【撮】必殺仕事人2016ロケ地速報

カテゴリ【時】:時代劇の話
~時代劇の感想、雑感、ニュースを書いて行きます。


鳥居本八幡宮・舞殿_H17.04.10撮影
鳥居本八幡宮・舞殿 H17.04.10撮影

放送前から気になっている方が多いようですが、わかっている範囲で発表します。下記のリストは西の湖畔以外、確定と思って頂いて結構ですが、まだ一回目視聴直後なので、万一誤っていたら申し訳ありません。ロケが少ないように感じますが、周辺が開発されて時代劇での使用頻度が減っている鳥居本八幡宮を使用してくれているのはうれしい限りです。

進之助が弥助に呼び出される場所 結城と進之助が再会後に話す場所
・おそらく西の湖畔(近江八幡市)
飛び出したお絹を兄弟たちが探す場所
・八幡堀(近江八幡市) お絹が立っていたのは明治橋
花御殿のお菊と小五郎の打ち合わせ場所(おそらく深川洲崎十万坪の体で)
・新舞子浜(兵庫県たつの市)
結城が殺害される場所 小五郎が朝比奈を仕置きする場所
・京都市右京区鳥居本八幡宮
結城の墓を作った場所
・大覚寺(京都市右京区)大沢池の天神島の祠の裏
結城一家が旅立つ場所
・大覚寺(京都市右京区)大沢池の名古曽の滝跡前

上賀茂神社神事橋_H18.02.18
上賀茂神社神事橋 H18.02.18撮影

一番知りたい方が多いであろうと思われるHey! Say! JUMP 知念侑李さんの仕置場所は、先日、藤原紀香さんと片岡愛之助さんの挙式が行われた上賀茂神社(京都市北区)の"ならの小川"で、サポートした涼次が立っていたのは神事橋です。

ロケ協力で東本願寺としんらん交流館が表記されていましたが、どこで使ったのか現時点ではわかりませんでした。いずれにせよ正解は数日中に時代劇の風景様の時代劇拝見日記で発表されると思います。それを待ちましょう。

追記:早速、時代劇の風景様の時代劇拝見日記で正解が発表されました。私が拾わなかった場所が2か所ありました。さすが時代劇ロケ地の神サイトです。いつもありがとうございます。

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2016.09.26 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【撮】京都の時代劇ロケ地

【撮】映画必殺2ブラウン館の舞台~しょうざんリゾート

カテゴリ:【撮】京都の時代劇ロケ地
~京都の時代劇ロケ地をメジャーからマイナーまで


ミニブログコーナー:大奥、1部の方だけ見ました。時代劇としてはちょっと・・・という感じですが、米倉涼子さんのがお蔵入りになった後、急いで作ったにしてはよくできていると思いました。いい意味で、ホントにいい意味で"女、子供の見る時代劇"を作っているなと。時代劇の裾野がこれで若い女性にも広がるといいと思います。見れなかった女性二人にダビング頼まれちゃいました。福本先生も出てました。御三卿!今までの役の中で最高役職かも。それにしても、まゆゆは日本髪似合わないな。
しょうざん・プール_H27.11.23撮影
しょうざん・プール H27.11.23撮影

"しょうざんリゾート"は一般的な時代劇のロケ地ではありませんが、必殺(仕事人)の映画、第2弾・“必殺! ブラウン館の怪物たち”で使用されました。幕末の日本に内乱を起こして儲けをたくらむ武器商人ブラウンの兵庫にある屋敷として使用されたため、必殺ファン・特に後期ファンにはなじみの深い場所です。




ブラウン館の怪物たち"キャプチャ画面

取材時間の関係でほとんど写真が撮れなかったので、テレビ画面のキャプチャを用意してみました。ブラウン館として映画で使用されたのはプール周辺とそれに面するレストランの外観です。このプール、夏には有料で開放され、プールサイドでは飲食もできるそう。実際に訪問してみると、プールは映画でみるよりもかなり小さめ。もちろん自転車が潜るのは無理(笑)。撮影当時の建物の様子がわかりませんが、屋根の上にある風見鶏のついた小部屋は映画用に設置したセットではないかと思われます。主水が大黒屋とブラウンを仕留めるのは扇状のプールの小さい弧がある側のプールサイドです。

