【季】智積院・青葉まつり その2

カテゴリ【季】:京都の四季
~表情豊かな都の四季を題材にして、自由気ままに記します。


お練り行列・山伏から僧侶へ H25.06.15撮影
お練り行列・山伏から僧侶へ H25.06.15撮影

山伏の最後は位の高そうな紫の装束の山伏で、その後ろからは雅楽を奏でる3人の僧侶が続く。

智積院お練り行列・巫女 H25.06.15撮影
お練り行列・巫女 H25.06.15撮影

雅楽隊の後ろには巫女が続く。先頭の巫女は紫の袴の一団で、その後ろには白い花の咲いている植物を手に持った赤い袴の巫女。

智積院お練り行列・僧侶 H25.06.15撮影
お練り行列・僧侶 H25.06.15撮影

巫女の次は、紫の衣を先頭にした緑の法衣の僧侶の一団が一列で進む。袈裟には一面、智山派の宗紋である桔梗が描かれている。しばらくすると、ようやく列の後方に化主の乗る輿に差しかけられている朱傘が頭を覗かせる。

智積院お練り行列・僧侶 H25.06.15撮影
お練り行列・僧侶 H25.06.15撮影

ようやく高位の僧侶に先導された化主の輿が見えてきた。待ち構える参拝者のテンションも盛り上がってくるのがわかる。

智積院お練り行列・化主 H25.06.15撮影
智積院お練り行列・化主 H25.06.15撮影

10人の白張が担ぐ輿に乗った化主が登場、現化主は第70世の寺田信秀大僧正。大正8年生まれというので95歳は過ぎていらっしゃる。輿に乗ること自体、大変なご苦労で無いかと想像される。


山伏の装束について、智積院にメールで問い合わせたところ、すぐに返事を頂くことが出来た。そのまま転載するのは失礼なので、要約させて頂くと

・宗派を超えて全国の智積院に縁がある僧侶、山伏の方が参加している。
・真言宗系(当山派)に限らず、中には天台宗系(本山派)、金峯山寺修験道の方いる。
・一概に梵天袈裟が天台系ではない。
・長い歴史の中で全国各地その地域によって様々な形が生まれ、同じ真言系であってもその姿は一様ではない

とのことだった。ご丁寧にお返事頂きありがとうございました。

 

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2013.06.30 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【季】京都の四季

【季】智積院・青葉まつり その1

カテゴリ【季】:京都の四季
~表情豊かな都の四季を題材にして、自由気ままに記します。



6月15日は毎年、智積院で青葉まつりが行われる。この祭は、真言宗の開祖弘法大師と真言宗中興の祖興教大師の誕生を祝う祭で、正式名称は両祖大師誕生会といい、青葉の美しい季節に行われるので青葉まつりと呼ばれる。

智積院入口付近_H25.0615撮影
入口付近 H25.0615撮影

9時半過ぎに智積院に到着すると既に信者の方が大勢集まってきている。地方から観光バスでやって来る人も多いようだ。受付で案内を頂いて早速、境内へ入る。

智積院金堂前_H25.06.15撮影
金堂前 H25.06.15撮影

10時から慶祝法要が行われる金堂前。信者の方以外にも多くの観光客や私のようなアマチュアカメラマンの姿も見受けられる。あとで説明するお練り行列を金堂のちょっと高いところからカメラに収めるつもりなのだろう。曼幕の桔梗紋は真言宗智山派の宗紋である。

智積院柴燈護摩道場_H25.06.15撮影
柴燈護摩道場 H25.06.15撮影

11時から柴燈護摩が行われる金堂前の広場。広場は無人だが、境内では僧侶だけでなく山伏の方も祭りの準備に余念がない。智積院は真言宗智山派、真言密教の寺院である。

智積院まんだら市_H25.06.15撮影
まんだら市 H25.06.15撮影

金堂の脇では、まんだら市というフリーマーケットが開かれている。信者が手作りの品を中心に、鉢植えや飲み物、衣類などを出品していた。

智積院お練り行列準備風景_H25.06.15撮影
お練り行列準備風景 H25.06.15撮影

いよいよ、祭の始まりの一大イベント、化主のお練り行列が始まる。このお練りは、智山派の管長でもある智積院の化主が、大勢の僧や修験者の先導で輿に乗り、本坊玄関から金堂まで200m程の距離を行列する。この行列を撮影しようと多くの人が行列のスタート地点に集まってきた。

智積院お練り行列・山伏_H25.06.15撮影
お練り行列・山伏 H25.06.15撮影

定刻より12~3分程遅れてお練り行列がスタート。紺の直垂の二人に続く先頭集団は山伏。一部の山伏はホラ貝を吹きながら進む。こんなに近くで山伏を見ることはあまりないので、ただただ興味深い。袈裟を見てみると、前後に毬藻のようなものがついているのは結袈裟と言って修験道独特の袈裟で、6つの房は六波羅密を現わす。この結袈裟は結袈裟の中でも梵天袈裟と呼ばれるものだが、本山派と呼ばれる天台宗の山伏が用いるもの。智積院は真言宗なのになぜだろうか。

智積院お練り行列・山伏_H25.06.15撮影
お練り行列・山伏 H25.06.15撮影

白装束の山伏の一団は護摩法要に使用する、弓矢や大団扇などの器具を持って進む。白装束の山伏は、当山派と呼ばれる真言宗の簡素な結袈裟を付けているので、山伏の衣装の色の違いはおそらく宗派の違いなのだろう。青葉まつりには、オブザーバー的に天台系の山伏も参加しているということだろうか。

智積院お練り行列・山伏_H25.06.15撮影
お練り行列・山伏 H25.06.15撮影

尻の部分の毛皮は引敷(ひっしき)と言って山中で岩に座る時に怪我をしないためのものだそうだ。後で山伏が観光客の質問に答えていたのを聞いた。大けがをした場合、十分な手当が難しい山中で、怪我をしないために編み出された知恵なのだろう。

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2013.06.29 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【季】京都の四季

【番】知られざる物語 京都1200年の旅「歴史を彩る京の花」

カテゴリ【番】:京都の番組
~京都がテーマの番組の紹介、感想です。


BS朝日で放送されている京都の伝統文化、自然、寺社などを紹介しながら1200年の歴史をひもといて行く知的エンターテイメント番組。お茶の間にいながら京都に行った気分になれる貴重な番組。京都を思わせるようなゆったりかつ重厚なテーマ曲や升毅さんの柔らかなナレーションも魅力です。録画したDVDを見ながら眠ると幸せな気分で眠れます。そんな素敵な番組を紹介していきます。必ず再放送もあります。

悠久の都・京都に咲く花は、長きにわたり親しまれてきました。今回は、そんな「京の花」に隠された、知られざる物語をひもときます。 (番組HPより)


法金剛院の蓮_H17.08.14撮影
法金剛院の蓮 H17.08.14撮影

大田神社では境内の大田の沢に自生するカキツバタを紹介します。カキツバタは杜若とも書き、アヤメ科の植物で濃い紫の花を咲かせます。カキツバタは一つの株に3回、別の花が咲くために楽しめる期間が長いのが特徴です。藤原俊成の和歌にも「神山や大田の沢のカキツバタふかきたのみはいろにみゆらん」と、大田の地名とともに詠み込まれています。

廬山寺は紫式部邸の跡地に秀吉の命で移転してきた寺です。源氏物語にちなむ源氏庭には初夏にたくさんの桔梗が咲きほこります。源氏物語絵巻の御法(みのり)でも紫の上の死の場面には、多くの桔梗が描かれています。本尊の阿弥陀如来像の脇待は勢至菩薩、観音菩薩ですが、脇待が坐像なのは珍しいものだそうです。

詩仙堂は、家康に仕えた武人、石川丈山が開いた寺。優れた文人でもあった丈山が尊敬する中国の36人の詩人の絵と漢詩を詩仙の間に飾ったことから詩仙堂と名付けられました。山水画を凝縮したような庭は、春には深紅の皐月から淡いピンク色の京鹿子、秋には紅葉と季節毎に美しく彩られます。特に庭の濃い緑には皐月の深紅がよく引き立ち、目を見張るものがあります。また、日本庭園に欠かせない鹿威しは僧都ともいい、この詩仙堂が発祥だそうです。音があって初めて静けさが引き立つというのはうなずけます。

