【祇】日中の先祭山鉾と屏風祭を巡る~月鉾

カテゴリ【祇】:祇園祭~京の夏を彩る華やかな祇園祭の風景を、色々な目線でお届けします。


ミニブログコーナー:今年から園芸に凝っていて、家で色々なものを育てています。中でも朝顔は自宅でも5鉢、職場でも1鉢育てていますが、自宅の朝顔がラストスパートとばかりに大量に花を咲かせています。毎朝楽しめるし、育て方も簡単なので朝顔、おススメです。小学生になった気分でいかがでしょう。

四条通り_H26.07.16撮影
四条通り H26.07.16撮影

四条通りの南側にある郭巨山の会所からそのまま東へ進みます。遠目でも鉾頭に新月(三日月)が光っているのがはっきりわかるのは、四条通室町西入ル月鉾町の月鉾です。

月鉾の鉾頭_H26.07.16撮影
月鉾の鉾頭 H26.07.16撮影

目一杯寄って撮影してみました。美しい鉾頭は18金製、この鉾頭は1981(昭和56)年から使用されているものです。また他の古い鉾頭には1573(元亀4)年の銘があるものがあり、全山鉾の中で一番古いものだとか。

月鉾_H26.07.16撮影
月鉾 H26.07.16撮影

鉾頭までの高さは、普通のビルの6~8階位はありそうです。月鉾は全山鉾の中で最も重く大きい鉾であると月鉾保存会のHPでは紹介されています。2008(平成20)年の計測では懸装品、囃子方込みで11.88tでした。もちろん全山鉾中、1位です。

月鉾への渡り廊下_H26.07.16撮影
月鉾への渡り廊下 H26.07.16撮影

正面の月鉾保存会の建物から、月鉾に搭乗することができ、拝観券は粽などのオリジナルグッズを購入すると付いてきます。

月鉾の会所_H26.07.16撮影
月鉾の会所 H26.07.16撮影

月鉾のご利益は厄除けで、厄除け粽は1000円です。他にもペットボトルホルダーやはっぴ型手拭いなど、面白いものも販売されています。どの山鉾もそうですが、期間中しか購入できないので会所の前にはグッズを購入する人が列を作っていました。

月鉾の屋根_H26.07.16撮影
月鉾の屋根 H26.07.16撮影

月鉾の装飾は山鉾の中でも最も華麗であると言われていますが、確かに下から見上げただけでもそれがわかる豪華な装飾です。破風の部分の金地に緑の草花は、江戸中期・円山応挙の"金地彩色草花図"でしょう。

うさぎとからす_H26.07.16撮影
うさぎとからす H26.07.16撮影

写真がぼやけていますが、破風の下の白いものは、名工・左甚五郎作と伝えられるうさぎの彫り物です。月にうさぎはつきものですね。月鉾の稚児人形にも於菟麿(おとまろ)という兎の文字が入った名がついています。屋根の端に留まっている黒いものは、サッカー日本代表のユニフォームでもおなじみの3本足の烏のヤタガラスです。日本の神話では太陽の使いとされていますので、太陽と月が表現されているのでしょう。うさぎの下には亀もいるそうです。

月鉾の柱と天井_H26.07.16撮影
柱と天井 H26.07.16撮影

柱も見事な金細工が施されています。天井裏には岩城清右衛門作の"源氏物語五十四帖扇面散図"が見えます。月鉾が動く美術館と言われる理由がこれだけでもよくわかります。

月鉾の胴掛_H26.07.16撮影
胴掛 H26.07.16撮影

胴掛には、インドやトルコの絨毯を用いているそうです。ビニールがかかっているのでよく見えないのが残念ですが、下水引は皆川月華の花鳥図でしょうか?

泳ぐ魚_H26.07.16撮影
泳ぐ魚 H26.07.16撮影

この部分を何と呼べばよいかわからないのですが、下水引の2段下には魚が泳いでいる様子が描かれているのを発見しました。魚の懸装品は初めて見ましたが、意表を突く発想が面白いと思います。

月鉾の駒形提灯_H26.07.16撮影
月鉾の駒形提灯 H26.07.16撮影

薄墨で月と書かれた駒形提灯が鈴なりになっているのが印象的でした。鉾頭の新月を気まぐれに隠す雲のようにも見えます。今回、私の写真では充分に月鉾の魅力を表現できていませんが、参考までにこちらのHPでは実に綺麗な写真で紹介されています。

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2014.08.29 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【祇】祇園祭

【祇】日中の先祭山鉾と屏風祭を巡る~郭巨山

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ミニブログコーナー:
日曜日に"幕末高校生"を見に行きましたが、やはり銀幕に福本先生を発見!クライマックスで玉木宏さん演じる勝海舟が刀を抜かず、鞘でチャンバラをするのですが、見事にエビぞりで斬られていました。絶対、リクエストがあったんだろうな。あとは最近注目していますが、柄本時生さんはいい役者になると思いますね。凄く存在感があります。川口春奈さんとのキスシーンがあったのにはびっくり!
四条通り_H26.07.16撮影
四条通り H26.07.16撮影

再び四条通りに戻りました。次の山は、四条通りの北側に建つ郭巨山(かっきょやま)。山鉾町は四条通西洞院東入ル郭巨山町になります。今年の巡行は先祭の20番目で山第十三番です。

郭巨山_H26.07.16撮影
郭巨山 H26.07.16撮影

郭巨山は、貧困のため母と我が子を養えなくなった後漢の頃の郭巨という人物が、万策尽きて我が子を山へ埋めようとしたところ、黄金の釜を掘り当て、それによって親孝行出来たという中国史話「二十四孝」のエピソードを題材にしています。子はまた出来るけれど、母は再び得ることは出来ないと考え、子を埋めようとというのは、いかにも儒教的ですが、なかなかエグい話です。

郭巨山の屋根_H26.07.16撮影
日覆い屋根 H26.07.16撮影

郭巨山は舁山ですが、日覆い屋根があるのがこの山の大きな特徴です。御神体のある他の山は、日除けに赤い朱傘を立てています。山に乳隠し(ちかくし)と欄縁の両方が取り付けられるのも郭巨山の特徴です。(詳細は郭巨山のHPをどうぞ)

