【石】岡崎の石仏

カテゴリ:【石】京都の石仏
~雨の日も風の日も京の街を山を水辺を護り続ける"いしぼとけ"達


ずっと前から、金戒光明寺へ行く時に、気になっていた石仏があります。天王町の交差点の近くで、白川通りからほんのちょっとだけ入ったところなんですが、場所はこの辺りです。

岡崎の石仏_H25.08.16撮影
岡崎の石仏 H25.08.16撮影"

カギ型に曲がった道の外側の角の所に石塔を中心に、石仏が並んでいますが、普通の道端のお地蔵さんとは趣がちょっと異なるので、どうしても気になって記事にさせて頂きました。

岡崎の石仏_H25.10.12撮影
岡崎の石仏 H25.10.12撮影

赤い前かけに、白く塗られた顔とその顔に描かれた目鼻は、猟奇的な感じすらして何やらいわくありげな気もします。

石塔上部_H25.10.12撮影
石塔上部 H25.10.12撮影

中央の石塔上部には「南無阿弥陀佛」の文字と「聖誉上人」「善誉上人」「威誉上人」「超誉上人」の名前があります。南無阿弥陀仏ということは浄土宗、浄土真宗に関連があることでしょうか?ちょうどこの石仏群の後ろの山は浄土宗大本山の一つ、黒谷さん・金戒光明寺があります。

石塔下部_H25.10.12撮影
石塔下部_H25.10.12撮影

下部には「三界萬霊等」と書かれ、周囲には戒名らしき名前が記されています。「三界萬霊等」は「さんがいばんれいとう」と読み、お盆に行われる施餓鬼会には「三界萬霊等」と書かれた位牌を安置するそうです。三界萬霊とはこの世のあらゆるものの命をさすのだとか。

岡崎の石仏_H25.10.12撮影
岡崎の石仏 H25.10.12撮影

先程の4人の上人の名前で検索をしてみたところ、この場所が何をする場所なのかようやくわかりました。答えはこちらのページにありました。なんと、こちらは京都の子供たちが毎年楽しみにしている、地蔵盆を行う場所だったのです。猟奇的な等といって申し訳ありません。この白い顔に書かれた顔も、きっと子供たちに親しみを持ってもらうために、書かれた顔なのでしょう。東京に住む私は地蔵盆を見たことが無いので、ぜひ一度見てみたいとは思っていました。今年の夏は、地蔵盆の時期にこの場所を訪れてみたいと思います。

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2014.01.30 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【石】京都の石仏

【タ】智積院から見た京都タワー

カテゴリ:【タ】京都タワー
~京都駅前で迎えてくれる京都タワーには様々な表情があります。


いつもお世話になっている時代劇ロケ地紹介のカリスマサイト「時代劇の風景」様で紹介されていた、智積院の金堂裏手の墓地からの京都タワーがずっと撮影したかったのですが、現在は木が植わっており、葉が落ちないと上手く撮影できないので、冬になるのを待っていました。

智積院から見た京都タワー_H25.12.10撮影
智積院から見た京都タワー H25.12.10撮影

金堂の左側向こうに白くぼんやりみえるのが京都タワーなのですが、わかりづらいのでもう少し寄ってみます。

智積院から見た京都タワー_H25.12.10撮影
智積院から見た京都タワー H25.12.10撮影

金堂の大屋根とタワーが一緒に映る風景が京都らしさを誘います。智積院では他にも京都タワーが見える場所がありますが、この場所からが一番好きです。

智積院から見た京都タワー_H25.08.16撮影
智積院から見た京都タワー H25.08.16撮影

ちなみに夏に撮るとこんな感じです。早朝散歩で6時過ぎに撮影しました。奥の木にピントが合ってしまいます。赤い花はサルスベリのようです。

智積院裏手の墓地へ_H25.12.10撮影
智積院裏手の墓地へ H25.12.10撮影

この場所への行き方は、金堂裏に出てこの階段を上ります。このまま抜けると、京都女子大の方へ出る道です。

智積院裏手の墓地 H25.12.10撮影
智積院裏手の墓地 H25.12.10撮影

この墓地の裏の石垣の上で撮影しました。こちらの墓地は、学侶墓地で智積院で修行中に無くなった僧侶が葬られているそうです。

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2014.01.29 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【タ】京都タワー