花園の法金剛院では蓮の花。仏教では仏は蓮の花から生まれ出たと言われる神聖な花です。平安時代に極楽浄土をイメージして作庭された庭は初夏には蓮の花が咲きます。数年前、蓮を見に法金剛院を訪れたことがありますが、それは美しいものでした。蓮の花は早朝で無いと見れないので、出会えた時の感動は大きかったですね。また、本尊の阿弥陀如来が乗る蓮の花には細かな模様が刻まれており、十一面観音坐像は碧に彩色された蓮の上に座っています。

妙心寺の塔頭、東林院は沙羅双樹の寺として知られます。釈迦の最期を見守ったことや平家物語の冒頭の有名な文句で知られる沙羅双樹ですが、この寺の沙羅双樹は本物ではなく夏椿です。インドの沙羅双樹は熱帯植物の為、日本では育ちませんが、花自体はよく似ています。夏椿の花は一日で落ちてしまい、人に世の無常を感じさせるのでしょう。東林院は花の時期だけ一般公開されますが、その時期には意匠を凝らした精進料理も味わうことが出来ます。

建仁寺塔頭の両足院の池泉回遊式庭園には半夏生(はんげしょう)という植物が植えられています。この半夏生は、花は咲かせませんが、葉が少しづつ白くなることで、夏の訪れを知らせてくれるのです。暦の上で、半夏生とは夏至から数えて11日目、7/2ころから七夕までを指し、この時期が田植えに適した時期といわれているそうです。葉が全部白くなると、また緑に戻って行く面白い植物です。

最後は、今がまさに旬の藤森神社の紫陽花。30種3500株もの紫陽花が咲く光景は、色とりどりのルビーのようでとても美しいな光景でした。

最後の猿之助さんの文字は「分身」。花見や花を愛する日本人は花に自分の分身を見ているのではないだろうかという意味だそうです。

今回は、桜以外にも沢山の花を味わうことが出来る日本に生まれたことに本当に感謝出来た1時間でした。また京都検定勉強中の身にとっては、覚えた知識を目で見て確実なものに出来ました。今年は無理ですが、来年は特に大田神社のカキツバタ、藤森神社の紫陽花を見に行きたいですね。詩仙堂の質素な山門の石段にも惹かれました。

番組HPはこちら
再放送はBS朝日 7/9 22:00~

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2013.06.28 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【番】京都の番組・映画

みゅう、長い間ありがとう・・・・

7.8年前の元気なみゅう
7.8年前の元気なみゅう

昨日、15年間一緒に暮したロシアンブルーのみゅう(♀15歳)が病死しました。月曜日に帰宅すると、黒いものを吐いたような跡があり、大好きな缶詰にも口を付けないので、翌朝、病院に連れて行きました。一日入院した後に、何とか家に帰っても大丈夫だろうと一時的に退院しましたが、すぐに具合が悪くなり、病院に戻ったものの、残念ながら間もなく息絶えてしまいました。糖尿病を患っていましたが、それ以外にも黄疸や内臓腫瘍を疑うような症状もあり今となっては原因はよく判りません。季節柄、昨日のうちに自宅でお別れを済ませ、葬儀屋さんに来て頂き荼毘にふしました。

みゅうは初めて自分で育てた動物でした。血統書の正式な名前は『ブルーベルベットファンシーミュウ』ブリーダーさんから直接手に入れて、小さい頃は布団に入れて寝たりしたのをよく覚えています。布団からはすぐに出て行ってしまうんですが・・・。あと部屋で仕事をしていたら、膝の上まで飛び乗ってきてそのままスースー寝てしまって、かわいかったなあ。動物を飼って良かったと思える瞬間でした。大人になってからは物静かであまり活発に動くことはなかったです。人見知りが激しく、知らない人には絶対懐かないのですが、自分にはよくお腹を見せてくれました。そのくせ私を舐めてくることは、ホントに今までに2.3回しかありませんでしたね。

糖尿病になってからは足を引きづるようになり毎日2回インシュリンをうっていましたが、その頃からよく鳴く様になりました。猫がいる部屋に入ると、しゃがれた声でギャアと鳴く声ももう聞けないのか・・・最後は『さようなら、今までありがとう』と送ってやりました。お骨は家に当分置いてあげるつもりです。

みゅうが血を吐いていた夜、うちに帰る途中、妙に近所の野良猫に何匹か出会い、どの猫も逃げずに私の顔を見ていたのは何かを知らせてくれていたのでしょうか。

みゅうよ、うちで過ごした15年は楽しかったかい、うちに来て良かったと思ってくれたかい。長い間、お疲れさまでした。もう病気に苦しむこともないからゆっくり休んで下さい。本当に今までありがとう。確かにみゅうはうちの家族の一人でした。

最後にみゅうが亡くなった朝に、綺麗に撮れた紫陽花の写真で送ります。

呑川緑道の額紫陽花_H26.06.26撮影
呑川緑道の額紫陽花 H26.06.26撮影

呑川緑道の紫陽花_H26.06.26撮影
呑川緑道の紫陽花 H26.06.26撮影

読者の皆さんへ
ブログの趣旨とは全く関係ない内容ですがご勘弁下さい。


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2013.06.27 | | Comments(0) | Trackback(0) | その他

【タ】京都駅入口壁面に映る逆さ京都タワー~幻想タワーシリーズその2

カテゴリ:【タ】京都タワー
~京都駅前で迎えてくれる京都タワーには様々な表情があります。



駅壁面に映る京都タワー_H25.06.15撮影
京都駅入り口壁面に映る京都タワー_H25.06.15撮影

日没後、京都駅の鏡面に映る京都タワーを撮影している人はよくいますが、大理石?の壁面に京都タワーが映っているのに気が付く人はなかなかいないようです。私も3月に京都に言った時に気がつきました。ちょうど駅への入り口の脇なので人通りが多く、理由を知らない通行人は、何でこの人、一生懸命壁を撮影しているんだろうとちょっと不審顔です。

駅壁面に映る京都タワー_H25.06.15撮影
駅壁面に映る京都タワー H25.06.15撮影

どの位置かを説明するために少し離れて撮ってみました。京都駅の中央口の入口、向かって左側の壁面です。ちょうど、ガラス張りになっていて施錠されている、地下に向かう階段のあるスペースがありますが、そのガラスの上部分の壁面です。(この階段の左は日本旅行)上の写真では、離れて撮影したので、京都タワーのビルの根元とアンクレット(スカイラウンジ部分)が映っています。夜、この辺りを通ったら探してみて下さい。少し得した気分になりますよ。


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2013.06.25 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【タ】京都タワー

【季】京都あじさい紀行

カテゴリ【季】:京都の四季
~表情豊かな都の四季を題材にして、自由気ままに記します。

祇園白川の紫陽花_H25.06.15撮影
祇園白川の紫陽花 H25.06.15撮影

名所とまでは行かなくても、かにかくの碑の並びには紫陽花がちらほら咲いている。今にも泣きだしそうな曇り空に薄水色はよく似合う。

祇園白川の額紫陽花_H25.06.15撮影
祇園白川の額紫陽花 H25.06.15撮影

これはガクアジサイの花。密集した花の周りの大きな花を額縁に見立てて額紫陽花と呼ぶ。

智積院金堂脇の紫陽花 H25.06.15撮影
智積院金堂脇の紫陽花 H25.06.15撮影

智積院の金堂脇には赤と水色の紫陽花が群れている。ちょうど密厳堂から降りてくる階段の下あたり。

智積院金堂脇の紫陽花_H25.06.15撮影
智積院金堂脇の紫陽花 H25.06.15撮影

紫陽花の花の色は土壌の酸性度によって色が変わるそうだ。中性、アルカリ性なら赤、酸性なら青という具合。この辺りは2種類の色の花が混じり合って咲いている。

鴨川の紫陽花 H25.06.15撮影
鴨川の紫陽花 H25.06.15撮影

鴨川沿いを自転車で走っていたら納涼床の間に紫陽花がぎっしりと咲いているのを見つけた。四条と三条の間。鴨川を挟んで見る紫陽花もまた京都らしい。

帷子の辻駅付近の紫陽花_H25.06.15撮影
帷子の辻駅付近の紫陽花 H25.06.15撮影

帷子の辻駅の近くの線路沿いに咲く紫陽花。きっと野生なのだろう。野生の紫陽花が群生しているのを見ると紫陽花の雑草魂のような力強い一面を感じる。

金戒光明寺瑞泉院門前の紫陽花_H25.06.16撮影
金戒光明寺瑞泉院門前の紫陽花 H25.06.16撮影

一転、翌日は晴天也。青空がバックに入る紫陽花もそれはそれで魅力的なもの。


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2013.06.24 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【季】京都の四季