四条通り反対側から郭巨山_H26.07.16撮影
四条通り反対側から H26.07.16撮影

山脇のテントにはどなたもいなかったので、私も近くの喫茶店で休憩することにしました。今日2回目の喫茶店休憩ですが、昼を食べている余裕がまだありません。そそくさと休憩を終えて、四条通り反対側の会所へ向かいます。なぜ通りの反対に会所があるのかと思いませんか?わかりやすい例がありました。こちらのページで"郭巨山町"の文字をクリックして頂けると判るのですが、京都中心部の一つの町は通りを挟んで構成されます。このような町を両側町(りょうがわちょう)というのですが、四条通りの反対側も郭巨山町なのです。

郭巨山会所_H26.07.16撮影
会所 H26.07.16撮影

古い郭巨山の会所も随分と賑わっています。時間が無いため入れませんでしたが、粽は小判があしらわれてれていました。郭巨山の御利益はエピソードの通り、金運開運です。

郭巨山御朱印_H26.08.28撮影
御朱印 H26.08.28撮影

御朱印の一つには釜が描かれています。郭巨山は近年までは釜堀り山ともよばれていたとか。御朱印のふりがなは"かくきょやま"となっています。郭巨山のHPには、ふりがなは付いていないのですが、アルファベット表記が"Kakkyo"となっていたので、"かくきょ"とも"かっきょ"ともいうようです。

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2014.08.28 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【祇】祇園祭

【祇】日中の先祭山鉾と屏風祭を巡る~蟷螂山

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ミニブログコーナー:
東京は今日辺りから、天気が悪いせいもありますが、ぐっと涼しくなってきました。このまま秋に突入でしょうか?暑いのは苦手なので早く涼しくなって欲しいですね。

蟷螂山へ_H26.07.16撮影
蟷螂(とうろう)山へ H26.07.16撮影

四条通りから東洞院通りを北に入っていきます。この辺りから次の目的地、西洞院通錦小路下ル蟷螂山町です。道の両側はマンションやビルが立ち並んでいて、今まで見てきた風景とは少し趣が変わってきました。鉾町のマンションの住人になると、保存会に参加できる場合があるとも聞きますがどうなのでしょう。会所は大きなマンションの下にありました。

蟷螂山_H26.07.16撮影
蟷螂山 H26.07.16撮影

マンションの前に立っているのが蟷螂山で、"かまきり山"ともよばれます。この山の御利益は厄除けです。蟷螂山は、かまきりの羽や鎌、御所車の車輪が動く仕掛けを持つ、唯一のからくり山として知られています。

御所車とかまきり_H26.07.16撮影
御所車とかまきり H26.07.16撮影

からくりは人が御所車の中に入って動かすので、舁山の中で人が乗り込むのはこの山だけになります。入るのは人形師が4人ということですが、密閉されているのでかなり暑いのではないでしょうか?ちなみに蟷螂山は舁山ですが、真松を立てないので、厳密には屋台という形式になるそうです。

かまきり_H26.07.17撮影
かまきり H26.07.17撮影

弱いものが自分の力を顧みず、無謀な戦いを挑むことを"蟷螂の斧"と言いますが、蟷螂山はこの故事を題材としています。南北朝時代にこの町に住んでいた公家、四条隆資が将軍である足利義詮軍に戦いを挑み戦死した様子が、"蟷螂の斧"のようだったことから、死後25年目の1376(永和2)年に四条家の御所車にかまきりを乗せての巡行が始まりました。

御所車とかまきり_H26.07.16撮影
御所車とかまきり H26.07.16撮影

可愛くも見えるかまきりですが、そのような故事を知ると何か物悲しくもなってきます。蟷螂山は消失と復興を繰り返しますが、最終的に蛤御門の変の大火で焼けてしまい、今見ている蟷螂山は1981(昭和56)年に117年ぶりで再興されたものです。その辺りは昨日ご紹介した四条傘鉾と同じ感じですね。

蟷螂山グッズ_H26.07.16撮影
蟷螂山グッズ H26.07.16撮影

山の脇のテントでは蟷螂山グッズが販売されていました。やはりメインは、かまきりです。テントではテープですが、子供のわらべ歌も流されていて祇園祭の雰囲気が十分感じられます。

かまきりおみくじ_H26.07.17撮影
かまきりおみくじ H26.07.17撮影

昨晩の宵々山でも人気だった"かまきりおみくじ"は本日も大盛況でした。からくり仕掛けのかまきりが、祠からでてくるボール状のおみくじを回転して、くじの引き手に届けてくれます。1回200円です。男性も女性もかまきりの動きに歓声を上げていました。             

蟷螂山のうちわ_H26.08.27撮影
蟷螂山のうちわ H26.08.27撮影

無料配布されていた蟷螂山のうちわです。裏面は祇園祭の地図があります。蟷螂山町にある通信制の高校が宣伝のために配布しているようですが、この高校の生徒が、山の舁き手や売り子として参加しているそうです。やはり町の人口構成の変化で参加者が少ないのでしょうか?