【検】琵琶湖疏水と田邊朔郎像

【検】:チャレンジ!!京都検定
~試験直前に読んだら受かったりなんかして。


最近、家族が病気だったり、仕事が多忙だったりで、なかなかブログが更新できていません。決して、飽きて更新しないわけではないので、その点お許し下さい。twitterでは既に発表しましたが、お陰様で京都検定3級に無事合格しました。点数は96点だったので、良く出来た方だと思います。とはいえ、合格率は61.7%で半数以上の方が受かったようですので、年末の2級に向けて、また頑張っていこうと思います。
ねじりまんぼ_H25.12.10撮影
ねじりまんぼ H25.12.10撮影

今回は、琵琶湖疏水公園の田邊朔郎像を見に行きました。地下鉄東西線を蹴上駅で下り、地上に上がって南禅寺方面へ向かうとレンガ造りのトンネルが現れます。これを「ねじりまんぼ」といいます。「まんぼ」とは地元の言葉でトンネルのこと。

ねじりまんぼ内部_H26.02.09撮影
ねじりまんぼ内部 H26.02.09撮影

強度を増すためにらせん状にレンガを組んでいますが、これがねじれて見えるために「ねじりまんぼ」というそうです。
内部のレンガを見ると確かに見事に渦を巻くようにレンガが組まれています。素人が見ても高度な技術です。しかも美しい。

「雄観奇想」_H25.12.10撮影
「雄観奇想」 H25.12.10撮影

トンネルの上には、琵琶湖疏水事業を進めた第3代京都府知事・北垣国道の「雄観奇想」の文字が掲げられています。反対側は「陽気発処」ですが傷んでしまって、かろうじて「陽」が判別できる程度です。。これらの文字については公式テキストに無いので覚えなくても大丈夫だと思いますが、代わりに琵琶湖疏水の第一トンネルの東側に掲げられた伊藤博文の「氣象萬千」、西側の「廓其有容」を覚えておきましょう。ついでに第3代京都府知事の北垣国道の業績は、琵琶湖疏水事業、京都電気鉄道です。私は琵琶湖疎水の水力で蹴上発電所を動かし、その電気で電車を動かすという流れで覚えました。

殉職者の碑_H25.12.10撮影
殉職者の碑 H25.12.10撮影

トンネルを抜けてすぐ右へ曲がり、琵琶湖疏水公園に入ると、工事の殉職者の碑が見えます。琵琶湖疏水のトンネル工事は難航し、17人もの殉職者を出したそうです。当時の苦労が偲ばれます。この先には階段が二つありますが、どちらを登っても頂上へ向かえます。私は向かって右を登りました。

インクライン_H25.12.10撮影
インクライン H25.12.10撮影

インクラインの線路が見えます。インクラインとは標高差の激しい水路間の船の輸送を容易にするための傾斜鉄道です。この地点は標高差が36メートルもあるため、台車に船を乗せて移動させました。581.8メートルというのは世界最長で、インクラインにより、琵琶湖疏水から船を南禅寺の船溜まりに下ろし、鴨東運河から鴨川へと移動させることができました。現在は使用されていませんが、インクラインは春には桜並木が美しい場所です。

田邉朔郎像_H25.12.10撮影
田邉朔郎像 H25.12.10撮影

上まで上がると、田邉朔郎の像が見えました。像の隣には大きな田邉朔郎の紀功碑(顕彰碑)があります。想像で勝手に老人だと思っていたのですが、顔を見ると随分若い。それもそのはずで、調べてみると琵琶湖疏水が完成した明治23(1890)年はまだ28歳の若い技術者だったのです。北垣国道に請われて、琵琶湖疏水事業に抜擢されたのが20代前半ですから、司馬遼太郎先生のような言い回しをすると、近代国家の第一歩を踏み出した、明治日本の躍動感やみずみずしさのようなものを感じざるをえません。ちなみに田邉朔郎は、琵琶湖疏水完成後に北垣国道の長女と結婚します。