【滞】一転快晴、ビッグダディ、黒谷・嵐山から伏見へ

カテゴリ【滞】:京都での滞在記録
~備忘録も兼ねた京都での行動記録です。基本、取材旅行の過密スケジュールなので観光の参考にはならないと思います。



6月16日の滞在記録

西本願寺唐門 許由が頴川で耳を洗う_H25.06.16撮影
西本願寺唐門 許由が頴川で耳を洗う H25.06.16撮影

運よく6時きっかりに目が覚める。昨晩は2段ベッドの上に人が入らずラッキーだったが、コンセントがベッドについていなかったのが不運。携帯の充電が全くできていない。乾電池で充電しながら歩くことに。チェックアウトが出来るのは7時半からなのでそのままベッドを抜け出して一仕事。昨日、雨で上手く撮影できなかった西本願寺の唐門までにバスで往復。天候は一転して快晴。坊主頭なので日焼けをすると頭の皮がむけて大変なことになるので頭にタオルを巻いた。髭で頭にタオルを巻くとビッグダディ風でちょっと恥ずかしい。宿には8時前に戻ってそのままチェックアウト、サービスの朝食は面倒なのでとらず、そのまま京都御苑へ。5分ほど歩いたが反対方向だった。なぜかわからないが、昨日からこの辺りはどうも方向感覚がおかしくなる。

京都御苑拾翠亭_H25.06.16撮影
京都御苑拾翠亭 H25.06.16撮影

そのままバスに飛び乗って京都御苑。ここでは三珍鳥居の最後、厳島神社をチェック。またバスに乗り丸太町通りを東へ。熊野神社で降りるところを岡崎神社で間違って下りてしまう。そのまま東へ歩き、喫茶店oliveでモーニング。平安神宮の大鳥居へ向かい写真の撮り直し。大鳥居前からバスで岡崎道、そこから金戒光明寺へ向かう。一番好きな京都の散歩道の取材、工事中の三門から御影堂、黒谷墓地、会津墓地、真如堂を抜ける。陽射しが強く暑いので、いつもの真如堂前の杉本商店でアイスをかじる。ソーダ系のアイスが食べたかったが、あずき・バニラ系ばかり。それでもこう暑くては文句は言っていられない。妥協してしろくまアイス。今日ははこの後、御室八十八か所へ向かおうと思ったが暑いので諦めることにする。あそこは山道なので、着いた日の朝一番でないとテンションが保てない。

宗忠神社本殿_H25.06.16撮影
宗忠神社本殿 H25.06.16撮影

宗忠神社を抜け吉田神社、斎場所大元宮の前では、タオルを頭に巻いているせいで造園業者と間違われる。造園業者が一眼レフ持って歩くか。京都大学脇を抜けて東大路からバス、丸太町通りでバスを乗り換えて丸太町河原町で下車。キッチンゴンで京都人のソウルフードと聞いたピネライスを食べる。カツにカレーにチャーハンは普通盛りで中年には精一杯。後日ツイッターの京都あるあるに『中年のピネライス大盛りは無謀』と書きこんだ。ここからはバスでゆったり嵐山へ。嵐山は市バス乗り放題の範囲外だが、バスの中で少し休みたい。天龍寺前で下車して京福嵐山駅で自転車をレンタル。そのまま広沢池へ向かう。

広沢池のザリガニ釣り_H25.06.16撮影
広沢池のザリガニ釣り H25.06.16撮影

ゆっくりと千手観音像を撮影しようと思ったら観音島はザリガニ釣りの家族連れでいっぱい。ここがこんなに混んでいるのは初めて見た。いつも自分がここの来るのが早朝だからかも。大覚寺で護摩堂脇の石仏写真の撮り直し、お砂踏みをやっているとのことでその模様を撮影できるか伺ったらNGだそうなので諦める。嵯峨天皇陵へ向かう。山崩れで入れないとの掲示。疲れていたので逆に心の中で喜んだ。明らかに義務感で動いているが、それでも楽しいからいい。京都にいれるだけで十分。

清涼寺_H25.06.16撮影
清涼寺三門越し釈迦堂 H25.06.16撮影

清涼寺では本堂裏の渡り廊下から聖徳太子殿を撮影。水野克比古先生の額縁法にチャレンジしてみた。小堀遠州の庭は作庭中で撮影できず。門前のパドで休憩。ママに話を聞くと嵯峨天皇陵は心霊スポットで有名とのこと、クリームソーダにかき氷を食べる。初めて東京からお土産を持ってきたのでママに渡して辞去。自転車を返却して嵯峨嵐山駅へ。人身事故で電車が止まっている。再度、移動する元気もないので、20分ほど待ったら電車動き出したので京都駅乗り換えで東福寺から京阪線、中書島へ。

月桂冠大倉記念館_H25.06.16撮影
月桂冠大倉記念館 H25.06.16撮影

駅前の伏見港公園で自転車をレンタル。そこから月桂冠大倉記念館、寺田屋を廻るがいずれも四時過ぎなので閉館、松本酒造を対岸からと町の点景を撮影して自転車を返却。そのまま京阪、JRで京都駅へ戻る。ラーメンが食べたくなり駅ビルのラーメン小路へ向かうが混み合っているので諦める。駅で弁当を買って19:08ぷらっとこだまに乗車して今回の取材旅行は終了。お疲れでした。

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2013.06.21 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【滞】京都での滞在記録

【滞】智積院青葉まつりから雨に降られた初夏の京都

カテゴリ【滞】:京都での滞在記録
~備忘録も兼ねた京都での行動記録です。基本、取材旅行の過密スケジュールなので観光の参考にはならないと思います。



6月15日の滞在記録
祇園畑中ロゴ_H25.06.15撮影
祇園畑中ロゴ H25.06.15撮影

高速バスの八条口到着が6:40、やや遅し。今日の朝食は八条口のマクドナルド、これだけ京都行っているのに、ここは混んでいるのが嫌で一度も使ったこと無し。それでも意外にスムースに席で食事にありつくことができた。京都エコトリップで自転車をレンタルし、祇園方面へ向かう。ドラマ『鴨、京都に行く』の中で蔦吉姐さんが女将をつとめる梅垣屋こと、祇園畑中、一度はこういう高級和風旅館へ泊ってみたい。

石塀小路_H25.06.15撮影
石塀小路 H25.06.15撮影

石塀小路と一年坂は前回も撮影したが、前回は花灯路の灯籠が置きっぱなしだったので今回取り直し。大雲院から祇園に回り、静かな早朝の巽橋、かにかくの碑回る。紫陽花は早いのか遅いのかわからないが白川沿いをチェック。祇園の佐川急便から崇徳天皇の御廟。祇園に日本有数の祟り神の御廟があるのも不思議な気がする。悪縁の縁切りと良縁の縁結びを祈る安井金毘羅の縁切り石には早朝から何人かの人が集まっている。北上して、池田屋跡と近江屋跡へ。近江屋跡にあったコンビニは無くなって工事中になっていた。

志津屋祇園店_H25.06.15撮影
志津屋祇園店 H25.06.15撮影

八坂神社前の志津屋さんで京都の人なら知らない人はいないと聞いた志津屋さんのカルネを購入して朝の時間調整は終了。本日の午前のメインイベントである、智積院の青葉まつりへ向かう。9:20頃智積院へ到着、信者の方が続々集まっている状況。京都で祭と名がつくものを見学するのは初めてなので心高まる。化主(住職)のお練り行列や大護摩法要を見学、詳しくは後日【京都の四季】カテゴリにて。

晴鴨楼を北側から_H25.06.15撮影
晴鴨楼 H25.06.15撮影

正午過ぎに智積院を出発して、自転車で晴鴨楼、こちらも畑中さん同様『鴨、』に出てくる旅館で松下奈緒さんが女将のメイン舞台。あじき小路から宮川町通りを抜けて川端通り、対岸の納涼床の下に綺麗な紫陽花の群れ。対岸に渡る余裕がないので、こちら側から撮影したが遠景からの方がかえって良かった。御池通りでとうとう雨がパラパラ、自転車なので予定を変更するか迷うがそのまま続行。柳馬場通りに入りマリベル京都本店。チョコレートが欲しいわけではなく、建物が撮りたかった。中に入ると買わないわけにもいかず、高いチョコレートをお土産に少額購入。