蟷螂山御朱印_H26.08.27撮影
御朱印 H26.08.27撮影

頂いた御朱印は当然のことながら、かまきりの意匠でした。ふりがながわかりやすいように"とうろうやま"になっています。

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2014.08.27 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【祇】祇園祭

【祇】日中の先祭山鉾と屏風祭を巡る~四条傘鉾

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ミニブログコーナー:
仕事が忙しくなり更新が滞っておりますが、マイペースで進めていきますので、どうぞお付き合いください。四条傘鉾で13個目なので、あと10個残っています。9月中には終わるかな~
四条通り_H26.07.16撮影
四条通り_H26.07.16撮影

油小路通りから、再度、油天神山を抜けて四条通りに出ました。四条通りの最西端に位置するのが、四条傘鉾です。鉾町は四条通西洞院西入ル傘鉾町、ご利益は招福厄除け、綾傘鉾と共に鉾の古い形態を現代に伝えています。

四条傘鉾_H26.07.16撮影
四条傘鉾 H26.07.16撮影

蛤御門の変の大火の影響などで、1871(明治4)年以来絶えていた四条傘鉾は1985(昭和60)年に、鉾を路上に飾る居祭の形で復興されました。その3年後、滋賀県の滝樹神社の"ケンケト踊り"を参考に踊りとお囃子が再興され、117年ぶりに巡行に復帰、今年、復活した後祭の大船鉾に次いで新しい鉾です。

四条傘鉾_H26.07.16撮影
四条傘鉾 H26.07.16撮影

四条傘鉾は洛中洛外図屏風や史料を参考に復元されました。交通量の多い四条通りに、海をたゆたうクラゲのような優雅な姿を見せています。巡行時は、赤熊(しゃぐま)をかぶった棒ふりと棒ふり囃子を奏でる囃子方が8人で一組になり、二組16名の小学生が、鉾と共に京都の町を回ります。昨日の宵々山でも踊りが披露されていましたが、ものすごい人だかりで、殆ど見ることが出来ませんでした。江戸時代には壬生村から棒振りばやしが奉仕していたそうです。

傘上_H26.07.16撮影
傘上 H26.07.16撮影

祇園唐草模様の大きな風流傘の上に飾るのは3本の赤幣(赤い御幣)と若松です。巡行時は、若松は金メッキされた花瓶の中に立てられます。

傘の垂り_H26.07.16撮影
傘の垂(さが)り H26.07.16撮影

傘の垂りは"麗光鳳舞之図"。染色家の鈴鹿雄次郎氏が製作したものです。魔除けといわれる七色の雲をバックに、鳥が飛んでいる姿を表現しています。

四条傘鉾の台車_H26.07.16撮影
台 H26.07.16撮影

ビニールがかかっていて見えづらいのですが、傘が立てられる台の四隅には鬼面の金具が取り付けられています。本来は鬼面の下から出ている横棒で台車を担ぐのですが、どの山も同じく、現代では補助輪がつけられているので、実際には車輪を転がして曳いていきます。

四条傘鉾_H26.07.16撮影
四条傘鉾 H26.07.16撮影

四条傘鉾は先祭の7番目(傘鉾一番)か15番目(傘鉾二番)のどちらかを巡行します。今年の四条傘鉾は15番目です。

四条傘鉾御朱印_H26.07.16撮影
御朱印 H26.07.16撮影

1枚にまとめたので少し汚くなってしまいましたが、5個の印からなる四条傘鉾の御朱印を頂きました。外国人の方から、みんないったい何をしているのかと聞かれましたが、片言の英語で説明していると"Oh! stamp"と理解してくれたのが、嬉しかった四条傘鉾でした。

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2014.08.26 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【祇】祇園祭

【祇】日中の先祭山鉾と屏風祭を巡る~木賊山

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仏光寺通油小路_H26.07.16撮影
仏光寺通油小路 H26.07.16撮影

太子山から木賊山(とくさやま)へ向かっていますが、仏光寺通油小路の交差点は三方に山が配置されている素敵な交差点です。正面が木賊山、北側(左)が油天神山、南側(右)が今までいた太子山になります。鉾町は山の名そのものの木賊山町です。

木賊山_H26.07.16撮影
木賊山 H26.07.16撮影

木賊山は謡曲の"木賊"を題材にした山で、一人さびしく、木賊を刈る老翁の姿が御神体の舁山です。木賊とは、シダ植物の一種で、砥石のように茎の部分で刃物を研ぐことが出来ることから"砥草=とくさ"とよばれています。老翁は自分の子供をさらわれてしまうのですが、のちに僧と共に旅をする我が子と再会できるというストーリーから、木賊山の御利益は、迷子除け・再会となっています。現代のように通信が発達していない時代、迷子除けは親たちの切実な願いであったことと思います。

木賊山_H26.07.16撮影
木賊山 H26.07.16撮影

木賊山はほぼ骨組みだけの状態でした。そのせいか随分とスリムに見えます。2008(平成20)年の測定では懸装品込みで0.67tだそうです。山を眺めていると、消防の方が、山の脇の人が通行できる間隔を計測していました。おそらく防災のためでしょう。

木賊山町の路地_H26.07.16撮影
木賊山町の路地 H26.07.16撮影

飾り席はありませんでしたが、路地には年季の入った金属の容器が置かれていました。山を構成するパーツを入れる容器でしょうか?"昭和三十二年七月 木賊山"と大書されています。手前の容器は"赤提灯入"だそうです。

木賊山会所_H26.07.16撮影
会所 H26.07.16撮影

少し離れた場所に会所がありました。屋外のテントは日中とても大変だと思います。祇園祭が始まると鉾町の皆さんは仕事よりも祭りを優先するそうですが、本当に御苦労なことでしょう。町内の掲示板に張り出してありましたが、木賊山は今年"山九番"、先祭の14番目の巡行だそうです。御神体を拝むことが出来ず残念でしたが、このあとは四条通りへ出て四条傘鉾へ向かいます。

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2014.08.21 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【祇】祇園祭

【祇】日中の先祭山鉾と屏風祭を巡る~太子山

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太子山へ_H26.07.16撮影
太子山へ H26.07.16撮影

油天神山と同じく、先祭の最西端に位置する油小路通りの太子山へやってきました。太子山の鉾町は油小路通仏光寺下ル太子山町です。

秦家住宅_H26.07.16撮影
秦家住宅 H26.07.16撮影

太子山の会所も伯牙山同様、由緒ある建築物におかれています。太子山の場合は、秦家住宅とよばれる京都市有形文化財に指定される古い京町屋で、蛤御門の変で焼けたため、現在の建物は1869(明治2)年のものです。秦家は江戸時代中期の1700(元禄3)年から1986(昭和61)年まで薬種業を営んでおり、小児薬の竒應丸の製造をしていました。

