【検】京都検定2級受験してきました。

【検】:チャレンジ!!京都検定
~試験直前に読んだら受かったりなんかして。


12/14本日、京都検定2級を東京の明治大学で受験してきました。結果から申しあげますと、自己採点で100問中76問正解だったので、おそらく合格していると思います。

とはいえ、3級とは違い難問が多く、試験中は絶対ダメだと思っていましたし、消去法で辿り着いた答えもあったので、余裕で合格というわけにはいきませんでした。

私が問題の解説をしても仕方がないので、昨年のようにいちいち、問題を掲載して説明はしませんが、2級はテキスト外からと思われる出題が多かったような気がします。実施要綱でも公式テキストから70%以上を出題ということですから、当然と云えば当然なのですが、一発で「わっ!知らない」という問題もいくつかあり、焦りました。

東海道新幹線開通に伴い、「そうだ 京都、行こう。」からの10問の出題には、「あ~そうきたか」と思いました。そう考えると、なるほど予想出来た範囲です。でも、ここは全問正解できてラッキーでした。問題を読むときはもちろん、頭の中では長塚京三さんの声が響いていましたが(笑) また祇園祭の後祭の山一番の問題は落としてしまいましたが、今年から後祭が復活したので出るべくしてという感じですね。

発表は1/29に発送ということなので楽しみに待ちたいと思います。

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2014.12.14 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【検】チャレンジ!!京都検定

【検】緑と青の青蓮院~その2

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~試験直前に読んだら受かったりなんかして。


青不動_H26.02.09撮影
青不動 H26.02.09撮影

青蓮院で、見どころとしても、京都検定のフィールドワークとしても外せないのは"青不動"とよばれる国宝の"不動明王二童子像"です。平安時代後期の作品で国宝、秘仏になるのであまり一般公開されておらず、公開されたのは、大阪万博から数えて今までに4回だそうです。もちろん小御所から本堂へ渡ると複製が祀られているので、拝観することは出来ます。紅蓮の炎を背負った青黒い体の不動明王像です。本堂の複製も撮影できないので、こちらの写真は屋内に飾られていた複製の複製になります。

本堂_H26.02.09撮影
本堂 H26.02.09撮影

青不動は本堂の裏手に安置されていますが、本堂の表側には青蓮院の本尊である熾盛光(しじょうこう)如来の曼荼羅が祀られています。こちらも秘仏なので拝むのはお前立ちです。京都検定では寺院の本尊を覚えなければなりませんが、熾盛光如来は珍しいので覚えやすいと思います。仏の頭は肉が盛り上がって、髻(もとどり)を成しているとされていますが、熾盛光とは、仏の肉髻を神格化した仏のことだそうです。

霧島の庭_H26.02.09撮影
霧島の庭 H26.02.09撮影

境内北側には、もう一つ庭があります。小堀遠州作と伝わる霧島の庭です。この時期はシーズンオフでしたが、5月になるとキリシマツツジが一面に咲き誇る美しい庭になります。京都検定では庭と言えば小堀遠州ですが、私は遠州の庭なら、彼の代表作でもある二条城の二の丸庭園が力強くて好きですね。

好文亭_H26.02.09撮影
好文亭 H26.02.09撮影

天明の大火で後桜町上皇が青蓮院を仮御所としてお住まいの際、学問所として使用されていた茶室の好文亭です。こちらは平成3年に放火で焼失したため、平成5年に復元されたものです。こちらも通常非公開。京都検定の公式テキストでは「好文亭の周囲には秀吉寄進の神輿型燈籠・蓮華寺型燈籠が巧みに配されている」とあるのですが、今一つよくわかりません。ネットで調べてもはっきり、これと指摘した写真が無いのです。

神輿型燈籠?_H26.02.09撮影
神輿型燈籠? H26.02.09撮影

神輿型燈籠はおそらくこちらかと思いますが、蓮華寺型燈籠が見当たりません。蓮華寺型燈籠は屋根部分がの長い燈籠ですが、今はもうないのでしょうか?ご存知の方、いらっしゃったら教えて頂ければと思います。