信長茶寮_H25.06.15撮影
信長茶寮 H25.06.15撮影

信長茶寮に到着、館内を見学後、雨が止みそうにないので、ピネライスを諦めてこちらで昼食。デザートまで注文して時間をつぶすも一向に雨は止まず、雨足はかえって強くなる一方。この後の自転車は諦めて、近所のコンビニで雨合羽を上下購入、荷物はごみぶくろを買ってその中へ。替えの靴が無いので、靴は脱いで裸足で自転車をこぐ。堀川通りを下って西本願寺、帰りがけのの駄賃ということで西本願寺の唐門を外から撮影するも雨のため撮影が難しい。京都駅前に戻り自転車返却。私以外にも自転車を返しに来る人が何人か。自転車移動は雨の時つらい。自転車置き場で着替えをしてから駅前ヨドバシカメラの大船鉾を見学。

スマート珈琲店 太秦店_H25.06.15撮影
スマート珈琲店 太秦店 H25.06.15撮影

嵯峨野線で太秦、徒歩で帷子の辻、藤田まことさんが通ったというスマート珈琲店 太秦店で藤田さんを忍ぶ。京福線に乗って蚕の社へ、京都の三珍鳥居の一つは三本足の変わった鳥居。再度、京福線で嵐電天神川、地下鉄で乗り換えて二条城前駅、そこから歩いて本日の宿は、今回初めての丸太町通りの本格ゲストハウス京都っ子。チェックインを済ませて再度外出。もう腰が限界なのと日暮れまで時間がないため、タクシーを止めて北野天満宮。三珍鳥居の伴氏社の鳥居に何とか日暮れ前に到着。上七軒から市バスで京都駅へ。恒例の夜の京都タワー撮影。京都駅前、駅ビル内と撮影するが、やはり京都タワーはアンクレットが光っている方が美しい。

京都駅ポルタの音楽噴水_H25.06.15撮影
京都駅ポルタの音楽噴水 H25.06.15撮影

運よく音楽噴水に出くわすのでしばし観覧。東本願寺前で逆さタワー撮影後、市バスで三条へ。今回は回転寿司のむさしで食事。足の疲れを取るために足つぼに行くがRelaxさんは閉店しており、もみの木ハウスは今回は節約したいので泣く泣くパス。安い足つぼをさがして河原町通りへ、新装開店らしきお店に入る。サービスタイムは終了していたが、そのまま施術を受ける。凄く汗臭かったと思う。すみません。でもあまり気持ち良くなかったのでやはりもみの木へ行けばよかった。三条駅まで歩き、再度二条城前駅、歩いて今晩の宿へ戻った所で、雨にやられた京の一日は終了。

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2013.06.20 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【滞】京都での滞在記録

【宿】鴨、最終回の本日は上羽やをご紹介

カテゴリ:【宿】京都の宿
~サウナ、ゲストハウスも含めた泊まる京都をご案内します。



昨日に引き続き『鴨、京都に行く』の舞台をピックアップ。ドラマは本日最終回ですが、どんな終わり方するのでしょうか(現在PM7:00前)。この作品はリンリンの色香に当てられっぱなしで、若村麻由美さんファンとしては大満足でした。

晴鴨楼を北側から_H25.06.15撮影
晴鴨楼を北側から H25.06.15撮影

ドラマで上羽やとして使用されているのは、五条大橋近くの問屋町通りに面する晴鴨楼(せいこうろう)さんです。偶然かわかりませんが、主人公の名前が入っていますね。名前の由来は「晴れた鴨川のほとりに建つ楼閣」ということだそうで、築100年程という純和風の建物に犬矢来が印象的です。創業は天保2年なので180年程の歴史があります。ドラマの中で上羽やが200年という設定になっていますが同じ位の歴史ある宿です。

晴鴨楼玄関_H25.06.15撮影
晴鴨楼玄関 H25.06.15撮影

正面玄関はドラマに出てくるものと違います。調べてみたら、使用は外観のみで旅館内部はセットを利用しているとのことでした。宿の自慢は樹齢400年の高野槇を使った風呂のようですが、これもドラマの内容とリンクしていますね。昨日紹介した畑中さん同様、宿泊していないので館内を見ることはできませんが、館内は大正浪漫を感じさせる空間を持っているそうです。入口には政府登録国際観光旅館のプレートも掲げられています。

晴鴨楼を南側から_H25.06.15撮影

南側には蔵もありますが、ドラマのように部屋に飾る掛け軸や骨董品が保管されているのでしょうか?料金的には1人で泊るには5~6万以上はかかりそうで、今の私では到底泊れません。独身貴族の時にこういう所に泊っておけばよかったと軽く後悔。

野村治郎助商店_H25.06.15撮影
野村治郎助商店 H25.06.15撮影

ちょっとピンぼけになってしまいましたが、よく映り込んでいるはす向かいの店は、漬け物屋さんでした。さて、これから帰って最終回を見るとするか。


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2013.06.18 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【宿】京都の宿

【宿】最終回前に梅垣屋さんをチェック

カテゴリ:【宿】京都の宿
~サウナ、ゲストハウスも含めた泊まる京都をご案内します。



梅垣屋と言っても、ドラマを見てない人には何の話かわからないと思いますが、現在CX系で放送されている京都の旅館を舞台にしたドラマ『鴨、京都に行く』に出てくる旅館です。京都在住の方や実際に旅館で働かれている方には、全くリアリティの無いドラマだろうなと思うのですが、如何せん、3ヶ月に一度しか京都に行けない東京人の私には京都が味わえる楽しいドラマで楽しみに見ています。脚本が甘いという批判はもちろん承知。

祇園畑中_H25.06.15撮影
祇園畑中 H25.06.15撮影

斬九郎ファンにはおなじみ蔦吉姐さんこと、若村麻由美さんが梅垣鈴風として女将を演じる梅垣屋の外観に使用されているのは、八坂神社南門前の祇園畑中さん。宿泊しているわけではないので外側からしか見れませんが、清楚な門構は老舗旅館の風格を感じさせます。それでも創業は1971年と意外と新しめ。

祇園畑中ロゴ_H25.06.15撮影
祇園畑中ロゴ H25.06.15撮影

畑中さんのロゴは、スタッフロールの協力欄でもよく見かける気がします。先日も、ブラマヨの黒ひげ危機一髪を町の人に剣を刺してもらいながら、旅費を稼ぐ番組で、上手くいけばKABAちゃんが泊ることになっていました(最終的には泊れず)。東京人の私でもロゴに見覚えがあるということは、もしかして畑中さん、結構メディア戦略に長けているのかもしれません。当然のことながら、宿泊料は安くても1人で泊るには3万円台後半になりそうなので、ゲストハウス常用の身には敷居が高過ぎます。他に舞妓さんを呼べるプランもあるようですが、目の玉が飛び出る位のお値段でした。

祇園畑中 H25.06.15撮影
祇園畑中 H25.06.15撮影

地理的には八坂神社の南門を出てすぐ、隣は大谷祖廟の入り口という閑静な立地。今回は早朝に尋ねましたが、本当に静かなところでした。しかし、2.3分も歩けばたちまち祇園の雑踏に出ることができます。旅館のテーマは『華やかな祇園にありながら閑寂の趣を味わえる「市中の山居」』だそうですが、確かにその通りです。今回、外から見ただけですが、死ぬまでに一度位は泊ってみたい京の旅館がまた一つ増えてしまいました。

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2013.06.17 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【宿】京都の宿

【検】寺の面

【検】:チャレンジ!!京都検定
~試験直前に読んだら受かったりなんかして。



先日、記事にした、クセルで作った京都検定学習虎の穴ツールですが、結構役に立っています。使いやすいようにどんどん改良しているのですが、自分しかわからないような機能や他人に勉強していることがわからないようにする機能も追加しているので、一般的に使えるものでは無くなってしまいました。そのうち、また公表致します。

