【季】西院春日神社の春日祭~その1

カテゴリ【季】:京都の四季
~表情豊かな都の四季を題材にして、自由気ままに記します。



今回の京都訪問(10/12~10/14)は粟田祭と同時に、西院春日神社の春日祭とも日付が一致したので、春日祭に出掛けてみました。西院春日神社とはあまり聞かない名前だと思っていましたが、市バスに乗ったら、このとおり小さな広告が出ていました。

市バスの広告_H25.10.13撮影

調べてみると、西院春日神社は、創建は天長10年(833年)とかなり古く、春日神を祭る神社で御利益は病気平癒・厄除・交通安全など。こちらも粟田神社同様、剣鉾の巡行が有名だそうで、何やら今回は剣鉾に縁のある旅となりました。

西大路四条の交差点_H25.10.13撮影
西大路四条の交差点 H25.10.13撮影

西院春日神社へ向かおうと、京大正門前からバスを乗り継ぎ、西大路四条へ。ちなみに西院は『さいいん』と読みます。西院の駅は阪急と嵐電の二つありますが、阪急はそのまま『さいいん』、嵐電は『さい』です。神社に向かおうと思っていましたが、この交差点で剣鉾の巡行に出会えそうなのでここで待つことにしました。交差点の四隅はご覧の通り、見物客が集まっています。

西大路四条交差点_H25.10.13撮影
西大路四条の交差点 H25.10.13撮影

時刻は14時15分頃、交差点では警官が交通整理にあたっており、春日祭神事のため14時から30分ほど交差点に進入できなくなる旨の看板も立てられています。LAWSONの前の青い法被姿の方は、剣鉾を横に倒しで持っていて、行列が到着するのを待っています。見物客もどんどん増えて行きます。

西大路四条の交差点_H25.10.13撮影
神輿が近づく H25.10.13撮影

程なく四条烏丸の方角から、車に混じって2台の神輿がやってくるのが見えてきました。担ぎ手がいないのは台車で移動しているからです。大きな台車は、後で先回りするために交差点を通り抜けて行きました。

剣鉾_H25.10.13撮影
剣鉾 H25.10.13撮影

待機していた剣鉾が交差点に入ってきました。人間の大きさと比較すると相当大きなものであることが分かります。

巫女さんと剣鉾_H25.10.13撮影
巫女さんと剣鉾_H25.10.13撮影

緋の袴が目にも鮮やかな、可愛らしい子供の巫女さんたちも交差点に到着しました。この巫女さんを八乙女(やおとめ)といいます。文字通り、神楽や舞で神に仕える8人の巫女という意味です。また中央では剣鉾を立てようとしています。

4本の剣鉾_H25.10.13撮影
4本の剣鉾 H25.10.13撮影

光の加減で見えづらいですが、交差点に4基の剣鉾が立ちました。一番長い剣鉾は8m以上はありそうです。剣鉾の先端が曲がっているように見えますが、これは剣先がヒラヒラと揺れるようになっているためです。(ネット上では、多くのページに5基の剣鉾が立つと書かれていましたが、私の写真では、どの写真にも剣鉾は4基しか映っていませんでした。)


西大路四条交差点の場所(地図)
西院春日神社:京都市右京区西院春日町61(HP)

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2013.10.31 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【季】京都の四季

【タ】夜の京都タワーとポルタの音楽噴水『AQUA FANTASY』

カテゴリ:【タ】京都タワー
~京都駅前で迎えてくれる京都タワーには様々な表情があります。


いつ頃から始まったのかわからないのですが、京都駅前のポルタの入り口の屋根で夜になると音楽噴水『AQUA FANTASY』というイベントが行われるようになりました。邦楽や洋楽のインストを流しながら、カラー付きの噴水が屋根から上がるという趣向です。私が苦手な夜景でしかも動くものという素材がちょっと怖かったのですが、三脚を立てて撮影して見ました。

京都タワーと音楽噴水_H25.10.12撮影
京都タワーAQUA FANTASY H25.10.12撮影

18時半頃からどこで撮影するかウロウロしていましたが、結果的に撮影したのはこのあたりです。タワーと噴水を同時に写すにはここしかないんじゃないかと思います。バスチケット売り場の建物の反対側ではタワーが見えません。

京都タワーと音楽噴水_H25.10.12撮影
京都タワーとAQUA FANTASY H25.10.12撮影

京都駅の上からとも思いましたが、左右どちらも噴水とタワーを同時に写せる場所ではありませんでした。

京都タワーと音楽噴水_H25.10.12撮影
京都タワーとAQUA FANTASY H25.10.12撮影

噴水が上がる時間はこちらの通り。音楽無しと有りになっていますが、音楽はずっと鳴っているようです。5分程度のリハーサルの様なものがあってから15分の本番が始まります。写真に必死で曲目はよく覚えていないのですが、祇園囃子とビートルズの曲が流れていたのは覚えています。

京都タワーと音楽噴水_H25.10.12撮影
京都タワーとAQUA FANTASY H25.10.12撮影

京都から帰る時、京都駅近くの宿で食事に行く時など立ち寄ってみるのと楽しいと思います。



アクアファンタジーの撮影場所_H25.12.10撮影
AQUA FANTASYの撮影場所 H25.12.10撮影

H26.01.30追記:
行けば自然にわかりますが、京都タワーとアクアファンタジーが一緒に撮影できるのはこの辺りです。観光客は手すりの方で、写真を取る人は、私も含め階段の前のロープの辺りで撮影していました。

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2013.10.30 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【タ】京都タワー

【季】1000年の歴史を持つ粟田祭の風景~その3

カテゴリ【季】:京都の四季
~表情豊かな都の四季を題材にして、自由気ままに記します。



粟田神社・石段_H25.10.12撮影
粟田神社・参道 H25.10.12撮影

参道の石段を上ります。石段下の鳥居の前の道は、京の七口といわれる粟田口から始まる旧東海道・旧東山道で、粟田神社はこの街道を行く旅人を守護する神社として尊崇されています。先ほど、弁財天や白狐の大燈呂が止まっていた道です。

神馬像_H25.10.12撮影
"神馬像 H25.10.12撮影

石段途中には、見事な神馬像。今にも駈けだしそうなほどの躍動感があります。案内によると明治44年に京都出身の島津久吉という人物が銅馬三頭を鋳造し、粟田・琴平・厳島の三社に奉納したとのこと。そして、石段を登り切ると粟田神社の中心部です。丘の上に立っているようなイメージ。

粟田神社拝殿_H25.10.12撮影
粟田神社拝殿 H25.10.12撮影

こちらは桧皮葺の拝殿です。祭礼準備のの慌ただしさが伝わってくるようです。実際に差す(持つ)ものかわかりませんが、向かって左側には剣鉾が立てられています。

剣鉾_H25.10.12撮影
剣鉾 H25.10.12撮影

剣鉾を近くで見てみました。粟田神社の氏子区域には18基計44本の剣鉾があり、京都では一番の規模とのこと。金具の色合いも、実にいい風合いに古びています。

粟田神社本殿_H25.10.12撮影
粟田神社本殿 H25.10.12撮影

奥に、粟田神社の本殿があります。本殿は三間社流造で、本殿に拝所が併設されている複合社殿。1823(文政6)の再建で江戸後期のものとしては貴重なものだそう。祭神は建速素盞嗚尊(タケハヤスサノオノミコト)と大己貴命(オオムナチノミコト)です。

神輿_H25.10.12撮影
神輿 H25.10.12撮影

拝殿を反対側から見ると、本殿と向かい合う形で神輿が置かれていました。この神輿は石段を下りて街へ繰り出し、東山三条での辻回し、青蓮院の勅使門が開けられての青蓮院入りが大きな見せ場です。

能舞台_H25.10.12撮影
能舞台 H25.10.12撮影

今晩の神賑行事で石見神楽が行われる能舞台です。椅子もセッティングされて準備が整っているようです。

京都市街_H25.10.12撮影
京都市街 H25.10.12撮影

粟田神社からは京都市街が一望できます。中央に見えるのは平安神宮の大鳥居。この下を旧東海道が走っていますが、昔は東海道も見えたのでしょう。この日は平安神宮と岡崎公園で京都学生祭典が行われており、バンド演奏の音が響き渡っていました。このあと、夜に出御祭を見るために再度来ようと粟田神社を後にしましたが、その後の顛末はこちらの通りです。粟田祭の雰囲気だけでも伝われば幸いですが…

粟田神社:京都市東山区粟田口鍛冶町1(HP)