京都市街_H25.12.10撮影
京都市街 H25.12.10撮影

田邉朔郎像の視線の先は蹴上浄水場に向いているそうです。像は高い場所にあるので同じ位置で見ることはできませんが、頂上からは京都市街が望めて気持ちが良いです。最後に南禅寺の水路閣、我が家では勝手に水路閣のことを「船越栄一郎」と呼んでいますが、この水路閣の設計も田邉朔郎の仕事です。全長93メートル、高さ13メートル、幅4メートル、これを私は3を基準にして暗記しています。長さの93メートルはそのまま覚え、高さは一の位が3で一緒、水路閣は23メートルや33メートルも高いわけはないので13メートル、幅は3に1を足して4メートル、そんな具合で覚えました。暗記モノが多い京都検定ですが、フィールドワークをするとより頭に入っていきやすくなりますよ。南禅寺参拝の際は、足を運んでみて下さい。(H26.2.26加筆訂正)

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2014.01.28 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【検】チャレンジ!!京都検定

【散】金戒光明寺から吉田神社へ(H25.10.13) その13

カテゴリ:【散】京都の散歩道
~街中から山道まで有名無名限らず、色々な京都の散歩道を案内します。京都歩きの御参考になれば幸いです。


吉田神社の石段_H25.10.13撮影
石段 H25.10.13撮影

吉田神社の社務所前の休憩所で休んだあと、脇の石段を下ります。横はスロープになっており、少年野球の子供たちがランニングをしたりしている姿も時折、見かけます。ちょうどこの石段の横には吉田幼稚園があり、子供たちが先生に連れられて散歩をしている微笑ましい光景にも出くわすことがあります。

今宮社_H25.10.13撮影
今宮社 H25.10.13撮影

石段を下りた右側には、吉田神社末社の今宮社があります。祭神は大己貴神(おおなむちのかみ)、大山祇神(おおやまづみのかみ)、健速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)。今宮社は吉田町の産土神(うぶすながみ)で、木瓜大明神産土神ともよばれます。産土神とは、その土地で産まれたものを一生守ってくれる神のことをいいます。10月の第2日曜に行われる神幸祭では、神輿渡御に先立ち3基の剣鉾が巡行します。

祖霊社_H25.10.13撮影
祖霊社 H25.10.13撮影

隣にはこの散歩道で出会う最後の神社・吉田神社末社の祖霊社があります。こちらは吉田神社の神道墓地を管理する太元講社という団体の構成員の祖先の霊を祀った神社です。

参道_H25.10.13撮影
参道 H25.10.13撮影

この散歩道では吉田神社の裏から表に廻るコースで歩いてきました。広い砂利の参道を東大路に向かって進んでいきます。

鳥居_H25.10.13撮影
鳥居 H25.10.13撮影

この鳥居がこのコースでの吉田神社の最後の鳥居です。この鳥居を出ると吉田神社の外に出ます。

京都大学の立看板_H25.10.13撮影
京都大学の立看板 H25.10.13撮影

東一条通りを進んでいきます。通りの左右は京都大学のキャンパスです。この通り沿いには京都大学のサークル勧誘の看板が立ち並びます。この時期は閑散としていますが、春になると硬軟取り混ぜた幅広いジャンルの看板が立ち並びます。
京都大生の熱気のようなものが伝わってきて、疲れていてもこの通りを歩いていると元気になる気がします。と同時に京都の学校が母校であることを心から羨ましく思うのです。

季節を変えて13回に渡ってご紹介してきた金戒光明寺から吉田神社までの散歩道は今回で終わりです。私が京都で一番好きな散歩道、是非一度歩いて見て頂ければ幸いです。長々とお付き合い頂き、ありがとうございました。

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2014.01.23 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【散】京都の散歩道