宸殿_H26.02.09撮影
宸殿 H26.02.09撮影

最後に京都検定では"行"のつく僧が何人か出てきます。青蓮院の初代門主が"行玄"なので私の覚え方を公開します。
行玄・・・天台座主・青蓮院の初代門主→"玄"担ぎの青蓮院
行教・・・宇佐八幡宮のお告げで石清水八幡宮を勧請→宇佐八幡宮に"教"えられて石清水八幡宮を開く
行円・・・革衣の行円が創建→革堂の行円は頭を丸めている("円")
行基・・・宝積寺、法輪寺、上善寺と出てくるのでその都度覚えています。

やや強引な気もしますが、受験のお役にたてば幸いです。

青蓮院:京都市東山区粟田口三条坊町 (地図)

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2014.05.27 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【検】チャレンジ!!京都検定

【検】緑と青の青蓮院~その1

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門前の大クスノキ_H26.02.09撮影
門前の大クスノキ H26.02.09撮影

青蓮院を訪れてまず驚かされるのは門前の大クスノキ。長屋門の前に立つ巨大な二本のクスノキは見るものを掴もうとする巨大な手のようです。

門前の大クスノキ_H26.02.09撮影
門前の大クスノキ H26.02.09撮影

青蓮院には大クスノキが5本ありますが、一番手前のものが特に目を引きます。青蓮院のクスノキは親鸞上人のお手植えとも伝わりますが、実際には青蓮院がこの地に移転した13世紀以降のものと考えられているそうで、樹齢は800年、最大のもので樹高26.1mは圧巻です。

クスノキの根元_H26.02.09撮影
クスノキの根元 H26.02.09撮影

複雑に絡み合い、苔がついた太い根は大クスノキの強い生命力を感じさせます。

龍心池_H26.02.09撮影
龍心池 H26.02.09撮影

小御所の前には、相阿弥作と伝わる池泉回遊式庭園が広がります。池を龍心池(りゅうしんち)といい、見事な反りをもつ石橋を跨龍橋(こりゅうのはし)といいます。池の中央にある石を龍の背中に見立ててこのような名前がついているようです。写真では見えませんが右手には小さな滝があり、洗心滝(せんしんのたき)といいます。

龍心池_H26.02.09撮影
龍心池 H26.02.09撮影

角度を変えて小御所の濡れ縁から撮影してみました。対岸の白いものは昨日降った雪。三千院、妙法院と共に天台宗三門跡の一つにふさわしい格式と優雅な雰囲気をあわせもつ素敵な庭です。

龍心池_H26.02.09撮影
龍心池 H26.02.09撮影

庭に下りてみました。東側の粟田山を借景に庭園は造られています。なるほどこちらからみると龍心池の中央の石が龍の背中のように見えます。

一文字型手水鉢_H26.02.09撮影
一文字型手水鉢 H26.02.09撮影

もう一度建物の中へ。京都検定ではよく手水鉢が出てきますが、青蓮院は豊臣秀吉寄進、巨大な一文字型の自然石を生かした手水鉢です。小御所への渡り廊下の脇に置かれています。
青蓮院:京都市東山区粟田口三条坊町 (地図)


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2014.05.26 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【検】チャレンジ!!京都検定

【検】黒谷墓地に眠る人

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金戒光明寺・文殊塔_H26.02.09撮影
金戒光明寺・文殊塔 H26.02.09撮影

金戒光明寺は以前にもご紹介した通り、私が大好きなスポットですが、その中でも黒谷墓地・文殊塔周辺は特に大好きな風景です。ちょうど、今頃はこの階段に桜のトンネルが出来て特に美しいことでしょう。