秦家住宅_H26.07.16撮影
秦家住宅 H26.07.16撮影

竒應丸は虚弱体質、ひきつけ、嘔乳、夜泣等に効果があったそうです。300年近く販売していたということはかなり効果のある薬だったのでしょう。竒應丸の古い看板からもそのことが見てとれます。

太子山会所内_H26.07.16撮影
太子山会所内 H26.07.16撮影

会所内の飾り席ではかなりのスペースをとって懸装品と御神体の展示が行われていました。一番奥が、御神体の聖徳太子像です。中が混み合っていたのでむやみに動き回るのがはばかられる状態です。

太子山御神体_H26.07.16撮影
御神体 H26.07.16撮影

私の位置からはかすかに、太子像の"みずら"の部分が見えるだけです。太子山は、四天王寺を建立するために太子自ら山に材木を求めに入り、途中、清水で水浴びする間、念持仏の如意輪観音像の厨子をたらの木に懸けていたら、像が樹から離れなくなったため、この場所にお堂を建てることにし、大杉を用いて六角堂(頂法寺)を建立したというエピソードが元になってます。そのため聖徳太子は右手に斧、左手に扇を持つ白装束の少年の姿をしています。

太子山の懸装品_H26.07.16撮影
懸装品 H26.07.16撮影

中も暗めでもフラッシュをたけるような雰囲気でも無く、あまり写真が撮れなかったのですが、手前が2003(平成15)年に新調された見送で波濤に飛龍文様錦織、奥が前懸の緋羅紗地に阿房宮の刺繍(複製でなければ1775(安永4)年製作)、その前にあるのは、角金具に使用される飛龍です。

太子山_H26.07.16撮影
太子山 H26.07.16撮影

太子山のご利益は聖徳太子にちなんで"智恵"です。会所では、智恵が授かるという"智恵のお守り"や"杉守り"が授与されます。

太子山_H26.07.16撮影
太子山の真木 H26.07.16撮影

太子山以外の真木を立てる山はみな松を立てますが、太子山だけは太子のエピソードにちなんで杉を立てるのが特徴です。この杉は毎年7月に山に入って良材を求め、御神木にし、小さな如意輪観音像を奉戴します。

太子山智恵の座_H26.07.16撮影
智恵の座 H26.07.16撮影

御神木の大杉で作った智恵の座が太子山の前に設けられていました。ただ日差しが強く、暑いので誰も座っていませんでした。

太子山の胴掛_H26.07.16撮影
胴掛 H26.07.16撮影

ビニール越しではありますが、太子山の胴掛も観賞できます。ネットで調べてみましたが作品名は分かりませんでした。

太子山の見送_H26.07.16撮影
見送 H26.07.16撮影

こちらが新調前の波濤に飛龍文様錦織でしょうか。また太子山には外側からは見えませんが、聖徳太子の足元を飾る舞台裏中釣幕というものがあるそうです。これは昔、太子山が寺町通や松原通を巡行していた時、家の2階から眺める人が多かったためだとか。あまりよく見えないところも飾るということに町衆の心意気を感じます。

太子山御朱印_H26.07.16撮影
御朱印 H26.07.16撮影

杉が2本あしらわれた太子山の御朱印です。これから四条烏丸から見て、先祭の西南部に位置するの最後の山、木賊山へ向かいます。

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2014.08.20 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【祇】祇園祭

【祇】日中の先祭山鉾と屏風祭を巡る~油天神山

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祇園祭りもとうに終わり、明日は五山送り火を迎えますが、魂京都の祇園祭はまだまだ続きます。
油天神山へ_H26.07.16撮影
油天神山へ H26.07.16撮影

芦刈山から油小路通の油天神山へ向かいます。鉾町は油小路通綾小路下ル風早町(かぜはやちょう)で、先祭では太子山とともに最西端に位置する山です。町の名前と山の名前が一致していませんが、油天神山は町内の風早家に祀られていた天神を勧請して造られたという由来があります。勧請した日が丑の日だったことから牛天神山とも呼ばれますが、これは天神の使いである牛=丑の日に合わせたためでしょう。今年は先祭の山八番(12番目)での巡行です。

火尊天満宮_H26.07.16撮影
火尊天満宮(かそんてんまんぐう) H26.07.16撮影

風早家に祀られていたのが、こちらの火尊天満宮です。ご神体である菅原道真の像を油天神山に移します。風早家は江戸時代初期に姉小路家から別れた公家で、家格は羽林家という大納言まで進むことのできる家でした。天明の大火後、風早家が油天神山の復興に力を尽くしたそうです。"油天神"の"油"は"油小路"の"油"だと思いますが、それに"火尊"は何かいわくがありそう。

油天神山_H26.07.16撮影
油天神山 H26.07.16撮影

油天神山は舁山ですが、霰天神山(あられてんじんやま)とともに2基ある天神山の一つで、山の上に鳥居と社殿が置かれるのが特徴です。社殿の中に風早家に伝わる火尊天満宮の木彫彩色天神像を安置します。天神様なのでもちろん御利益は学業成就、それにプラスして厄除けです。

油天神山_H26.07.16撮影
油天神山 H26.07.16撮影

現時点では、社殿も鳥居もまだありませんが、油天神山は巡行時には真木とともに、鈴を付けた紅梅の枝が立てられるのも特徴的です。なお、今かかっている胴掛は19世紀のカザフ絨毯であると思われます。

油天神山見送_H26.07.16撮影
見送 H26.07.16撮影

今かかっている見送は"緋羅紗地百鳥図繍の縁付き雪中人物図繍"です。下京区のHPでは、損傷が激しいため現在は使用されていないとなっていますが、複製品もしくは私が運良く拝見出来たのでしょうか。

油天神山_H26.07.16撮影
油天神山 H26.07.16撮影

こちらは正面から見た写真です。社殿を見せるために正面の欄縁が凹型に工夫されていました。ちょっとした工夫でも、我が町の山を少しでも綺麗に見て欲しいと思う、製作者の心意気に感じ入ります。