ところで、京都検定の勉強をしていると、寺の面(つら)という言葉が出てきます。

南禅寺・・・武家面・・・武家の信仰を深く集めた
東福寺・・・伽藍面・・・伽藍の広大さから
建仁寺・・・学問面・・・学問が盛んだったから
大徳寺・・・茶面・・・・茶の湯で栄えたから
妙心寺・・・算盤面・・・徹底した管理で巨大な教団を造り上げたから

という具合です。それぞれが臨済宗の一派の大本山になっています。
学問面とか茶面はイメージがいいですが、算盤面というのは、何か京都人のそこはかとない悪意が感じられて面白いですね。計算高く巨大教団を造り上げたのが、昔の京都人は気に入らなかったのでしょうか?時代劇ファンにとっては妙心寺は武家屋敷街のシーンによく使われているので複雑な気分です。

今使っている京都新聞出版センターの『3日でマスター!京都検定3級虎の巻』にはこれだけなのですが、それ以外にも、「面」は無いのかと思って調べてみたらありました。相国寺の声明面です。禅宗の声明がよく伝えられているからだそうです。

臨済宗の各派の大本山は他にも全国にあって、京都には天龍寺があります。天龍寺が何面か検索して見たのですが出てこないので、天龍寺には面はついていないようです。

面は臨済宗の話ですが、面白いので宗派関係なく考えてみました。

大覚寺・・・時代劇面・・・言わずと知れた時代劇ロケの聖地
金戒光明寺・・墓地面・・・広大な黒谷墓地があるから
知恩院・・・・三門面・・・巨大な三門をもつから
清水寺・・・・観光面・・・一帯が京都を代表する観光地だから
八坂神社・・・女面・・・・花街祇園にあるから
下鴨神社・・・森面・・・・広大な糺の森を持っているから
京都駅・・・・階段面・・・大階段とエスカレーターが多いから
宗教関係なくなっちゃいました・・・

先ほど取り上げた『3日でマスター!京都検定3級虎の巻』は、ようやく最後のページまで終わりました。とっかかりには読みやすくて良いテキストだと思います。ただ、他の問題集なども見てみると、まだまだカバーしきれていないので、これだけでは無理でしょうね。このテキストの内容をを自作の虎の穴ツールに入れて暗記したのですが、来週からはこのカテゴリの1回目で紹介した、ネット上の「京都検定特訓マシーン」を利用していこうかと思っています。1年半くらい更新されていませんが、時事問以外なら大丈夫でしょう。

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2013.06.14 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【検】チャレンジ!!京都検定

【時】西順之助・考

カテゴリ【時】:時代劇の話
~時代劇の感想、雑感、ニュースを書いて行きます。


西順之助・考というタイトルは付けたものの、必殺マニアの方が書かれるような細かい考察では無く、多分に情緒的な話です。

必殺をダメにしたキャラということで、一番に名前が挙がるのが、ひかる一平氏の演じた西順之助。確かに今見ると初期の頃は特に、ひかる氏の演技力も含めてかなり酷いとは思うのですが、私はそこまで嫌いになれないんですよね。むしろ、秀(ひで)的な感じで、一人の仕事人の初めから終わりまでの生きざまを見届けたような気がします。

それを確かにしたのが、旋風編の最終話『主水、大奥の鶴を食べて失業する』のラストの主水のセリフ。爆発とともに水中に消えた順之助と、政が手を差し伸べるものの、川の中に沈んでいく銀平。それを見ながら主水が『この仕事は高くつきやがった・・・』川中美幸さんの「風花」とともに主水の舟が遠ざかっていく。

私はこのシーンで、旋風編において中村主水が本心から、順之助を仲間として、一人前の仕事人として認めていたということを思うと、今でも胸が熱くなるのです。加入当初の順之助は、仕事人は正義の味方だと言ってみたり、試験があるから仕事を休むと言ってみたり・・・プロ意識もなくアルバイト感覚もしくはうわべだけの正義感、ある時は的を殺せないと言ったこともあった。到底この先、仕事人として通用するキャラクターとは思えなかった。金をもらって人を殺すからこそ仕事人、そうでなければただの人殺し、根本的な思想さえわかりっこない奴だった。ひかる氏が初めて撮影所に入った時、袴の着方がわからず片方から両足を出していた、藤田御大相手に何十回もNGを出すといったエピソードもあわせて、現実とドラマがごっちゃになり、アイドルの片手間仕事で必殺を、仕事人を舐めているようにしか思えなかった。

映画『必殺! THE HISSATSU』では、主水のある意味、親心で六文銭との戦いに参加できなかったし、最終回の解散の時もいつもメソメソしていた。得物も最初は、雷電瓶という斬新なものでしたが、次は投石機?なんじゃこりゃという感じでした。しかし旋風編では、晴れて医者になることが出来て、主水からも先生と呼ばれるようになった。武器もワイルドにバズーカ砲。そしてあの最終回です。仕事人として、箸にも棒にもかからないような小僧が、人としても仕事人としても成長して、最後は誰よりも仕事人らしい、死体の跡形も残さない爆死という死に方をした、それを思うと思わず涙が。今、世界中で、西順之助のことを思って、涙ぐんでいるのは、間違いなく私一人でしょう。

大変失礼ながら、旋風編は藤田御大の舞台の都合で、御大にスケジュールを合わせることができる人を集めたと言われています。結果的には視聴率も悪く、後期の中でも駄作と言われがちですが、順之助を成長させて登場させ、最後に最も仕事人らしい退場のさせ方をしたのは、間違いなく正解だと思います。順之助への最後の贈り物でしょう。

このあとの『必殺4 恨みはらします』で順之助が出ているので、順之助は死んでいなかったという解釈もあるのですが、私は旋風編の最終回で順之助は火薬でバラバラになって死んだと思いたい。斬九郎の最終回の解釈とは真逆です。パラレルワールド的な世界で、西部警察パート3の最終回で大門圭介が死んだにもかかわらず、11年後のスペシャルでは普通に出演していたのと同じようなものです。

ちなみに、ひかる一平氏は、昭和の最大の名作と呼ばれるエピソードを持つ、金八先生パート2に出ていたことも大きいと思うんです。自分はひ弱なもやしっ子なのに、不良と呼ばれる加藤優に憧れて、加藤の後を付いて回り、暴走族の溜まり場であるスナックZでアルバイトをする、一番有名なセリフは「僕、加藤君が好きだ」。この椎野一(はじめ)の危なっかしさや未熟さ、子供っぽさは、そのまま順之助のキャラ設定につながっているような気がします。一と順之助の相違点は社交的かそうでないか位でしょうか。

私は、一世を風靡した金八先生パート1の時、まだ小学生でした。そしてパート2の時、ちょうどドラマと同じ中学生になり、ドラマと同じ目線でテレビの金八の世界を見ていました。金八終了後、3年B組を卒業したひかる氏が演じた西順之助は間違いなく、必殺の世界では私達の世代の代表でした。そんな所も西順之助に思い入れがある理由なのかもしれません。

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2013.06.13 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【時】時代劇の話

【勝】東京都小金井市・江戸東京たてもの園西ゾーン

カテゴリ:【勝】勝手にロケハン隊
~素人が時代劇に使えそうなロケーションを勝手に探してきました。



東ゾーンメインストリート_H25.06.09撮影
東ゾーンメインストリート H25.06.09撮影

江戸東京たてもの園のメインと思われる東ゾーンへ入る。竹馬やコマ回しなど昔懐かしい遊びが体験できる広場の脇を抜けると見えてくるのが、下町中通り。通りの両脇に昭和初期~30年代を感じさせるような商店の建物が集められていて、まるで三丁目の夕日の世界。建物の中で実際に営業している飲食店もある。

天明家入口_H25.06.09撮影
天明家入口 H25.06.09撮影

下町中通りを眺めつつ、ロの字型にぐるりと回ると見えてくるのが天明家という農家の建物の入口。こちらは「てんみょうけ」と読む。入口からして今までの建物とは違う。

長屋門_H25.06.09撮影
長屋門 H25.06.09撮影

曲がり角の先には大きな長屋門。長屋門は郷士や富農でないと持てないはずなので、天明家はかなり規模が大きそうであることが想像できる。

天明家主屋_H25.06.09撮影
天明家主屋 H25.06.09撮影

見えてきたのは、千鳥破風を持つ大規模な農家の建物。江戸時代後期に建てられたもので、天明家は現在の大田区鵜の木で年寄方という村役人を勤めていた。主屋の前のこのスペースがあり、周囲も囲われているので、時代劇の撮影にはうってつけだろう。領主の残酷な仕打ちに耐えかねた庄屋が、自らの命を顧みずに村人を集め、一揆の準備をしているシーンが目に浮かぶ。もちろん夜で、天明家の建物が篝火に浮かび上がる。演じる庄屋は逆転の発想で、名悪役の菅貫さんはどうだろうか。