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2013.10.29 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【季】京都の四季

【季】1000年の歴史を持つ粟田祭の風景~その2

カテゴリ【季】:京都の四季
~表情豊かな都の四季を題材にして、自由気ままに記します。



前回、鳥居の向こうに見えた赤い塊が気になられた方もいるとおもいますが、その赤い塊がこちらです。

粟田大燈呂・牛頭天王_H25.10.12撮影
粟田大燈呂・牛頭天王 H25.10.12撮影

手には剣を持ち筋骨隆々とした恐ろしげな姿は牛頭天王で、粟田神社の祭神・スサノオノミコトの本地(実体といえばよいでしょうか)が牛頭天王です。そしてこのオブジェ、実は燈籠になっていて、明日の世渡り神事で町内を練り歩くそうです。個の燈籠を粟田大燈呂(あわただいとうろ)と呼びます。

歓喜天_H25.10.12撮影
観音菩薩と歓喜天 H25.10.12撮影

参道には準備中の大燈呂が置かれています。こちら、2体の人身をした象が抱き合っているのは歓喜天。歓喜天はあまり公開されることがありませんが、このように異様な姿で表現されるからでしょう。かなりインパクトがあります。私も見たのは初めてです。

烏天狗_H25.10.12撮影
烏天狗 H25.10.12撮影

こちらは烏天狗。写真に写っている方たちで、台の上に大燈呂をセッティングしています。人と比べると大きさが分かって頂けるでしょうか。この大燈呂は、遠く青森のねぶたの起源とも言われています。

白狐_H25.10.12撮影
白狐 H25.10.12撮影

尾を振り上げて走る白狐です。大燈呂の下には祭のスポンサーの名前が掲示されています。この大燈呂は長く途絶えていたものを平成20年に復興したものです。戦国時代の1級資料『『言継卿記』にも、この大燈呂の記述が残されています。

弁財天_H25.10.12撮影
弁財天 H25.10.12撮影

背後に龍を背負うのは弁財天でしょう。随分と今風な可愛い顔立ちをされています。一連の大燈呂は、京都造形芸術大学の学生さんが作っているそうです。そういえば以前に、この大学の校舎の芸術的なレンガ風の階段をご紹介したことがありました。

インド風の仏像_H25.10.12撮影
インド風の仏像_H25.10.12撮影

インド~東南アジア風の仏像の大燈呂がありました。仏教説話の1シーンでしょうか。この時間で見ることのできた大燈呂はこれだけでしたが、他にもまだあるようです。興味のある方は、こちらに粟田大燈呂のフェイスブックページがあります。

粟田神社:京都市東山区粟田口鍛冶町1(HP)

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2013.10.28 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【季】京都の四季

【季】1000年の歴史を持つ粟田祭の風景~その1

カテゴリ【季】:京都の四季
~表情豊かな都の四季を題材にして、自由気ままに記します。



京の七口の一つ、粟田口に建てられた粟田神社は、京から東海道、東山道へと旅立つ人を守護する、旅立ちの神として長い間信仰されてきました。今回、ちょうど粟田祭神幸祭の前々日に京都に行きましたので、粟田神社まで出掛けてみました。

付近の店先_H25.10.12撮影
付近の店先 H25.10.12撮影

南禅寺から歩いたので蹴上の交差点から三条通りに入りました。三条通り沿いの店はこのように提灯や協賛の紙を店先に掲示します。(ドアのガラスに私の姿が写り込んでしまいました・・・)

付近の軒先_H25.10.12撮影
付近の軒先 H25.10.12撮影

こちらは一般のお宅です。剣鉾の絵が描かれているように、粟田祭では御輿巡行の前に、露払いとして剣鉾差しが行われ、長さ8メートル、重さ60kgの剣鉾を一人で持って歩きます。この剣鉾は祇園祭の山鉾の原型だそうです。

粟田祭ポスター_H25.10.12撮影
"粟田祭ポスター H25.10.12撮影

ちょうど粟田祭のポスターに剣鉾が差されている様子が写っています。(剣鉾を持つことを差すといいます。)粟田祭は何と1,000年もの歴史を持つ由緒ある祭礼で、室町時代には何らかの事情で祇園祭が行えない場合、この祭礼を持って代わりとしたほどです。

粟田神社参道_H25.10.12撮影
粟田神社参道 H25.10.12撮影

三条通りから入る粟田神社の参道に到着しました。粟田祭のメインイベントでもある神幸祭は現在、毎年、体育の日に行われることになっているので、今年の神幸祭は10月14日になります。前日10月13日は夜渡り神事、前々日の本日10月12日は、出御祭(おいでまつり)と神賑行事。今日は18時から石見神楽が奉納されるはずです。ちょうど15時過ぎでまだ早いのですが、ひと足早く祭りの準備の様子だけでも見に行くことにしました。粟田祭は15日の例大祭までの4日間行われます。

粟田焼発祥の碑_H25.10.12撮影
粟田焼発祥の碑 H25.10.12撮影

鳥居をくぐると参道には『粟田焼発祥の地』という碑が建っています。粟田焼は、京焼とよばれる陶器の一つです。現在最も知られている京焼の一つが清水焼と言えば、イメージしやすいでしょうか。江戸初期に三文字屋九右衛門という陶工がこの辺りに開窯したのが、粟田焼の始まりといわれています。

粟田神社:京都市東山区粟田口鍛冶町1(HP)

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2013.10.25 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【季】京都の四季

【飲】リド飲食街を再攻略~じじばば&スナック

カテゴリ【飲】:京都で呑む~さあ、今日はどこで呑もうか。木屋町、祇園、河原町。京の穴場を探訪します。




リド飲食街外観_H25.08.16撮影
リド飲食街外観 H25.08.16撮影(前回の撮影したもの)

前回8月に京都の昭和ノスタルジック・七条のリド飲食街を攻めてみましたが、お盆の時だったので、2軒しか店が開いておらず、今回再度、夕食がてら飲みに出かけてみました。(10/12の話です)

前はわかりませんでしたが、リド飲食街のお店は全部がカウンター席のみの店ばかりです。ちなみに通路は通り抜けることが出来、裏側にでるともっとディープな酒場街があります。(10/29追記:このディープな酒場は京洛酒場街と言いましたが、2011年に火災でなくなったそうです。)また以前、リドの2Fは誰かが住んでいるのか気になると書きましたが、誰も住んでいなくて今は物置になっているそうです。

最初はリドで検索すると、名前をよく見かける“じじばば”という店に入ってみました。“じじばば”という店名ですが、30代位のマスターが一人でやっている店で、10席ほどのカウンターも7席ほど埋まっていました。

生ビールはハイネケンとアサヒのドライブラックのみというちょっと変わったラインナップ。ビールは基本、アサヒなのでドライブラック(¥600)を注文しました。つまみは、のりとしその和風ピザ(\700)。

“さけのあてや”というキャッチの通り、食べ物は酒のアテになるものが揃っています。メニューは一見、無国籍な感じですが、良く見ると無国籍料理というよりも、マスターの好みで和・洋・中の得意なものを入れ込んでいる多国籍な感じです。小さな店ですが、越前おろしそば、マーボー豆腐、タコス、牛すじ、オムライス、蠣のニンニクオイルなどバラエティに富んでいます。飲み物も、ビール、焼酎、日本酒、ワイン、泡盛、何でもありそうな感じです。

お通しには、フランスパン1切れにホタルイカの沖漬とチーズの入ったポテトサラダが出て来ました。ここでも多国籍感が演出されていますが、ポテトサラダにチーズが抜群に美味しい。ピザは少し時間がかかるそうなので、お通しでビールを2/3位飲むと、のりとしその和風ピザが出て来ました。ここでもチーズがのりとしその和の触感に良く合っていて、ぺろりと1枚食べてしまう感じです。多国籍感に乗せられて、ついついタバスコをかけ過ぎてしまい、口の中がひりひり状態、ビールをもう1杯注文しました。

店内を眺めてみると、食べログベストレストラン2010と書かれたものが貼ってありました。ネットに書き込みが多いのはきっとこのせいなのでしょう。マスターも若そうなので、周囲は昭和の雰囲気でもITを上手く利用して宣伝しているようです。

神亀酒造の日本酒は35歳以上限定と書かれていて気になりましたが、日本酒はあまり飲まないので、ネットでレビューを見てみたら、酒のキャッチコピーにそう書いてあるからだとか。

