【段】黒谷・金戒光明寺御影堂前の石段

カテゴリ:【段】日本石段階段学会・京都支部
~京都支部の石段階段の研究成果を発表します。



金戒光明寺御影堂前の石段_H17.03.12撮影
金戒光明寺御影堂前の石段・山門越し H17.03.12撮影

黒谷の金戒光明寺の山門は接写すると南禅寺の三門に似ているが、向こうに石段があるかと、そこが金戒光明寺とはっきりわかる。ちなみに山門はただ今修復中。

金戒光明寺御影堂前の石段_H24.11.10撮影
金戒光明寺御影堂前の石段・秋 H24.11.10撮影

石段の上には2本の松の木が特徴的。下から数段上ると、ステップは石を埋め込んだ石段。同じく光明寺の名を持つ粟生光明寺の石段にやや似ている。左側の桜の木は、秋には赤く紅葉し、

金戒光明寺御影堂前の石段_H24.04.10撮影
金戒光明寺御影堂前の石段・春 H24.04.10撮影

春には綺麗な花をつけ、石段の四季を彩る。この桜の木があるおかげで、春も秋もここは、石段に季節を織り込みたいカメラマンの隠れた名所となっている。

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2013.02.28 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【段】日本階段石段学会・京都支部

【タ】霊山護国神社から見える京都タワー

カテゴリ:【タ】京都タワー
~京都駅前で迎えてくれる京都タワーには様々な表情があります。



前回、【タ】龍馬の墓から京都タワーは見えるのか?ということで、霊山護国神社の坂本龍馬の墓の前から見える京都タワーを紹介したが、正直、木が邪魔になってはっきり見えない。山の頂上には木戸孝允の墓があるのだが、そこから見える京都タワーはもっと見づらい。そこでよく見える場所を探して見つけたのはこの風景。

霊山護国神社から見える京都タワー_H24.11.10撮影
霊山護国神社から見える京都タワー H24.11.10撮影

何のことはなく、龍馬の墓から木戸孝允の墓へ登っていく道の途中からは、遮るものがなく綺麗に見えた。木戸の墓へ登って行く途中では背中の方向に京都タワーがあるので、下る時まで気が付かなかったようだ。山をバックにすると京都タワーの白い躯体が映えて、日中でも美しさが際立つ。

霊山護国神社から見える京都タワー(拡大)_H24.11.10撮影
霊山護国神社から見える京都タワー(拡大) H24.11.10撮影

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2013.02.27 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【タ】京都タワー

【歩・過】東海道五十三次踏破・品川~その1

カテゴリ:【歩・過】京都まで歩く(日本橋~金谷)
~2010年からスタートして現在中断中の、東海道を日本橋から京都まで歩く企画の過去分です。ここでは日本橋~金谷までを取り上げます。途中の文章もその当時に書いたものです。



2010年2月14日(日)第2回の記録:品川~鈴ヶ森

悪天候が重なり、1週間空いてしまいましたが、ようやく天候が落ち着いたようなので、本日は恵比寿でココイチ神カレーを食して腹ごしらえ後、前回終了地点の品川駅前から13:50に再スタート。ちなみに本日はデジカメを忘れたために写真はすべて携帯です。本日の服装も前回と同じR&Rサンツガーだが、ジーンズだと疲れるので今日はカーゴパンツ。

品川駅スタート直後、駅ビル内にゴーゴーカレーを発見。ゴーゴーカレーは金沢のカレーチェーンなんですが、どろっとした黒いルーでキャベツの千切りと一緒に食べるのが特徴で、一時期は、外食オレ四天王の一、ココイチ神カレーの座をおびやかしたことのある実力派カレー。こんなところにもあったんだと新発見。本日は幸先の良いスタートである。

本日は品川駅から国道15号を少し歩いて八ツ山陸橋から旧道を歩いて品川宿を歩くコース。物の本によると八ツ山橋陸橋は、ゴジラが上陸した最初の地点だとのこと。特撮ファンの聖地か?陸橋からすぐ脇にそれるのだが、うっかり行き過ぎてしまい、ちょっとだけ道に迷ってしまった。地図を見直して品川宿の入り口の看板を発見したのが14:03。ここから旧東海道に入っていく。ここからは鈴ヶ森まで15号と京急線と並行して歩いて行く。

旧東海道は商店街になっており、この辺りは北品川本通りと呼ばれていて、道幅も旧東海道のままということだ(車が2台ぎりぎりすれ違う位の道幅)。町並みこそ現代の建物だが、昭和風の商店が軒を連ねており、何となく旧街道の雰囲気を上手に残している。商店街も旧東海道ということを前面に押し出しており、観光の目玉にしている。街のそこここに旧東海道の案内や説明が書かれており、歴史好きにとっては楽しいだろう。商店もシャッターに品川宿の風景画を入れたり個人で案内板を立てたりして、町全体で品川宿で町おこしという意気込みが感じられる。ヤフーの地図で、ガイドブックを見ながら旧東海道に線を引いていく作業は、慣れないせいか品川宿で難航したが、実際に歩いてみると入り口さえ見つけられれば実にスムース。

足を踏み入れてすぐに観光協会の案内所が設置されており地図を眺めていると、早速スタッフの方が声をかけて下さった。
スタッフ「どちらまでいらっしゃるんですか」
オレ「京都です。」(即答&断言)
早速、食いつきて来てくれて色々説明して頂いた。明らかにこのまま京都まで歩くと誤解しているようなので、今回の趣旨を説明。こういうのが欲しかったんだよ。こういう地元の人との昼間のふれあいみたいなのが。地図は50円で後は無料ということなので、地図を購入してパンフレットを頂いた。ここから15号と合流する鈴ヶ森までは4km程あるらしい。

すぐに土蔵相模跡の立て札。今はファミリーマートになっている。司馬遼ファンや幕末維新史が好きな方には説明するまでも無いと思うが、夜な夜な志士達が集まって会合を開いていた遊郭跡。外観が土蔵のような建物だったので土蔵相模と名がついたとは初耳。

14:18東海道品川宿交差点 ここは山手通りとの交差点。

14:21品川橋 ここからは品川宿場通り南会という商店街になる。北品川宿と南品川宿はこの橋で別れていた。品川宿は相当大きな宿場町だったことが伺われる。京へ上る人は品川では泊まらないので、京都から下ってきた旅人が江戸に入る支度をするためにこんなに広い宿場が開けたのだろうか?色々と想像してみる。

14:27ようやく体が温まってくるが、腰のだるさも感じてきた。今日はちょっとだるさを感じるのがいつもより早い。天候は曇りだがそれほど寒くは無い。革ジャンのファスナーを空けたり閉めたりラジバンダリ(死語)で温度調節。

14:31東海道南品川宿交差点 池上通りとの交差点。ここで大体品川旧東海道の2/3位。

14:33品川寺。ここは“ほんせんじ”と読む。入り口に大きな地蔵がありこの仏像は江戸六地蔵第一番。もしかして、ここが品川の名の発祥かなと思い、調べてみたら、実際はこの地を流れる目黒川が、流れが緩やかなため港として使われ、品(物)が行きかう川だったからだそうだ。寺の名前が地名になった吉祥寺や高円寺とは違っていた。ちなみにこの辺りは青物横丁商店街になっている。

14:36ちょっと気になる居酒屋発見。飲み放題77円、刺身1品98円。スーパーの半額に挑戦しているらしい(看板に文言あり)。非常に惹かれるのだが、一応、自分的に53次中は飲酒禁止ということにしている。どこまで守れるかわからないがな。

14:41鮫洲商店街に入る。ここまでずっと名前を変えて商店街が続いている。これほど長い商店街の連鎖って日本で一番じゃないだろうかと思ってしまう。ちなみに日本一長いアーケードは四国の高松と聞いている。まもなくスタートからほぼ1時間経過。腰もだいぶきつくなってくる。左側には川を挟んで首都高が見える。

14:49この辺りから普通の住宅街の路になってくる。駅はまもなく立会川。ここで会社の上司から紹介された老舗のお蕎麦屋さん吉田家さんを発見。旧東海道に店を構える創業150年の老舗。店構えはこじんまりとしているが、中庭や池もある料亭のような店だとのこと。値段もそこそこ張るようだ。お茶だけでもと思い、休憩に入ろうかと思ったが、満席で空席待ちの人もいたため入店を断念した。

