【石】獅子林院の小便地蔵

カテゴリ:【石】京都の石仏
~雨の日も風の日も京の街を山を水辺を護り続ける"いしぼとけ"達


ミニブログコーナー:萬福寺の龍は写真不足が発覚しましたので、その3は次回の京都訪問までお待ち下さい。萬福寺、もう一度行って参ります。
獅子林院入口_H26.07.15撮影
獅子林院(ししりんいん)入口 H26.07.15撮影

4ヶ月以上前の話で少しうろ覚えですが、記憶を辿って書いています。みみずく地蔵の時と同じく、JR黄檗駅から萬福寺の山門を探しながら歩いていると、気になる塔頭を見つけました。お寺の名前は獅子林院ですが、その脇の"小便地蔵菩薩"という表記が、とても気になりました。

獅子林院の石段_H26.07.15撮影
獅子林院の石段 H26.07.15撮影

案内板には黄金の獅子頭の表記がありますが、それよりも"小便地蔵"という一風変わった名前と、そそり立つような石段に魅かれて上まで登ってみることにしました。

獅子林院・石段の上_H26.07.15撮影
石段の上 H26.07.15撮影

石段は険しく、体感としては30度位あったような気がしました。石段は全部で60段ありましたが、登り切ると山門の様な建物がありますが、真ん中を何かの像が塞いでいます。

獅子林院_石段上の木像_H26.07.15撮影
石段上の木像 H26.07.15撮影

木像は舌を出して爆笑している僧侶らしき像でした。険しい石段の上で爆笑しているとは、何とも人を食ったお寺です。少し腹が立ってきましたが、禅問答的な何かがあるのかもしれません。胴体にはひび割れが入っています。そして足元には同じく大きな荷物を背負った福々しい老人の像が控えます。七福神にいそうですが、どれにもあてはまりません。こちらはまだ新しそうです。

山門の正面_H26.07.16撮影
山門の正面 H26.07.15撮影

脇から正面に回ってみて驚きました。向かって右は"東司"(とうす)"厠"と書かれています。禅宗寺院は、日常の全てが修行であるため、目立つ場所にトイレがあっても驚きませんが、まさか石段の頂上がトイレになっているとは思いませんでした。

東司_H26.07.15撮影
トイレ H26.07.15撮影

思い切って開いてみると、中は水洗の洋式トイレがありました。綺麗に掃除されており、上には仏像が祀られ、禅僧の画が飾られています。日常的に使用されているトイレのようです。

小便地蔵_H26.07.15撮影
小便地蔵 H26.07.15撮影

お目当ての小便地蔵は向かって左に祀られていました。正式には"小便地蔵王菩薩"でした。もしかして小便を掛けて願掛けをするなどというとんでもないことを想像してしまいましたが、そのような感じではなさそうです。

小便地蔵_H26.07.15撮影
小便地蔵 H26.07.15撮影

石像は大分摩耗しており、表情もよくわかりませんが、頭の形から地蔵菩薩であることが見てとれます。古びてはいても綺麗な前かけや供物から、大切にされていることはわかります。

小便地蔵王讃_H26.07.15撮影
小便地蔵王讃 H26.07.15撮影

後ろには"小便地蔵王讃"という文章がか掲げられているのですが、私には意味が理解出来ませんでした。また別の場所には"尿道二宝有""男女一切孤魂"とも書かれています。ネットで調べてもついぞ確かな情報が得られませんでした。小便地蔵王には何か独自の世界観がありそうです。

小便地蔵のポスト_H26.07.15撮影
小便地蔵のポスト H26.07.15撮影

トイレと小便地蔵の間、爆笑している僧侶の像の後ろには、"小便地蔵様へのお願い"を入れるポストがありました。何らかのお願いをかなえてくれるお地蔵さまには間違いないようです。

獅子林院・本堂_H26.07.15撮影
本堂 H26.07.15撮影

すぐそばには本堂があります。獅子林院を開いたのは、萬福寺の4世独湛性瑩(どくたん しょうけい)。彼は隠元隆琦の最後の高弟でもあります。1681(天和元)年から1692(元禄5)年まで萬福寺の住持を務め、獅子林院に引退、1706(宝永3)年にこの場所で没します。独湛性瑩と小便地蔵の関わりにはどのようなものことがあるのでしょうか。興味は尽きません。