天明家主屋_H25.06.09撮影

元々あったものかはわからないが、大きな植木にも圧倒される。白い障子の向かって左が玄関で玄関脇の潜り戸を抜けると書院、書院の前には枯山水庭園も一緒に移築されている。

天明家内部_H25.06.09撮影
天明家内部 H25.06.09撮影

土間から覗いた居間。柱の向こうはいろりがある。私のつたない写真ご術では表現できないが、畳も使いこまれて生活感がある。長閑なシーンなら、障子を全て開け放って、実りの秋に庄屋さんの家の前庭に集まって農作業も可能。

主屋から見た長屋門_H25.06.09撮影
主屋から見た長屋門 H25.06.09撮影

最後に主屋から見た長屋門の全体。門だけでもこれくらいの規模だ。センターゾーンの伊達家の門が門だけなのに対し、こちらはこの門に主屋付きなので、ロケに使わない手は無さそうだ。

江戸東京たてもの園のHP
所在地:東京都小金井市桜町3-7-1(都立小金井公園内)
アクセス/休園日と入場料


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2013.06.12 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【勝】勝手にロケハン隊

【勝】東京都小金井市・江戸東京たてもの園センターゾーン

カテゴリ:【勝】勝手にロケハン隊
~素人が時代劇に使えそうなロケーションを勝手に探してきました。



高橋是清邸_H25.06.09撮影
高橋是清邸 H25.06.09撮影

今回はビジターセンターのあるセンターゾーンをとりあげる。一般的にはセンターゾーンのメインは高橋是清邸。ここでは実際に彼が2.26事件で暗殺された建物が展示されていて、多くの入場者が見学をしている。

旧自証院霊屋_H25.06.09撮影
旧自証院霊屋 H25.06.09撮影

一方、時代劇ファンである私がこのゾーンで惹かれるものは、家光の側室・自証院お振の方を祀った霊廟である旧自証院霊屋。江戸時代前期に建てられた色鮮やかで清々しい霊屋は、必殺仕事人・激突の上野東照宮を思わせる。すぐそばに大川邸があるものの、突き当りに建てられていて後ろは木立なので、時代劇には充分使えそうだ。小さくてこの建物だけではさみしいので、東照宮の一番奥にある秘殿?のような形で、この霊屋をバックに仕事料の受渡しシーンに使えるかもしれない。

伊達家の門_H25.06.09撮影
伊達家の門(外から内を) H25.06.09撮影

こちらは伊達家の門。旧宇和島藩の伊達家が東京の屋敷に建てた表門で建造は大正時代である。さすが侯爵家だけあってケヤキの巨木を使用した贅沢な造りの門だ。扉の板や天井の板は継ぎ目がなく1本の木からできているそうだ。

伊達家の門_H25.06.09撮影
伊達家の門(内から外を) H25.06.09撮影

外から向かって右側には番所が付き、まさに大名家の門にふさわしい。門の正面は、すぐにたてもの園の鉄柵があるため、門を開いて中から外は映せないが、門を閉じれば、堅く閉ざされた門の外側から斬九郎が立ち小便、警備の侍が飛び出してくるというシーンが想像できる。また閉ざされた門の中で、中間が博打に興じるシーンも撮れそうだ。ただ門のみなので、門に寄った映像しか使えなそうなのが、これほどの立派な門だけに残念だ。

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2013.06.11 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【勝】勝手にロケハン隊

【勝】東京都小金井市・江戸東京たてもの園西ゾーン

カテゴリ:【勝】勝手にロケハン隊
~素人が時代劇に使えそうなロケーションを勝手に探してきました。



江戸東京たてもの園ビジターセンター_H25.06.09撮影
江戸東京たてもの園ビジターセンター_H25.06.09撮影

江戸東京たてもの園は、江戸期以降の貴重な建物を保存するために、平成5年に小金井公園内に設立された。両国にある江戸東京博物館の分園でもある。私が子供の頃は、ここには武蔵野郷土館という縄文、弥生時代の遺物を展示する博物館で何度か訪れたことがあった。当時は子供ながらに何となく薄暗い建物で陰気な気がした。上記の写真は、その時の郷土館だった建物で、現在は明るくきれいなビジターセンターと言う施設になっている。この建物自体も旧光華殿といい、皇居外苑に昭和15年に紀元二千六百年記念式典の会場として造営されたものを移築した建物。入り口で時代劇のロケはあるのか係の方に伺ったところ、明治以降のドラマの撮影はあるそうだが、時代劇は無いそうだ。

江戸東京たてもの園八王子千人同心組頭の家_H25.06.09撮影
八王子千人同心組頭の家 H25.06.09撮影

園内は東・西・センターと三つに分かれているが今回取り上げるのは、西ゾーン。西ゾーンの一番奥には3軒の茅葺屋根の家が展示されている。一番手前にあるのが江戸時代後期建造の八王子千人同心の家。質素ではあるが凛とした武家らしい雰囲気がある。たてもの園の建物は、実際に中に入って部屋に上がってみることもできるのがミソ。

江戸東京たてもの園八王子千人同心組頭の家内部_H25.06.09撮影
八王子千人同心組頭の家内部_H25.06.09撮影

内部は床の間付の8畳と4畳の座敷の他に板間と土間、組頭の屋敷にしては質素な印象だ。床の間に飾られている一輪の花のせいで空気が引き締まる。土間には、かまど等もあり、障子にガラスを使っていないので、そのまま時代劇に使用できると思う。残念なのは、建物の配置の関係で庭先が狭い。外側から、こじんまりとした縁側で談笑するシーンや建物内でのシーンなら充分使用可能かと思う。凛とした雰囲気は、清貧で労咳の剣客が余生を過ごす竟の住処という感じ。何となく先日亡くなった夏八木勲さんが頭に浮かんできた。おそらく先日、剣客商売スペシャル「母と娘と」を見たせいだろう。建物は別に似ているわけではないが。

江戸東京たてもの園綱島家_H25.06.09撮影
綱島家 H25.06.09撮影

千人同心組頭の家の斜め前は、江戸時代中期の農家・綱島家。世田谷区岡本に合った建物を移築したもので、大きな屋根が裕福さをうかがわせる。

江戸東京たてもの園綱島家_H25.06.09撮影
綱島家 H25.06.09撮影

内部も先ほど同様、実際に生活していた時の設備がしっかり残されており、神棚も祀られている。窓にはガラスも使われていない。脇には小さな畑もあり、鶏を走らせたら、農家の雰囲気は十分だ。吊るされたテルテル坊主も里の郷愁を感じさせる。ただ残念なのは、やはり配置の関係で正面が、たてもの園と公園を仕切る鉄柵になっており、公園の遊具が容易に映ってしまいそうなこと。こちらも外側から建物を映したり、建物の内部を使用するのであれば問題ないと思う。

江戸東京たてもの園綱島家_H25.06.09撮影
綱島家縁側_H25.06.09撮影

笠智衆さんが座っていそうな奥座敷。村の子供が縁側に遊びに尋ねて来そうだ。今だったら織本順吉さんのイメージがする。本日取り上げた中で、マイナス条件を考慮しなければ、私が撮影に使いたいのはこの家。時代劇好きにはなんとなく癒される建物だ。

江戸東京たてもの園吉野家_H25.06.09撮影
吉野家 H25.06.09撮影

突然、脈絡なく登場する奄美の高倉の脇を通り抜けて、このゾーンの一番奥は吉野家、三鷹市野崎にあった江戸時代後期の農家。こちらは障子にはガラス窓が使われているので、時代劇に使用するならカモフラージュする必要がある。