【散】金戒光明寺から吉田神社へ(H25.10.13) その12

カテゴリ:【散】京都の散歩道
~街中から山道まで有名無名限らず、色々な京都の散歩道を案内します。京都歩きの御参考になれば幸いです。




鹿の像_H25.10.13撮影
鹿の像 H25.10.13撮影

神龍社の石段を下りると、石垣の下に立派な角を立てた金属の鹿の像があります。吉田神社は奈良の春日大社を勧請したので、おそらくは春日大社の神使の鹿ということなのでしょう。像の上には屋根が付けられていて、この像が大切にされている様子がわかります。

さざれ石_H25.10.13撮影
さざれ石 H25.10.13撮影

鹿の像の隣にあるこの石は「さざれ岩」といいます。「君が代」に詠まれているあの「千代に八千代にさざれ石」のさざれ石です。案内によると、この石は国歌発祥の地とよばれる岐阜県揖斐郡春日地区の山中より運ばれてきたと記載されています。これは君が代の歌詞の元となった、古今集の作者不詳の和歌「わが君は 千代に八千代にさざれ石のいわおとなりて苔の生すまで」が春日の地で詠まれたことによります。石灰岩が溶解してできた液体が小石を結合させ、大きな巌になり、やがて苔むすという数億年の壮大な自然の産物が、このさざれ石です。

若宮社_H25.10.13撮影
若宮社の石段 H25.10.13撮影

さざれ石の後ろのの石垣は、神楽岡社と若宮社が鎮座する丘の石垣です。手前の若宮社は天忍雲根命(あめのおしくもねのみこと)を祀ります。天忍雲根命は、二柱ともに吉田神社の主祭神である天之子八根命(あまのこやねのみこと)と比売神(ひめのかみ)の御子神で、五行思想の水徳をご利益に持つ神だそうです。

神楽丘社_H26.02.09撮影
神楽丘社 H26.02.09追加撮影

本宮側の神楽丘社は大雷神(おおいかづちのかみ)大山祇神(おおやまづみのかみ)、高龗神(たかおかみのかみ)を祀っています。高龗神は貴船神社でも祭神として祀られる、日本の代表的な水神です。

吉田神社本宮_H25.10.13撮影
吉田神社中門 H25.10.13撮影

中門内部が吉田神社の本宮です。中門は四脚門で御廊が設置されています。中門より内部には立ち入れませんので外から本宮を参拝します。

吉田神社本宮_H26.02.09撮影
吉田神社本宮 H26.02.09追加撮影

本殿は右から一殿、二殿、三殿、四殿と春日造の社殿が横に並びます。それぞれに建御賀豆智命(たけみかづちのみこと)、伊波比主命(いわいぬしのみこと)、天之子八根命、比売神が祀られており、この四神を総称して春日神と総称します。勧請元の春日大社と同じです。厄除け、開運、学問、良縁と夫婦和合と幅広い御利益があります。

吉田神社の絵馬_H25.10.13撮影
吉田神社の絵馬 H25.10.13撮影

吉田神社で節分に行われる 追儺式(ついなしき)は、鬼やらいとしてよく知られています。そのため奉納されている絵馬にも鬼がデザインされているのですが、写真のものは絵馬には珍しくお札を2枚合わせたような形をしています。

吉田神社の絵馬_H26.02.09撮影
吉田神社の絵馬 H26.02.09撮影

もう一つ、鬼のデザインされた絵馬を見つけました。見ようによっては弱った顔をしている鬼にも見えます。

H26.03加筆修正


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2014.01.22 | | Comments(2) | Trackback(0) | 【散】京都の散歩道

【散】金戒光明寺から吉田神社へ(H25.10.13) その11

カテゴリ:【散】京都の散歩道
~街中から山道まで有名無名限らず、色々な京都の散歩道を案内します。京都歩きの御参考になれば幸いです。


大元宮の石垣_H25.10.13撮影
大元宮の石垣 H25.10.13撮影

大元宮を出て、滑り止めが刻まれた石の道を下って行きます。それほど急ではありませんが、冬場に凍結したら滑り落ちてしまいそうな道です。右手に見える石垣の上には先程の大元宮が鎮座しています。

