【散】京都駅から三条京阪を歩く(H26.06.07) その7

カテゴリ:【散】京都の散歩道~街中から山道まで有名無名限らず、色々な京都の散歩道を案内します。京都歩きの御参考になれば幸いです。


宮川町通り_H26.06.07撮影
宮川町通り H26.06.07撮影

五条大橋を渡り、川端通りを横断して一筋東の宮川町通りへ入りました。宮川町通りとは言っても、この辺りはまだ普通の住宅街です。

小半(こなから)_H26.06.07撮影
小半(こなから) H26.06.07撮影

宮川町通りを北へ進むと、酒樽を軒先に積んだお店があります。こちらのお店は"小半"とかいて粉からと読みます。店頭のメニューには、予算5,000円 お料理3~4品 お酒3~4杯/予算7,000円 お料理5~6品 お酒4~5杯/予算9,000円 お料理7~8品 お酒5~6杯と書かれており、思ったよりもリーズナブルな価格です。今度、入ってみたいと思います。

軒先のポンプ_H26.06.07撮影
軒先のポンプ H26.06.07撮影"

道端に手動のポンプがあり、そこから水を汲んで、住民の方が植木に水をあげていました。京都は地下水が豊富なことで知られていますが、産業や神社仏閣だけでなく、一般家庭でもその恩恵に預かっていることがよくわかります。

たばこ屋_H26.06.07撮影
たばこ屋 H26.06.07撮影

昔ながらのたばこ屋さんがありました。郷愁を誘います。昔はこんな感じのお店が日本中にありました。

美容室_H26.06.07撮影
美容室 H26.06.07撮影

こちらも懐かしい感じの美容室です。場所柄、舞妓さんや芸妓さんもたくさん通っているのでしょう。宮川町通りの南半分は花街というよりも、生活感の感じられる懐かしい道でした。六波羅裏門通りを越えると、宮川筋六丁目に入り、ここからが花街としての宮川町になります。そのまま北上し、松原通りに行き当たったところで、一筋西の川端通りへ移動します。

宮川町の紋章_H26.06.07撮影
宮川町と川端通り H26.06.07撮影

川端通りと宮川町の西端の間には1本の細い水路と樹木で隔てられいるため、さながら別の通りのように見えます。この衝立のおかげで川端通りの喧騒も大分、軽減されます。

宮川町の紋章_H26.06.07撮影
川町の紋章_H26.06.07撮影

この三つの輪の組み合わせたものが宮川町の紋章です。寺社と町屋と花街の三者の結合をイメージしたもの。舞妓養成機関の女紅場を三者が協力して、学校施設にした記念に制定されたそうです。(続く)

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2014.07.13 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【散】京都の散歩道

【散】京都駅から三条京阪を歩く(H26.06.07) その6

カテゴリ:【散】京都の散歩道~街中から山道まで有名無名限らず、色々な京都の散歩道を案内します。京都歩きの御参考になれば幸いです。


源融河原院跡_H26.06.07撮影
源融河原院跡 H26.06.07撮影

五条通りの手前には大きな1本の榎が植わっています。この辺りにはかつて、源氏物語のモデルで知られる源融の"河原院"とよばれる大邸宅がありました。この榎は邸内にあった森の名残だと案内板に書かれています。"河原院"から″河原町通り"の名が生まれたそうです。

榎大明神_H26.06.07撮影
榎大明神 H26.06.07撮影

後ろには建物の黒壁にぴたりとくっついた鳥居があります。この中には榎大明神が祀られており、この榎はその御神木です。またこの木は京都市下京区の"区民の誇りの木"にも選出されています。

祠と鴨川_H26.06.07撮影
祠と鴨川 H26.06.07撮影

建物の裏には小さな祠があり、その前には鴨川の景色が広がっています。鴨川は川端通りのある東岸から見ることが多いのですが、西岸からの景色も新鮮でなかなか良いものです。

義経と弁慶像_H26.06.07撮影
義経と弁慶像 H26.06.07撮影

五条通りに出ました。通りの真ん中には、東山をバックに京人形風の弁慶と義経の像が置かれています。人形の向こうが五条大橋です。本当は、弁慶と義経の頃の五条大橋は、一つ北の、今の松原橋の辺りでした。時代は下って、秀吉が方広寺大仏殿造営の際、六条坊門小路に五条大橋を掛け替えさせたそうです。

扇塚_H26.06.07撮影
扇塚 H26.06.07撮影

五条大橋西詰の"うしわか広場"には、扇塚が置かれています。扇が平安時代の初期、この地で初めて作られたと伝えられていることが由来です。平敦盛の妻が、敦盛の没後、出家し、時宗御影堂の寺僧とともにこの地で扇を作ったことから多くの扇職人が集まるようになったとのだとか。

五条大橋_H26.06.07撮影
五条大橋 H26.06.07撮影

現在の五条大橋は、1959年(昭和34年)に掛け替えられたもので、五条通りは、西の堀川通りまで国道1号線になります。このまま五条通りを東へ進むと、東山五条の交差点、清水寺のある清水山の麓に出ます。