江戸東京たてもの園吉野家内部_H25.06.09撮影
吉野家カッテ_H25.06.09撮影

こちらも内部は今までの建物と同じく、生活設備がそのまま残されている。こちらは案内にはカッテとあるが、お勝手=台所。奥にはいろりもある。

江戸東京たてもの園吉野家_H25.06.09撮影
吉野家 H25.06.09撮影

裏手には小さな畑も作られている。吉野家は一番奥に建てられているため、周囲のスペースにも余裕があり、奄美の高倉以外は余計なものが映り込みづらいのが良い。式台付の玄関があるので格式も感じさせる。私的には、式台から八州回りを迎える庄屋は浜田寅彦さんという風景が目に浮かぶ。今までの3軒の中で、撮影の使い勝手が一番良さそうなのは吉野家ではないだろうか。ただし庄屋の屋敷として使うには門が必要だ。

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2013.06.10 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【勝】勝手にロケハン隊

【番】知られざる物語 京都1200年の旅「宇治に薫る茶の心」

カテゴリ【番】:京都の番組
~京都がテーマの番組の紹介、感想です。


BS朝日で放送されている京都の伝統文化、自然、寺社などを紹介しながら1200年の歴史をひもといて行く知的エンターテイメント番組。お茶の間にいながら京都に行った気分になれる貴重な番組。京都を思わせるようなゆったりかつ重厚なテーマ曲や升毅さんの柔らかなナレーションも魅力です。録画したDVDを見ながら眠ると幸せな気分で眠れます。そんな素敵な番組を紹介していきます。必ず再放送もあります。

私達の暮らしの中に、深く根付いた「お茶」は京都と深いつながりのある文化。 特に、京都市の南東に位置する宇治市は美味しい茶葉の名産地として全国的に知られ、古くから茶と共に歴史を重ねてきた場所。風情あふれる茶店が軒を連ねる宇治の地で、茶の物語をひもときます。 (番組HPより)


今回は、茶処で名高い宇治を茶から見た視点で紹介していきます。オープニングの茶の販売店が並ぶ道は確か平等院へ行く道で、何年か前に平等院を訪ねた際に歩いた覚えがあります。

宇治川のほとり、鳳凰堂の向かいの対鳳庵は宇治市市営の茶室、市営の茶室があるというところが、さすが茶処です。将軍の御茶師として茶を作り続けた上林春松家の創業は安土桃山時代、現在も残る上林春松本店の建物は450年前のもので現在は宇治・上林記念館として利用されています。展示品には納めた茶の袋の口が開いていたことを咎める秀吉からの手紙も。このクレームが縁で宇治が茶処として発展し、他にも利休に茶を納めたり、江戸時代を通じてお茶壷道中で将軍家に茶を納め、上手く権力とのつながりを保ち続けていました。将軍家の威光を示すためのお茶壺道中は明治維新直前まで続いていましたが、それだけ宇治の茶が上質である証なのでしょう。茶は合組という茶葉を混ぜる割合で各店の特徴を出すのですが、店の個性が合組で表現できるので、宇治にこれだけ茶店が並んでもやっていけるという話にはなるほどと思いました。ただ、レベルの高い店が集まっているからそれは可能なことなのでしょう。ちなみに抹茶は、現代の機械引きでも1時間40グラム程度しかとれない手間のかかるものだそうです。

奥の山茶園は室町から続く宇治で一番古い茶園で足利義満が保護した宇治七銘柄の一つ。現代も残っているのはこちらだけです。茶畑には一面に黒い覆いがかけられています。これは覆下栽培という栽培法で、直接太陽に当てないことで渋みが押さえられ甘味が増し上質な茶が製造できます。一方、露天で栽培した茶は煎茶やほうじ茶、番茶になるのですが、日本茶の種類は沢山あっても、茶の木自体は一種類だけというのは初めて知りました。覆下栽培から生みだされる茶葉を蒸して手もみしながら乾燥させると玉露、手もみせずに乾燥させ石臼で引くと抹茶になります。玉露は、最後のしずくがおいしいことから珠の露、それが玉露の名の由来です。

ここからは茶の伝来から、日本に茶が広まるまでの話になります。比叡山のふもと、坂本にある日吉茶園は最澄が唐から初めて日本に持ち帰った種に起源があります。その当時の茶は団茶といい、茶葉を蒸し、臼ででついて固め、飲む時は必要な分だけ粉にして煎じるというスタイルでした。その後、臨済宗の開祖、栄西が茶を広めました。栄西が『喫茶養生記』を現わしたことでもわかるようにその当時、茶は薬として考えられていました。その当時の中国の最先端の茶の飲み方が抹茶です。高山寺には栄西から受け取った数粒のお茶の種を明恵が播いたという茶園があります。京都検定を勉強している人にはおなじみの話ですが、これが京都で初めて作られた茶園です。ある意味茶の聖地といえるでしょう。

異国情緒あふれる宇治の萬福寺は、明から来日した隠元が自分が明で住んででいた寺を模して建てたもの。時代劇では長崎や唐人寺としてよく使用されます。隠元は、隠元豆や大陸の文化芸術を日本に伝えましたが、そのうちの一つが煎茶です。その当時はやかんに茶を入れ直火で沸かして飲んでいました。手軽に茶を入れるために急須を使用することを始めたのは、萬福寺の売茶堂に祀られる煎茶道の祖、売茶翁月海です。こうして茶は一般庶民にもコミュニケーションツールとして広まっていきました。

永谷宗円はお茶漬けで有名な永谷園の祖。煎茶造りの工程に手もみを加え、庶民の飲む茶の質を高めました。生家は今も残されており、その向かいは茶宗明神社として神になっています。

中村藤吉本店は製茶工場をカフェとして開放しています。宇治のふきよせ、抹茶を練りこんだシフォンケーキ、竹の容器に入った生茶ゼリイなど、和と洋の調和した新たな茶のスタイルを追求しています。かつては薬として飲まれていた茶が、現在は形を変えて広がっているのです。

ラストの猿之助さんの言葉は「千変万化」一種類しかない茶と言う植物が、薬から美術工芸、精神文化、食文化にも影響を与えていく姿が千変万化という言葉を思わせるとのことです。

番組HPはこちら
再放送はBS朝日 6/18 22:00~

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2013.06.07 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【番】京都の番組・映画

【鳥】平安神宮の大鳥居

カテゴリ【【鳥】:京都の鳥居
~京都にある珍しい鳥居や特徴的な鳥居をピックアップします。



平安神宮大鳥居_H24.11.10撮影
平安神宮大鳥居 H24.11.10撮影

曇天に高くそびえる平安神宮の大鳥居、ピントが甘いこともあるだろうが、グレーをバックにした巨大な朱が無造作に不安感を掻き立てる。風雲、急を告げるを絵に描くとこんな感じだろうか。どっしりした存在感が不気味な気もする大鳥居。

バスのサイズから高さがイメージできると思うが、平安神宮のHPのデータを列挙すると高さ24.2m、幅18.2m、柱直径3.63m、笠木(上の横木)長さ33m、コンクリート製で明神形。明神形とは主要パーツに照りや反りなどの加工を施しているものをいう。

建造は昭和4年で、昭和天皇の御大礼の記念事業として市民から寄付を募って建造され、建造当時は日本一の大きさだった。ちなみに鳥居の大きさランキングはこちら

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2013.06.05 | | Comments(0) | Trackback(0) | 倉庫入り記事

【ト】矢田寺の絵馬がエグイ

カテゴリ:【ト】京都のトピック
~京都の街で見かけた面白いもの、興味深いもの、変わったものetc...