しょうざん・プール H17.05.02撮影
しょうざん・プール H17.05.02撮影

こちらは、今からちょうど10年前の写真です。若干、写し方が違いますが、現在はグレーの建物が建っている所には、何本かの木が植えられていて、撮影当時に近いかと思います。ただ"ブラウン館"が公開されたのが1985(昭和60)年なので、10年前でも公開から約20年も経っているのですが・・・後期必殺ファンならば、ここにいる間中“冬の花”のデキシーランドジャズバージョンと“kill kill”の掛け声が頭の中に響くことでしょう。
しょうざんリゾート京都:京都市北区衣笠鏡石町47(公式サイト)/TEL075-491-5101(9:00〜19:00)


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2016.01.25 | | Comments(2) | Trackback(0) | 【撮】京都の時代劇ロケ地

【撮】いずれ消えゆくロケ地~伏見桃山城

カテゴリ:【撮】京都の時代劇ロケ地
~京都の時代劇ロケ地をメジャーからマイナーまで


ミニブログコーナー:更新のペースが遅くなっている所に、さらに追い打ちで胃腸炎になってしまい、さらに更新が伸びるという悪循環です。御蔭さまで快方には向かっていますが、皆様、のんびりとお付き合い頂けましたら幸いです。
今回は現在、伏見桃山城運動公園内にある伏見桃山城を取り上げてみました。この施設は1964(昭和39)年に近鉄グループの遊園地"伏見桃山城キャッスルランド"として開園し、2003(平成15)年に閉園、その後、京都市の伏見桃山城運動公園として整備されました。

伏見桃山城正門_H26.12.05撮影
正門 H26.12.05撮影

伏見桃山城は小高い山の上に築城されている平山城タイプで、天守閣の西南にある入口から駐車場を抜けると、正門が見えてきます。入場は無料です。正門の脇からは天守の一部が覗いていますが、それは後ほど。

伏見桃山城正門の案内板_H26.12.05撮影
正門の案内板 H26.12.05撮影

正門には写真のような案内板が置かれています。これは現在、天守閣が耐震強度の問題で立入禁止となっているためです。いずれは解体されてしまうことを見越して、今回、記事にして見ようと思い立ちました。

伏見桃山城天守閣_H26.12.05撮影
伏見桃山城天守閣 H26.12.05撮影

正門を抜けると、大天守と小天守が目に入ってきます。2014(平成26)年1月2日TV東京系放送の"影武者徳川家康"では、ちょうどこの位置からの風景が、そのまま伏見城のイメージカットとして用いられています。また正門から天守までの空間は庭園状に整備されていますが、2014(平成26)年7月10日TV朝日系放送の"信長のシェフ第2シリーズ"第1話"平成のフレンチシェフが戦国へ!?織田信長暗殺を阻止せよ!"では、信長と主人公ケンが岐阜城を騎馬で出て行くシーンを、実際とは逆に正門から中に入っていくという方法で表現していました。

1995(平成7)年頃の伏見桃山城
1995(平成7)年頃の伏見桃山城

伏見桃山城は、洛中洛外図屏風の伏見城をモデルに、当時の金額で約6億円をかけて、鉄筋コンクリート製でこの城が製作されたそう。(写っているのは20代後半の私です。) ただし、この伏見桃山城は、実際に伏見城があった場所とは全く別の場所に建てられています。

伏見桃山城大天守_H26.12.05撮影
大天守 H26.12.05撮影

ちなみに現在、城内に立ち入ることはできませんが、時代劇ロケ地の有名サイト"時代劇の風景"様によると、2013(平成25)年4月5日フジテレビ系で放送された"女信長"第1夜で、木下藤吉郎と信長が5重6階の天守閣最上階と思われる場所で会話するシーンは、この天守閣を使用したものだそう。(風景は合成)

伏見桃山城大天守へ至る道_H26.12.05撮影
大天守へ至る道 H26.12.05撮影

大天守へ至る石垣もきちんと再現されています。伏見桃山城の時代劇のロケは少ないようですが、この辺りも十分、撮影に使用できる風景です。伏見桃山城は山の頂上にあるため余計な物の映り込みも無いので、もう少し頻繁にロケに使用されていても良いような気がします。