八橋検校の墓_H26.02.09撮影
八橋検校の墓 H26.02.09撮影

今回の当初の目的は、八橋検校の墓を探すことでした。八橋検校は江戸時代前期の箏曲家として知られた人物です。京都の名物、八橋は八橋検校の墓参りの人々に出すためのものとして、琴の形の堅焼きの菓子を作ったという話を聞いたことがあります。今まで、ここに来る度に墓を探してみたのですが、なかなか見つかりませんでした。ところが何のことはなく、今回、文殊塔をぐるりと回ると裏手に立派なお墓がありました。裏手は、通路なのかそうでないのか判らないところもありますが、通らないと奥のお墓にはお参りできませんから、通路には違いないと思います。

八橋検校の碑_H26.02.09撮影
八橋検校の碑 H26.02.09撮影

敷地内には、箏曲連盟による八橋検校の顕彰碑も建てられています。八橋のエピソードといい、顕彰碑といい、多くの人々に慕われた人物だったのでしょう。検校というと時代劇では、検校の権威を嵩に着た高利貸し(最後に始末される)もしくは、検校の位を得ようとして、苦心して金を貯める座頭(こちらも最終的に悪人に金をだまし取られて殺される)というパターンがありますが、江戸時代には、検校の位は十五万石程度の大名の格式があったそうです。

清和天皇火葬塚_H26.02.09撮影
清和天皇火葬塚 H26.02.09撮影

他にも有名な方のお墓は無いかと周辺を歩いてみました。塔と八橋検校の間には塚があり、案内を見ると清和天皇の火葬塚ということでした。宮内庁の名前がありますので、正式に管理されている塚でしょう。陵は嵯峨水尾山にある水尾山陵ですが、こちらで火葬されたそうです。清和天皇は京都検定にもしばしば登場する天皇で、清和源氏の祖となる重要人物です。妃が藤原高子、藤原高子の元恋人が在原業平、なりひら寺(十輪寺)には、高子を想う業平の塩釜の跡と繋がって覚えています。他にも、永観堂は清和天皇の勅額を賜って禅林寺となりました。大覚寺、御香宮神社、粟田神社、日向大神宮、粟田神社など多くの寺社と関わりがあります。

高木文平の墓_H26.02.09撮影
高木文平の墓 H26.02.09撮影

塔の裏手南側には、はっきりと高木文平と刻まれた墓があります。高木文平?・・・どこかで聞いた名前だと記憶をたどると、京都検定で学習した京都電気鉄道会社の初代社長の名前でした。私のエクセルで作った学習ツールには

「○○の電力を利用し、市街地に電車を通す計画の発案者は、○○初代社長となる○○である」

とあります。正解は「蹴上発電所・京都電気鉄道会社・高木文平」です。今までイメージが涌かず、そのまま丸暗記だったのですが、これで具体的に覚えることが出来ました。京都検定はやはりフィールドワークが大事です。高木文平の墓を見られたことが、黒谷での一番の収穫でした。

文殊塔から市街_H26.02.09撮影
文殊塔から市街 H26.02.09撮影

文殊塔の上から市街を望みます。向こうに見える山は西山の山並みです。このあと、いつも通り、西雲院から真如堂へ、いつもの散歩道を歩きました。



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2014.04.02 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【検】チャレンジ!!京都検定

【検】琵琶湖疏水と田邊朔郎像

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~試験直前に読んだら受かったりなんかして。


最近、家族が病気だったり、仕事が多忙だったりで、なかなかブログが更新できていません。決して、飽きて更新しないわけではないので、その点お許し下さい。twitterでは既に発表しましたが、お陰様で京都検定3級に無事合格しました。点数は96点だったので、良く出来た方だと思います。とはいえ、合格率は61.7%で半数以上の方が受かったようですので、年末の2級に向けて、また頑張っていこうと思います。
ねじりまんぼ_H25.12.10撮影
ねじりまんぼ H25.12.10撮影

今回は、琵琶湖疏水公園の田邊朔郎像を見に行きました。地下鉄東西線を蹴上駅で下り、地上に上がって南禅寺方面へ向かうとレンガ造りのトンネルが現れます。これを「ねじりまんぼ」といいます。「まんぼ」とは地元の言葉でトンネルのこと。

