝えられているので、京都の最古の神社の一つにとしても数えられています。最近、メディアでパワースポットや隠れ紅葉の名所として取り上げられるので、そのうち賑やかになってしまうかもしれません。

日向大神宮・三条通りの入り口_H29.04.25撮影
三条通りの入り口 H29.04.25撮影

まずは地下鉄東西線の蹴上駅からスタート。一番出口から出ると、すぐ目の前が三条通りです。三条通りを左へ登って行くように進むと、1分強くらいで写真の入口が現れます。この場所は、今は静かな場所ですが、かつては京の七口の一つである粟田口で、周囲は大変賑わっていたそうです。

日向大神宮・浄水場とインクライン_H29.04.25撮影
浄水場とインクライン H29.04.25撮影

石鳥居をくぐり、石畳の坂道を登って行きます。左右は一般の住宅街です。そして100m程で、大神宮橋という琵琶湖疎水を渡る石橋にたどり着きます。石橋の上から、右手に見える年代物の建築物は旧九条山浄水場の原水ポンプ室、左手に見えるのはにはインクラインの台車と木造船です。ポンプ室は明治45(1912)年、御所に防火用水を送るため作られましたが、大正天皇の視察があるため、わざわざ豪華に作られたそう。このような場所にはどうも不自然な感があります。

日向大神宮・安養寺との別れ道_H29.04.25撮影
安養寺との別れ道 H29.04.25撮影

橋を渡って、そのまま、ステップの広い石段を登っていきます。ちょうど春真っ盛りの時期なので、道端に咲く野草は美しい花をつけ、時折、鶯の声も響くのどかな風景です。石段を登りきり、安養寺門前の一番右の細い道を登って行くと、一般の住宅街に出ました。この先の道の左側は崖になっており、ここから山が始まるところのようです。写真の2本の石柱は、鳥居の柱でした。どうやら笠木と貫が壊れてしまったようです。

日向大神宮への石段_H29.04.25撮影
日向大神宮への石段 H29.04.25撮影

滑り止めの彫り込まれた最後のやや急な坂を上がると、少し息があがってしまいました。わずかに平らな場所まで上がりきると、左手に日向大神宮の本殿方面に上がって行く石段があります。ここまで文字で書くと、かなり歩いたように感じられますが、駅からわずか10分弱程度の道のりです。今回の目的である鳥居に向かうには、この石段を上がらずそのまま直進して山道を進んでいきます。山道を少し登ると、もう左側は谷状になっていて転げ落ちたら危険です。

頂上への道_H29.04.25撮影
頂上への道 H29.04.25撮影

石段は途中とても急になり、うねうねと登っていきます。先ほどよりも息が切れてきました。それが終わると岩肌や木の根の道です。案内を見ると、それもそのはず、この道は既に京都一周トレイルの一部のようです。

頂上への道_H29.04.25撮影
頂上への道 H29.04.25撮影

途中に鉄塔がある以外は、本当に深い山の中という風情で、とても駅から15分程度の所とは思えません。トレッキングをしている方にもちょこちょこと出会うので、人に会うと何かホッとします。

日向大神宮・山頂の鳥居_H29.04.25撮影
山頂の鳥居 H29.04.25撮影

山道を登り切ると、ようやく平らな場所に出ました。そこには5、6メートルほどの大きな石鳥居が、鳥居だけを祀るかのように囲われ、ただそれのみで建てられています。普通、鳥居の先にはお社があるはずなのですが、先には何もありません。というか鳥居の先は空中です。

日向大神宮・山頂の鳥居_H29.04.25撮影
山頂の鳥居 H29.04.25撮影

種明かしをすると、実はこの石鳥居、山頂から伊勢神宮を遥拝するための鳥居なのです。この鳥居は伊勢神宮の方角を向いており、鳥居に向かって手を合わせると、伊勢神宮を参拝したことになります。地図にも、ここは"伊勢神宮遥拝所"と記載されています。

日向大神宮・鳥居の石碑_H29.04.25撮影
鳥居の石碑 H29.04.25撮影

日向大神宮には伊勢神宮同様、内宮外宮があることもありますが、"京都のお伊勢さん"とよばれるのもこの遥拝所があることによるのでしょう。残念ながら、現在、伊勢神宮の方角は木が茂っていて先を見通すことができません。(おそらく隣の山肌が見えると思いますが。)