料理旅館鶴清_H26.06.07撮影
料理旅館鶴清 H26.06.07撮影

五条大橋を渡って、川端通り側に出ました。川向こうには、堂々たる佇まいの料理旅館の鶴清(つるせ)。鴨川に姿を写す、昭和初期に建造された総檜造りの建物は、京都らしさを感じさせます。このあたりから三条までの鴨川の風景は、京都そのものと言ってもいい位です。(続く)


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2014.07.10 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【散】京都の散歩道

【散】京都駅から三条京阪を歩く(H26.06.07) その5

カテゴリ:【散】京都の散歩道~街中から山道まで有名無名限らず、色々な京都の散歩道を案内します。京都歩きの御参考になれば幸いです。


高瀬川_H26.06.07撮影
高瀬川 H26.06.07撮影

河原町通りを横断して東へ進むと高瀬川沿いの道に出ます。車が多く賑やかな河原町通りから、少し入っただけで急にしっとりとした風情の住宅地の街並みに変わります。川の流れが緩いせいか、落ち葉が浮いていて少し澱んだ感じです。

生活用の小橋_H26.06.07撮影
生活用の小橋 H26.06.07撮影

少し南側には、こんな小さな橋がかかっていました。50センチほどの細い橋です。地元の方の手製なのでしょうか。ここから五条通りまでこのような小さな橋が3本ほどありました。欄干にはひらがなで"のりものおことわり"と書かれています。

閉鎖された家屋_H26.07.06撮影
閉鎖された家屋 H26.07.06撮影

先程、河原町通りから入ってきた角に、このような家屋があります。入口は閉鎖され、使用されていないようです。入口には"第二西菊"と赤い文字で記され、窓には、少し昔風のブラインドのようなものが取り付けられています。

閉鎖された家屋_H26.07.06撮影
閉鎖された家屋 H26.07.06撮影

こちらはもう少し町屋の風情の建物で"羽衣"と書かれています。感の良い方ならもうおわかりでしょうが、実はこの辺りは、"五条楽園"とよばれた旧遊郭街です。祇園などの花街と違う所は、この街は芸妓も娼妓も存在する花街で、戦後のいわゆる赤線地帯とよばれた場所でした。長らく営業を続けていましたが、2010年(平成22年)に京都府警の取締により閉鎖され、遊郭としては一部が廃墟のようになり、すでに取り壊しが進んでいます。

閉鎖された家屋_H26.07.06撮影
閉鎖された家屋 H26.07.06撮影

こちらの建物の唐破風も遊郭としての歴史を感じさせます。このブログは、女性の方も多く見て頂いているので、今回、五条楽園を御紹介しようかどうするか迷ったのですが、京都の表の顔も裏の顔をありのままに紹介したいという思いから、敢えて取り上げてみることにしました。私がよく行く東京のスナックで、京都にしばらく住んでいた年配の方に伺うと、"五条楽園"は京都では、その筋を知っている人には有名な場所だったとのことでした。

高瀬川沿いのあじさい_H26.06.07撮影
高瀬川沿いのあじさい H26.06.07撮影

高瀬川沿いを歩いて行くと、ちょうど、今の季節が盛りのあじさいが満開で並んでいます。川沿いに地元の方が色とりどりのあじさいを育てているようで、手入れをされていました。

高瀬川沿いのあじさい_H26.06.07撮影
高瀬川沿いのあじさい H26.06.07撮影

こぼれるような白いあじさいの花が美しい。あじさいが少しだけ旧遊郭街の名残を残しているように思えました。


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2014.07.09 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【散】京都の散歩道

【散】京都駅から三条京阪を歩く(H26.06.07) その4

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名酒館タキモト_H26.06.07撮影
名酒館タキモト H26.06.07撮影

文子天満宮をあとにして間之町通りを北上し、六条通りに出たら東へ向かいます。七条、五条通りは車の通る大きな通りですが、六条通りはちょっと広めの路地と言った感じです。見えてきたのはレンガ色の建物、名酒館タキモト。開店していないにもかかわらず、酒好きの私は思わずここで足を止めてしまいました。こちらは創業百十数年の老舗で、焼酎、地酒、ワインが専門だそうです。

市比賣神社_H26.06.07撮影
市比賣神社 H26.06.07撮影

そのまま進むと、六条通りが少し南側に傾いて河原町通りに突き当ります。河原町通りを北上すると、最初の信号で見えてきたのが、市比賣神社(いちひめじんじゃ)。市バスの車内アナウンスで名前をよく聞きますが、注意して見たのは初めてでした。何とマンションの中に神社があります。日常に寺社が密着しているのが何とも京都らしい光景です。

市比賣神社_H26.06.07撮影
市比賣神社 H26.06.07撮影

マンションの1階部分が社務所になっており、その部分に一の鳥居代わりの赤い門があるという面白い設計です。神社をこの地に残すために、きっと色々なことがあってこの形に落ち着いたのでないでしょうか・・・と勝手に想像してみましたが、折角なので参拝させて頂きます。