14:55ちょっとだけ街道をそれて、立会川駅前の坂本龍馬像前。立会川はかつて土佐藩の下屋敷が有り、坂本龍馬の江戸遊学中、黒船来航のときに警備をした浜川砲台跡がある関係で、町中に幟を立てて、坂本龍馬を押し出しているらしい。龍馬をあしらったお茶や海苔なども販売していたが、龍馬ラーメンや龍馬ギョーザなんていうのも販売していた。日本史上の一二を争う有名人で、今年の大河ドラマも龍馬伝ということで、こんな感じになっているようだ。

ちなみに坂本龍馬、この人は実は死後に有名になった人物で、維新当時はそれほど有名な人物ではなかったようだ。明治16年、坂崎紫瀾という人物が書いた「汗血千里の駒(かんけつせんりのこま)」という小説で初めて世に名前を知られ、その後、日露戦争時に、これは国民の志気を高めるための創作だと思うが、バルチック艦隊との日本海海戦直前に皇后の夢枕に白装束で現れ、名乗らずに日本が必ず勝つと言い、話を聞いた側近が(確か香川光顕)その風体からもしやと思い、写真を見せたところ、皇后がこの人物であると述べたところから、有名になった人物である。

戦後になって司馬遼太郎の“竜馬がゆく”で国民的な人気を博したが、近年の研究では実際にはそこまででもなかったのではないかと考える学者も現れている。公家の日記や西郷の発言などで確かにユニークで度量も大きい人物なのは確かだったようだが、実は薩摩藩の意を呈して動いていたとか、日本で武器販売の拡大を目論むトーマスグラバーのエージェントだったなど。あと、こんなことを書くとコアな龍馬ファンに怒られてしまいそうだが、梅毒で頭が禿げていたなんて記録もあるらしい。私も実際どうなんだかと思ってしまうが、司馬遼の“竜馬がゆく”ファンなので、小説の竜馬のモデルになった人物ということで何となく納得している。

東海道に戻り歩き出すと、浜川砲台への案内板がある。ペリー艦隊が見れると書いてあるので、まあ実際に艦隊は見れないけど海岸線でも見えるかと思って行ってみたら川の中になっている汚い壁に、龍馬と黒船が書かれているだけの代物だった。すっかりだまされた。

15:11 刑場跡の碑を過ぎて15号との交差点、鈴ヶ森に到着。



2013/02/25記載
2回目もまだまだ浮かれています。カメラを忘れ、スマホになる前の形態で撮影したので写真がボケボケで今更載せるのが恥ずかしい。今度時間がある時に取り直しに行きます。

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2013.02.26 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【歩・過】京都まで歩く(日本橋~金谷)

【石】とてもけな気なお地蔵さん・御室八十八か所

カテゴリ:【石】京都の石仏
~雨の日も風の日も京の街を山を水辺を護り続ける"いしぼとけ"達



御室八十八か所のお地蔵さん_H24.12.23撮影
御室八十八か所のお地蔵さん H24.12.23撮影

仁和寺の裏にある成就山の御室八十八か所には、途中、多くの石仏が祀られているが、一番惹かれたのは、二十三番薬王寺と二十四番最御崎寺(ほつみさきじ)の間の山道の脇にあるお地蔵さん。土を掘ってお堂を作ったものの、長い年月で木の根が張ってきてお堂ごとつぶされそうになっている。それをこのお地蔵さんが孤軍奮闘、1人で支えている様な姿がとても微笑ましい。赤い前掛けが向かって左側に上がっているせいで右手で屋根を支えているように見えるのだ。表情も歯を食いしばっているよう。その姿はまさに小さな力持ち。

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2013.02.25 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【石】京都の石仏

【塔】石段との組み合わせで見事な景観を作り出す金戒光明寺文殊塔

カテゴリ:【塔】京都の塔
~古都の情緒を醸し出す京都の五重塔、三重塔などを取り上げます。



金戒光明寺文殊塔_H17.02.05撮影
金戒光明寺文殊塔 H17.02.05撮影

黒谷墓地の頂上から、紫雲の山を見守る三重塔は寛永10年(1633年)建立の重要文化財。徳川二代将軍秀忠の菩提を弔う為に建立された。中山文殊と呼ばれた文殊菩薩が、ここに安置されていたから文殊塔という。二層目に「日本三文殊随一」の額がかかっている。日本三文殊には諸説あり、大和の安倍文殊、丹後の切戸文殊(宮津市の智恩寺)、出羽の亀岡文殊(山形県高畠町)など。

金戒光明寺文殊塔石段下から_H17.02.05撮影
金戒光明寺文殊塔石段下から_H17.02.05撮影

石段のカテゴリでも紹介したが、この塔の魅力は黒谷墓地を真ん中で二つに分けて塔まで続く石段抜きには語れない。まっすぐ伸びた石段の直線がこの塔を、より大きく、より美しく、より芸術的に見せる。背景に青空があればその効果はなおのこと。さらに春には石段下の桜のトンネルがますます美しくこの塔を彩る。


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2013.02.24 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【塔】京都の塔

【時】家康、秀吉、一個飛ばして織田信秀

カテゴリ【時】:時代劇の話
~時代劇の感想、雑感、ニュースを書いて行きます。



最近、少し仕事が忙しくて写真付きの記事を書いておりません。毎日訪問して頂いている方には申し訳ないです。

タイトルを見ただけでは何の話かわからないと思いますが、このタイトルだけで誰のことかわかった人は凄い。正解は西田敏行さんのことです。必殺シリーズでの個性的な悪人役が印象的な津川雅彦さんは、徳川家康を5回も演じたことで家康俳優として知られていますが、西田さんは「おんな太閤記」で豊臣秀吉、「功名が辻」で徳川家康、「葵徳川三代」で徳川秀忠、「八代将軍吉宗」では徳川吉宗を演じた天下人俳優なのです。ちなみに全部大河ドラマ。

体型のせいでしょうか、戦国の三大武将の織田信長は演じたことが無いのですが、この春に放送されるフジテレビの「女信長」で信長の父、織田信秀を演じるそうです。ちょっと面白いかなと思って記事にしてみました。

wikiで調べてみたら、大河で三大武将を二人演じたのは西田さんだけ。大河以外を含めると三人全員を演じたことがあるのは中村橋之介さん。幕末では大河で西郷隆盛と会津の西郷頼母の両西郷を演じたことがあるのは西田さんだけだそう。(「翔ぶが如く」と「八重の桜」)大河以外だと里見御大も入るとのこと。さすが日本を代表するベテラン俳優です。

佐藤賢一さんが書いたに女信長は天海祐希さん主演で二晩連続だそうです。男女逆転大奥を狙ってのドラマ化っぽいですが、制作は東映なのでまた京都のロケ地がたくさん使われることを期待しています。

フジテレビ:女信長のHP

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2013.02.22 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【時】時代劇の話

【報】鴨川河川敷に出雲の阿国ステージができる?

カテゴリ:【報】京都のニュース
~京都に関するニュースとそれに対する私見です。



出雲の阿国像_H25.3.16撮影
出雲の阿国像 H25.3.16撮影

昨日の記事ですが、京都府が鴨川河川敷に様々なパフォーマンスができるステージを計画しているそうです。四条河原の河川敷も候補地になっているとのことですが、実際の所、どうなんでしょう。歌舞伎、音楽、ダンス、大道芸などのパフォーマンスで自由に活用してもらうというのですが、バンドとか演られちゃったら結構きついですなあ。周辺に音が響き渡っちゃうから、特に祇園の辺りなんかは風情がなくなっちゃうんじゃないかと、野外のライブイベントの仕事してたことあるので、気になります。雰囲気的には三条ならいいんですけど、三条は狭いし・・・。しばらくこの話題からは目が離せません。(H25.03.19追記:実際よく見たら三条の方が若干広いかもしれません。どちらもステージ作るには狭い感じです。)

京都新聞
鴨川河川敷に阿国ステージ 四条河原など候補地

七条西洞院のバス停_H25.3.17撮影
七条西洞院バス停 H25.3.16撮影

もうひとつ、今日ののニュースで、市バスがHP上での七条の読みを“ななじょう”に改めたというのがありました。社内放送と合わせた形にしたそうですが、スマホ検索で混乱する人や、風情が無いとの苦情も上がっているそうです。基本、地名としては“しちじょう”と呼ばれているので、私的には、“しちじょう”の方がしっくりくるのですが。一条や四条と聞き間違えないようにという配慮もあると思いますが、日本を代表する古都だけに昔からの風情も大切にしてほしいです。

京都新聞
七条の読み方、「しちじょう」「ななじょう」どっち?

