【撮】いずれ消えゆくロケ地~伏見桃山城

カテゴリ:【撮】京都の時代劇ロケ地
~京都の時代劇ロケ地をメジャーからマイナーまで


ミニブログコーナー:更新のペースが遅くなっている所に、さらに追い打ちで胃腸炎になってしまい、さらに更新が伸びるという悪循環です。御蔭さまで快方には向かっていますが、皆様、のんびりとお付き合い頂けましたら幸いです。
今回は現在、伏見桃山城運動公園内にある伏見桃山城を取り上げてみました。この施設は1964(昭和39)年に近鉄グループの遊園地"伏見桃山城キャッスルランド"として開園し、2003(平成15)年に閉園、その後、京都市の伏見桃山城運動公園として整備されました。

伏見桃山城正門_H26.12.05撮影
正門 H26.12.05撮影

伏見桃山城は小高い山の上に築城されている平山城タイプで、天守閣の西南にある入口から駐車場を抜けると、正門が見えてきます。入場は無料です。正門の脇からは天守の一部が覗いていますが、それは後ほど。

伏見桃山城正門の案内板_H26.12.05撮影
正門の案内板 H26.12.05撮影

正門には写真のような案内板が置かれています。これは現在、天守閣が耐震強度の問題で立入禁止となっているためです。いずれは解体されてしまうことを見越して、今回、記事にして見ようと思い立ちました。

伏見桃山城天守閣_H26.12.05撮影
伏見桃山城天守閣 H26.12.05撮影

正門を抜けると、大天守と小天守が目に入ってきます。2014(平成26)年1月2日TV東京系放送の"影武者徳川家康"では、ちょうどこの位置からの風景が、そのまま伏見城のイメージカットとして用いられています。また正門から天守までの空間は庭園状に整備されていますが、2014(平成26)年7月10日TV朝日系放送の"信長のシェフ第2シリーズ"第1話"平成のフレンチシェフが戦国へ!?織田信長暗殺を阻止せよ!"では、信長と主人公ケンが岐阜城を騎馬で出て行くシーンを、実際とは逆に正門から中に入っていくという方法で表現していました。

1995(平成7)年頃の伏見桃山城
1995(平成7)年頃の伏見桃山城

伏見桃山城は、洛中洛外図屏風の伏見城をモデルに、当時の金額で約6億円をかけて、鉄筋コンクリート製でこの城が製作されたそう。(写っているのは20代後半の私です。) ただし、この伏見桃山城は、実際に伏見城があった場所とは全く別の場所に建てられています。

伏見桃山城大天守_H26.12.05撮影
大天守 H26.12.05撮影

ちなみに現在、城内に立ち入ることはできませんが、時代劇ロケ地の有名サイト"時代劇の風景"様によると、2013(平成25)年4月5日フジテレビ系で放送された"女信長"第1夜で、木下藤吉郎と信長が5重6階の天守閣最上階と思われる場所で会話するシーンは、この天守閣を使用したものだそう。(風景は合成)

伏見桃山城大天守へ至る道_H26.12.05撮影
大天守へ至る道 H26.12.05撮影

大天守へ至る石垣もきちんと再現されています。伏見桃山城の時代劇のロケは少ないようですが、この辺りも十分、撮影に使用できる風景です。伏見桃山城は山の頂上にあるため余計な物の映り込みも無いので、もう少し頻繁にロケに使用されていても良いような気がします。

伏見桃山城大天守への入り口_H26.12.05撮影
大天守への入り口 H26.12.05撮影

前述のように耐震上の問題で、大天守の入り口は固く閉ざされています。扉の上の部分にはガラスが用いられていますが、割れてしまったりしているのが、この日の夕陽と相まって物悲しく感じるところです。