日向大神宮・切り株の賽銭_H29.04.25撮影
切り株の賽銭 H29.04.25撮影

この鳥居は、昭和5(1930)年6月建造の銘が入っていますので、およそ90年ほどもこの場所に佇んでいることになります。そして、鳥居の真下の切り株には、裸のまま置かれたお賽銭、そこには時代劇のワンシーンのように、昔ながらのとてものどかな風情が感じられました。手を合わせた先に、植えられているのは榊でしょうか。

日向大神宮・山頂の鳥居から京都市街_H29.04.25撮影
山頂の鳥居から京都市街 H29.04.25撮影

鳥居に背を向けると、反対側は木々の間から京都市街が見下ろせます。良く目立つ赤い鳥居は平安神宮の大鳥居です。真偽のほどは定かではありませんが、WEB上では平安神宮の大鳥居は、御所とこの遥拝所を結ぶラインに建てられたとの記載もあります。

御所と日向大神宮遥拝所を結ぶ地図

この地図がどこまで精密かわかりませんが、ラインを引いてみると、京都御所(御常御殿)と日向大神宮の伊勢神宮遥拝所を結ぶラインは、確かに平安神宮の大鳥居を通っています。おそらくこのラインを南東に伸ばすと伊勢神宮まで続くと思うのですが、何か神秘的な力のようなものを感じざるを得ません。

日向大神宮・社務所付近の鳥居_H29.04.25撮影
社務所付近の鳥居 H29.04.25撮影

山を下りて、日向大神宮の中心部に戻りました。するとこの場所の二つの鳥居には、他ではあまり見られない特徴があることに気付きました。こちらは参道を上ってきて内宮外宮のある平らな場所に上がる鳥居です。島木に丸い金の金具のようなものが取り付けられています。反対側にも同じように取り付けられていました。

日向大神宮・内宮前の鳥居_H29.04.25撮影
内宮前の鳥居 H29.04.25撮影

こちらは内宮前の鳥居ですが、外側のみ同じように、島木に丸い金の金具が取り付けられていました。不思議に思い社務所で伺うと、本来は釘隠しの目的があるようなのですが、実際のところ、これが何なのかは意味不明だそう。ただ、他とは変わった仕様があるというのは、神社としての格が高いとのことで、取り付けられた金具の偶数奇数にも何か意味があるそうです。

日向大神宮・内宮前の鳥居_H29.04.25撮影
内宮前の鳥居 H29.04.25撮影

貫に沢山の小石が乗っていました。下から石を投げて、貫に乗ると願いが叶うという言い伝えがありますが、神社的には鳥居が破損するのでして欲しくないそうです。

内宮前のシャガの花__H29.04.25撮影
内宮前のシャガの花 H29.04.25撮影

最後に境内に、今が盛りと群生しているシャガの花の話。社務所で頂いたタウン誌に、京都の写真家・水野克比古先生が撮影された内宮をバックにしたシャガの写真がありました。スマホなので恐縮なのですが、構図を真似をして撮影してみました。

内宮前のシャガの花__H29.04.25撮影
内宮前のシャガの花 H29.04.25撮影

学名のIris japonicaは"日本の虹"を意味しています。薄紫色で可憐な花が群生している立ち姿は実に清楚です。花の姿を借りた妖精が、古来からの神聖なこの杜を守り続けているような気がします。

H29.04.25取材
日向大神宮:京都市山科区日ノ岡一切経谷町29(アクセス)

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2017.10.05 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【鳥】京都の鳥居

【鳥】ジュラルミンで作られた鳥居

カテゴリ【鳥】:京都の鳥居
~京都にある珍しい鳥居や特徴的な鳥居をピックアップします。


ミニブログコーナー:仕事が多忙なため、更新が滞っており申し訳ありません。しばらくマイペースになるかと思いますが、木曜日からは京都行です。今回は納涼床予約しちゃいました。
八幡市駅前_H28.05.02撮影
八幡市駅前 H28.05.02撮影

京阪電車で八幡市駅までやってきました。この駅のメジャーなスポットは石清水八幡宮ですが、今回は珍しい鳥居を持つ神社があるということで、私のメインは飛行神社です。八幡市駅は、昭和の良い匂いのする古き良き時代の駅前を持っていますね。絵に描いたような観光地の駅前です。

八幡市駅前・朝日屋_H28.05.02撮影
八幡市駅前・朝日屋 H28.05.02撮影

帰りに食事をしたそば屋さんもこんな感じです。時代が変わったとしてもいつまでもこの店構えを保って欲しいと、切に願ってしまいます。初めて食べた、さば寿司美味かった。

飛行神社(裏側から)_H28.05.02撮影
飛行神社(裏側から) H28.05.02撮影

駅前に掲示されている地図を何となく見ながら向かったら、見方が悪かったようで、住宅街をグルグルまわってしまいました。ようやく、裏側から飛行神社が見える場所に辿り着きました。(ちゃんと地図を見たら駅から5分も歩きません。)そういえば、私といえば、偶然、USエアフォースのアーミーシャツを着ていました。飛行神社にはちょうどいい。