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2013.02.21 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【報】京都のニュース

【季】そうだ、京都行こう 2013春

カテゴリ【季】:京都の四季
~表情豊かな都の四季を題材にして、自由気ままに記します。



妙心寺退蔵院 紅しだれ桜
妙心寺退蔵院 紅しだれ桜 写真は京都の桜フリー写真

2.3日前から、日本の季節の風物詩とも言える「そうだ、京都行こう」の新CMがスタートしました。このカテゴリのひとつ前の記事が「嵯峨野の冬」だったので、もうそんな時期になったか・・・このCMを見る度に「京都行きてぇ~」心をくすぐられるのですが、今回は、妙心寺の塔頭、狩野元信の枯山水庭園で知られた退蔵院の紅しだれ桜。青空にやや濃いめのしだれ桜が映えるポスターに、コピーは「どの町のどこの桜が好きですか。おや、迷ってらっしゃる。どうぞ、ごゆっくり」。のどかでいいですねえ。私は黒谷墓地の桜が好きです。

退蔵院も実際行ってみると人でごった返していると思いますが、見ごろは例年4/10頃だそうで、3月30日(土)〜4月21日(日)は夜間拝観もやっているとのこと。ああ、京都行きてえ~。

そうだ、京都行こう。2013年春 ポスター

昨日は上七軒の北野をどり、今日は宮川町の京おどりの衣装合わせもあったようで、寒さ厳しい京都にも少しづつ春が近づいています。まだ春の兆しは見えない、日中は雪だった東京から。

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2013.02.20 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【季】京都の四季

【時】必殺仕事人2013拝見

カテゴリ【時】:時代劇の話
~時代劇の感想、雑感、ニュースを書いて行きます。



まずは、藤田御大の命日に必殺の新作を見ることが出来て感謝です。ネット上では色々な意見が書かれています。正直、昔からのファンからは批判的な意見が多いのは事実です。作品なのですから、批評・批判はどんどんした方がよいと思います。ただ、考えてほしいのは、新作が出来たから新たに批判ができるのです。水戸黄門も桃太郎侍も暴れん坊将軍もそうですが、終了後、長期間たってもこのように続いている作品があるでしょうか?必殺の灯があるから、意見を言い合って楽しむことができる、その影には石原監督を初め、多くのスタッフの努力があることを、特に最初から悪意を持って批判している方には考えて頂きたい。このあと、文章が下手なので箇条書きで感想を書いていきます。

一番最初に指摘したいのは、最初の仕事のシーンで、芸者に扮した坐坊を小五郎が平然と見逃そうとしたところ。ここには首を傾げてしまいます。仕事の現場を見られたら、原則始末するというのが鉄則のはずです。そこを簡単に逃がしてやろうとするとは、ちょっと唖然としてしまいます。基本、小五郎は名乗りを上げて仕事をしたり、大立ち回りをしたりと、仕事人の機密保持に対して無頓着です。ここまでするのなら、土壇場で自暴自棄になる癖があるとか理由をきちんとしたキャラ設定が欲しいですね。今回は、あの瞬間に小五郎が坐坊をご同業と見抜いてあの発言が出たと自分なりに解釈して納得しました。最後の親子の死体を並べてやるのもちょっと嫌ですね。2009の「鬼の末路」で「俺は頼まれてねえ」と母親を始末したのと同じ人だと思えない。

小五郎を八丁堀と呼ぶのが嫌だという意見も多く見ましたが、これは皆の感じ方なので、それぞれの思いがあると思います。若干、違和感はありましたが私は一向に構いません。そのうち慣れるでしょう。また慣れるまで、必殺が続いて欲しいです。そういえば、私もすっかり忘れていたのですが、前作から本町奉行所勤務ということになっていました。南町の八丁堀は永久欠番ということなのかもしれません。ちなみに、仕事人が集まる場を今回、詮議と呼んでいましたが、今までそう呼んでいたことあったでしょうか?シリーズに新たな用語が加わったのでしょうか?次回以降興味深いです。

今回の獅童さんの坐坊というキャラ設定は面白かった。単に助っ人というだけではなく、最後までどちらに転ぶかわからないというのも良かったです。ラストは仕事料を貰わずに仕事をしましたが、彼が仕事料を受け取らずに終わってしまったらどうしようかと正直焦りました。銭を貰ってこその仕事人、そうでなければただの人殺しという必殺の思想は当然のことながら継承されていたわけです。坐坊の女形姿は正直、厳しいかと思います。首が太すぎて、色っぽくは見えない。あそこは女形でなくて、何か別の設定でもよかったのではと個人的には思います。歌舞伎の女形よりは、激闘編で弐を演じた梅沢さんのような大衆演劇の女形、柔らかな女形の方が殺しに凄味が出て必殺には合うような気がします。

時代劇人生初の悪役を演じた里見御大も興味深く見させて頂きました。御大自ら、上賀茂神社のならの小川の水の中に入っていたのはちょっと感激しました。渡辺家の印籠の話がからんでくるのも水戸黄門、東映へのレスペクトなのでしょう。今回は物語の中で血が多用されていました。基本、時代劇では血を見せないというのがセオリーなような気がしますが、これは単に人の体から出る赤い血から、小宮山親子をつないでいる血、必殺、そして時代劇を次代に繋いでいく血というように制作側から何かメッセージも感じました。でもこれは私の考えすぎかもしれません。

ゲストについて、竹内力さん演じる玄幽はちょっとやり過ぎな気がしましたが、左さんの怪演は面白かったです。ただ、あの洋館(龍谷大学大宮キャンパス)は違和感がありました。市原さんのオープニングナレーションは良かったと思います。わかる人だけニヤリとさせる、必殺のこういう所好きです。お父上が偉大であるということでは勝之進に渡辺大さんは素晴らしいキャスティングだったと思います。

今回の匳の扱いは随分と中途半端でした。田中聖さんは今後、よい時代劇俳優になると思っているので、ちょっともったいないと思います。他の仕事が忙しくてスケジュール的に止むなくということなのでしょうか。仕事のシーンも中途半端だったし、あの現れ方も緊迫感を削ぐ形になってしまったのが残念です。緊迫感と言えば、坐坊とお菊の三番筋での対決ももう少し緊張感が欲しかった。和久井さんにお菊はあっていると思うし、今回はお菊の見せ場はあそこだと思うのでちょっと物足りなかったです。

それでは次回の必殺にも期待したいと思います。キャスト、スタッフの皆様ありがとうございました。ネット上では次の悪役はマツケンかと言ってる人がいて思わず笑ってしまいました。

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2013.02.19 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【時】時代劇の話

【時】必殺仕事人2013ロケ地速報

カテゴリ【時】:時代劇の話
~時代劇の感想、雑感、ニュースを書いて行きます。



気がついてみたら、昨日から、必殺仕事人ロケ地関係の検索で入ってこられた方が、沢山いらっしゃって、ありがとうございます。こんなに時代劇のロケ地に興味がある方が多くて嬉しい限りです。今、職場からですが、覚えている範囲で記します。

左とん平さんの御殿・・・京都七条大宮にある龍谷大学大宮キャンパス
片岡が刀を振り回して練習していた場所・・・上賀茂神社ならの小川
片岡兄妹が会話していた鳥居の場所・・・伏見稲荷
泰山が小五郎の稽古を覗き見る場所・・・花園の妙心寺
妹が殺される場所・・・大覚寺大沢池
お菊と小五郎が話す海辺・・・愛知県知多市新舞子の海辺