矢田寺_H25.03.17撮影
矢田寺 H25.03.17撮影

三条寺町の矢田寺(やだでら)、アーケードの中にお寺があるというのは、ある意味とても京都らしい。隣はそばやと交番。日常の中に、当たり前にお寺がある風景。六道珍皇寺の迎え鐘に対して、こちらは送り鐘を突くことでも知られている。

本尊の前の炎_H25.03.17撮影
本尊の前の炎_H25.03.17撮影

本尊は、矢田地蔵尊ともよばれる地蔵菩薩で、開山の満慶上人が地獄で出会った地蔵菩薩を彫らせたものと言われている。そのため、像の前には、オレンジの地獄の業火が表現されている。(許可を得て撮影したが、正面から撮影するのは不謹慎なので、本尊は撮影しなかった)

矢田寺の絵馬_H25.03.17撮影
矢田寺の絵馬 H25.03.17撮影

地獄で亡者を救う代受苦地蔵とも呼ばれ信仰を集めている矢田寺の縁起を描いた『矢田地獄縁起絵巻』のワンカットが絵馬になっている。鮮やかな赤を使って描かれた炎、苦しむ亡者、やり放題の鬼、何ともエグイ図柄の絵馬だ。

矢田寺の絵馬その2_H25.03.17撮影
矢田寺の絵馬その2 H25.03.17撮影

もう1枚、可愛らしい図柄も用意されているのだが、全くフォローしきれていない。

ぬいぐるみのお守り_H25.03.17
ぬいぐるみのお守り H25.03.17撮影

住職ご夫婦が作っているという、とても可愛らしい、笑顔のお地蔵さんのぬいぐるみお守りも販売されているが、

矢田寺の絵馬アップ_H25.03.17撮影
矢田寺の絵馬アップ H25.03.17撮影

それでもフォローできていない。寺町のアーケードで見かけた、怖くて不思議でちょっと可笑しな京都の1コマ。

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2013.06.04 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【ト】京都のトピック

【門】ヴィヴィッドな国宝~西本願寺唐門

カテゴリ:【門】京都の門
~大きなものから小さなものまで、大小遠近男女は問わず京都の門


西本願寺唐門内側から_H24.12.24撮影
西本願寺唐門内側から H24.12.24撮影

西本願寺の唐門は、彫刻の見事さに日が暮れるまで見ていても飽きないという例えから日暮門という別名がついている。黒塗りで極彩色の彫刻に彩られた国宝は、派手すぎて一見、お寺には似合わないような印象もあるヴィヴィッドな四脚門だ。

西本願寺唐門外側から H25.03.17撮影
本願寺唐門外側から H25.03.17撮影

北小路通りに面した外側は古びた柵に1/3くらい隠されているが、かえって余計に目立っている。伏見城から移築されたと、NET上ではよく書かれているが、ウィキペディアによると、この門がどこから来たのか、もともとここにあったのかわからないらしい。確かに西本願寺のHPにも、この門の来歴は書かれていない。ただ、この派手さなら秀吉の伏見城や聚楽第にあったとしても全く不思議ではない。

西本願寺唐門 許由が頴川で耳を洗う_H25.06.16撮影
許由、耳を洗えば単父牛をひいて帰るの図の許由 H25.06.16撮影

境内側、門の向かって右には、古代中国の三皇五帝時代の故事を現わした透かし彫りがある。堯帝が許由の高潔な人柄を聞き、位を譲ろうとすると当の許由は箕山に隠れてしまった。許由をさらに高い地位で処遇しようとすると、許由は潁水のほとりで「汚らわしいことを聞いた」と川の流れで自分の耳をすすいだ故事に基づく。

西本願寺唐門 許由 耳を洗えば単父牛をひいて帰るの図_H25.06.16撮影
許由、耳を洗えば単父牛をひいて帰るの図の単父 H25.06.16撮影

一方、対になっている左側は、それを見聞きしていた伝説の隠者、単父が許由のエピソードを知り、汚れた水を牛に飲ませることはできないといって立ち去る故事を透かし彫りにしている。

西本願寺唐門・麒麟_H25.03.17撮影
西本願寺唐門・麒麟 H25.03.17撮影

雲を駈ける麒麟、恐ろしげな表情がリアルさをさらに増す。伝説の生き物の存在感があふれる。

西本願寺唐門・獅子_H25.03.17撮影
西本願寺唐門・獅子 H25.03.17撮影

体をばねの様にくねらせる獅子。今にもここから飛び出してきそうだ。

西本願寺唐門・獅子 H25.03.17撮影
西本願寺唐門・獅子 H25.03.17撮影

じっと正面を見据る獅子は表裏に各2体。4体で唐門を守護するかのようだ。

西本願寺唐門・獅子 H24.12.24撮影
本願寺唐門・扉の獅子 H24.12.24撮影

扉面にも獅子が浮き彫り。ブログ用の写真を加工していても日が暮れてしまいそうなので、この位に。豪華絢爛の桃山文化を地で行く西本願寺の唐門。写真のおかげで黒がベースのこのブログもいきなり艶やかにになったようだ。

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2013.06.03 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【門】京都の門

【石】長年、時代劇のロケを見つめてきた石仏たち

カテゴリ:【石】京都の石仏
~雨の日も風の日も京の街を山を水辺を護り続ける"いしぼとけ"達



大覚寺護摩堂脇から石仏群_H25.03.16撮影
大覚寺護摩堂脇から石仏群 H25.03.16撮影

大覚寺の大沢池の畔に立つ護摩堂、このお堂は時代劇の水辺のシーンによく登場するが、その脇に今回取り上げる石仏群が安置されている。

大覚寺護摩堂脇の石仏_H25.03.16撮影
大沢池石仏群 H25.03.16撮影

二十体ほどの石仏は木の根元に囲われて一列に並んでいる。調べてみると、これらの石仏は大日如来を中心にした胎蔵界五仏で、大沢池石仏群と呼ばれ鎌倉中期のものらしい。

薬師如来像_H25.03.16撮影
大日如来像 H25.03.16撮影

表情は既に伺い知れないが、結んでいる法界定印と冠からおそらくは大日如来だろう。

阿弥陀如来像_H25.03.16撮影
阿弥陀如来像_H25.03.16撮影

静かに目を閉じているこの像は、結んでいる印から阿弥陀如来と思われる。

大覚寺護摩堂脇の石仏_H25.03.16撮影
大沢池石仏群 H25.03.16撮影

石仏群は京都で映画が取られるようになってから随分と長い間、数々の時代劇スターの時代劇のロケを見守り続けてきた。これからも時代劇が続くようにもずっと守っていって欲しい、そんな思いでつい手を合わせてしまう石仏たちである。

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2013.06.02 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【石】京都の石仏

【報】「修学旅行お助けマン」地道に10年 京の旅館、ホテルが道案内

カテゴリ:【報】京都のニュース
~京都に関するニュースとそれに対する私見です。



昭和50年代の修学旅行_銀閣前
昭和50年代の修学旅行 銀閣前

京都新聞の記事です。
「修学旅行お助けマン」地道に10年 京の旅館、ホテルが道案内

修学旅行と言えば、私達の世代は京都・奈良というのが相場でした。学校が合わなくて高校の修学旅行は行ってないのですが、中学の修学旅行の京都は思い出に残っています。旅館は、三条のいろは旅館で宿に入るなり、同宿の他校の生徒とトラブルになって非常シャッターを閉めてその学校と隔離されたり、部屋でみんなでたばこを吸っていて煙モクモクだったのに、担任の先生が全く気付かないふりをしてくれたり・・・その頃から京都は大好きな土地でしたが、修学旅行の時だけは、京都よりも仲間とつるんでいる方が楽しかった。先生方や旅館の方には、ご迷惑をおかけしましたが、今となっては時効にして下さい。

記事の中にも書かれていますが、「旅行生の将来の再訪につなげるためにも歓迎の姿勢を示していくことが大切」は確かにそうだと思うんです。正直、歴史好きな子以外は、京都自体にはあまり興味はないでしょう。寺社巡りなんて線香臭いだけかもしれません。多分、このブログは若い子は読んでないと思いますが、もし「修学旅行が京都でつまらないな」と思っている学生さんがいたら、別に京都を楽しむ必要は無いんです。仲間と過ごす数日を思い切り楽しんで下さい。そしてその経験は、大人になった時に「ここ、修学旅行で来た!」と京都を楽しむための素敵な調味料になります。沖縄や九州、北海道は好き好きあるんですが、ある程度年を取ったら、京都に行きたいなと思う時が必ずやってきます。その時に京都を楽しめるように、今は京都の空気だけ吸ってきて下さい。京都は二度目が一番楽しい土地なのですから。(そういえば、似たようなこと数日前にも書いてますね。)


信長テーマの娯楽施設、2日オープン 旧本能寺跡に

先週、気になったもう一つのニュース。最近、ゲームの影響で、武将がヴィジュアル系の人みたいになっちゃったりしてますが、ここの信長は原哲夫さん、北斗の拳ですね。実際にこの場所が信長が無くなった本能寺で、今の本能寺の公認っていうのが妙にリアルです。でも「ここが信長が逝った本能寺」というコピーは何だかなあ。BARでは信長の魂と酒が酌みかわせるとか。個人的には信長はあまり好きでは無いですが、話のネタに次回行けたら行ってきたいと思います。

信長茶寮のHP

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2013.06.02 | | Comments(2) | Trackback(0) | 【報】京都のニュース

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