獅子林院:京都府宇治市五ヶ庄三番割34(地図

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2014.11.25 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【石】京都の石仏

【動】龍の伽藍~萬福寺その2

カテゴリ:【動】京都の動物~京都の街の動かない動物たち、つまりオブジェとしての動物を取り上げます。


ミニブログコーナー:次回の京都訪問が決定しました。12/5-12/7の間滞在します。紅葉の時期をずらしたのですが、それでも今日の時点でJTBはもう一杯でした。今回は臨時収入があったので、少し金銭的に余裕がある旅をしてみようと思っています。
放生池_H26.07.15撮影
放生池(ほうじょういけ) H26.07.15撮影

総門から三門へ向かう途中、右手にある放生池は、季節柄、蓮に覆われています。この池は、捕えた魚を放してあげることにより、功徳を積むという放生会(ほうじょうえ)が行われる場所です。この池は龍の心臓部を表していますが、蓮の花が咲き乱れる、実に優雅な龍の心臓です。

石條(石畳)_H26.07.15撮影
石條(石畳) H26.07.15撮影

龍の体が2回目に直角に曲がる部分で、この先が三門です。前の記事にも書きましたが、真ん中の石が龍のうろこを表現しています。

萬福寺・三門_H26.07.15撮影
三門 H26.07.15撮影

龍の体は三門の中央に一直線に吸い込まれます。この三門は1678(延宝6)年の建立です。三門の柱の間の空間が三間(三空間)あり、全てが通れるようになっているのも、日本の禅宗様式とは違っており、中国風となっています。これを三間三戸と云いますが、ちなみに日本の禅宗寺院は柱の間が五間あり、そのうち通れるのが真ん中の三間の五間三戸が一般的です。

石條(石畳)_H26.07.15撮影
石條(石畳) H26.07.15撮影

三門を過ぎた龍の胴体は、さらに真っすぐに境内の中心へと伸びて行きます。(どこかのHPで両脇の白砂は雲を表していると書いてあったので、受付の方に聞いてみましたが、それは聞いたことが無いとのことでした。)

萬福寺・天王殿布袋像_H26.07.15撮影
天王殿布袋像 H26.07.15撮影

龍の背に乗って行きついた先は天王殿の金色の布袋像、都七福神の一つでもあります。今年の夏の"そうだ、京都行こう"が萬福寺だったので、CMにも登場していました。また、何故か想像もつきませんが、この太鼓腹の布袋様は弥勒菩薩の化身とされているのだとか。江戸初期に来日した明の仏師・范道生の作品です。(続く)

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2014.11.17 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【動】京都の動物

【動】龍の伽藍~萬福寺その1

カテゴリ:【動】京都の動物~京都の街の動かない動物たち、つまりオブジェとしての動物を取り上げます。


ミニブログコーナー:京都検定の申し込みを済ませました。昨年3級に合格したので、今年の検定は2級を受験します。今回、2級のテーマ問題は京の料理です。食には疎い方なので、この分野はちょっと自信がないです。試験日は12/14、神田の明治大学で受験します。
京阪の車内広告_H26.06.07撮影
京阪の車内広告 H26.06.07撮影

萬福寺全体がが龍の形をしていると知ったのは、この京阪の車内広告からでした。おけいはんネットのあの日に帰りたいシリーズ12の車内広告です。京阪はよく利用しますが、時折、ぐっとくるコピーがあります。そんなことがあり、祇園祭の先祭・宵々山の日の日中に萬福寺を訪れました。京阪線を使って行きたかったのですが、スタートが京都駅だったので、JR奈良線を利用して黄檗駅まで。京阪線は京都駅に接続していないのがいつもながらに残念です。

萬福寺・総門_H26.07.15撮影
総門 H26.07.15撮影

多少違和感があるのは、この門が中国風のため。中央が高く、左右が低くなっているのが中国風です。開山が明から招かれた隠元隆琦のため、この寺は全てが中国風になっています。この総門は1661(寛文元)年の建立。

三門の摩伽羅 H26.12.05撮影
三門の摩伽羅 H26.12.05撮影(写真差し替え)

"京都の動物"カテゴリの記事なので、どうしても4体の三門の屋根のシャチホコが気になりますが、これは摩伽羅(まから)というインド神話に登場する怪魚で、ヒレの代わりに足が生えているそうです。東南アジアでは仏教寺院の入口などで見られます。萬福寺の大雄寶殿や開山堂でも見ることが出来ます。