間違いがあったらすみません。きちんとした情報は、時代劇ロケ地の大御所サイト様“時代劇の風景”の“時代劇拝見日記”に一両日中には掲載して頂けると思います。

番組についてのコメントを色々な方から求められているのですが、それは今晩、ここでお答えします。

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2013.02.18 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【時】時代劇の話

【記】日本を代表する竹林~嵯峨野・竹林の道

【記】THE京都
~京都の記号になっている建物、風景、その他諸々をピックアップします。



竹林の道_H24.12.08撮影
竹林の道 H24.12.08撮影

嵯峨野天龍寺の北側、野宮神社から大河内山荘手前までの400m程の竹林の道は京都を代表する散策コース。京都の旅番組やサスペンスには必ずと言っていいほど登場する。冬の嵐山花灯路では、竹林の道もライトアップされるが、その中でも所々がブルーにライトアップされているのは非常に幻想的。しかし、京都の代表的な風景だけに、日曜日の原宿竹下通り並みに人がいて、幻想的どころでは無いのが玉に傷。京都らしさを味わいたいなら、早朝の静かな時間に訪れたい場所。ついでに狭い道なのにタクシーが入ってくるので車は進入禁止にしてほしい。

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2013.02.17 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【記】THE 京都

【巡】観光タクシーを利用して京都市街の時代劇ロケ地を巡る

カテゴリ【巡】:京都の旅行計画プレゼン
~おススメの京都の旅行コースをプロデュース、またの名を京極観光社。



上賀茂神社ならの小川_H24.01.07撮影
上賀茂神社ならの小川 H24.01.07撮影

H24年の1月に親孝行旅行で企画したコース。【巡】京都駅南側の時代劇ロケ地巡り半日プランと【【巡】観光タクシーを利用して嵐山の時代劇ロケ地を巡る午後の翌日に巡ったコースです。

いろは旅館→三条駅→(京阪本線)→東福寺駅→(徒歩)→東福寺

東福寺で観光タクシー(MKタクシー)に乗車、以下はタクシーで移動

柊野堰堤→上賀茂神社→下賀茂神社

八坂神社で観光タクシー下車、以下は徒歩で移動

大谷祖廟→清水寺→清水五条よりバスで京都駅

この日は人数が6人だったため、大型の観光タクシーを利用しました。観光タクシーの利用時間を節約するため、いろは旅館から東福寺までは京阪線を利用し、東福寺観光終了後、タクシーに乗る形としました。

メインにしたのは柊野堰堤、上賀茂神社、下賀茂神社で、いずれも電車、バスでは回りづらい所を集めてみました。特に柊野堰堤は観光では行く所で無いので、時代劇好きの方を連れていくには喜んで頂けると思います。また上賀茂神社のならの小川、下鴨神社も時代劇ロケ地ではよく出てくる所です。

ちょうど昼食の時間が上賀茂神社、下賀茂神社の辺りだったので昼食場所が少なくお店のチョイスにはちょっと困りました。最終的に上賀茂神社の門前のお蕎麦屋さんを利用しました。

観光タクシーは八坂神社で下車、ここから祇園、東山は観光タクシーを利用するよりも歩いた方が便利で早いです。大谷祖廟は映画「必殺4 恨みはらします」で真田弘之扮する奥田右京亮が登場するシーンで使用された場所なので、あまりメジャーな場所ではありませんが、必然的に通るのでコースに加えてあります。あとは通常の東山観光コースで清水寺へ行って終了です。

観光タクシーはMKタクシーを利用して3時間で13,500円、JTBのオプションで予約したため、割引が入っています。



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2013.02.16 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【巡】京都の旅行計画プレゼン

【癒】東山の風を聴く~将軍塚大日堂西展望台

カテゴリ【癒】:京都で癒す
~一般的・個人的かかわらずマイ京都癒しのスポットをご案内



将軍塚大日堂西展望台_H24.12.08撮影
将軍塚大日堂西展望台から H24.12.08撮影

以前に、長楽寺の裏手から東山山頂公園へ上がる道をご紹介したが、その時に公園の隣にある将軍塚大日堂に参拝した。大日堂は青蓮院の飛地境内である。境内には将軍塚のほかに小さなお堂と庭園、二つの展望台があり、北側の展望台は木々に遮られて眺めは良くないのだが、西展望台から見える景色が上記の写真。

将軍塚大日堂西展望台から_H24.12.08撮影
将軍塚大日堂西展望台から H24.12.08撮影

展望台からは京都市街が一望で見渡せるが、2枚目の写真の通り北西方面を拡大して見ると、中央の森が京都御苑、写真では見えづらいが、その奥には双ケ丘、御苑の右側のY字は鴨川の合流地点。南東方面には京都タワーが見えるが、そちらは京都タワーのカテゴリにて後日。

将軍塚大日堂西展望台_H24.12.08撮影
将軍塚大日堂西展望台 H24.12.08撮影

西展望台は10数メートルという高さなので、ここの上に立つと東山に吹く風の音を聴くことができる。ただ、それだけでないのは、山頂に吹く風の音とともに、京都市街の喧騒も一緒に聞こえてくるのだ。車の騒音やクラクション、トラックの右折する時の女声の警告の音などが風の音に混じって遠くから聞こえてくる。高所で京都を一望しながらも京都を肌で感じることが出来るのは、京都を自分のものにしたような気持ちになって、京都好きには堪らない不思議な気持ちになる。ここで新しい京都の楽しみ方を教えてもらった。

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2013.02.15 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【癒】京都で癒す

【食】新・京都別れの王将~餃子の王将七条烏丸店

カテゴリ【食】:京都で食べる
~私が京都で食べた店、食べたい店をご案内します。味音痴なのでグルメガイドはできません。



餃子の王将七条烏丸店_H24.11.10撮影
餃子の王将七条烏丸店 H24.11.10撮影

前回、名神に乗る前の最後の餃子の王将ということで、昔、個人的に"京都別れの王将"と呼んでいた上鳥羽店を紹介したが、最近の私の"新・京都別れの王将"は餃子の王将七条烏丸店。

京都駅烏丸中央口から烏丸通り沿いに400m程、烏丸七条の交差点にあるので、最近は帰りの新幹線の時間調整でよくこちらを利用させて頂く。いついっても並ぶのだが、お客さんの回転がいいので意外と待たないところがミソ。1Fはカウンター、2Fはテーブル席で総座席数84の直営大型店。ちなみに京都駅から一番近い餃子の王将である。

ベストポジションは2Fへの階段を上ったとこにある個人客用の席。あまり座れることは無いのだが、ここに座って東本願寺の大甍を眺めながら餃子を食べるのが、京都と別れる前の私の至福の一時。食べ終わって席を立つ時に、いつものように楽しかった京都滞在が終わりを告げるのだ。さあ、あとは新幹線に乗るだけ。

餃子の王将HP
餃子の王将 七条烏丸店: 京都市下京区烏丸通七条上る桜木町96-10 TEL:075-351-8145
七条烏丸店の地図はこちら

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2013.02.14 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【食】京都で食べる

【散】八坂通りを三年坂から その4

カテゴリ:【散】京都の散歩道
~街中から山道まで有名無名限らず、色々な京都の散歩道を案内します。京都歩きの御参考になれば幸いです。



八坂の塔_H24.11.10撮影
八坂の塔 H24.11.10撮影

石畳の坂を下って行くと、次第に八坂の塔が正面に見えてくる。両側も趣ある京都らしい木造の建物が並ぶ。

八坂の塔見上げ_H24.11.10撮影
八坂の塔見上げ H24.11.10撮影

重要文化財の八坂の塔は、塔だけの独立した建築物と思われがちだが、本来は法観寺といい、聖徳太子が建立したものである。現在は臨済宗建仁寺派の寺院で、塔正面の門には「日本最初之宝塔」との表示があり、拝観料400円を支払えば、内陣の二層目まで見学できる。塔の高さは46メートルで、1440年(永亨12)に室町幕府の足利義教により再建された。応仁の乱が応仁元年(1467年)発生なので、京都の老人が先の大乱と呼ぶ応仁の乱の時もにも燃えなかったということか。