油天神山の会所_H26.07.16撮影
会所 H26.07.16撮影

会所は近所の会社があるビルの1Fに置かれていました。右側のドアをみると個人のお宅も兼ねているのかもしれません。私だったら、もし会所が仕事場にあったりしたら興奮してしまって、仕事にならないかもしれませんね。

油天神山の会所内_H26.07.16撮影
会所内 H26.07.16撮影

会所内には奥に御神体を迎える社殿と鳥居が置かれています。周りにも懸装品が所狭しと並べられています。外に置かれている山の懸想品は地味目ですが、ここに展示されている現在の巡行時の前懸、胴掛などの懸装品は青が基調で、個人的には、梅や鳥居の紅と社殿の金と相まって、かなり鮮やかになったように思えます。

油天神山の駒形提灯_H26.07.16撮影
駒形提灯 H26.07.16撮影

今は日中なので味わえませんが、今年の駒形提灯の明かりは、蝋燭のような光のゆらぎと色合いを目指しているそうです。どこの会社が担当なのか気になりますが、"世界的に有名な企業の本社が沢山ある"という京都らしさを感じます。

油天神山御朱印_H26.07.16撮影
油天神山御朱印 H26.07.16撮影

御朱印を頂いて次の太子山へ向かいます。太子山で11番目で残りの山鉾は13、もうじき先祭の半分を制覇です。

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2014.08.15 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【祇】祇園祭

【祇】日中の先祭山鉾と屏風祭を巡る~芦刈山その2

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芦刈山会所_H26.07.16撮影
会所 H26.07.16撮影

芦刈山の会所には警備員も配置されていました。警備員がガードする会所は初めてです。かなり貴重なものが展示されていそうです。

芦刈山御神体_H26.07.16撮影
御神体 H26.07.16撮影

御神体は難波の浦で芦を刈る老翁です。右手に鎌を、左手には芦を持っています。謡曲"芦刈"は、ある夫婦が貧しさのために離別するのですが、富裕になった妻が夫を探すと、夫は落ちぶれて芦を売って暮らしていましたが、再会した二人は、和歌を交わして一緒に都に戻るというハッピーエンドのストーリーです。

芦刈山御神体旧御頭_H26.07.16撮影
御神体旧御頭 H26.07.16撮影

こちらは御神体の旧御頭です。1537(天文6)年、運慶の末弟、運助の7代目康運の作です。目頭に亀裂が入ったため、永久保存されることになったそうです。巡行には複製品をしようと書かれていますが、それでも1722(享保7)年の作品です。

御神体の衣装_H26.07.16撮影
御神体の衣装 H26.07.16撮影

こちらは山鉾最古の衣装である"綾地締切蝶牡丹文片身変小袖"です。1970(昭和45)年に文部大臣名で発行された重要文化財指定書とともに展示されています。

文化財指定書_H26.07.16撮影
文化財指定書 H26.07.16撮影

国宝や重要文化財は、今まであちらこちらで数多く見学してきましたが、指定書というものは初めて拝見しました。

芦刈山の懸装品_H26.07.16撮影
芦刈山の幟と懸装品 H26.07.16撮影

巡行の際に先頭に掲げられる幟は、中継などでも見覚えがあります。手前は山の前部に付けられる金幣です。金幣の後ろは、見送の"唐子嬉遊図"、1820(文政3)年の作品です。唐子(からこ)とは左右にわずかな髪を残した中国風の風俗の子供のことで、唐子が庭園のある邸宅で遊ぶ様が表現されています。子供たちが可愛らしく、思わずほっとするような図柄です。

芦刈山の懸装品_H26.07.16撮影
芦刈山の懸装品 H26.07.16撮影

胴掛で尾形光琳原画の"燕子花(かきつばた)図"です。1994(平成4)年の作品です。手前にある4本のものは、上部しか写せていませんが、山の四隅にぶら下げる角飾というパーツです。

芦刈山の懸装品_H26.07.16撮影
芦刈山の懸装品 H26.07.16撮影

所狭しと展示されていますが、奥が見送りの"鶴図"。芦刈山の"凝視"の見送でご紹介した山口華楊原画で1985(昭和60)の作品です。

芦刈山の懸装品_H26.07.16撮影
芦刈山の懸装品 H26.07.16撮影

胴掛の"雲龍図"は1832(天保3)年の作品です。中華風のドラゴンが8体、雲間に浮かんでいる様子を、刺繍で描いています。

芦刈山の懸装品_H26.07.16撮影
芦刈山の懸装品 H26.07.16撮影

最後にご紹介するのは1832(天保3)年製作の前懸、毛綴の4枚組で"欧風景"という作品です。上部の水引は中国刺繍で"波涛に鳥"。

芦刈山御朱印_H26.08.12撮影
芦刈山の御朱印_H26.08.12撮影

いかがだったでしょうか、サイズやテクニックの関係で充分な写真が撮れておりませんが、芦刈山のHPでは綺麗に撮影された懸装品が一覧することができます。山と会所の懸装品を、じっくり拝見出来た芦刈山でした。

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2014.08.12 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【祇】祇園祭

【祇】日中の先祭山鉾と屏風祭を巡る~芦刈山その1

カテゴリ【祇】:祇園祭~京の夏を彩る華やかな祇園祭の風景を、色々な目線でお届けします。


芦刈山_H26.07.16撮影
芦刈山へ H26.07.16撮影

休憩した喫茶店を出ると、西洞院通を挟んで綾小路通に芦刈山が見えます。鉾町は綾小路通西洞院西入ル芦刈山町です。先ほど見た伯牙山との距離が大部近く感じます。二つの山がにらみ合っていて、まるで戦でも始めるかのよう。

芦刈山_H26.07.16撮影
芦刈山 H26.07.16撮影

芦刈山は、夫婦和合をテーマにする謡曲”芦刈”を題材にする舁山で、御神体である老翁の人形は芦を刈る場面を表現しています。応仁の乱以前、芦刈山は他の2か所の町から出ており、こちらの町では"住吉山"という山を出していたそうです。応仁の乱後にこの町のみが芦刈山を出す様になったとか。ちなみに芦刈山の公式HPでは、長さ4.04m、高さ約5m、幅2.3m、重さ:約0.64トンと成っています。