竜目井_H26.07.15撮影
竜目井(三門を背に左) H26.07.15撮影

龍の話に戻りましょう。三門の前に道路を挟んで二つある井戸を竜目井(りゅうもくせい)といい、これが龍の二つの目を表しています。二つの井戸の間隔は50m位でしょうか。隠元隆琦が1661(寛文元)年に掘らせたと言われています。説明によると"萬福寺を龍に譬(たと)え、これを龍目となし、天下は龍衆、善知識が挙(こぞ)って比庵に集らんことを念願されたもの。

竜目井(三門を背に右) H26.12.05撮影
竜目井(三門を背に右) H26.12.05撮影(写真追加)

禅師曰く「山に宗あり、水に源あり、龍に目あり、古に耀(かがや)き今に騰(あが)る」" また、臨済禅・黄檗禅の公式サイトには"周辺の小川は口を、松はひげをあらわしています。"とあります。さらに門前の普茶料理の白雲庵のHPでは、総門が口とありました。

石條(石畳)_H26.07.15撮影
石條(石畳) H26.07.15撮影

総門から参拝者を中へ誘うのは石條です。この気持ち良いほど、真っすぐと整然と並ぶ白い石は、龍のうろこを表現しています。龍の背に乗りながら三門へ向かうのです。この石條は三門に向かうまで2回直角に曲がります。萬福寺の龍は、一直線では無く、くねっているののでした。
H26.12加筆・修正

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2014.11.09 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【動】京都の動物

【動】宇治・黄檗のみみづく地蔵

カテゴリ:【動】京都の動物~京都の街の動かない動物たち、つまりオブジェとしての動物を取り上げます。


ミニブログコーナー:祇園祭りに行く前に、日中、宇治近辺を回りました。大分暑い夏の頃でしたが、今日からはその時の記事をアップしようと思います。暑くて500mlのペットボトルを4.5本飲んだ覚えがあります。
聖林院_H26.07.15撮影
聖林院(しょうりんいん) H26.07.15撮影

久々に宇治まで足を伸ばして萬福寺へ。黄檗駅から、山門の場所がわからず、うろうろしているうちに、萬福寺の塔頭寺院・聖林院に辿り着きました。聖林院は別名、南天寺とよばれ、秋から冬にかけ南天の赤い実が見事なお寺です。南天は音が"難を転じる"に通じ、縁起のよい植物で、厄除けや縁起物にも用いられます。他にも、紫陽花や紅葉、桜など四季の植物が魅力的な寺院です。

みみづく地蔵尊の提灯_H26.07.16撮影
みみづく地蔵尊の提灯 H26.07.16撮影

この辺りは萬福寺の塔頭寺院が多くあり、聖林の名の通り、静かで清々しい地域です。小さな山門には"みみづく地蔵尊"の真っ赤な提灯がかかります。みみづくは首がよく回るので、商売繁盛の象徴になっている鳥であり、西洋では智恵を司る神としても古来から崇められてきました。みみづく地蔵の発祥は、この聖林院だということなので、早速、みみづく地蔵尊を探してみると・・・・

みみづく地蔵尊_H26.07.15撮影
みみづく地蔵尊 H26.07.15撮影

山門の前には、真っ白な真新しい御影石で、高さ70センチほどの大きなみみづくの像が佇んでいました。普通のお地蔵さんと同じく、よだれかけもかけています。この像の頭を優しく撫でながら耳元で願いを念じると願いがかなうそうです。みみづくは、耳就とも書き、人々の声をよく聞いてくれるという意味もあります。願掛けは、賽銭箱にある小銭を持ちかえり、願いがかなったら、その種銭を新しいものと交換するのだとか。丸い大きな目が印象的な、かわいいみみづく地蔵尊です。

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2014.11.07 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【動】京都の動物

【祇】日中の先祭山鉾と屏風祭を巡る~ラストその2

カテゴリ【祇】:祇園祭~京の夏を彩る華やかな祇園祭の風景を、色々な目線でお届けします。


ミニブログコーナー:今回でとうとう祇園祭の記事はラストです。足かけ4か月、時代祭りもとうに終わってしまいましたが、いつまでやっているんだと怒らずに、気長にお付き合い頂いた皆様には本当にありがとうございます。次回から何書こうか・・・・ちょっと心配です。
八坂神社御旅所_H26.07.16撮影
八坂神社御旅所 H26.07.16撮影