山蔭神社_H25.10.13撮影
山蔭神社 H25.10.13撮影

坂道の途中には、藤原山蔭を祀る山蔭神社があります。藤原山蔭は貞観元(859)年、奈良の春日大神をこの地に勧請した吉田神社を創建した人物です。包丁の祖、料理飲食の祖ともいわれており、神社の周囲には多くの料理関係の名が刻まれた玉垣が周囲に巡らされています。

菓祖神社_H25.10.13撮影
菓祖神社 H25.10.13撮影

山蔭神社からまた下って鳥居をくぐると左側に池、右側には菓祖神社の登り口があります。石段をU字状に上った丘の上にあるのが菓祖神社です。先程の山蔭神社同様、製菓関連の名が刻まれた玉垣が多数巡らされています。祭神は我が国の菓子の祖とされる田道間守命(たじまもりのみこと)と林浄因命の2神です。田道間守命は垂仁天皇の時代に橘を日本に持ち帰った人物で、「菓子」の文字からわかるように、当時は「菓子」と言えば果物のことでした。

神龍社の石段_H25.10.13撮影
神龍社の石段 H25.10.13撮影

菓祖神社から下りて元の道に戻ると、すぐに本宮前の広場になった場所に到着します。まず目につくのが石段好きの私には非常に興味をそそられる石段です。古びた石段の上に見える鳥居と小さな社が見えます。社の名前は神龍社といいます。腰が悪いので、今までは下から眺めるだけにしていましたが、今回思い切って登ってみることにしました。ステップの短い103段の石段を登ります。

神龍社_H25.10.13撮影
神龍社 H25.10.13撮影

頂上には石垣に囲まれた神龍社がありました。何故かわかりませんが、社は石段を上がって鳥居を抜けた正面にあるのではなく、横を向く位置で建てられています。祭神は吉田神道の創始者である卜部(吉田)兼倶で、神龍社は石段にちなんでか「百段さん」とよばれているそうです。

神龍社から見た菓祖神社_H25.10.13撮影
神龍社から見た菓祖神社 H25.10.13撮影

神龍社からは、先程の菓祖神社を斜め後ろから見下ろすことが出来ます。外へ出られるように、石垣には段がついていますが、周囲は雑木林です。歩けるように道が作られており、上から下りてきた人がいたので、吉田山の山頂へ登れるようです。今回はそのまま石段を下りることにしました。急で足場の悪い階段は下りる方が怖いです。

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2014.01.21 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【散】京都の散歩道

【散】金戒光明寺から吉田神社へ(H25.10.13) その10

カテゴリ:【散】京都の散歩道
~街中から山道まで有名無名限らず、色々な京都の散歩道を案内します。京都歩きの御参考になれば幸いです。


竹中稲荷の鳥居_H25.06.16撮影
竹中稲荷の鳥居 H25.06.16撮影

本殿の前を抜けて、宗忠神社の北側の道に出ると、鳥居が一直線に並んでいるのが見えます。竹中稲荷の参道です。180m程の一直線の道に13本の鳥居が並んでいます。竹中稲荷は吉田神社の末社で、古い記録には在原業平の住まいが「神楽岡稲荷神杜の傍にトす」と記されています。伏見稲荷の様に鳥居が密集しているとある意味、気味の悪さや怖さも感じますが、適度な距離感なので親しみを感じられる参道です。シーズンには桜や紅葉とのコラボも楽しむことが出来ます。今回、参拝はしたのですが、うまく記録が残せなかったのでご紹介は次回に致します。
(逆光だったので写真は以前に撮影したものを使用しています。)


吉田神社の鳥居_H25.10.13撮影
吉田神社の鳥居 H25.10.13撮影

竹中稲荷の鳥居の前の坂道を下ると、すぐ吉田神社の鳥居が見えてきます。吉田神社は神様が集う丘とよばれる神楽岡に鎮座する由緒ある神社です。この神楽岡は吉田山ともいいます。標高は102mの丘陵地帯で緑地として整備されています。