八坂庚申堂(金剛寺)_H24.11.10撮影
八坂庚申堂(金剛寺) H24.11.10撮影

今まで歩いた道は八坂の塔の正面で突き当たる。突き当たりを左折すると右手には八坂庚申堂と呼ばれる金剛寺の赤い門が見える。ここは大阪四天王寺庚申堂とともに日本三庚申の一つとされている。庚申信仰とは60日に一度巡ってくる庚申の晩、人間が眠っている間に、体の中の虫が抜け出し、天帝にその人の悪事を報告するので、虫が出て行かないように一晩中徹夜をするという民間信仰である。

八坂庚申堂(金剛寺)境内_H24.11.10撮影
八坂庚申堂(金剛寺)境内 H24.11.10撮影

門を入って中央にある祠には色とりどりの“くくり猿”が結びつけられている。くくり猿とは猿が手足を縛りつけられている姿を現しており、人間の心の中の欲望をそれに例え、それをコントロールする代わりに願いをかなえてもらうということらしい。ここだけでなく、この近辺では軒先に吊るされているのをよく見かける。

夕陽を浴びる八坂の塔_H24.12.08撮影
夕陽を浴びる八坂の塔 H24.12.08撮影

庚申堂から東大路通りへ向かう道は夢見坂というロマンチックな名前がつけられている。そのまま東大路通りへ向かって歩き、通りにぶつかったら後ろを振り返って欲しい。個人的にはここから見える八坂の塔が一番美しいと思っている。この時はたまたま、ジャストタイミングで夕陽を浴びる八坂の塔を撮影することができた。(奇跡の一枚カテゴリにも掲載中)今まで歩いてきた八坂通りはこのまま大和大路通り続くが、今回の京都の散歩道はここまでで終了。

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2013.02.13 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【散】京都の散歩道

【撮・東】皇居辰巳櫓

カテゴリ:【撮・東】東日本の時代劇ロケ地
~東日本の時代劇ロケ地をメジャーからマイナーまで



皇居辰巳櫓_H25.01.13撮影
皇居辰巳櫓 H25.01.13撮影

東京駅丸の内中央口を出て、日比谷通り、内堀通りを越えると桔梗濠に美しい姿を映す辰巳(巽)櫓が見えてくる。本丸の辰巳(東南)の方角にあるためこの名がついたと思われるが、正式には桜田二重櫓という。左手奥は桔梗門。この櫓は、入場の許可が不要な皇居前広場の堀端から簡単に撮影できるために、江戸城の記号をして使用される。江戸城内のシーンに切り替える前にこの櫓を映すと、次のシーンは江戸城内という、姫路城天守閣とともに時代劇のお約束を象徴する建物である。

皇居辰巳櫓_H25.01.13撮影
皇居辰巳櫓 H25.01.13撮影

辰巳櫓の堀端までは東京駅丸の内中央口から600メートル程。駅前の丸の内ビルと新丸の内ビルの間を進めばあとは真っすぐなので特に迷うことは無いと思う。地図はこちら

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2013.02.11 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【撮・東】東日本の時代劇ロケ地

【時】御家人斬九郎最終回の興奮、まだ冷めやらず

カテゴリ【時】:時代劇の話
~時代劇の感想、雑感、ニュースを書いて行きます。



八幡堀_H18.05.06撮影
近江八幡市八幡堀_H18.05.06撮影

奴は1時間目の終わりくらいにやってくる。登校時間はとっくに過ぎているのに、堂々と皆に見える校庭を通ってやってくるのだ。私達にはどうやってセットしているのかわからないテクニックを使った綺麗な茶髪のリーゼント、学ランは上のホックまでキチンと留めた長ラン、スボンは綺麗に折り目のついたボンタン、革靴は先のとがったピカピカの黒いヨーロピアン(踵にはもちろん金具付)、鞄は革鞄の芯を抜いて綺麗につぶし、セカンドバッグは当時、流行っていた煙草のロゴが大きく入った紙袋。奴はうちらの中学の番を張っており、家も金持ち、イケメンで生徒会長でスポーツも万能、喧嘩も強かった。トップではないが成績もそこまで悪くない。30年前、中学生男子の価値観はどうやってツッパるかということが全てだった気がする。私もご多分にもれずツッパった格好をしていたが、奴のようにはいかず、今考えるとまるでチンピラのような姿だった。そういえば奴のことを、私達のグループはこっそりと上様と呼んでいた。上様はまさに絶対権力者だった。

そして誰にも真似できないのは、一緒に登校してくる女の子。うちのクラスのK子さんなんだが、可愛くて優しくてサバサバしている女の子で、誰にも好かれていた。上様の彼女だから、ツッパリ女子の一味ではあるのだが、水商売風のキャバスケ風ではなく、長いスカートにも何となく品がある。学校一の美人だった。そんな彼女が、上様と一緒に一時間目の終わりくらいに登校してくるのだ。私達チンピラは、うらやましさ一杯で、ほぼ毎日その登校姿を眺めていた。こんなこと自分には絶対できないことだと思うし、上様にはひどい目にあわされたこともある。それでもその華のある光景は、何か祝福したいような応援したいような素敵な光景だった。

今回、御家人斬九郎全5シリーズ、50話を全部見た。斬九郎と蔦吉を見て思い出したのは、上記のエピソードだ。何と華のあるカップルなんだろう。斬九郎の侠気、遊びっぷり、優しさ、蔦吉姐さんの美しさ、いき、可愛らしさ。そして、誰もが憧れる二人は意地の張り合いでいつも痴話喧嘩、見ているものは何とか二人が結ばれないか願ってしまう。雪の中の斬九郎と蔦吉のシーンは、何回かあったが、息を呑むように妖艶で美しくて格好良くて気持ちの良いシーンだった。人が美し過ぎて涙が出てしまったのは生まれて初めてだ。斬九郎は初見ではなく、リアルタイムで見ていたはずなのだが、今回、初見のような気持ちで見せて貰った。過去に撮ったDVDも持っているのだが、それを使うことなく、放送順に一話一話大切に見た。そしてその時間は宝の珠のような幸福な楽しい時間だった。

かつて渡辺謙が、重病から復活したのはきっと神様が彼に斬九郎を演じさせるためだろう。若村麻由美が最終回に流した一筋の涙は時代劇の宝の一つだろう。これから先、渡辺謙と若村麻由美が何か悪いことをしたとしても、御家人斬九郎のおかげて、大抵のことは許せてしまうような気がする。

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2013.02.10 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【時】時代劇の話

【時】斬九郎への弔辞(御家人斬九郎最終回スピンオフ)

カテゴリ【時】:時代劇の話
~時代劇の感想、雑感、ニュースを書いて行きます。



上賀茂神社神事橋_H18.02.18
上賀茂神社神事橋 H18.02.18撮影

旦那、とうとう本当に死んじまったんですかい。信じられねえな。でもさ、お互いこんだけ長生きできたんだから十分じゃございませんか。御一新の後、明治の御世はあっという間に過ぎて、大正とかいう時代まで生きれたんですから。俺も直に旦那のところへ参りますよ。ハイ。

でもね、随分昔の話になりますが、覚えてますかね。忘れるわけありませんか、あんなこと。俺はね、旦那、あのことは昨日のことのように思い出すんですよ。あの時、旦那は本当にもうダメだと思いました。旦那、天正寺に向かう道すがら、最後に東八の前、通りなすった。俺はまだ小さかった八重を抱きしめて、死にに行く旦那の後姿を断腸の思いで見送ったんでさ。あの時ほどお侍を馬鹿だと思ったことはなかったね。そしてどれだけ座ったまま八重を抱きしめてたんだろ、九つの鐘が鳴る頃、とうとう矢も楯もたまらなくなって、雪ん中を天正寺まで駈けてった。俺が着いた時には、下河原藩の侍の死体の山と座ったまま眠ってるかのような旦那、ただ呆然と裸足で雪の中を立ち尽くす妙子、いや、今は蔦吉姐さんでいいだろ。同じ頃に西尾様もお袋様もおえん姐さんも駈けつけた。みんな旦那のことが大好きだったんでさ。行かせたくなかったんでさ。