小さいお店で長いも悪いので小一時間でお愛想、会計は2,300円でした。店を出ると、粟田祭の夜渡り神事まではまだ時間があるのでもう1軒行くことにしました。リドは通路の両脇に店があるので、通路をウロウロしてると、いかにもよそ者というのがばれてしまいます。ここは、清水の舞台から飛び降りたつもりで、向かいでお客のいないスナックに思い切って飛び込みました。(ママさんのご要望で名前は伏せます。)その隣にもスナックはあったのですが、狭い店なのにカラオケをやっていてうるさかったので瞬時にそこはやめました。

ところが、これがイケなかった。店が狭いので妙にカウンターの中と外の距離が近い、お客が他に居ない、こちらは軽くアルコールが入っている。ママさんも話好きなようで、最初の酒を注文するまで10分位、私はほぼ一方的にずっと話しを聴く側に回っていました。捕まったといってもいい状態です。この時点では少し失敗したかなと思いました。

最初のビール1本が出るまでは時間かかりましたが、会話のキャッチボールは意外に盛り上がり、そこから先はハイボールをジョッキで1杯、また1杯と飛ぶように杯を重ねます。私も一人でも京都に自分のことを知ってくれる人が欲しいので、どんどん飲んでどんどん話しました。

『9時になったら粟田神社の粟田祭を見に行くんですよ』→『そろそろ出た方がいいですかね。最後にもう1杯』→『もう1杯飲んじゃいましょう』→『今日は粟田祭行かなくてもいいや』(全て私の発言)

ちなみにママはお酒を飲みません。(ウーロンはおごりました。)あと、大変失礼ながらママはだいぶ昔のお嬢さんです。(これしか表現のしようが無いです。ママはネットを見ないと思うので多分、御本人に伝わることも無いと思います。)なので、長居してしまったのはママさんのトークが上手かったのでしょう。

というような感じで、結局11時位まで飲んでたでしょうか?3時間位飲んでいたので会計が心配だったのですが、料金は明朗会計で7500円、楽しく話せたので、おつりはいいですということで8,000円を置いて来ました。私自身、スナック好きで普段も地元のスナックで飲むのが常なのですが、地方の知らないスナックに入るのはやはり怖いです。今回は、酒の勢いもあって思い切って飛び込んでみましたが、ぼられることも無く正解でした。また今度行ったら顔を出してみようと思います。きっと覚えててくれると思います。

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2013.10.24 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【飲】京都で呑む

【食】学生食堂の真髄~ハイライト百万遍店

カテゴリ【食】:京都で食べる
~私が京都で食べた店、食べたい店をご案内します。味音痴なのでグルメガイドはできません。まずかったり、印象悪かった所は掲載していませんので。



ハイライト_H25.10.12撮影
ハイライト H25.10.12撮影

BSで放送していた『京のいっぴん物語』の『学生食堂』で紹介されていたハイライト百万遍店に行ってみました。百万遍の交差点から東へ130mほど、今出川通りを挟んで京都大学吉田キャンパスの目の前です。京大生には第二学食とも呼ばれているそうです。

ハイライト外観_H25.10.12撮影
ハイライト外観 H25.10.12撮影

外観はいかにも安い学生食堂という感じでメニューが店先に沢山貼ってあります。外壁を見る限りでは古そうな建物です。店内は2階もあり全部で50席程度です。お茶はセルフサービス、細かく刻んだ沢庵が置いてあって食べ放題、店内は学生さんの他にもサラリーマン風のお客さんもいて、街の食堂といった感じ。グルメサイトではとにかく量が多い、安いという感想が多いのですが、今回は、御室八十八か所を歩いて空腹だったことも有り、ジャンボチキンカツ定食を頼んでみました。

ハイライトのジャンボチキンカツ定食_H25.10.12撮影
ハイライトのジャンボチキンカツ定食 H25.10.12撮影

10分ほどで出てきたのがこちらです。大きなチキンカツがどんと2枚、ソースはかかっているトマトソースで頂きます。ご飯と赤だしのみそ汁付き。味も家庭的な感じで、しかもボリューミーだし、これで590円は逆に詐欺じゃないかと思う位です。私は無理ですが、プラス130円でチーズもトッピングできると書いてありました。

ブラックチキンカツプレート_H25.10.12撮影
ブラックチキンカツプレート H25.10.12撮影

他にもブラックチキンカツプレート、麻婆カツうどん、山田丼(アルバイトの山田さんが考えたそうです)など、魅力的なメニューが沢山ありました。お客さんのリクエストでメニューも作ったりしているようです。学生の街・京都ならではの学生食堂の名にふさわしいお店でした。以前に紹介した七条大宮のごはん屋げんきさんとともにランチにはおススメの店です。他にも、衣笠・十条・御池・御薗橋にも店舗があります。百万遍が最初のお店だそうです。

所在地:京都府京都市左京区田中門前町94(地図)
営業時間:月~金11:00~23:20 土11:00~22:20
定休日:日祝

こちらのまとめページ、ハイライトの魅力が良く伝わってきて熱いです。お客さんに愛されているお店であることがよくわかります。スタッフさんも大荷物だった私にとても親切で本当にいいお店でした。


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2013.10.23 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【食】京都で食べる

【食・朝】嵐山へ行くならここで早朝食~塩小路カフェ

カテゴリ【食・朝】:京都駅前の6時代オープンの朝食
~京都駅前は朝6時代開店のお店が少ないので、高速バスで7時前に到着した場合に役立つお店のレポートです。味音痴なのでグルメガイドはできません。



塩小路カフェ_H25.10.12撮影
塩小路カフェ H25.10.12撮影

嵯峨野線のホームへ行く途中にある喫茶店です。中央口入って左へ進むとコインロッカーの正面にあります。開店時間は6時半なので、少し待つかもしれませんが、高速バス到着後に利用可能です。私の知る限り、嵐山は早朝行ってもライブラーさんが8時からしか営業していないので、JRで嵐山に朝から行くなら、ここで食べて行った方が無難です。改札の中なので、早い時間でもマックの様に時間つぶしの観光客でむやみに混むこともないと思います。店内はカウンター8席に4人掛け×3,6人掛け×2です。

塩小路カフェのモーニング_H25.10.12撮影
塩小路カフェのモーニング H25.10.12撮影

バスが遅く着いたので7時半前に入りましたが、お客さんは4.5人ほどでそれほど混雑しておらず、オーダーもすぐ出て来ました。モーニングは3種類から選べます。朝食としてはお手頃な値段です。今回はトーストモーニングを選んでみました。

塩小路カフェのトーストモーニング_H25.10.12撮影
塩小路カフェのトーストモーニング H25.10.12撮影

男性には朝食としてはちょっと物足りないかもしれませんが、この値段ならこれで十分だと思います。味は普通で取り立てて書くことはないです。。外のメニューを見てみると、昼は11時から夜は17時からと時間によってメニューが変わるようですが、定食やどんぶり、カレーもあるので昼食で利用するのもいいかもしれません。オールタイムだと思いますが、ビール、焼酎、日本酒などアルコールも飲めます。

場所:JR京都駅改札内30番線(山陰線)ホーム寄り
営業時間:平日6:30~22:00/土日6:30~21:00

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2013.10.22 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【食・朝】京都駅前の6時代オープンの朝食

【行・帰】JAMJAMLINER JX221便(高速バス)

カテゴリ:【行・帰】京都への足・からの足

~京都へ行く、京都から帰ってくる交通機関についてレポートします。出発地は東京または横浜です。データ重視。



JAMJAM LINER_H25.04.05撮影
JAMJAM LINER H25.04.05撮影


運行会社名(株)ジャムジャムエクスプレス
ブランド名JAMJAMLINER
乗務員2名
バスタイプ3列独立シート・トイレ付
経路東名利用
利用日時H25年10月11日(金)
出発時間/到着時間 23:46/6:30
出発地/到着地横浜シティ・エア・ターミナル1F第1ロビー内 受付カウンター/京都駅八条口
休憩3回?(海老名・?・?)
費用大人10,000円(税込、楽天トラベル利用)

・高速バスの法律改正から2回目の乗車ですが、夜行は確実に料金が上がっている気がします。関西方面の場合は片道10,000円だとぷらっとこだまを利用した方が安くなります。高速バスのメリットは早起きをしなくても勝手に起こされること位しか無くなってしまうので、高速バスから新幹線への移行が進み、ぷらっとこだまが取りづらくなるのが気になります。
→H25.10.25追記:1月程度先の空席検索をしてみたところ、まだ7,000~9,000円代のバスは夜行でもありました。今回、前回とギリギリでバスを予約したため高いバスしか残っていなかったようです。ただ3列の独立シートのバスは少ないような気がします。