飛行神社(正面から)_H28.05.02撮影
飛行神社(正面から) H28.05.02撮影

正面側に回りました。隣は布団屋さん、前はアパートになっています。一見、住宅地の中にある普通の神社のようにも思えます。

飛行神社(正面から)_H28.05.02撮影

が、真正面に回ってみると神社のイメージとは少し異なる、一風変わった感じの建物です。飛行神社と書かれていることと、今回の目的の鳥居があることで、ようやく神社とわかる感じ。いきなり正面に展示されているのは、なんと飛行機のエンジン!飛行神社は、日本で初めて動力付き模型飛行実験に成功した、二宮忠八翁が1915(大正4)年に飛行機事故の犠牲者を霊を祀るために創建した神社です。

飛行神社・鳥居_H28.05.02撮影
飛行神社・鳥居 H28.05.02撮影

こちらが今回の目的のジュラルミンの鳥居です。鳥居の下を階段でくぐるのは、珍しい気がします。参拝者は鳥居と拝殿(後述します)を見上げながら、神社に入ってくることになるのですが、階段の向こうに建物を見上げると、その建物は大きく見えます。設計者はそれを利用して、狭いスペースを視覚的に広く見せるテクニックを使っているのではないでしょうか。おかげでそびえる鳥居には威厳があり、拝殿は大きく美しく見えるますね。飛行神社だけあって科学的なセンスだと思います。

飛行神社・鳥居_H28.05.02撮影
飛行神社・鳥居 H28.05.02撮影

階段の下から鳥居を見上げてみました。こちらがジュラルミンでできた鳥居です。青空にそびえたつ鈍いシルバーの色が印象的ですが、雷は大丈夫なのでしょうか。避雷針はついていないようです。金属製の鳥居は目にすることもありますが、ジュラルミン製の鳥居というのは珍しい。日本ではこちらだけかもしれません。

飛行神社・鳥居_H28.05.02撮影
飛行神社・鳥居 H28.05.02撮影

ジュラルミンというと機動隊の盾など連想しますが、航空機に使われることの多い素材なのです。そのため、こちらの鳥居はジュラルミン製になっているのですが、初代の鳥居は木製だったそうで、現在のこの鳥居は二代目。葉に隠れて見えませんが、"平成五年四月"と書かれたプレートが付けられています。

飛行神社・機種部分の展示_H28.05.02撮影
飛行神社・機種部分の展示 H28.05.02撮影

飛行神社・プロペラの展示_H28.05.02撮影
飛行神社・プロペラの展示 H28.05.02撮影

鳥居の内側には、飛行機の神社らしくパーツがオブジェとして展示されています。見た目の判断ですが、こちらもジュラルミンで作られているようです。

飛行神社・拝殿_H28.05.02撮影
飛行神社・拝殿 H28.05.02撮影

鳥居のご紹介は済みましたが、今一つ、飛行神社で忘れてはいけないのは、拝殿がギリシア神殿風であること。なぜそうなっているのかは、WEB調べてみてもよくわかりませんでした。奥の本殿は、流造を三つ連結した通常の神社建築です。神話で天磐船(アメノイワフネ)に乗って地上に降臨したことから、空の神、飛行機の神とされる饒速日命(ニギハヤヒノミコト)を中央に祀っています。

飛行神社・芽の輪_H28.05.02撮影
飛行神社・芽の輪 H28.05.02撮影

拝殿の横に立つ社務所はビルになっていて、地下は駐車場で上は住宅のような感じです。おみくじはどこかに結ぶのではなく、飛行機の形に折ってこの芽の輪に通すのだとか。私は末吉であまり良くない感じでした。諸事控えめにするのが良しとのこと。久々に紙飛行機を折りましたが、上手く芽の輪を通せませんでした。

飛行神社・絵馬_H28.05.02撮影
飛行神社・絵馬 H28.05.02撮影

奉納されている絵馬は、個人情報の関係か撮影禁止になっていましたが、このブログで神社に参拝したら、ご紹介しているので、案内用のものを撮影していました。図柄は当然のごとく、飛行機になっています。離陸する飛行機のように上へ上へと運気を上げていきたいものです。
飛行神社:
京都府八幡市八幡土井44番地(公式WEB/MAP)
075-982-2329

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2016.06.27 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【鳥】京都の鳥居

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