紅もゆる歌碑道_H25.10.13撮影
紅もゆる歌碑道の碑 H25.10.13撮影

鳥居の手前には「紅もゆる歌碑道」という風流な石碑が建っています。この「紅もゆる」は吉田山の麓にある京都大学の前身、旧制第三高等学校の寮歌「逍遥の歌」の歌い出しが「紅もゆる岡の花」であることによります。石碑の上部に刻まれているのは、三高の校章です。鳥居を潜らずに右に折れてこの道を進むと、吉田山の山頂に出ます。山頂は真近で東山如意ヶ嶽の大文字を眺めることが出来るスポットです。本日はそのまま鳥居を潜り、吉田神社へ入ります。

吉田神社大元宮_H25.10.13撮影
吉田神社大元宮 H25.10.13撮影

鳥居を潜ると右側にさらに鳥居があり、茅葺の門の向こうに千木のある建物が見えてきます。こちらは吉田神社の末社、斎場所大元宮(さいじょうしょだいげんぐう)で、神道に縁のないの私でも神聖な空気が漂っていることが感じられます。門の中には入れないので門越しに撮影をしてみました。

吉田神社大元宮_H25.10.13撮影
吉田神社大元宮 H25.10.13撮影

大元宮には、伊勢二宮を始めとした天神地祇八百万神を祀り、文明16(1484)年には仏教・密教・道教・儒教・陰陽道などを取り入れた総合的な神道である吉田神道の拠点となりました。現在の大元宮は慶長6(1601)年建造、母屋の平面が八角形に造られた珍しい建物で、八角形という形は様々な宗教や思想を統合した吉田神道を形に表したものです。今日では重要文化財に指定されています。ここに詣でると、全国にある神社に詣でたのと同じご利益があるというのも魅力です。
大元宮の内院は正月三が日、節分祭の2月2日、毎月1日に特別拝観できるとのこと。

幽斎桜_H24.04.10撮影
幽斎桜 H24.04.10撮影

こちらは一昨年の春の写真。大元宮の前には幽斎桜とよばれる枝垂れ桜があります。吉田家とも血縁にあった細川幽斎が吉田山より移植して、領地の丹後で育てた桜を、吉田神社創建1150年の記念にあたり、再びこの地に桜の苗木を植えたものです。大元宮の朱と桜のピンクが絶妙な組み合わせです。

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2014.01.17 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【散】京都の散歩道

【散】金戒光明寺から吉田神社へ(H25.10.13) その9

カテゴリ:【散】京都の散歩道
~街中から山道まで有名無名限らず、色々な京都の散歩道を案内します。京都歩きの御参考になれば幸いです。


杉本商店_H25.10.13撮影
真如堂門前・杉本商店 H25.10.13撮影

以前にも書きましたが、真如堂門前の雑貨屋さん、杉本商店と言いますが、こちらで必ず休憩をとるのは、このコースの散歩では私の恒例行事です。真如堂の赤門を眺めながら自動販売機の前で、アイスをほおばっていると、本当に静かでのんびりした時間を味わうことが出来ます。もちろん紅葉の季節は除いての話です。店の前に建てられている京都市の観光案内板が無ければ、ここが本当に観光都市・京都なのかと思ってしまう位、落ち着いた地方都市の風情です。向こうに見えるのは宗忠神社の鳥居、休憩が済んだらあの鳥居に向かって歩いていきます。

陽成天皇御陵_H25.10.13撮影
陽成天皇御陵 H25.10.13撮影

途中、右側には陽成天皇の御陵があり、こちらを神樂岡東陵と申し上げます。陽成天皇は清和天皇の御子で清和天皇の後を継いで第57代の天皇となられました。小倉百人一首では、第13番に「つくばねの峰よりおつるみなの川 恋ぞつもりて淵となりぬる」という和歌を残されています。日常の中で、普通に御陵を拝見出来るのも京都ならではですね。脇には事務所もありますが無人で、御用の方は後二条陵までと案内がありました。職員の方が巡回して管理されているのでしょう。御陵は清潔に保たれており、とても清々しい雰囲気です。