・今回は集合場所が屋内で初めての場所だったため、集合時間ギリギリになってしまいました。屋内が集合場所の場合は、屋外に比べて分かりづらいので特に注意が必要です。
・横浜が最後の乗車地とのことでした。ほぼ座席は満席だったと思います。休憩は海老名以外は眠ってしまったので覚えていませんが、確か浜名湖と大津あたりだったと思います。
・座席は真ん中の列の前から4番目でした。前回の様に前の席との間隔が狭いということは無く、トイレも脇だったのですぐ行けて快適でした。
・各列カーテンが引かれます。真ん中の列はカーテン内部に通路が出来てしまうので、左右の列の方が外部から遮断されます。
・脇が座席でなく、トイレの階段だったので、階段の上の部分と網棚の上に荷物が置けたのが助かりました。ただ、降車時にリュックのベルトがトイレのドアに挟まってしまい取れなくなってしまいました。夜中にどうもトイレのドアの閉まりが悪いなと思っていたら自分の荷物が原因だったことが降車時に分かりました。
・備品はスリッパとアイマスク、ちなみに座席の足置きは土足禁止とアナウンスがありました。ひざかけもあります。
・このバスの最大のメリットは各座席に電源が付いていること。携帯の充電が寝ている間にできることは有難いです。この点だけで次回、高速バスに乗る際はこのバスを優先的に選ぼうと思います。なおエンジンが切れている間は通電しません。・到着は京都駅八条口の南北自由通路の前でした。駅側で降車したのは初めてです。
・降車時に忘れ物もしてしまい、運転手の方にご迷惑をおかけしてしまいました。
H26.04.06再利用
横浜駅YCAT(11:45)より乗車し、京都駅八条口下車(6:40)で8,500円。横浜YCATからの乗車もすっかり慣れました。今回は右窓側の前から3列目。トイレの階段の前なので夜のトイレは楽でした。窓際は仕切りがあるので個室状になると思いこんでいましたが、仕切りは前の席の人と半々くらいなので、上げ下げには気を使います。これなら真ん中の列の方が気が楽かと思いますが、目が覚めて京都駅に少しづつ近づく景色が見えるのは捨てがたいです。電源は利用しましたが、回転させて差し込むことに気付かず乗務員さんに伺いました。備品は使用しませんでしたが、前と変わっていなかったと思います。トータルで考えれば、この値段でこのレベルなら全く問題ないです。今回も寝ている間に椅子の裏に眼鏡を落としてしまい、降車時に乗務員さんの手を煩わせてしまいました。

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2013.10.21 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【行・帰】京都への足・からの足

【滞】京都滞在3日目、清水~四条散策、その後新京極へ

カテゴリ【滞】:京都での滞在記録
~備忘録も兼ねた京都での行動記録です。基本、取材旅行の過密スケジュールなので観光の参考にはならないと思います。



10月14日の滞在記録

八坂の塔_H25.10.14撮影
八坂の塔 H25.10.14撮影

前夜は大阪の親戚の家で宿泊、その前はサウナ泊りとあって、疲れており正午過ぎに起床、そのまま京都線で京都駅。当然のことながら、すぐ東京へ帰るという発想は起こらず、そのまま下車して京都滞在3日目に突入しました。駅前のターミナルから市バスで五条坂へ、以前に書いた記事の推敲が目的です。五条坂を上がり、三年坂から八坂の塔、八坂庚申堂を廻ります。

高台寺傘亭_H25.10.14撮影
高台寺傘亭 H25.10.14撮影

一旦、東大路に出てから高台寺へ。久々にはいる高台寺ですが、見たかった霊屋の秀吉・ねねの像は現在、修理にだされているとのことで見れず残念でした。京都検定用に傘亭、時雨亭も忘れずチェックです。傘亭は、今の時期は1,500円でお茶席を楽しめるそうです。外から垂木が傘状になっているのが少しだけ見えました。その後、ねねの道を通って辻利の高台寺店へ。祇園店ほど混んでいないと聞いていたのですが、やや混んでいたので今回は断念、八坂神社を抜けて知恩院へ向かいます。

誓願寺_H25.10.14撮影
誓願寺 H25.10.14撮影

知恩院の三門を眺めながら、三条大橋から三条河原町へ。ここでの目的は、新京極のど真ん中の誓願寺の迷子道しるべを見ること。なぜか、一昨日からこれをどうしても見ないと行けない気持ちにずっと襲われていました。目的の迷子道しるべは繁華街に面した山門の外に。買い物客が門前にずっといらっしゃるので、移動するまでこちらもベンチで休息です。繁華街の撮影は、苛立たずに待つことが肝心。昔は迷子道しるべに紙を貼って迷子を捜したそうですが、携帯なんかの無い時代の人々の知恵を感じました。

京都駅大階段_H25.10.14撮影
京都駅大階段 H25.10.14撮影

本日は出発が大分遅かったので、そろそろ夕方です。四条河原町からバスに乗るのは避けたかったので、三条河原町から市バスに乗車。2回しかバスに乗らなかったので、今日の一日乗車券は損になってしまいました。バスはそれ程混まなかったものの、休日なので残念ながら座れないまま京都駅へ。京都駅の中の取材をと思い、イルミネーションの始まった大階段を上りましたが、ラーメン小路からつながる空中回廊は既に閉まっており、写真の残り枚数も少なくなったので、5時半に終了。駅中でうどんを食べて、新幹線で帰東京へ向かいます。名古屋までは自由席を立って頑張ったものの、持病の腰痛もあり、名古屋でこだまに乗り換えて、自由席で座って帰りました。

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2013.10.18 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【滞】京都での滞在記録

【滞】西院春日神社・春日祭の剣鉾に感慨

カテゴリ【滞】:京都での滞在記録
~備忘録も兼ねた京都での行動記録です。基本、取材旅行の過密スケジュールなので観光の参考にはならないと思います。



10月13日の滞在記録

岡崎神社_H25.10.17撮影
岡崎神社 H25.10.17撮影

昨日の二日酔いは残らなかったものの、さすがに習慣にしようと思っていた京都の早朝散歩までは出来ず、サウナ出発が10時頃。以前紹介した三条の松屋で朝食を食べて、市バスで三条京阪から岡崎神社へ。この路線、東山観光のメイン銀閣寺方面を通っているだけあっていつもバスが混んでいて、本日も1台満員通過されました。岡崎神社はスサノオノミコトを祭神としている荒っぽいイメージがありましたが、境内には兎アイテムだらけ。御利益も子授け・安産・縁結びで、双子らしき女の子を連れた御夫婦の姿には、微笑ましいものがありました。

竹中稲荷_H25.10.17撮影
竹中稲荷の鳥居 H25.10.17撮影

いつものように南門から金戒光明寺。黒谷墓地から西雲院を通って、今日の取材は会津墓地からスタート。ここから真如堂、宗忠神社、吉田神社までの散歩道の取材です。もちろん真如堂前の杉本商店の前ではアイス休憩。いつも気になっていましたが通り過ぎていた竹中稲荷も足を運んでみました。今日も昨日同様、やや陽射しが強いものの快晴の観光日和です。

西大路四条交差点_H25.10.13撮影
西大路四条交差点 H25.10.13撮影

京都大学を抜けて東大路の京大正門前バス停から四条烏丸で乗り換えて西大路四条へ。目的は西院春日神社の春日祭の剣鉾と神輿をみること。すでに西大路四条の交差点は多くの人が集まり、警官も交通整理に入っています。ほどなくして神輿と剣鉾とともに、大勢の氏子たちがやってきてこの交差点をぐるりと回り、見物人に艶姿を披露します。京都好きを名乗る割には、京都で神社の祭りを目の当たりにするのは初めてで(東京在住なもので)、特に鈴の音を響かせる剣鉾には感慨深いものがありました。

北野天満宮の牛_H25.10.13撮影
北野天満宮の牛 H25.10.13撮影

行列が過ぎたあと、西大路四条から市バスで北上し北野白梅町へ。昨日もここで降りたと思いつつ、東行して北野天満宮。前々回、摂社の伴緒社へ行ったものの下調べが不十分で、京都三珍鳥居の額束の部分が撮れていなかったので再度撮影に。その他諸々、境内を回りながら岡崎神社の兎に続き、境内の牛像の写真も撮影して回ります。今回の旅は、昨日の大豊神社はじめ、動物の像の写真が多くなりそうです。3時半過ぎでようやく空腹になり、ちょうど良い所で天下一品。残念なのがフランチャイズだったので卵が半熟じゃなかった。でも、くじで次回100円引きの券が当たったので良しとしましょう。