市比賣神社本殿_H26.06.07撮影
市比賣神社本殿_H26.06.07撮影本殿 H26.06.07撮影

社務所の前を抜けて石鳥居をくぐるとすぐに本殿です。写真の右側はマンションの一部で、写真奥の本殿はマンションとは別の平屋の建物になっています。市比賣神社は祭神に5柱の女神を祀る神社で、平安遷都の際に、左右両京の市場を守護する神社として創建されたのが始まりです。本殿にお参りしてから境内を歩きます。

カード塚_H26.06.07撮影
カード塚 H26.06.07撮影

商売に関連するからかどうか分かりませんが、使用済みのカードを供養するカード塚というものがありました。オブジェの脇に置いてあるガラスの壺に使用済みのカードを納めるというスタイルです。そういえば、市比賣神社ではカード型のお守りもありました。これからの神社は色々なニーズに応えなければなりません。アイデア勝負でなかなか大変ですね。

市比賣神社の絵馬_H26.06.07撮影
市比賣神社の絵馬 H26.06.07撮影

現代の市比賣神社は商売繁盛と子供・女性を守護する神社で女人厄除祈祷所として知られています。絵馬も女性をモチーフにした可愛らしいデザインです。

姫みくじ_H26.06.07撮影
姫みくじ H26.06.07撮影

皇室の産湯に使われていた天之真名井(あまのまない)の脇には小さな達磨のようなものが沢山の置かれています。これは姫みくじといって、この中におみくじが入っているのですが、容れ物は持って帰っても願い事を書いてここに納めて行ってもいいそうです。(続く)

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2014.07.06 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【散】京都の散歩道

【散】京都駅から三条京阪を歩く(H26.06.07) その3

カテゴリ:【散】京都の散歩道~街中から山道まで有名無名限らず、色々な京都の散歩道を案内します。京都歩きの御参考になれば幸いです。


正面通り_H26.06.07撮影
正面通り H26.06.07撮影

平安法衣店の角を曲がって、烏丸通りから正面通りに入りました。突き当りは東本願寺の飛地境内の庭園である渉成園です。正面通りは渉成園の反対・河原町通りからまた始まって、鴨川を渡り、方広寺に行きつきます。方広寺の正面に出ることから正面通りの名がついたとか。


謎の近代建築_H26.06.07撮影
謎の近代建築 H26.06.07撮影

東洞院通りを越えると右手に昭和初期に建てられたような建物が現れました。片側を蔦に覆われています。何の建物かは分かりませんでした。集合住宅ではなさそうなので、個人のお宅でしょうか?

渉成園_H26.06.07撮影
渉成園 H26.06.07撮影

突き当たりが渉成園の入り口になります。渉成園は江戸初期に石川丈山によって作庭された書院式の池泉回遊式庭園です。ここから見える京都タワーが好きなのですが、今回は時間の関係でスルーします。渉成園前を北(左)に折れて間之町通りに入ります。

街角の祠_H26.06.07撮影
街角の祠 H26.06.07撮影

京の町の其処此処でよく見かけるお地蔵さんを祀る祠です。どこでも、町の人によって常に清潔に保たれていて清々しい気持ちになります。この風景は街をてくてく歩かないと味わえない、実に京都らしいひとコマです。

文子天満宮_H26.06.07撮影
文子(あやこ)天満宮 H26.06.07撮影

北野天満宮の前身である文子天満宮です。菅原道真公の没後、乳母であった多治比文子が、道真公から「われを右近の馬場に祀れ」とのお告げを受けましたが、貧しく社殿を建てられず自宅に道真公を祀ったのが、文子天満宮の始まりです。そのため天神信仰発祥の地とされています。

文子天満宮境内_H26.06.07撮影
子天満宮境内 H26.06.07撮影

鳥居をくぐって境内に入ると大部分が屋根で覆われています。これなら雨が降っても大丈夫、参拝者に優しい神社ですね。正面が大正7(1918)年造営の本殿、向かって左の赤い建物が文子殿とよばれる建物です。ビルや住宅に囲まれた小さい境内ですが、末社も五社あり、学業成就以外にも植林林業、開運招福、雷よけ・五穀豊穣、子宝、商売繁盛、良縁祈願、交通安全など様々な御利益をもっています。

多治比文子像_H26.06.07撮影
多治比文子像 H26.06.07撮影

多治比文子にちなんで"あやこ"と言う名前なら誰でも入れる全国文子会という会もあるそうです。また境内には清楚で穏やかな文子像が置かれています。この文子像を見ていると実は菅原道真公が日本三大怨霊の一人であることを忘れてしまいそうです。

学業成就の絵馬_H26.06.07撮影
学業成就の絵馬 H26.06.07撮影

神社に来ると特徴的な絵馬をいつも撮影するのですが、文子天満宮の絵馬は、梅と衣冠束帯姿の凛々しい道真公が描かれています。他にも、優雅に平安貴族の男女が描かれた縁結びの絵馬が、用意されていました。(続く)

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2014.06.27 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【散】京都の散歩道

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