伏見桃山城大天守_H26.12.05撮影
入口側から見た大天守_H26.12.05撮影

現在、その痕跡はわからなくなっていますが、2007(平成19)年には、東映により"茶々 天涯の貴妃"撮影で大阪城として撮影するため、改修を1億円かけて行ったそうです。全体的に赤っぽくゴージャスであることが、豪壮で派手な安土桃山時代の城を連想させます。

伏見桃山城石垣_H26.12.05撮影
伏見桃山城石垣 H26.12.05撮影

天守閣裏側の石垣です。本物の石垣と同じ様にきちんと組まれています。そもそも遊園地の建設物として造られたとは思えない、本格的な造りです。

伏見桃山城小天守_H26.12.05撮影
小天守 H26.12.05撮影

3重4階の小天守の存在が大天守を引き立て、城を華やかにしています。正門、大天守、小天守だけではありますが、細かく丁寧に造られているので、キャッスルランドが閉園する際、住民運動で伏見のシンボルとして、京都市に無償譲渡されたという経緯も良く理解できます。
場所:京都府京都市伏見区桃山町大蔵45(地図)
交通:JR奈良線 桃山駅,近鉄京都線 近鉄丹波橋からいずれも徒歩で20分程度 

今回は行きは桃山駅からタクシーを利用して、帰りは徒歩でした。駐車場にタクシーが客待ちをしていなかったので、すぐ帰るならタクシーに待っていてもらった方がベストかもしれません。

*今回の記事は、"時代劇の風景"様伏見城ロケ地資料を参考にさせて頂きました。

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2015.02.26 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【撮】京都の時代劇ロケ地

【動】龍の伽藍~萬福寺その3

カテゴリ:【動】京都の動物~京都の街の動かない動物たち、つまりオブジェとしての動物を取り上げます。


ミニブログコーナー:随分と間が空いてしまいましたが、今回は萬福寺の龍の完結編です。実は前回訪問時、写真を撮り損ねてしまったため、再度訪問した次第です。東京からだとこういう、写真を取り損ねた時が結構歯がゆいです。あとは例えば、看板の色が何色だったかなどネットで調べてもわかりづらいことも同様ですね。ストリートビューなんかも駆使したりもしていますが。
萬福寺大雄寶殿(だいおうほうでん)_H26.12.05撮影
大雄寶殿(だいおうほうでん)へ延びる石畳 H26.12.05撮影

天王殿の後ろに控えるのは、萬福寺の本堂に当たる大雄寶殿です。龍の胴体である石畳は、そのまま一直線に大雄寶殿へ延びています。"大雄"は釈迦如来を意味し、萬福寺の本尊である釈迦如来が祀られているのです。

萬福寺石條(石畳)_H26.12.05撮影
大雄寶殿と天王殿を結ぶ石畳に交差する石畳 H26.12.05撮影(左側が大雄寶殿)

境内案内図をご覧頂ければよくわかりますが、大雄寶殿と天王殿を結ぶ直線の石畳には、直角に交差する石畳があり、その石畳には、さらに左右で直角に交差する石畳があります。私なりの解釈ですが、萬福寺全体を龍として考えると、これは龍の後足を表現しているようにも思えます。このように解釈すると、写真では正面奥が伽藍堂で、手前の石畳が右後足にあたります。

開山堂への石畳_H26.12.05撮影
開山堂への石畳 H26.12.05撮影

そのように考えると、先程通り過ぎてきた、三門と天王殿の間にあった開山堂へ向かう石畳は、龍の右前足にあたるのでしょうか?そうすると左前足が無い龍ということになってしまうのですが。

萬福寺_大雄寶殿蛇腹天井_H26.12.05撮影
大雄寶殿の蛇腹天井 H26.12.05撮影

大雄寶殿にまでやってきました。天井の垂木が弧を描き、龍の腹の中のように見える蛇腹天井です。これは黄檗宗の寺院に見られる独特の造りのため、蛇腹天井は黄檗天井とも云い、萬福寺では、法堂、開山堂でも黄檗天井が用いられています。