春日祭の露店_H25.10.13撮影
佐井通り H25.10.13撮影

再度、市バスで西大路四条まで戻り、今度は西院春日神社へ。佐井通りは歩行者天国で露店が出ており、町を挙げての祭りです。神社自体はそれほど大きくありませんが、祭りの規模は大きいです。境内を廻ったあとは、剣鉾と神輿の巡行にしばらくついて歩きました。病院では車いすのお年寄り達が外まで出てらして、巡行を見物していたのが印象的でした。行く楽しみが無くなるので今は住みたくないけれど、年をとったら京都に住みたい。

街角の風神雷神_H25.10.13撮影
街角の風神雷神 H25.10.13撮影

四条河原町に戻ってしばらくアーケードを歩きます。今回は、京都の看板というのも主なテーマの一つで昨日から街角の看板を撮っていました。もしかしたら店の人は、京都市の職員が看板のチェックに来ていると思ったかもしれません。本日の泊りは大阪の親戚の家なので、そろそろ四条河原町を後にします。撮りたかった看板があったので河原町松原まで歩きましたが、当然のことながら四条河原町のバス停の次なので満員で乗れません。やむを得ず歩いて行くとすいているバスが二台も通り過ぎます。河原町正面バス停まで行ったところでようやくバスに乗れて京都駅へ。



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2013.10.17 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【滞】京都での滞在記録

【滞】バスを乗りつぎ、最後はリドで痛飲の一日

カテゴリ【滞】:京都での滞在記録
~備忘録も兼ねた京都での行動記録です。基本、取材旅行の過密スケジュールなので観光の参考にはならないと思います。



10月12日の滞在記録

太秦の石塔_H25.10.12撮影
太秦の石塔 H25.10.12撮影

今回も高速バスで八条口に到着、時間は朝六時半。降りる際に荷物が挟まってしまったり、忘れ物したりで運転手さんに随分迷惑をかけました。申し訳ないです。今回の京都駅の早朝食事は、駅構内の塩小路カフェ。そこからそのまま嵯峨野線で太秦駅。太秦では前々から気になっていた、京都方面から太秦駅に入る前、嵐電の線路を越える直前に右側に見える石塔を確認に行きました。行ってみたら金網で囲われた一般のお墓のようでしたが、気になっていたものを確認できてスッキリ。そのまま帷子の辻駅から嵐電で御室仁和寺へ。

御室の猫_H25.10.12撮影
御室の猫 H25.10.12撮影

今回は御室八十八か所の最後の取材。油断して底の薄いジョギングシューズを履いて行ったら足の裏の痛いこと、小さい山でも、山を舐めてはいけません。ラストの大窪寺では縁側で猫が無警戒に眠っています。写真を撮っても起きません。今日は、やや陽射しが強いですが、こんなのどかな京都です。

ハイライト_H25.10.12撮影
ハイライト H25.10.12撮影

仁和寺で満願成就の後は、御室仁和寺から市バスを乗り継いで北野白梅町から百万遍へ。ここでの目的は、昼食は京大前のハイライトさんでとること。ここは学生食堂らしく量が多いのが評判ですが、確かにその通りで、量にも味にも値段にも大満足、来て良かった。その後、隣の京大農学部前バス停まで歩いて市バスに乗車、東天王町で下車して大豊神社。今回も大豊神社にいる動物を追いかけてみました。

大寧軒_H25.10.12撮影
大寧軒 H25.10.12撮影

再び東天王町バス停から一区間だけ乗車して南禅寺へ。一区間なら多分歩いた方が早かったかも。三柱鳥居があるという大寧軒という塔頭を目当てに行きましたが、拝観はしておらず、残念ながら見ることはできませんでした。

粟田祭の風流灯籠_H25.10.12撮影
粟田祭の風流灯籠 H25.10.12撮影

徒歩で蹴上から三条通りに出て粟田神社へ。今晩は粟田祭なのでその準備の様子を取材、神社では氏子の皆さんや業者さんが、今晩使われる風流灯籠の設置や祭りの準備で忙しそうでした。あとでまた来るので、一通り見終わってから青蓮院へ。青蓮院では京都検定で覚えたことを確認。門前の大クスノキや一文字型手水鉢や神輿型燈籠、霧島の庭をチェックして廻りました。

祇園の提灯_H25.10.12撮影
祇園の提灯 H25.10.12撮影

祇園に出て崇徳天皇御廟周辺や、かにかくの碑、街の看板を見て廻りました。そろそろ暗くなってきたので、四条河原町から市バスに乗車。いつも思うことですが、四条河原町から市バスに乗るのは混んでて死ぬ思いです。京都駅では夜のタワーとポルタの音楽噴水を一緒に撮影することが目的でした。どこから撮影するか、駅ビル周辺をウロウロした挙句、ポルタの入り口の目の前で撮影することに。夜景&動くものという万年素人カメラマンにはつらい所でしたが、三脚を使って何とか頑張ってみました。

リド飲食街外観_H25.08.16撮影
リド飲食街外観 H25.08.16撮影(取り損ねたのでこの写真は前回撮影したもの)

晩飯は、今回もサクッと京都の昭和・リド飲食街で済ませようと、この間休みだった“じじばば”さんへ。和風ピザと生ビールを2杯。ここで止めておけばいいものを、調子に乗ってリドの中のスナックへ。粟田祭に行くのですぐ帰りますと言いながら、お客さんがいないのでママさんと話しながら調子に乗って痛飲。ビールと水割りを10杯近く飲んでしまい、すでに粟田祭はとうに終わっている時間。本日は宿を取っていないのでタクシーで三条まで行きサウナオーロラへ宿泊で終了の一日でした。

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2013.10.16 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【滞】京都での滞在記録

【季】京都の秋・祇園をどり、時代祭、顔見世のポスター

カテゴリ【季】:京都の四季
~表情豊かな都の四季を題材にして、自由気ままに記します。



昨日まで京都におりまして、2日目は大阪の親戚宅に泊ったものの、期せずして連休中3日間滞在することが出来ました。写真の整理もできておらず、今晩は台風もやってくるということで、とりあえず急ぎのアップです。

祇園をどりのポスター_H25.10.14撮影
祇園をどりのポスター H25.10.14撮影

都をどりの時もそうだったのですが、『都をどり ポスター』の検索で訪問して下さる方が多かったので、祇園をどりのポスターを撮影してきました。祇園会館で11/1から行われる祇園東の公演で、花街の中では唯一、秋に行われる公演です。

時代祭のポスター_H25.10.12撮影
時代祭のポスター H25.10.12撮影

続いては時代祭のポスター。鞍馬の火祭と同日に行われる京都の秋の風物詩です。BSフジで祇園祭は放送してくれたので期待していましたが、どうやら放送してくれないみたいですね。そういえば、京都駅大階段のイルミネーション、10/22まではハロウィンと時代祭の両方をやっています。写真は撮れなかったですが、神幸列や楠木正成が大階段に映し出されていました。

南座顔見世のポスター_H25.10.12撮影
南座顔見世の案内 H25.10.12撮影

こちらは、冬の話題になりますが、南座12月恒例の顔見世の案内。猿之助さんや中車さんの襲名披露があるようです。10月は坂東玉三郎さんの『アマテラス』を公演しています。

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2013.10.15 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【季】京都の四季

【歩・過】東海道五十三次踏破・鶴見~その3

カテゴリ:【歩・過】京都まで歩く(日本橋~金谷)
~2010年からスタートして現在中断中の、東海道を日本橋から京都まで歩く企画の過去分です。ここでは日本橋~金谷までを取り上げます。途中の文章もその当時に書いたものです。



14:58 天王町駅前をスタート。早速、駅前で保土ヶ谷宿の案内板を発見。

駅前の保土ヶ谷宿案内板_H22.2.20撮影
駅前の保土ヶ谷宿案内板 H22.02.20撮影

保土ヶ谷宿は宿場の案内が品川宿と同じように全般的にとても丁寧である。過去に宿場であったことを街が誇りに思っていることが、歩いていてもとても心地よい。

ところで保土ヶ谷宿の駅前の松屋で食事をしたわけだが、そのあとらーめん花月とココイチも発見した。これで、餃子の王将があれば、私曰くパーフェクトシティ。ちなみに、私の外食四天王、ココイチ、松屋、王将、花月が徒歩5分圏内にあるのは学芸大学駅だけである。