宗忠神社の石鳥居_H25.10.13撮影
宗忠神社の石鳥居 H25.10.13撮影

真如堂の門前から100m程で宗忠神社の石段に到着しました。この石段は春には桜が美しく、一直線の石段を桜のトンネルが覆います。石段と桜の風景では金戒光明寺の文殊塔の石段と肩を並べる素敵な風景だと思っています。

宗忠神社石段_H25.10.13撮影
石段 H25.10.13撮影

幅の広いステップの石段を上ります。途中は1段が4歩あるので登るのはそこそこ疲れます。数えてみたら、石段の数は53段でした。石段の上にある手水舎は、近づくと水が自動で樋から出てくる近代的なもの。

宗忠神社拝殿_H25.10.13撮影
拝殿 H25.10.13撮影

こちらは拝殿です。宗忠神社は江戸末期に開かれた神道の一派、黒住教の教祖、黒住宗忠を祀る神社です。黒住教の本部のある岡山にも宗忠神社があるので、区別するためにこちらは神楽岡宗忠神社とよばれています。黒住宗忠は嘉永3(1850)年に没しましたが、6年後に朝廷より「宗忠大明神」の神号が与えられて勅願所となり、多くの公卿の尊崇を集めたそうです。大変失礼ながら、意地の悪い見方をするとそれだけ幕末の動乱期だったということも言えなくもありません。拝殿の奥の左には、宗忠大明神を祀る本殿、右には天照大神を祀る神明宮があります。

境内から見える真如堂三重塔_H26.02.09撮影
境内から見える真如堂三重塔 H26.2.9撮影(写真差し替え)

境内の駐車場から、先程拝観した真如堂の大屋根と三重塔が顔をのぞかせています。境内で写真撮影をしていると、季節柄、銀杏の美味しそうな匂いが。年をとると銀杏の匂いも季節の醍醐味と感じるようにになりましたが、私だけでしょうか。境内には、神道らしく自然の恵みを有難く頂きましょうという趣旨の張り紙がありました。

雪の大文字_H26.02.09撮影
雪の大文字 H26.02.09撮影

追記:
境内からは如意ヶ岳の大文字が見えます。H26.2.9に訪問した際は大文字が美しく雪化粧をしていました。
『五山の送り火は夏だけだと思っていましたが、そうじゃないんですね。大文字から冬の贈りものです。~そうだ、京都、行こう』

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2014.01.15 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【散】京都の散歩道

【散】金戒光明寺から吉田神社へ(H25.10.13) その8

カテゴリ:【散】京都の散歩道
~街中から山道まで有名無名限らず、色々な京都の散歩道を案内します。京都歩きの御参考になれば幸いです。



真如堂本堂_H25.10.13撮影
真如堂本堂 H25.10.13撮影

裏から廻り込む形で真如堂の本堂の正面に出ました。紅葉で有名な真如堂は、正式名称「真正極楽寺」という天台宗のお寺です。向かって右にある大きな木は、仏教で聖木とされる菩提樹で6月に、淡い黄色の可愛らしい花を咲かせます。今年の6月に訪れた時、終りに近いものの、菩提樹の花の独特の香りが漂っていたのを思い出しました。独特と言っても悪い香りではありません。真如堂の菩提樹は、京都市による「左京区民の誇りの木」に指定されています。

真如堂赤崎弁天_H25.10.13撮影
赤崎弁天 H25.10.13撮影

本堂の斜め前にある池には小さな祠が祀られており、赤崎弁天といいます。碧の水上に静かに佇む弁天堂は、いつ見ても優雅な風景です。真如堂は紅葉の時期は騒がしくなりますが、それ以外は静かに京都を味わえる寺院です。

真如堂三重塔_H25.10.13撮影
三重塔 H25.10.13撮影

以前にも記事にしましたが、真如堂はやはり三重塔が見所。三重塔なのに五重塔の風格を持つこの塔が私は好きです。紅葉の時期はなおさらで、2002年JR東海「そうだ、京都、行こう。」のポスターでは紅葉の中から顔を出す、三重塔の写真が用いられています。真如堂のみならず、京都の秋を代表する三重塔です。