みんなで旦那を戸板に乗せて寺ん中へ運んだけど、旦那の顔は雪のように白くってね。冷たくなってさ、俺はさすがの旦那ももう終わりだと思ったんでさ。急いでお医者を呼んだけど、簡単に血止めをしたっきり、医者もただただうつむくばかりで・・・「心の臓を撃ち抜かれてるからもう無理だ」って。こっからの話は蔦吉姐さんに、旦那には死んでも話すなって言われてたけど、蔦吉姐さんはさ、着てるもの全部脱いで素っ裸になって、髷もほどいて旦那の床へ入り込んだんだよ。冷たくなった旦那を抱きしめて、「あたしがこの唐変木を呼び戻す。誰もこの部屋に入っちゃいけないよ」って。それから三日三晩、姐さんは飲まず食わずで旦那を温め続けたんだ。俺も西尾様もそれを信じて待った。お袋様は姐さんの覚悟を察してか、お屋敷に戻って寝ずに一心に祈り続けたそうだ。そしてとうとう、四日目の朝、襦袢一枚まとった姐さんが部屋から出てくるなり、「風来坊が地獄から帰ってきたよ」って言ってぶっ倒れちまったんだ。慌てて俺が旦那の床へ行くと、旦那の長いまつげがかすかに動いてるじゃありませんか。そしてささやくような声で「酒、人肌」って。こんな時でも酒かよって、俺、酒屋の親父のくせにあきれ返ったけど、あの時ほど嬉しいことはなかったね。八重にガキが出来た時とあの時の思いは俺の宝物でさ。姐さんはもし旦那が戻らなければ喉を突いて旦那の後を追うつもりだったって後から聞いたよ。

1年たってようやく床が取れた旦那は、梅が咲く頃に蔦吉姐さんと深川で所帯を持った。これからは「こんなもん振り回す時代じゃねえ」って侍も辞めて何と人力車の車夫になった。これならお袋に旨いもん食わせてやれるってね。旦那は姐さんを乗っけて深川をよく走ってたね。旦那、足が速いから韋駄天九郎なんて呼ばれてた。こんな都々逸、深川で流行ったのお覚えてますかい。「韋駄天九郎に過ぎたるものは、葵の御紋に蔦の花」ってね。葵の御紋の扇子が懐にあったから、心の臓から弾がそれて旦那が助かったってんで、御一新の後、しばらくは葵の扇子も深川界隈で流行りましたねえ。葵の御紋を見せびらかさず、懐に忍ばせてたから、旦那は助かったんだ、葵の扇子を見せるのはいきじゃないってんで、買ってもみんな懐にお守り代わりに入れてましたねえ。扇子屋がぼやいていたっけ。そういえば姐さんもあのお袋様とよく気があって、ホント予想外だったけど、あっすいません。ホントに幸せそうでしたよ。みんな。

旦那と思い出話してると長くなっていけねえや。斬九郎の旦那、これでお別れでさ。冥土でも蔦吉姐さんと仲良くやって下さいまし。酒は少しお控えになった方が・・・さよなら松平斬九郎様、南無八幡。

相生町の佐次

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2013.02.09 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【時】時代劇の話

【番】知られざる物語 京都1200年の旅「いにしえの隠れ里 冬の大原」

カテゴリ【番】:京都の番組
~京都がテーマの番組の紹介、感想です。




BS朝日で放送されている京都の伝統文化、自然、寺社などを紹介しながら1200年の歴史をひもといて行く知的エンターテイメント番組。お茶の間にいながら京都に行った気分になれる貴重な番組。京都を思わせるようなゆったりかつ重厚なテーマ曲や升毅さんの柔らかなナレーションも魅力です。録画したDVDを見ながら眠ると幸せな気分で眠れます。そんな素敵な番組を紹介していきます。必ず再放送もあります。




京都市の北東、比叡山のふもとに位置する「大原」。 ここは古くから風光明媚な地として愛され、今なお多くの人々が訪れる里山。 東西を山に挟まれた豊かな自然、寺の参道沿いに軒を連ねる茶屋の風景は、 訪れる人に心の安らぎを感じさせてくれます (番組HPより)




三千院わらべ地蔵
三千院わらべ地蔵 写真提供:京都デザイン

子供のころから京都が好きということを言っておりますが、実は、大原がノーマークであることをいつも心苦しく思っておりました。そんな後ろめたい気持ちに風穴を開けてくれたのが今回の番組です。場所もどこにあるか把握していなかったのですが、琵琶湖の西、比叡山の北、アドレスは京都市左京区ということをしっかり覚えました。それにしても左京区は広いですね。

猿之助さんがオープニングでおっしゃっていたように、私も♪京都、大原、三千院の歌は三千里だと子供の頃、思っていました。私だけじゃなかったんだとちょっとにんまり。大原に三千院があるのは知っていましたが、寂光院と混同していました。それにしても見事に苔むしたグリーンの庭のわらべ地蔵は印象的です。場所が市内から離れているので、次回訪問は難しいのですが、いつか京都の石仏カテゴリで取り上げたいと思います。

建礼門院が住まいしたのが寂光院ですが、失意の隠遁生活を送る彼女のためにしば漬けが生まれたというのは初耳でした。今や全国的な食べ物ですが、改めて白いご飯で食べてみたくなりました。次回の京都のお土産はしば漬けにしよう。宿坊をされている浄蓮華院にも泊って精進料理を食べてみたいですね。住職さんが作って下さる精進料理は旨そうでした。精進料理は油を使っていいんだ!

呂律の語源が大原にあるというのも驚きです。大原にある呂川と律川が語源であるそうで、そこには日本古来の声明というお経を歌のように詠むという芸能がある。確かに日本の音楽の原点であります。声明というものを初めて意識して見ましたが、相当に難しそうです。各派のお坊さんがあつまって、大原で勉強会を開いているのも素晴らしいなと思いました。

エンディングの猿之助さんが文字で表現された“桃源郷”。隠れ里の大原にたくさんの魅力的な癒しがあることを教えてくれたよい番組でした。寒さはきつそうですが、雪の降る真冬に訪れてみたい土地でした。

番組HPはこちら
再放送は未定

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2013.02.08 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【番】京都の番組・映画

【足】 嵐山のレンタサイクル~トロッコおじさんのレンタサイクル(JR嵯峨嵐山駅西側・トロッコ嵯峨駅前)

カテゴリ【足】:京都の足
~京都を旅するための便利でお得な交通手段を紹介します。

トロッコおじさんのレンタサイクル_H24.12.08撮影
トロッコおじさんのレンタサイクル H24.12.08撮影

嵯峨野巡りは範囲が広いのですが、バスが市街のように便利なわけではないので、レンタル自転車は強い味方です。先日は広沢池~仁和寺、戻って愛宕の方まで自転車で周遊しました。「トロッコおじさんのレンタサイクル」は嵯峨野観光鉄道が運営するレンタサイクルでトロッコ嵯峨駅の脇にあります。私は嵯峨野巡りをする時には、よくここを利用しています。京都駅から嵯峨嵐山駅は嵯峨野線で1本なので、駅を出たらすぐに自転車に乗れるのがメリット。

トロッコおじさん_H24.12.08撮影

トロッコおじさん H24.12.08撮影

レンタル時間は9:00~17:00ですが、スタートは多少融通がきくようです。料金は1,000円で平均的。利用者には地図をくれますので、初心者はこれを見ながら回るのが便利です。ちなみにキャラクターのようなかわいらしいおじさんはいませんので念のため。

嵯峨野観光鉄道のHP

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2013.02.07 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【足】京都の足

【段・東】駒沢公園の北大階段(東京都世田谷区)

カテゴリ:【段・東】日本石段階段学会・東日本支部
~京都だけが石段じゃない。東日本支部の石段階段の研究成果を発表します。



駒沢公園大階段北側_H25.02.05撮影
駒沢公園北大階段を東側から H25.02.05撮影

駒沢通りを挟んで向かい合う駒沢オリンピック公園の二つの大階段の北側。下から覗くと、オリンピック記念塔と体育館が巨大なモビルアーマーのようで、何やら壮大なジオラマを見ているような気分になる。雲ひとつない青空ならブルーのスクリーンに階段のグレーが印象的な光景だ。