15:07 入り口に大きな釜が2個置かれている不思議な寺を発見。

大きな釜_H22.02.20撮影
普賢山香象院 H22.02.20撮影

真言宗・普賢山香象院と書いてあるが、何を持って大釜二つなのか全く持って意味不明。何か意味があるのかと思いNETで調べてみた所、あるHPでお寺に問い合わせたら、屋根の樋の水受けに使われているとのことだった。あまり面白くない。

15:12 保土ヶ谷駅前に到着。ここで環状1号線を外れて旧道に入る。旧道は保土ヶ谷駅西口商店街になっており、宿場通りの名がついている。商店街に入ってすぐの布団屋で東海道53次手ぬぐいを販売しているのを発見。300円という安さもあって早速購入した。

東海道の手ぬぐい_H22.02.20撮影
東海道の手ぬぐい H22.02.20撮影

中身は、東海道53次の簡単な地図がプリントされた、普通の薄手の日本手拭い。若干テンションの低い店主によると、日本橋と由比でしか売っていないそうで、ここの他では倍の600円で売っているらしい。その後も商店街の問屋場跡などの案内板を眺めながら東海道を進む。

15:21 JRの踏切を越えて国道1号へ合流。ここに保土ヶ谷宿の本陣跡があり、建物が保存され案内板が建っているが、江戸時代の建物ではなく、明治以降の古い家屋と言う感じで、あまり時代劇的な感じの本陣ではなかった。古い小学校の校舎を小さくしたような感じのつくりだ。現在は個人の敷地になっているようだ。ここから1km弱国道1号を歩いていく。距離表示は戸塚8km、小田原49kmとなっている。目標の戸塚までは何とか行けそうだ。

保土ヶ谷宿本陣跡_H22.02.20撮影
保土ヶ谷宿本陣跡 H22.02.20撮影

15:28 川沿いを歩いていると川向こうに巨大なマンションが2棟現れた。街道気分も興ざめしたと思ったらすぐに街道の松並木に出くわした。

松並木_H22.02.20撮影
松並木 H22.02.20撮影"

灯篭などもおかれており、案内板には、歩道に街道の情景を再現しようという計画があることが書かれている。松の木もまだ細くて年月を経ていないのだが、次にまたここを歩くことまでに大きく太くなっていて欲しいと心から思った。

15:22 保土ヶ谷2丁目交差点で国道1号から外れる。


15:44 国道1号に合流する手前で1号を逸れてまた旧道を歩く。ここで坂が現れた。ここからが駅伝の難所でもある権太坂の始まりだ。

H25.10.14記載
平成25年現在の私の外食四天王は、コイチ、松屋、王将、天下一品に変わっています。持っていったカメラが悪いのか、写真が汚いのが気になります。

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2013.10.14 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【歩・過】京都まで歩く(日本橋~金谷)

【歩・過】東海道五十三次踏破・鶴見~その2

カテゴリ:【歩・過】京都まで歩く(日本橋~金谷)
~2010年からスタートして現在中断中の、東海道を日本橋から京都まで歩く企画の過去分です。ここでは日本橋~金谷までを取り上げます。途中の文章もその当時に書いたものです。



13:44 国道を15号を外れて宮前商店街に入る。ここで15号を歩くのは終わり。しばらく旧道を歩いていくこととなる。ここは商店街とはいってもあまり店が多いわけでもなく商店街っぽくはない。300m程の商店街の途中には洲崎神社という神社がある。案内板によると創建は建久2(1191)、源頼朝が安房神社の霊を遷して祀ったとあり由緒ある神社だ。先を急ぐので参拝はせず。その代わり、軍資金が少なくなったので近くののコンビニで現金を下ろす。

須崎神社_H22.2.27撮影
須崎神社_H22.2.20撮影

13:52 神奈川駅前、青木橋交差点。JR線を越える陸橋が国道1号になっている。この地点で東京31kmの表記がある。一瞬だけ国道に出るが、国道を渡って旧東海道へ。

13:58 大綱金刀比羅神社。この辺りで日本橋から初めて坂らしい坂に出会う。途中には坂本龍馬の妻だった、おりょうが明治7年、勝海舟の紹介で働いたという田中家という料亭がある。

田中家_H22.2.20撮影
田中家 H22.2.20撮影

この辺りで生麦辺りから、私と何度も追い越したり、追い越されたりしている老夫婦と田中家の撮影でバッティング。あちらもパンフレットとカメラを持っているので旧東海道を歩いているのだろうか。

龍馬の妻の楢崎龍といえば、寺田家で龍馬を救うために裸同然で飛び出して龍馬に急を告げたことなどから、豪胆な女性として知られているが、実生活ではあまり評判はよくなかったようだ。土佐藩士の佐々木高行によると、かなりの美人だが賢い人ではない。悪人でないことは確かであると言う批評が残っている。龍馬の死後、一時、坂本家に身を寄せたが、竜馬最愛の姉の乙女と不仲で、まもなく出奔したり、晩年はアルコール依存だったということを考えると、よく言えば自由奔放、悪く言えば身持ちの悪い女性だったというようなことか。

ただ、おりょうのエピソードで心打たれるのは、おりょうの再婚相手の西村松兵衛のこと。彼は66歳で亡くなったおりょうの墓に贈正四位阪本龍馬の妻龍子と刻んでいる。晩年酒に酔うとおりょうは龍馬の妻だったということを話していたという。単なるお人よしなのかもしれないが、前の夫の名前を死後に墓に刻むという松兵衛のやさしさには心打たれる気がする。確かアナウンサーの松平定知氏も戦乱の日本史で同じことを書かれていた。

坂を上りきると神奈川台関門の碑。開港後の攘夷派による外国人殺傷事件が相次ぎ、各国領事から抗議を受けた幕府が設置した関門があった場所。この辺りは神奈川台と呼ばれていた。確かに現在も地名表示は台町となっている。このあたりはちょうど横浜が一望できる場所だったのだろう。現在はマンションが立ち並んでいるが、台地を切り開いただけあって、斜面を加工して無理繰り作ったようなマンションも見受けられる。

神奈川台関門の碑_H22.2.20撮影
神奈川台関門の碑 H22.2.20撮影

ここから坂を下って、駅前から伸びている大通りを横切る。坂の上り下りは10分程度だったが高低差がかなりある。ブラタモリのタモさんがきたらきっと面白いのでは。

14:13 高速をくぐって横浜環状1号線に合流。

14:18 新横浜通りと交差する浅間下交差点。車に乗る人だったら三ツ沢から下りてきて教習所過ぎて下りきった所と言えばわかりやすいか。そういえば、必殺(シリーズ)仲間の後輩が、ここの交差点で車を横転させて西部警察張りに店にそのまま突っ込んだと話していたことを思い出した。

14:29 西スポーツセンター前。かなり大きなスポーツ施設に横浜市営バスのガススタンドがある。横浜市の財政の豊かさを感じる。

14:32 洪福寺交差点。ここには洪福寺という寺があることから交差点にこの名前がついている。20年以上前から思っていたのだが、福が洪水で洪福寺とは随分めでたい名前だ。初めて中を覗いてみたが、中は今風のビル様式の寺。表の看板では曹洞宗建長寺派。あくまで主観で詳しくないのだが、禅宗に洪福寺という寺名もあまり似合わないような気がする。

逆光でわかりづらいが洪福寺_H22.2.20撮影
逆光でわかりづらいが洪福寺 H22.2.20撮影

気になって調べてみたが、NETでも特には出てこなかった。ただ、この付近の商店街は洪福寺松原通り商店街という名前がついていて、ハマのアメ横という異名?ついているらしい。

14:37 天王町駅前に到着。そろそろ遅い昼にすることに。早速、松屋を発見。本日は松屋のW牛焼肉定食930円也。私の外食グルメでココイチ神カレーと一騎打ちする松屋の神定食で空腹を満たす。


久しぶりの東海道踏破が登場しましたが、実は今晩から、京都へ出発しますので、今回はそのリリーフです。14日も東海道踏破の続きで予約投稿になりますので宜しくお願い致します。

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2013.10.11 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【歩・過】京都まで歩く(日本橋~金谷)