伏見桃山城大天守への入り口_H26.12.05撮影
大天守への入り口 H26.12.05撮影

前述のように耐震上の問題で、大天守の入り口は固く閉ざされています。扉の上の部分にはガラスが用いられていますが、割れてしまったりしているのが、この日の夕陽と相まって物悲しく感じるところです。

伏見桃山城大天守_H26.12.05撮影
入口側から見た大天守_H26.12.05撮影

現在、その痕跡はわからなくなっていますが、2007(平成19)年には、東映により"茶々 天涯の貴妃"撮影で大阪城として撮影するため、改修を1億円かけて行ったそうです。全体的に赤っぽくゴージャスであることが、豪壮で派手な安土桃山時代の城を連想させます。

伏見桃山城石垣_H26.12.05撮影
伏見桃山城石垣 H26.12.05撮影

天守閣裏側の石垣です。本物の石垣と同じ様にきちんと組まれています。そもそも遊園地の建設物として造られたとは思えない、本格的な造りです。

伏見桃山城小天守_H26.12.05撮影
小天守 H26.12.05撮影

3重4階の小天守の存在が大天守を引き立て、城を華やかにしています。正門、大天守、小天守だけではありますが、細かく丁寧に造られているので、キャッスルランドが閉園する際、住民運動で伏見のシンボルとして、京都市に無償譲渡されたという経緯も良く理解できます。
場所:京都府京都市伏見区桃山町大蔵45(地図)
交通:JR奈良線 桃山駅,近鉄京都線 近鉄丹波橋からいずれも徒歩で20分程度 

今回は行きは桃山駅からタクシーを利用して、帰りは徒歩でした。駐車場にタクシーが客待ちをしていなかったので、すぐ帰るならタクシーに待っていてもらった方がベストかもしれません。

*今回の記事は、"時代劇の風景"様伏見城ロケ地資料を参考にさせて頂きました。

テーマ:時代劇 - ジャンル:テレビ・ラジオ

2015.02.26 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【撮】京都の時代劇ロケ地

【撮】時代劇ファンの聖地~嵯峨御所大覚寺その3~御殿川

カテゴリ:【撮】京都の時代劇ロケ地
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御殿川・参道の石橋_H17.4.10撮影
御殿川・参道の石橋 H17.4.10撮影

大覚寺の表門・明智門の手前には細く浅い川が流れています。この小川は、大覚寺と大沢池の間を流れる有栖川から分流している御殿川で、特に必殺ファンには秀が出陣のシーンで走る川の一つとして知られています。この川には、参道と勅使門の前に二本の小橋がかかっていて、参道の橋は平坦で、勅使門前の橋は若干丸みを帯びた太鼓橋です。現在、勅使門は封鎖されているので、一般の観光客は勅使門前の橋を渡ることはできません。
 
御殿川・勅使門前の橋_H17.4.10撮影
御殿川・勅使門前の橋 H17.4.10撮影

この場所を利用したシーンで一番印象的なのは、昭和51年(1976)7月23日放送の“必殺仕業人”第28話最終回“あんたこの結果をどう思う”。参道・表門周辺を、赤井剣之介が捕らわれる柴山藩邸周辺とし、藩邸から脱出した剣之介・お歌夫妻が御殿川の中で追っ手に斬殺され、非業の最期を遂げます。脱出して最初に隠れるのが勅使門前の石橋。二人は、すきを見て大沢池方面に逃げ出すのですがすぐに発見されてしまい、囮となって代わりに捕らえられる又右衛門は勅使門前の石橋の上で、この惨劇を目の当たりにします。御殿川の中で倒れる剣之介とお歌が、いまわの際に手を握り合おうとしますが、力尽きて手が届かないという二人の最期は、必殺シリーズでは屈指の名シーンです。
 