ねじりまんぼ内部_H26.02.09撮影
ねじりまんぼ内部 H26.02.09撮影

強度を増すためにらせん状にレンガを組んでいますが、これがねじれて見えるために「ねじりまんぼ」というそうです。
内部のレンガを見ると確かに見事に渦を巻くようにレンガが組まれています。素人が見ても高度な技術です。しかも美しい。

「雄観奇想」_H25.12.10撮影
「雄観奇想」 H25.12.10撮影

トンネルの上には、琵琶湖疏水事業を進めた第3代京都府知事・北垣国道の「雄観奇想」の文字が掲げられています。反対側は「陽気発処」ですが傷んでしまって、かろうじて「陽」が判別できる程度です。。これらの文字については公式テキストに無いので覚えなくても大丈夫だと思いますが、代わりに琵琶湖疏水の第一トンネルの東側に掲げられた伊藤博文の「氣象萬千」、西側の「廓其有容」を覚えておきましょう。ついでに第3代京都府知事の北垣国道の業績は、琵琶湖疏水事業、京都電気鉄道です。私は琵琶湖疎水の水力で蹴上発電所を動かし、その電気で電車を動かすという流れで覚えました。

殉職者の碑_H25.12.10撮影
殉職者の碑 H25.12.10撮影

トンネルを抜けてすぐ右へ曲がり、琵琶湖疏水公園に入ると、工事の殉職者の碑が見えます。琵琶湖疏水のトンネル工事は難航し、17人もの殉職者を出したそうです。当時の苦労が偲ばれます。この先には階段が二つありますが、どちらを登っても頂上へ向かえます。私は向かって右を登りました。

インクライン_H25.12.10撮影
インクライン H25.12.10撮影

インクラインの線路が見えます。インクラインとは標高差の激しい水路間の船の輸送を容易にするための傾斜鉄道です。この地点は標高差が36メートルもあるため、台車に船を乗せて移動させました。581.8メートルというのは世界最長で、インクラインにより、琵琶湖疏水から船を南禅寺の船溜まりに下ろし、鴨東運河から鴨川へと移動させることができました。現在は使用されていませんが、インクラインは春には桜並木が美しい場所です。

田邉朔郎像_H25.12.10撮影
田邉朔郎像 H25.12.10撮影

上まで上がると、田邉朔郎の像が見えました。像の隣には大きな田邉朔郎の紀功碑(顕彰碑)があります。想像で勝手に老人だと思っていたのですが、顔を見ると随分若い。それもそのはずで、調べてみると琵琶湖疏水が完成した明治23(1890)年はまだ28歳の若い技術者だったのです。北垣国道に請われて、琵琶湖疏水事業に抜擢されたのが20代前半ですから、司馬遼太郎先生のような言い回しをすると、近代国家の第一歩を踏み出した、明治日本の躍動感やみずみずしさのようなものを感じざるをえません。ちなみに田邉朔郎は、琵琶湖疏水完成後に北垣国道の長女と結婚します。

京都市街_H25.12.10撮影
京都市街 H25.12.10撮影

田邉朔郎像の視線の先は蹴上浄水場に向いているそうです。像は高い場所にあるので同じ位置で見ることはできませんが、頂上からは京都市街が望めて気持ちが良いです。最後に南禅寺の水路閣、我が家では勝手に水路閣のことを「船越栄一郎」と呼んでいますが、この水路閣の設計も田邉朔郎の仕事です。全長93メートル、高さ13メートル、幅4メートル、これを私は3を基準にして暗記しています。長さの93メートルはそのまま覚え、高さは一の位が3で一緒、水路閣は23メートルや33メートルも高いわけはないので13メートル、幅は3に1を足して4メートル、そんな具合で覚えました。暗記モノが多い京都検定ですが、フィールドワークをするとより頭に入っていきやすくなりますよ。南禅寺参拝の際は、足を運んでみて下さい。(H26.2.26加筆訂正)

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2014.01.28 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【検】チャレンジ!!京都検定

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