四条寺町の、普段は土産物店が並ぶOtabi Kyoto(四条センター)には、八坂神社御旅所が設けられています。7月17日の神幸祭で八坂神社を出られた3基の神輿が、7月24日の還幸祭まで滞在(駐輿~ちゅうれん)する場所です。

八坂神社御旅所_H26.07.16撮影
八坂神社御旅所 H26.07.16撮影

祇園の花街の女性には、神輿が滞在している間、7日間毎晩、誰とも言葉を交わすことなく、この場所を参拝すれば願いが叶うという言い伝えがあります。

八坂神社御旅所・西殿_H26.07.16撮影
"八坂神社御旅所・西殿 H26.07.16撮影

御旅所の両脇には西御殿、東御殿があり、西殿には向かって左に矢大神(やだいじん・矢大臣)、右には左大神(さだいじん)が配置されています。この両神は随神とよばれ、神社を守る神です。弓矢を携え剣を帯びる姿は、中世に貴人の警護を行った近衛府の舎人のもの。いかめしい姿の像にかつての朝廷の威厳を感じます。

冠者殿社_H26.07.16撮影
冠者殿社 H26.07.16撮影

西御殿に隣接した小さな社は、八坂神社の境外末社の冠者殿社(かんじゃでんしゃ)です。祭神はスサノオノミコトの荒魂(あらみたま)が祀られています。歳末セールのことを西日本では「誓文払い」といいますが、その起源はこの社の十月二十日の誓文払いの神事にあるといわれているそうです。姉であるアマテラスオオミカミと誓約を交わしたことから、スサノオは誓文の神でもあるのですが、この日は商人たちが冠者殿社を参拝後、顧客に感謝の気持ちをこめて大安売りを行ったとか。昔の商品は、商い上の駆け引きに罪の意識を感じており、その罪の意識を誓文祓いの神事ではらったようです。

佐賀鍋島藩屋敷跡_H26.07.16撮影
佐賀鍋島藩屋敷跡 H26.07.16撮影

そろそろ新幹線の時間が近づいてきました。持病の腰痛もひどくなったので八坂神社は止むなく断念、再度四条烏丸へ向かいます。途中、四条堺町では南側に佐賀35万石、幕末の雄藩の一つとして知られる鍋島藩の屋敷跡の石碑がありました。元禄初年頃までこの地に鍋島藩邸があったそうです。 

四条堺町_H26.07.16撮影
四条堺町 H26.07.16撮影

行きに撮影を忘れてしまいましたが、四条堺町は祇園祭でくじ改めが行われる場所として知られています。前の記事でも書きましたが、各町の町行事が奉行(京都市長)の前で文箱の中の巡行順を示すくじを見せ、チェックを受けます。文箱を開く際、直接手を使わず、扇子を使って、結び紐をくるくる回しながらを解くのが印象的な独特のスタイルです。ちなみにくじ取らずの鉾はどうするかというと、奉行に会釈だけして通り過ぎるそうです。

長刀鉾と新撰組_H26.07.16撮影
新選組の隊列 H26.07.16撮影

長刀鉾の前で誠の旗を掲げる隊列に出会いました。髪は現代のままですが、だんだら模様の羽織りはまさに新選組のものです。祇園祭に新選組の催しがあることは初耳でした。

京都新選組同好会パレード_H26.07.16撮影
新選組の隊列 H26.07.16撮影

このパレードは京都新撰組同好会によるパレードで、1864(元治元)年祇園祭の宵山の前日に起こった池田屋騒動にちなんで開催されているそうです。今年で39回目のパレードは総勢35名の隊士が、壬生寺での法要のあと、四条通りを八坂神社まで練り歩きます。新選組は、宵山に乗じて京都に火を放とうとした志士達を急襲して京を護ったわけですから、確かにこの日にパレードするのは当然でしょう。

宵山の支度_H26.07.16撮影
宵山の支度 H26.07.16撮影

烏丸通りでは今晩の宵山に向けて露天商が、屋台の準備をしていました。今夜もきっと賑やかな宵山になるでしょう。名残惜しいですが、私はこの後で、新幹線で京都を離れました。今回、初めての祇園祭でしたが、二日間本当に幸せな時間を過ごすことが出来ました。日本に京都があって良かった、心からそう思えた今回の京都滞在でした。

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2014.11.04 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【祇】祇園祭

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