真如堂三重塔見上げ_H25.10.13撮影
真如堂三重塔見上げ H25.10.13撮影

空の青みが足りませんが、空と塔と青紅葉。見上げた時にカメラを縦にしなくてもコンパクトに収まる塔のサイズ感も好きな理由の一つです。何故かわかりませんが、いつもこの塔はなかなか上手に撮れません。(今回も中心に光の輪の様なものが)

鎌倉地蔵尊_H25.10.13撮影
鎌倉地蔵尊 H25.10.13撮影

三重の塔の下にあるのは鎌倉地蔵尊のお堂です。由緒書によると、九尾の狐伝説で、殺された狐が殺生石に化したものの、なお悪霊として人を殺すので、玄翁禅師という僧侶がその石を割って作った地蔵を祀るそうです。鎌倉に祀られていたこの地蔵を、夢のお告げで甲良豊後守という人物がこの地に移したことで鎌倉地蔵とよばれているとか。

真如堂総門から_H25.10.13撮影
総門から H25.10.13撮影

三重塔前から、ステップの長い石段を降りて総門へ向かいます。振り返ったのがこの風景です。木々のブラインドが、絶妙に石段の向こうの本堂を隠していて、総門側から入った人には、心が膨らむ光景だと思います。

真如堂総門_H25.10.13撮影
総門 H25.10.13撮影

元禄年間に建てられたという真如堂の総門は、朱塗りなので赤門ともよばれています。敷居が無いのは、毎夜、この寺に参詣する神々がつまづかないようにとのことだそうですが、もしかすると、古い時代のバリアフリーだったのかも知れません。吉田山に集まる神々が集まるということも、この地域でこの寺がいかに信仰を集めていたかもわかる気がします。

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2014.01.08 | | Comments(2) | Trackback(0) | 【散】京都の散歩道

【行・帰】ナイトライナー NT003便(高速バス)

カテゴリ:【行・帰】京都への足・からの足
~京都へ行く、京都から帰ってくる交通機関についてレポートします。出発地は東京または横浜です。データ重視。


新年明けましておめでとうございます。本年も魂京都をどうぞ宜しくお願い致します。自分も楽しみながら、皆さんの役に立つ京都情報を発信していければと思います。
ナイトライナー_H25.12.10撮影
ナイトライナー H25.12.10撮影

運行会社名東京富士交通(株)
ブランド名ナイトライナー
乗務員2名
バスタイプ3列独立シート・トイレ付
経路東名利用
利用日時H25年12月10日(月)
出発時間/到着時間 23:00/5:25
出発地/到着地横浜駅(YCAT第1ロビー)/京都駅八条口
休憩3回(海老名・?・?)
費用大人6,000円(税込、楽天トラベル利用)

・出発は定刻より10分早い23時でした。平日のせいか、慌ただしい感じが無く、ゆっくり出来ました。消灯も海老名の休憩後だったので、乗車後、強制的に寝かされる感もありませんでした。
・空席が5~6席ありました。隣りが空いていたので荷物など置けてラッキーでした。
・席に用意されていたのは、ペットボトルの水とブランケットのみでしたが、6,000円ならこれで十分です。
・座席は中央の列の前から2番目。前の席の背中には読書燈付き。左右の席にはもうちょっとよい読書燈とハンガーがありました。殆んど窓際の席になったことが無いのですが、申込方法に何か理由があるのでしょうか?左右のカーテンが閉まらないと区切られなかったり、人が通ったりもあるので、できたら窓際の席の方がいいですね。
・中央の列は若干ですが左寄りになっている気がします。
・到着が5:25、夜明けが7時頃、おまけに雨だったので時間が余ってしまいました。駅ビル内でトイレや洗面、カメラの準備などをして、6時オープンの立ち食いうどんで食事をしましたが、冬の高速バスでの早朝着はスケジュールが難しいです。

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2014.01.06 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【行・帰】京都への足・からの足

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