駒沢公園大階段北側_H25.02.05撮影
駒沢公園北大階段を西側から H25.02.05撮影

途中2か所の踊り場を挟んで規則的に構成された12段の石段が3セット、横幅約80メートルの横長な階段。階段の下のスペースでは早朝から夜更けまで、スポーツや自転車乗り、スケボーの若者が汗を流している。階段の上は、中央広場になっており、東京ラーメンショーなどの大きなイベントが開催される。

駒沢公園大階段北側_H25.02.05撮影
駒沢公園北大階段 H25.02.05撮影

巨大で豪快な階段ではあるものの、階段に目を落とすとオリンピックから長い年期を経た階段のグレーは、たおやかで女性的な印象を与える。また北側の階段ではあるものの、南面しているので常に太陽を受けている。女性的で温かみを持つ大階段は母なる大地神を思わせる。若者が沢山集まるのも、大地神の懐の深さそのものか。


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2013.02.06 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【段・東】日本階段石段学会・東日本支部

【撮】嵯峨野・観空寺林道

カテゴリ:【撮】京都の時代劇ロケ地
~京都の時代劇ロケ地をメジャーからマイナーまで



大覚寺の北西、こい茶屋の先にある観空寺林道を300m程入り、小川の流れる谷へ下りると、かつて、剣客商売の藤田まことさん演じた秋山小兵衛の家のオープンセットがあったスペースがある。

秋山小兵衛宅のオープンセット_H18.08.16
秋山小兵衛宅のオープンセット H18.08.16

茅葺の民家の前には小川が流れ、竹やぶや木立に囲まれた実にのどかな田園風景で、悠々自適の生活を送る秋山小兵衛の雰囲気にとてもよく合う場所だった。

秋山小兵衛宅のオープンセット跡_H24.12.23撮影
秋山小兵衛宅のオープンセット跡 H24.12.23撮影

民家は他の番組にも使用されていたが、現在はすでにオープンセットは取り払われてご覧の通りの森と河原になっている。時代劇のロケ地を思わせる何かがあるかと思って探してみたが、ゴミ一つ落ちていなかった。さすが時代劇のスタッフは環境への配慮が行き届いている。ロケ地を大切にする気持ちが、時代劇ファンとしても嬉しい。(平成23年の11月時点で取り払われていた)

観空寺谷林道_H18.08.16撮影
観空寺谷林道 H18.08.16撮影

私レベルだと特定は難しいが、林道自体もロケ地として使用されている。映り込むものもないため、ロケ地としては絶好の場所だ。平成23年の11月に訪ねた際は、偶然、同年12月19日放送の水戸黄門最終回スペシャルのロケをしており、衣装で撮影待ちをしている雛形あきこさんと野村将希さんを見ることができた。その際は、大勢のスタッフさんや俳優さんががこの林道を待機場所にしていた。大丈夫そうな所だけ、遠くから写真を撮らせてもらったが、その写真を無くしてしまったのが残念。

秋山小兵衛宅のオープンセット_H18.08.16撮影
秋山小兵衛宅のオープンセット H18.08.16撮影

アクセスは大覚寺の北西になるが、当然のことながらバスは通っていないので、自転車かバイク、車で行った方が良いと思う。大覚寺から林道までは住宅地と畑を通って行くことになるので、意外とわかりづらい。紙で印刷した地図を持って行った方が無難。林道の入り口には18時で閉鎖される旨の書かれており、街灯もないので訪問時間には要注意。高速バスで朝早く着いたら、他の寺社が開いていないうちに来るのも手か。

このページの作成には時代劇の風景を参考にさせて頂きました。時代劇の風景ではこの場所は“酵素”として紹介されています。

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2013.02.05 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【撮】京都の時代劇ロケ地

【段】石段地獄・豊国廟~その2

カテゴリ:【段】日本石段階段学会・京都支部
~京都支部の石段階段の研究成果を発表します。



豊国廟の石段・中間地点_H24.12.08撮影
豊国廟の石段・中間地点 H24.12.08撮影

やっとの思いで313段を登りきると見えてくるのはこの風景。313段で終わりじゃない所はまさに石段地獄。中門の後ろにはさらに石段が控える。石段の頂上に空が開けている姿は「天国への階段」のよう。

豊国廟の石段・中門から_H24.12.08撮影

中門に近付いてみると、石段はさらに急になっていて梯子のようにも見える。さすがは太閤殿下の廟所だ。秀吉恐るべし。

豊国廟の石段・上段_H24.12.08撮影
豊国廟の石段・上段 H24.12.08撮影

下段よりも狭くなっている上段の石段は172段、きれいな等間隔の石段が阿弥陀が峰の山頂まで続く。京都駅の大階段が171段ということを考えると、上段、下段を合わせた豊国廟の石段がどれだけ凄いかがわかる。下段と同じく休み休み登るものの、急なためなかなか思うようには登れない。気力で登るのみ。

豊国廟五輪塔_H24.12.08撮影

頂上には大きな門扉で守られた太閤秀吉の巨大な五輪塔が迎える。高さは10mもあるそうだ。これだけの距離を登るのだから、ゴールにはこれ位のものがないと、登りがいが無い。今回は2回にわたって日本最高レベルの巨大石段をご紹介した。




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2013.02.04 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【段】日本階段石段学会・京都支部

【歩・過】東海道五十三次踏破・日本橋~品川

カテゴリ:【歩・過】京都まで歩く(日本橋~金谷)
~2010年からスタートして現在中断中の、東海道を日本橋から京都まで歩く企画の過去分です。ここでは日本橋~金谷までを取り上げます。途中の文章もその当時に書いたものです。



2010年2月6日(土)第1回の記録:日本橋~品川

前日の飲みが祟って10時頃起床、早速PCを立ち上げて資料を出そうとしたら、PCが壊れている!仕方ないのでまずは復旧作業。そのため自宅出発が14時過ぎとなってしまった。そのまま駒沢の100円ショップで軍手や万歩計など必要な雑貨を購入。松屋で景気付けに牛焼肉定食のWを平らげ、駒沢大学駅へ。

切符を買おうとしてふと気づく。日本橋ってどこの駅なんだろう?東海道の資料は沢山調べたのに、日本橋はどの駅で降りればいいのか調べてなかった・・・とりあえず、三越前駅なら日本橋三越かもしれないと思い、三越前駅で下車。運の良いことに予想は正解だった。

日本橋_H22.02.06撮影
日本橋 H22.02.06撮影

早速、日本橋へ。ブラタモリで見たのと同じ日本橋だ。あたりまえか。まずは出発地点で写真を撮影。日本橋をバックに誰かに写真を撮ってもらおうとした。「これから京都まで歩くんっすよ」「へえ~すごいですね」なんて会話を期待していたが、誰も写真を取ってくれそうな人はおらず(観光地じゃないからね)、近くで写真を互いに取り合っていた中年夫婦も、明らかに写真を撮って欲しそうな顔をしている私の方を意図的かどうか知らないが見ないような感じで通り過ぎて行った。

斯く云う私の格好は、ライダースの革ジャンにハンチング&最近、お気に入りのDrifterのオレンジのトート。どうみてもこれから東海道を歩こうという人の格好ではない。「オッス、俺、ロックンロール東海道53ツガー」という体で15:54に出発。千里の道も一歩から。

余裕で歩くこと10分弱。直線なので地図も必要ない。ところが、どうも様子がおかしいのだ。事前に地図で調べた建物や町名が全然出てこない。立ち止まって地図を調べる。180度反対方向に歩いていたこと判明。東海道を京都へではなく、日光街道を日光方面に向かって歩いていた。気を取り直して再度日本橋へ。16時10分再出発。

すぐに京橋。歌舞伎発祥の地の石碑を発見。写真を撮ろうとしたが、こんな写真は誰でも撮るし、絶対、写真に夢中になって本来の目的から逸脱してしまうので、写真は大概にしようと心に決めた。ちなみにこの辺は何とかの碑とかいうのが多いらしい。

20分程、中央通りを歩いて銀座へ。休日のため銀座は歩行者天国になっている。ほんと高級ブランドショップばかりで、歩いている人もみんなシュッとした顔をして品が良さそう。ユニクロさえ、なんか気取っているように見えてしまう。ブランド関係の仕事してるのにこんなことを言っちゃいかんのだが、オレの心の原風景は常に「スプレーで落書きされた壁の前にバンドマンのお兄ちゃんが足を投げ出してタバコを吸っている」ので、どうも銀座は苦手だ。ちなみに長髪のお兄ちゃんは、日本のローリングストーンズと呼ばれたThe Street Slidersなんだが、わかりづらければ清春でもよろしい。ともあれ、ちょっと控えめに存在している吉野家がとても愛しく思えた。