【鳥】京都三珍鳥居~京都御苑・厳島神社の唐破風鳥居

カテゴリ【【鳥】:京都の鳥居
~京都にある珍しい鳥居や特徴的な鳥居をピックアップします。


京都御苑・厳島神社_H25.06.15撮影
京都御苑・厳島神社 H25.06.15撮影

京都御苑の南に位置する厳島神社は、碧の水をたたえる九条池のほとりに建ち、小さいながらも非常に優雅な佇まいを見せています。主祭神は市杵島姫命、田心姫命、湍津姫命の宗像三女神に祇園女御。元は平清盛が篤く信仰した安芸の厳島神社を兵庫に勧請して、清盛の母を合祀したものをこの地に移したと言われています。

厳島神社の唐破風鳥居_H25.06.15撮影
厳島神社の唐破風鳥居 H25.06.15撮影

本殿の前に建つ花崗岩製の鳥居は、昭和13年に重要美術品に指定されており、京都三珍鳥居の一つとして知られています。鳥居の脇には『平清盛建立』の立て札が立っていますが、室町時代後期には京都にやってきていたようで、室町幕府12代将軍足利義晴が細川高国邸へ移築し、江戸期の明和8年(1772)に九条道前が幕府の許可を得て、この地に移したものです。

笠木・島木・額束_H25.0615撮影
笠木・島木・額束 H25.0615撮影

この鳥居が珍鳥居に数えられる由縁は、写真の通り、額束の上にある笠木と島木が唐破風(からはふ)になっているからというものです。簡単に言うと、破風というのは、神社やお寺などの正面の屋根の三角形になっている部分を差し、唐破風とは、この三角形の中央が凸、両端が凹になっているものです。

九条池と拾翠亭_H25.06.15撮影
九条池と拾翠亭 H25.06.15撮影

厳島神社は、現在、京都御苑の一部ですが、元々は九条邸の一部で九条家が東京へ移った際に拾翠亭(しゅうすいてい)とともにこの地に残されました。池は東山を借景に取り入れ、茶室や句会の場として貸し出されています。

高倉橋_H25.06.15撮影
"高倉橋 H25.06.15撮影

九条池には高倉橋という擬宝珠欄干付の橋がかかっていますが、冒頭の写真と拾翠亭の写真は、高倉橋から撮影したもの。橋の上から三珍鳥居を眺めながら、しばしくつろいで見るのもいいものです。京都御苑の楽しみが一つ増えました。


京都御苑・厳島神社:京都府京都市上京区京都御苑6(地図)

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2013.10.10 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【鳥】京都の鳥居

【段・東】北鎌倉・八雲神社の石段

カテゴリ:【段・東】日本石段階段学会・東日本支部
~京都だけが石段じゃない。東日本支部の石段階段の研究成果を発表します。


北鎌倉・八雲神社の石段_H25.09.29撮影
北鎌倉・八雲神社の石段 H25.09.29撮影

円覚寺を訪れた際、北鎌倉駅のホームから見えた石段に惹かれました。北鎌倉駅は、駅のホームが異常に長く320m程もあります。改札がこの石段とは遠い方の端に1か所しかないため、改札を出た後この石段に行くためには、260m程戻ってまた改札まで、同じ距離を戻らなければなりません。面倒なので一度は諦めましたが、どうしても気になって見に行きました。

八雲神社の石柱_H25.09.29撮影
八雲神社の石柱 H25.09.29撮影

ホームからでは上にはいったい何があるのかわからなかったのですが、『村社・八雲神社』と彫られていました。この辺りの氏神様の社があるようです。

石段と雑草_H25.09.29撮影
石段と雑草 H25.09.29撮影

石段から雑草が生えているという、この『荒れている感』が石段の魅力を高めてくれます。雑草+石段は、このブログでも初めてで、否が応にも頂上への期待が高まります。下から見える最初の踊り場までは49段、それほど急な階段ではありません。踊り場から左に折れてさらに24段、さらに9段、右に折れて9段で八雲神社に辿り着きました。

八雲神社本殿_H25.09.29撮影
八雲神社本殿 H25.09.29撮影

先ほどの雑草の生えた階段からは予想外に清げな社です。実は、この社は山ノ内の八雲神社と云われ、相模国風土記にも記載されているほど古い神社でした。風土記によると村人が疫病退散のために、京都八坂神社を勧請したもので祭神はスサノオノミコトです。なお社伝では文明年間(1469~1468)に関東管領の上杉家の内部分裂で、山ノ内側の上杉憲房が京都の八坂神社から勧請したと伝えられています。ここのところ、若干、京都から離れた記事が続いていますが、八坂神社が出てきたので、今回はあながち京都と関連ないとも言えません。

弁財天と龍_H25.09.29撮影
弁財天と龍 H25.09.29撮影

建物には、表情は伺えませんが、質素ながらも見事な弁財天と龍が彫られています。他にも龍や唐獅子などが彫られており、年代は判らないもののかなり立派な彫刻です。

境内の塚_H25.09.29撮影
境内の塚 H25.09.29撮影

さらに境内には小高い塚があり、その石段は木の根に浸食されてガタガタになっているのも、石段好きには興味深い。2段目と3段目の間には根が入り込んで、外側から見えているのは見ものです。この塚には、鎌倉最大最古の庚申塔や安倍晴明(神社の表記は清明)の晴明石なども置かれていますが、石段とは離れるのでこれは別の機会に。
ちなみに、本殿の裏側はすぐ道路になっており、地図で確認すると尾根伝いに円覚寺とつながっていました。

八雲神社:鎌倉市山ノ内585(地図)

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2013.10.09 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【段・東】日本階段石段学会・東日本支部

【石】壬生寺の千体仏塔

カテゴリ:【石】京都の石仏
~雨の日も風の日も京の街を山を水辺を護り続ける"いしぼとけ"達



壬生寺の千体仏塔_H25.03.16撮影
壬生寺の千体仏塔 H25.03.16撮影

壬生寺というと新撰組や大念仏狂言ということになりますが、それ以外にも見所があります。それがこの仏塔で、平成元年(1989)に壬生寺創建千年を記念して改築されたものです。本堂の向かって左隣に建てられています。ミャンマーのパゴタ(仏塔)を模しているそうですが、螺髪(らほつ)のある仏像の頭頂部のようにも見えなくもありません。

壬生寺の千体仏塔_H25.03.16撮影
壬生寺の千体仏塔 H25.03.16撮影

近くに寄ってみるとわかりますが、螺髪のように見えるのは、実は石仏です。何とこの仏塔には千体もの石仏が置かれているとか。何と壬生寺全体には、古くは室町時代からの三千体の石仏があって、ここに置かれているのはそのうちの千体です。あまり知られていませんが、壬生寺は石仏の寺といってもいいでしょう。

壬生寺の千体仏塔_H25.03.16撮影
壬生寺の千体仏塔 H25.03.16撮影

これらの石仏は、明治時代に都市計画のために市内各地から集められたものです。仏塔には登ることが出来ないのですが、遠目で見る限り、殆どの石仏は風化して表情はもうわかりません。しかし、それほどの長い間、京の町を見守ってきたことを思うと、随分と感慨深いものがあります。また市街地からこれほどの仏像が集まるのも、京の街ならではのことでしょう。

千体仏塔の石仏_H25.03.16撮影
千体仏塔の石仏 H25.03.16撮影

毎年8月に行われる壬生寺万灯会では、この仏塔にも灯りがともされます。こちらのページに写真がありますが、なかなか幻想的な光景です。またJR嵯峨野線にご乗車の祭は丹波口駅と二条駅の間でこの仏塔の先端が右側の窓からご覧になれます。

壬生寺:京都市中京区坊城通仏光寺上ル壬生梛ノ宮町31(HP)

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2013.10.08 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【石】京都の石仏

【勝】静岡県沼津市と駿東郡長泉町の境・鮎壺の滝

カテゴリ:【勝】勝手にロケハン隊
~素人が時代劇に使えそうなロケーションを勝手に探してきました。



鮎壺の滝遠景_H25.10.05撮影
鮎壺の滝遠景 H25.10.05撮影

たまには、港町で新鮮な魚を食べてみようと、東京から沼津まで車で出かけてみました。その帰り道、パワースポットとして紹介されていたのが、静岡県沼津市と駿東郡長泉町の境の黄瀬川にある鮎壺の滝です。鮎壺と名が付いたのは、遡ってきた鮎がここを登れず、滝壺に群れていたからと云われています。手前に、滝の鑑賞にはもってこいのつり橋がかかっていますが、左側に護岸があることでもわかるように、ここは山の中などではありません。

鮎壺の滝_H25.10.05撮影
鮎壺の滝 H25.10.05撮影

もう少し近寄って見ると滝がはっきりわかるかと思います。泳いでいかないと近くには寄れない感じですが、川幅は90m、滝の落差は10mとそこそこ大きな滝です。先ほど、山の中では無いと書きましたが、それどころか、後ろにはマンションも見えています。