御殿川・参道の石橋より勅使門方面 H19.6.11撮影
御殿川・参道の石橋より勅使門方面 H19.6.11撮影

昭和62年(1987)公開の映画“必殺4 恨みはらします”では、旗本愚連隊・多羅尾新八が参道の石橋上で鋳掛屋九蔵の投げた小刀により殺害されます。同時に新八を狙っていた主水は、御殿川の明智門前辺りに潜み、近づいて行きますが九蔵の邪魔で失敗、主水はそのまま御殿川を勅使門の方角へ逃げて行き、その後を旗本愚連隊の組仲間が追っていきます。同じく、新八を狙っていたわらべ屋文七も目的を果たせず、長次を連れて逃げていくというシーンです。

平成8年(1996)公開の映画“必殺! 主水死す”では、主水が上臈年寄の姉小路と元老中・水野忠邦に仕掛ける江戸城内のシーンでの使用です。勅使門前の橋の下に潜む主水が、下から刀で姉小路を一突き、続いて欄干の外側に上がり、水野を片手で一刀の元に斬り捨てます。

御殿川・大沢池側より  H19.6.11撮影
御殿川・大沢池側より H19.6.11撮影

その他にも、女郎の足抜けや被害者の殺害現場など、のんびりした雰囲気の割には、夜間に人が殺される陰惨なシーンがよく撮影される場所という印象があります。武家屋敷としては、御殿川と二つのの石橋があることで、大藩の屋敷を演出できる撮影スポットです。また少し面白い例では、平成8年(1996)から9年にかけて放送された高橋秀樹さんの異色時代劇“さむらい探偵事件簿”のオープニングで、高橋さん扮する本間五月が、虚無僧に追われながら、子供を背負って勅使門前の橋の下を逃げていくシーンが撮影されています。


大覚寺(HP)
所在地:京都府京都市右京区嵯峨大沢町4

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2013.09.23 | | Comments(2) | Trackback(0) | 【撮】京都の時代劇ロケ地

【撮】時代劇ファンの聖地~嵯峨御所大覚寺その2~大門

カテゴリ:【撮】京都の時代劇ロケ地
~京都の時代劇ロケ地をメジャーからマイナーまで


相手が大きすぎて避けていましたが、時代劇ファンの聖地、時代劇ロケのメッカである嵯峨野・大覚寺を紹介します。


大覚寺表門_H19.06.11撮影
大覚寺表門 H19.06.11撮影

前回、紹介した明智門の隣にあるのが表門。勅使門を除けば、文字通り大覚寺の正門ということになる。大覚寺のHPでは表門と称されるが、資料によっては大門と表記されることも。この木造切妻造の本瓦葺四脚門は、江戸初期に建てられたもので、時代劇では大名の江戸屋敷や奉行所の門によく擬される。正面を流れる有栖川に身を隠しながら出入りの様子を伺ったり、物売りに化けて門前の砂利道をうろつくシーンは、時代劇の探索シーンの定番とも言える。門前に川というロケ地はあまりないので、有栖川の石柵が映り込む風景は印象に残る。

大覚寺表門と有栖川_H19.06.11撮影
大覚寺表門と有栖川

山崎努版の雲霧仁左衛門の最終話第15話(1999年3月)では、藤堂藩の上屋敷も門として使用された。20年前、公金横領の汚名を着せられて放逐された兄の復讐のため、藤堂藩主の猟官費用1万両を強奪し、兄を陥れた家老が詰め腹を切った後にこの門前に1万両をそのまま置き捨てる。表門に、藩主名で賂いの配布先を指示した手紙も張り出される小気味よい場面。


大覚寺表門前_H19.06.11撮影
大覚寺表門前 H19.06.11撮影

御家人斬九郎第5シリーズ最終話第10話(2002年2月26日)でも、斬九郎の最後の敵、下河原藩邸の門として使用された。殺された兄のことを調べようと藩邸に斬九郎が乗り込んでいく。入っていくシーンは判りづらいが、門を出てくるシーンでは、そのまま左に出て有栖川の石橋を渡る。前述の二つの使用例は、偶然だが、最終話、死んだ兄の汚名を雪ぐ、敵の大名屋敷の門と見事にかぶっている。制作はどちらも松竹京都映画であり、両話とも私にとっての名作である。


大覚寺(HP)
所在地:京都府京都市右京区嵯峨大沢町4


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2013.05.21 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【撮】京都の時代劇ロケ地

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