両側がビルになっていて、道路が風の通り道になっているので、気温が低くて寒い。交差点のデジタル表示は6度だった。銀座が終わる頃にようやく体が温まってきた。

銀座八丁目を過ぎて高速を潜ると新橋駅前。開店前の飲み屋やスナックの看板がいくつも見える。高速1本挟んで銀座とは対照的だが、根っからのスナック好きの自称スナッカーにはこっちの方が断然、居心地というか居ちゃ困るので歩き心地が良い。距離標示は、品川まで5km川崎16km。時間的に見て今日は品川までかなと思い始める。また新橋過ぎた辺りで右足の神経痛が軽く痛み出した。このあたりから旧東海道は国道15号になるようだ。

大門で東京タワーと増上寺門前。結構画になる風景。写真を撮りたい気持ちに駆られるが、ここはぐっと我慢。今度は腰が痛くなってきた。ヘルニア持ちで本当に五十三次大丈夫か?

浜松町、金杉橋を過ぎて芝4丁目でスタートから1時間経過。新幹線が見える。東京駅から品川なんて新幹線だと10分程度なのに、まだ品川にもつかない。昔、必殺シリーズの確か「必殺忠臣蔵」だと思うけど、赤穂までの距離の遠さを表現するために、飛脚と新幹線をオーバーラップさせた映像を思い出した。昔の人は女性や老人でも、初日で程ヶ谷(保土ヶ谷)位までは歩いたそうだ。昔の人って凄いね。この辺りでそろそろ夕暮れ時。温まった体も気温の低下で寒くなり、革ジャンの腕のファスナーを下ろして防寒。

田町富士そば_H22.02.06撮影
田町富士そば H22.02.06撮影

田町の駅前で富士そば発見。2階までぶち抜いて天井を高くして竹のオブジェを飾っている。豪華かつ大胆なつくりの富士そばである。さすが丹社長。ここで富士そばフリークの私は疲れも忘れて道を渡り写真を撮影。こういうのがきっと俺らしい写真なのだろう。もし、名古屋まで行けたら、その時は必ずココイチ一号店に寄ろうと心に決めた。この辺りで休もうかどうか迷ったが、17時を過ぎているのでそのまま歩くことにした。

東京タワー_H22.02.06撮影
札の辻から見た東京タワー H22.02.06撮影

札の辻で、夕暮れの東京タワーがとても綺麗だった。ここはどうしても撮らねばと日本人の悲しい性で疲れを忘れて写真を撮影。わざわざ一番良く取れる場所を探して、歩道橋の上まで登った。札の辻で品川2km川崎13km、本日は品川までかな。

17:30泉岳寺辺り。そろそろ夜になる寸前。ちょっと変わった神社発見。本体というよりも隣ののマンションにでっかい神社のロゴを貼り付けてある!こんな神社みたの初めてだな。写真撮ろうかと思ったが、VOWみたいになるのでやめた。ちなみに反対側は笹川会館。彼の有名な笹川先生がお母さんを負ぶっている銅像。昔の「おとうさん、おかあさんを大切にしよう」の日本船舶振興会のCMを思い出した。この辺りなんか濃い。俺風にいうと「この辺、小杉隆」

17:40頃ようやく品川のビル群が見えてくる。ドラクエとかやってて、やっと街とか村を見つけた感じ。この辺で万歩計を見たら10700歩になっていた。品川まで1km。

ゆで太郎の看板_H22.02.06撮影
ゆで太郎の看板 H22.02.06撮影

さっきからそば屋の話で恐縮だが、今日、2軒目の「ゆで太郎」という立ち食いそば屋発見。以前にも五反田でも3件位、見た気がするのだが、青地に白の「ゆで太郎」ロゴが新興の立ち食いそば屋チェーンらしい。是非、今後の一人タモリ倶楽部・外食グルメ決定戦でも取り上げてみたい。品川まであと1km。

品川東横イン_H22.02.06撮影
品川東横イン H22.02.06撮影

駅近くで東横インの看板が見えてくる。旅先で東横インの青い看板みると安心する。ってか東京なんで全然まだ旅じゃないんだけど、心情的には旅になってるらしい。ちなみに自分、東横インフリークなんで、東横イン芸人とかあったら出たいし、東横インあるあるとか出来る。

17:50に品川駅前到着。ちょうど講習会の終わった大将からもメールが来たので今日はここで終了することにする。ちなみに大将とはうちの奥さんのことで会社の人はみんな彼女を大将と呼んでいる。結局、このあと大将と渋谷のわさびで焼酎2本空けました。

日本橋~品川
時間:1時間40分
歩行距離:約7.47km

かかった費用
食事代 930円
雑貨代 420円
交通費 500円(駒沢大学~三越前・品川~渋谷)


2013/02/03記載
まだスタートしたばかりのせいか、大分浮かれています。恥ずかしい文章も所々に。それも記録なのでそのまま掲載しました。写真を撮るのを大分我慢していますが、それも今だけです。購入した万歩計は、100円のでは結局使い物になりませんでした。

  



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2013.02.03 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【歩・過】京都まで歩く(日本橋~金谷)

【タ】龍馬の墓から京都タワーは見えるのか?

カテゴリ:【タ】京都タワー
~京都駅前で迎えてくれる京都タワーには様々な表情があります。



坂本龍馬、中岡慎太郎の墓_H24.11.10撮影
坂本龍馬、中岡慎太郎の墓 H24.11.10撮影

東山三十六峰の一つ霊山の護国神社、山の中腹には坂本龍馬、中岡慎太郎の墓がある。信長、秀吉、家康と並ぶ日本市場の有名人、龍馬の墓には今も香華が絶えない。自由奔放な龍馬のことだから、霊になっても墓に静かに眠っているわけもなく、今も奔放に日本中を飛び回っているのだろう。それでも、たまに墓に帰って来る時もあるはず。そんな時に龍馬の墓から、京都のシンボル京都タワーは見えるのだろうか?

龍馬の墓から見える京都タワー_H24.11.10撮影
龍馬の墓から見える京都タワー H24.11.10撮影

木々の間からほんの少しだけ頭を覗かせる京都タワー。撮影したのは11月だが、葉が完全に落ちてしまえば、もう少しよく見えるのかもしれない。龍馬には、新しい時代の京都のシンボルをもうちょっと見せてやれればと思う。彼は現代の京都タワーを見て一体何というのだろうか?今度は、現代にタイムスリップした龍馬を内野聖陽さんあたりに演ってもらいたい。

龍馬の墓から見える京都タワー_H24.11.10撮影
龍馬の墓から見える京都タワー(アップ) H24.11.10撮影

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2013.02.02 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【タ】京都タワー

【石】観音島から見守る広沢池の千手観音

カテゴリ:【石】京都の石仏
~雨の日も風の日も京の街を山を水辺を護り続ける"いしぼとけ"達



広沢池の千手観音石像_H24.12.23撮影
広沢池の千手観音石像 H24.12.23撮影

広沢池を訪ねると、まず観音島に行ってこの千手観音像に挨拶するのが私の恒例となっている。いつ造られたのかはわからないが、永年の風雪に耐えてきたのがその姿からよくわかる。建立当時は千手もあったのだろうか。昨年から、ご近所のお年寄りがこの島に電灯も取り付けたようだ。現在も近隣の人によって大切に祀られ愛され続けてている。

広沢池の千手観音石像_H24.12.23撮影
広沢池の千手観音石像 H24.12.23撮影

池へ向かって目を閉じて合掌する表情は涼やかで凛々しい。小さな手とふっくらした顔はは童子の姿を思わせる。もうしばらくお姿を、このブログのプロフィール写真にお借り致し度。

関連記事:
【季】広沢池の鯉揚げ
【石】観音島から見守る広沢池の千手観音
【撮】嵯峨野・広沢池観音島

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2013.02.01 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【石】京都の石仏

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