鮎壺のかけ橋_H25.10.05撮影
鮎壺のかけ橋 H25.10.05撮影

実はこの滝の周囲は完全な住宅街で、静かな街に突然、滝が現れるような感覚です。住宅街に滝の音が響いているのはとても不思議な感じ。夏には河原にバーベキューの家族連れが集まってくるのでしょうか。

鮎壺の滝_H25.10.05撮影
鮎壺の滝 H25.10.05撮影

注目してほしいのは、この荒々しい岩肌。これは、およそ1万年前に流れてきた三島溶岩流です。木の根元から、武骨なこの岩肌の間を落ちる滝は、結構、時代劇に使えそう。この日は水量が少なそうでしたが、増水したらもっと迫力が有るに違いありません。

鮎壺の滝_H25.10.05撮影
鮎壺の滝 H25.10.05撮影

個人的には、何となく根来や熊野を想像してしまうので、頭の中で根来衆VS仕事人、服部半蔵率いる影の軍団VS熊野一族を闘わせてみました。橋の上から俯瞰の画面もとれますし、岩肌や滝上の樹が余計な物を隠してくれます。滝の下の河原も広く使えそうです。いつか時代劇ロケ地で、この滝を使ってくれたら嬉しいですね。

場所:静岡県沼津市・駿東郡長泉町(地図)
最寄駅はJR御殿場線下土狩駅から徒歩5分

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2013.10.07 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【勝】勝手にロケハン隊

【看】デイリーヤマザキ・松屋・銀行

カテゴリ:【看】京都の看板
~景観保護条例により、他所とは違ったカラーやデザインの"京都の看板"を取り上げていきます。


京都は景観保護条例の関係で、全国的なチェーン店の看板の色調が変わるというのはよく知られた話です。京都市のガイドを眺めてみましたが、この条例は看板の色調のみならず、建物のデザインや高さなども規制するもので、適用範囲もほぼ市街地全域となっています。特に「全国的な企業のコーポレイトカラーであっても、京都にふさわしいデザインにするよう指導する」という点には、景観保護に関する京都市の強い意志を感じました。条例では、地域毎に、使える色・規制される色・使ってはいけない色が、マルセン値という彩度の数値で決められており、規制される色は使える面積も定められています。この条例があるおかげで、私達が京都の風情を楽しむことができるわけですが、地元の方、とくに御商売をされている方の御苦労もかなりのものがあるのでしょう。そんなことを思いながら、京都の看板を観察してみました。

京都のヤマザキデイリーストア_H25.08.16撮影
京都のヤマザキデイリーストア H25.08.16撮影

ヤマザキデイリーストア(東京)_H25.10.07撮影
東京のヤマザキデイリーストア H25.10.07撮影

まずは、京都駅南側の通りにある、ヤマザキデイリーストアの烏丸八条口店。下の写真の通り、通常はヤマザキデイリーストアは赤地に黄文字の看板ですが、京都では茶色に黄土色、かなり地味で落ち着いた渋い色調です。


京都松屋の看板_H25.08.16撮影
京都の松屋の看板 H25.08.16撮影

松屋の看板(東京)_H25.10.07撮影
東京の松屋の看板 H25.10.07撮影

続いては、松屋の河原町店の看板。松屋は大好きで、以前に記事も書いていますが、松屋は全国的には黄色に青文字の看板で親しまれています。しかし、京都では、白地に青とぐっと抑えられたシンプルな色彩。のぼりも同じように青字に白なのは、条例では、もちろんのぼりも規制されているからです。


京都信用金庫の看板_H25.08.16撮影
京都信用金庫 H25.08.16撮影

地元企業の場合は、どうかと思い地元に根差した信用金庫を見てみました。写真は、京都信用金庫の九条支店です。金融関係は当然のことながら優等生で白地に青文字を使用しています。白地に青はある程度無難な組み合わせなのでしょう。ちなみにHP上では青地に白字になっていました。

京都銀行の看板_H25.08.16撮影
京都銀行 H25.08.16撮影

範囲が広がって、京都、滋賀、大阪、奈良、兵庫に支店を持つ京都銀行の聖護院支店の看板は白地に赤です。ちょっと冒険的な気もしますが、それでも大分地味な観があります。


三菱東京UFJ銀行の看板_H25.08.16撮影
京都の三菱東京UFJ銀行 H25.08.16撮影

三菱東京UFJ銀行の看板(東京)_H25.10.07撮影
東京の三菱東京UFJ銀行 H25.10.07撮影

今でも「半沢直樹」で話題のメガバンクはどうでしょう。コーポレートカラーが赤地に白文字の東京三菱UFJ銀行、聖護院支店は白地に黒文字です。イメージカラーとも言える赤はマークの部分にちょこっとだけ。景観条例には三大メガバンクでも勝てません。(当たり前ですが) 後ろの八木歯科の看板もUFJに合わせたかのようです。その後ろの赤字の看板は、都八ツ橋本舗の看板ですが、大丈夫なのでしょうか?

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テーマ:京都 - ジャンル:地域情報

2013.10.05 | | Comments(2) | Trackback(0) | 【看】京都の看板

【撮・東】神奈川県鎌倉市・円覚寺

カテゴリ:【撮・東】東日本の時代劇ロケ地
~東日本の時代劇ロケ地をメジャーからマイナーまで



円覚寺三門総門側から_H25.09.29撮影
円覚寺三門総門側から H25.09.29撮影

必殺シリーズ中、数少ない関東ロケ地の一つ、鎌倉の円覚寺を訪ねました。使用された作品は1996年公開、貞永方久監督の『必殺! 主水死す』。この映画の中で、将軍家定の双子の秘密にかかわった葛飾北斎(鈴木清順)が殺される場所として円覚寺の三門が使用されました。かつて必殺シリーズファンクラブとらの会 会長の山田誠二氏の著作「必殺! 大全集」にも10/13に円覚寺ロケが行われた記載があります。この本は『必殺! 主水死す』を記録として残したもので、撮影日誌のP118-P120が円覚寺のロケの様子を記載した部分です。

円覚寺三門扁額_H25.09.29撮影
円覚寺三門扁額 H25.09.29撮影

この三門は天明5年(1875)に大用国師により再建され、現在、神奈川県の重要文化財に指定されています。正面に掲げられた『円覚興聖禅寺』の扁額は伏見上皇より下賜されたものです。楼上には、十一面観音、十二神将、十六羅漢を祀ります。夏にはこの三門を取り巻いて盆踊りが行われるとか。円覚寺の場合、三門とも山門とも書くようですが、円覚寺のHPの表記に従い、ここでは三門と記載します。

円覚寺仏殿側から_H25.09.29撮影

作品ではこの写真の通り、仏殿がある境内側から外に向かう形で撮影されました。三門の向こう側から主水が歩いてくると、三門の横木に座った北斎が酒を飲みながら、自分の絵に勝手に手を加えられたことを憤っているというシーンです。三門下層部分を右から左にカメラが移動すると、柱の陰になっていた北斎の姿が見えてきます。

円覚寺仏殿側から_H25.09.29撮影
円覚寺仏殿側から H25.09.29撮影

北斎は白丸の辺りに腰掛けていました。泥酔して愚痴る北斎に主水は娘のお栄を呼んでくるからとその場を後にします。

円覚寺三門楼上へ上がる階段_H25.09.29撮影
三門楼上へ上がる階段 H25.09.29撮影

三門真横からの撮影に画面が変わると、二人の様子を楼上に上がる階段から、鳥追いの姿をした別式女が伺っています。あとは予想通り、主水がお栄と戻ってくると北斎は、柱にもたれて亡くなっているという展開です。その後、北斎の死んだ場所に、とっくりに挿した花が供えられ、主水が厳しい顔でその花を眺めるシーン、今回、主水の最後の敵となる権の四郎が、その花を手折るシーンなど印象的な場面に円覚寺三門が使用されています。

円覚寺三門総門側階段下から_H25.09.29撮影
三門・総門側階段下から_H25.09.29撮影

北斎を演じた鈴木清順さんは、言わずと知れた映画監督としても高名な方ですが、現在90歳だそうです。近年は映画は取られていないようですが、元NHKの鈴木健二さんの兄とは知りませんでした。


円覚寺:神奈川県鎌倉市山ノ内409(地図・アクセス)

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2013.10.03 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【撮・東】東日本の時代劇ロケ地

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