芦刈山胴掛 H26.07.16撮影
芦刈山胴掛 H26.07.16撮影

屋外の山の上に直接、懸装品が懸けられていました。今まで見てきた山ではないことです。ビニールもかかっていないので、直接観賞することが出来ます。屋内の展示よりも実感があって、嬉しいですね。

芦刈山胴掛_H26.07.16撮影
胴掛 H26.07.16撮影

錦織の"豊公獅噛鳥獣文様"と説明されています。タッチが漫画チックで可愛らしい動物たちです。比較的新しい1990(平成2)年の作品です。

芦刈山見送 H26.07.16撮影
見送 H26.07.16撮影

見送は”鳳凰と幻想動物に牡丹の図”です。この写真だと図柄がよく判りづらいのですが中央に描かれているのが鳳凰です。16世紀末(明時代)の作品だそうですが、こんな貴重な作品を戸外に展示していて急な雨など大丈夫か心配になってしまいました。

芦刈山前懸_H26.07.16撮影
前懸 H26.07.16撮影

前懸は、ライオンがにらみを利かせている”凝視図”です。 文化勲章も受章した日本画家、山口華楊原画の1986(昭和61)年制作の段通(高級絨毯)。今にも襲いかかってきそうなライオンはとても迫力があります。

芦刈山会所_H26.07.16撮影
会所 H26.07.16撮影

こちらは染め物を営む個人のお宅ですが、中では屏風祭(びょうぶまつり)が行われています。

屏風祭_H26.0716撮影
屏風祭 H26.0716撮影

祇園祭の期間中、旧家などで自慢の家宝の屏風等を、外から見えるように飾ることを屏風祭といいます。最近は屏風祭を行う所も少なくなってきたそうです。

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2014.08.11 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【祇】祇園祭

【時】祝・福本先生!第18回ファンタジア国際映画祭最優秀主演男優賞受賞

カテゴリ【時】:時代劇の話
~時代劇の感想、雑感、ニュースを書いて行きます。


“5万回斬られた男”福本清三が主演男優賞!日本人初の快挙!(シネマトゥデイ)
http://www.cinematoday.jp/page/N0065318

福本先生が第18回ファンタジア国際映画祭で日本人初の最優秀主演男優賞を受賞、あわせて太秦ライムライトも最優秀作品賞のシュバル・ノワール賞しました。この一報をヤフーニュースで見て、胸が熱くなり自分のことのように涙があふれてしまいました。泣かずに人にこのことを話すまで1時間かかったほどです。先生はいつものように、「スタッフ全員の熱意と努力の賜物」や「選考された方には失礼ですが何かの間違いではないか」など実に先生らしいコメントをされていましたが、夢でも間違いでもありません。またあまり報道されていませんが、太秦ライムライトは第13回ニューヨーク・アジア映画祭でも最優秀観客賞を受賞しているのですね。この受賞を機にさらに福本先生と太秦ライムライトが世界に知られることを心から祈っています。DVD化も是非お願いします。

太秦ライムライト公式サイト→http://uzumasa-movie.com/
私のレビュー→http://soulkyoto.blog.fc2.com/blog-entry-471.html

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2014.08.10 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【時】時代劇の話

【祇】日中の先祭山鉾と屏風祭を巡る~伯牙山

カテゴリ【祇】:祇園祭~京の夏を彩る華やかな祇園祭の風景を、色々な目線でお届けします。


伯牙山(はくがやま)_H26.07.16撮影
伯牙山(はくがやま) H26.07.16撮影

綾小路通を再び西へ、綾傘鉾を通り抜けて新町通りを越えると伯牙山に到り着きます。伯牙山は別名、琴破山(ことわりやま)とも云われる舁山です。

伯牙山と杉本家住宅_H26.07.16撮影
伯牙山と杉本家住宅 H26.07.16撮影

鉾町は綾小路通新町西入ル矢田町です。伯牙山は、重要文化財である杉本家住宅の前に建てられます。期間中、杉本家住宅は伯牙山の会所として利用されるのです。ちなみに記録によると、応仁の乱まではこの町からは地蔵鉾という鉾が出されていたそうです。

杉本家住宅_H26.07.16撮影
杉本家住宅 H26.07.16撮影

杉本家住宅は、京都市の最大級の町屋建築で商家の大店の店構えを残す、貴重な遺構です。現在の建物は1870年(明治3)年のものですが、江戸時代には奈良屋という呉服屋でした。通常は、杉元家保存会の会員同伴でないと見学できませんが、この期間は、"店の間"が会所となっているので一般でも会所は見学できます。

懸装品と御神体_H26.07.16撮影
懸装品と御神体 H26.07.16撮影

会所内は写真撮影もOKでした。懸装品に囲まれて伯牙のご神体が祀られています。御顔はかがまないと拝見することができません。

御神体_H26.07.16撮影
御神体 H26.07.16撮影

古代中国、周の時代の琴の名人、伯牙の像です。手に持っている棒状のものは、斧の柄。彼の琴の音を心から理解してくれる友人、鐘子期(しょうしき)の死を聞き、その悲しみのあまり、伯牙が斧で琴の弦を断ったという故事が伯牙山の由来になっています。

伯牙山(はくがやま)_H26.07.16撮影
伯牙山(はくがやま) H26.07.16撮影

巡行時にはこの土台の上に、まさに斧を壊そうとする伯牙のシーンが再現されます。まるで怒っているかのような表情の中には、彼の深い悲しみも内包しているのです。伯牙山は、懸想品が中国風のもので統一されている珍しい山だそうです。

喫茶店雲仙の山鉾ミニチュア_H26.07.16撮影
喫茶店雲仙にあった山鉾ミニチュア H26.07.16撮影

この時点で12時前。9時から歩いている疲労と暑さのために、熱射病寸前です。伯牙山を早々に後にしました。芦刈山に向かう途中にあった喫茶店で休憩、コーラとクリームソーダあわせて2杯も飲んでしまいました。店内では店員さんと近所の方らしきお客さんが仕事にならないから早々に店じまいだと話しています。祇園祭は、交通規制などで人によっては商売にならなくなる方もいるのでしょうね。

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2014.08.08 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【祇】祇園祭

【祇】日中の先祭山鉾と屏風祭を巡る~白楽天山

カテゴリ【祇】:祇園祭
~京の夏を彩る華やかな祇園祭の風景を、色々な目線でお届けします。


白楽天山へ_H26.07.16撮影
白楽天山へ H26.07.16撮影

鶏鉾のある場所から室町通りをそのまま南へ下ると白楽天山です。室町通りは四条~綾小路間は広がっていますが、綾小路通りを過ぎると道幅が狭くなります。

白楽天山へ_H26.07.16撮影
白楽天山へ H26.07.16撮影

綾小路室町の交差点は北・西・南に鉾があり、東西南北が露店の出店区域になっています。そのため、綾傘鉾で見た佐川急便同様、ヤマト運輸も台車で配達です。

白楽天山_H26.07.16撮影
白楽天山 H26.07.16撮影

室町通りを封鎖するかのように堂々と建てられた白楽天山です。鉾町は室町通綾小路下ル白楽天町、御利益は唐の詩人、白楽天にちなんで学問成就と厄除けです。今年の巡行順は山十一番、山としては舁山(かきやま)に分類されます。

白楽天山_H26.07.16撮影
白楽天山 H26.07.16撮影

高さは、真松の先が隣のマンションの3階位の高さがあります。下京区役所のHPによると、真松は山の中で一番高いそうです。重量は過去に懸装品等含めて0.71tという計測結果が出ています。

会所_H26.07.16撮影
会所 H26.07.16撮影

白楽天山の会所は傍のビルの1階に設けられていました。白楽天山のオリジナルTシャツなども売られているのが、ユニークで面白い。会所からは「ロウソク一丁献じられましょう。疫病除けのお守りに、うけてお帰りなされましょう。」という祇園祭の童歌が流れています。平日の日中なのでもちろんCDなのですが、この歌を聞くと祇園祭に来ているという気持ちが、体の中で盛り上がってきます。

白楽天山のご神体_H26.07.16撮影
白楽天山のご神体 H26.07.16撮影

会所の奥には、向かって左、唐冠を付けた白楽天(白居居)と右側の道林禅師のご神体が祀られていました。白楽天山は、白楽天が樹上の道林禅師に仏法の大意を問う場面がモチーフです。(白楽天山保存会のHPには白楽天禅師の御神体の組立と着付けの様子が紹介されています。)

白楽天山_H26.07.16撮影
白楽天山 H26.07.16撮影

仏法の大意を問う白楽天に、禅師は"良いことをして悪いことをするな"と答えます。"そんなことは3歳の子でも知っています。"と呆れて応える白楽天に禅師は"しかしそれは80歳の老翁でも難しいことである。"と答え、白楽天は感服するという問答の様子が、巡行時にこの山の上に組まれます。脇役の白楽天の名が山についているのは、白楽天の知名度からでしょうか。

ご朱印_H26.08.06撮影
ご朱印 H26.08.06撮影

ご朱印は手持ちのノートに頂きました。右下の白楽天山の紋は、白楽天の"白"の文字を象形化しているようです。

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2014.08.06 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【祇】祇園祭

【祇】日中の先祭山鉾と屏風祭を巡る~鶏鉾

カテゴリ【祇】:祇園祭
~京の夏を彩る華やかな祇園祭の風景を、色々な目線でお届けします。


鶏鉾_H26.07.16撮影
鶏(にわとり)鉾 H26.07.16撮影

綾傘鉾から東に抜けて、室町通りを北へ上がると鶏鉾が鎮座しています。鶏鉾は、長刀鉾や月鉾などと同じ〝曳き鉾〝という分類で、皆さんがイメージする形の一般的な鉾です。"とりほこ"と読みそうですが"にわとりほこ"と読みます。


"雞"の字を使った提灯 H26.07.16撮影

昔は"鶏"を"雞"と書いていたそうで、鉾の中の提灯は古い文字を使用しています。鶏鉾の御利益は厄除けです。闇を払う鶏には、確かに厄除けのご利益がふさわしいかもしれません。

ビルと鶏鉾_H26.07.16撮影

鉾町は室町通四条下ル鶏鉾町です。すぐそばが四条烏丸のため周辺もビルが立ち並んでいます。ビルと背比べをするかのような鶏鉾の高さは約24m。重量は平成20(2008)年の計測で、囃子方、懸装品も含めて9.42t、全山鉾中7番目、真木を建てるタイプの鉾の中では最軽量です。屋根に立てた真木の中程にある天王座(てんのうざ)には船中で月を仰ぐ、住吉明神を祀っています。

鉾と電線_H26.07.16撮影
鉾と電線 H26.07.16撮影

鉾が高いので電気設備の保護も欠かせません。そういえば、大阪に住む叔父が京都は観光地なのに、電線が多くて見苦しいと言っていたのを思い出しました。

鶏鉾の鉾頭_H26.07.16撮影
鶏鉾の鉾頭 H26.07.16撮影

鉾頭は鶏と思いがちですが、紅白を互い違いに巻いた三角形の中に円形です。鶏鉾の題材は古代中国の故事からきており、堯の時代に天下がよく治まり、訴訟用の太鼓(諌鼓~かんこ)も使われることがなく、苔が生え鶏が宿ったことに由来しています。鉾頭の三角形が諌鼓で円形が鶏の卵であるとも云われていますが、はっきりした記録は無いそうです。

鶏鉾の下水引_H26.07.16撮影
鶏鉾の下水引 H26.07.16撮影

鶏鉾といえば、重要文化財のトロイの王子と妻子の別れを描いた16世紀ベルギー製の見送が知られていますが、この日は、残念ながら複製も見ることができませんでした。写真上部は松村呉春ら四条派の絵師が下絵を描いた金地綴錦の「唐宮廷楼閣人物図」です。

鶏鉾の下水引_H26.07.16撮影
鶏鉾の下水引 H26.07.16撮影

こちらは前側です。高級官人らしき人物が描かれているのがわかります。浴衣姿の女性が映りこんでいますが、鶏鉾も他の鉾同様、男女にかかわらず搭乗することが可能です。

鉾への渡り廊下_H26.07.16撮影
鉾への渡り廊下 H26.07.16撮影

搭乗には粽や鶏鉾グッズの購入が必要です。会所のあるビルの渡り廊下から鉾に入ります。

鶏鉾の下水引_H26.07.16撮影
鶏鉾の下水引 H26.07.16撮影

巡行時には見送で隠れてしまうと思われる部分の下水引です。一般庶民でしょうか、船に乗る人たちが描かれていました。(鶏鉾の懸装品についてはこちらの方のHPがとてもよく作られています。)

破風の鶏_H26.07.16撮影
破風の鶏 H26.07.16撮影

鶏は破風の部分に居ました。雄と雌のつがいになっています。写真は後部の破風ですが、鶏は前部の破風にも置かれています

車輪_H26.07.16撮影
車輪 H26.07.16撮影

ここでは鉾を支える車輪の厚みを撮ってみました。車輪の大きさは2メートルくらい、厚さも20センチくらいはありそうです。

山鉾の御朱印ポスター_H26.07.16撮影
山鉾の御朱印ポスター H26.07.16撮影

鶏鉾で山鉾の御朱印を所在地の通りに押した祇園祭のポスターを見つけました。次回ははじめから御朱印帳を持って巡りたいですね。朱が先祭、黒が後祭の山鉾です。

鶏鉾の手作りパンフレット_H26.07.16撮影

鶏鉾の手作りパンフレット_H26.07.16撮影
鶏鉾の手作りパンフレット H26.07.16撮影

船鉾同様、こちらでも洛央小学校の5年生の皆さんが作った鶏鉾のパンフを頂きました。大人しそうな男の子が、勇気を出して、私にパンフレットを差し出してくれたのを覚えています。お子さんにはひげ面のおじさんは怖かったかな。今回も参考にさせて頂きました。どうもありがとうございました。。

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2014.08.05 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【祇】祇園祭

【祇】日中の先祭山鉾と屏風祭を巡る~綾傘鉾

カテゴリ【祇】:祇園祭
~京の夏を彩る華やかな祇園祭の風景を、色々な目線でお届けします。


配達中のドライバー_H26.07.16撮影
配達中のドライバー H26.07.16撮影

船鉾からすぐそばの綾傘鉾への移動中です。船鉾の方へ台車を押していく佐川のドライバーを見かけました。この時期、この近辺はトラックが使えないのでしょう。この日はヤマト運輸、郵便局の配達も見かけましたが実に大変そうでした。本当にお疲れ様です。祇園祭を影で支える方達です。

綾傘鉾_H26.07.16撮影
綾傘鉾へ H26.07.16撮影

新町通りと交差する綾野小路通を東に入ると、棒振り囃子で知られた綾傘鉾です。綾傘鉾の鉾町は綾小路通室町西入ル善長寺町になります。

綾傘鉾_H26.07.16撮影
綾傘鉾 H26.07.16撮影

綾傘鉾は、今まで見てきた山鉾とは全く異なったくらげのような形状をしていますが、種類としては"鉾"の中の"傘鉾"に分類されます。他に傘鉾は四条傘鉾がありますが、傘鉾は鉾の非常に古い時代の形態を残しているそうです。

綾傘鉾_H26.07.16撮影
綾傘鉾 H26.07.16撮影

綾傘鉾は鉾でも乗りこむことはできません。その代わりに、棒振り囃子の行列と6人の稚児を従えて巡行します。綾傘鉾の行列は、山鉾の中では最大級の長さだそうです。先祭の巡行時には、7番目(傘鉾一番)か15番目(傘鉾二番)のどちらかを進みます。今年は綾傘鉾が傘鉾一番です。

綾傘鉾の台車_H26.07.16撮影
綾傘鉾の台車 H26.07.16撮影

この台車の上に直径2.6mの緋傘の天蓋を取り付けます。綾傘鉾は2基あり、一緒に巡行しますが、この日出されていたのは先頭を行く1基目の綾傘鉾です。1基目の綾傘鉾の頂には、御神体の木彫りの鶏、2基目には松の木が飾られます。

傘垂がり_H26.07.16撮影
傘垂がり H26.07.16撮影

傘垂がりに描かれているのは"飛天の図"です。暑い中でも、時折吹く風に揺らめく飛天の姿が実に優雅。綾傘鉾のご利益は安産・縁結びですが、このふくよかで美しい天女を見ているとそれもうなずけます。製造した会社のHPでは、法界寺の阿弥陀堂の内陣壁画の飛天図をアレンジして作成したと紹介されていました。

台車の金具_H26.07.16撮影
台車の金具 H26.07.16撮影

台車の金具には、精巧で美しい龍が彫り込まれていました。小さくても、所々が見逃せない鉾です。

御神体の鶏_H26.07.16撮影
御神体の鶏 H26.07.16撮影

町内の大原神社が綾傘鉾の会所になっていました。覗いてみると、御神体の雄鶏が飾られています。神職の方によると、金の卵を右足に持つ雄鶏は、夜の闇を晴らすことを意味しているとか。祇園祭自体が疫病神を祀って鎮めるためのものですが、棒振り囃子も疫病神に踊りを見てもらい、彼らを鎮めるためのものだそうです。

綾傘鉾_H26.07.16撮影
綾傘鉾 H26.07.16撮影

綾傘鉾には後援会があるとHPに書かれています。後援会に入ると年会費1万円で山鉾巡行に参加できるそうです。祇園祭の時期に休暇が取れる方なら、祭に参加できるチャンスかもしれません。(続く)

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2014.08.03 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【祇】祇園祭

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