萬福寺斎堂の開梆(かいぱん)_H26.12.06撮影
斎堂の開梆(かいぱん) H26.12.06撮影

大雄寶殿と回廊でつながる斎堂には、巨大な木の魚が吊るされています。これは開梆といって、叩いて時間を知らせる法具で木魚の原型だそう。そのため、胴体の真ん中の叩かれる場所が削れています。口の珠は煩悩を表し、煩悩を吐きだそうとしている姿を表現しています。また魚は目をつむることが出来ないので、不眠不休で修業をすることを意味しているのです。萬福寺の龍の話題に戻すと、この魚は巨大な龍に呑まれた小魚のように見えます。

法堂への石畳_H26.12.05撮影
法堂への石畳 H26.12.05撮影

大雄寶殿の後ろには法堂があります。この石畳は龍の尻尾になると思いますが、こちらの石畳は今までと異なり、周りに細かな白い石と、さらにその外には直線の文様をつけらてた石が配置され、随分と上品な尻尾です。ちなみに禅寺では法堂の天井には龍が描かれていますが、萬福寺には描かれていません。それは、今まで見てきたように萬福寺自体が全体で龍を描いているからなのです。さて、参拝者が入れるのは法堂までなので、萬福寺の龍の話題はこれで。

   

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2015.02.16 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【動】京都の動物

【鳥】京都の小便鳥居を巡る~その3

カテゴリ【鳥】:京都の鳥居
~京都にある珍しい鳥居や特徴的な鳥居をピックアップします。


ミニブログコーナー:大変お恥ずかしい話なのですが、嵯峨野の清凉寺の凉の字、今までずっと"さんずい"だと思ってましたが、正しくは"にすい"でした。全然気付いていませんでした。他にもこんな勘違い、たくさんあるんだろうな。漢字って本当に難しいですね。
柊家旅館_H26.12.06撮影
柊家旅館 H26.12.06撮影

先斗町を出て三条京阪で自転車をレンタル、麩屋町姉小路上ルの柊家旅館へやってきました。公式HPによると、柊家の創業は江戸後期の文政年間という老舗で、あの川端康成が定宿にしていたという由緒ある旅館です。

柊家旅館の小便鳥居_H26.12.06撮影
柊家旅館の小便鳥居 H26.12.06撮影

御池通り側に回ってみると30m程の黒の板塀に、ずらりと小便鳥居が取りつけられていました。間隔は一定していませんが、一定の高さで10個程の鳥居が並んでいます。おそらくここが京都市内では最も多くの小便鳥居が密集している場所ではないでしょうか。

柊家旅館の小便鳥居 H26.12.06撮影
柊家旅館の小便鳥居 H26.12.06撮影

大通りに面しているので、この鳥居が無いとここで粗相をしてしまう人もいるのでしょう。板塀なのでたび重なると傷んでしまうでしょうから、これだけ取りつけておくというのも理解できます。京都中心部のの小便鳥居は、ひとまずここで終わり。

嵯峨野の小便鳥居_H26.12.07撮影
嵯峨野の小便鳥居 H26.12.07撮影

予定外の小便鳥居は翌日、嵯峨野で発見しました。こちらは清凉寺門前の、喫茶店パドの脇のブロック塀です。小便鳥居は随分高い位置に取り付けられています。壁の向こうは愛宕神社、野々宮神社の御旅所、小便鳥居が無くてもここでしてはまずい場所です。パドさんは以前にもご紹介しましたが、清凉寺に来た時に私は休憩に必ず立ち寄る大好きな喫茶店なので、早速お店で話を聞いてみました。

嵯峨野の小便鳥居_H26.12.07撮影
嵯峨野の小便鳥居 H26.12.07撮影

ママの話では、こちらの鳥居は御主人のお手製だそう。なぜここに設置しているかというと、この辺りは公衆トイレが無く、人目にもつかないので、夜間必ずここでする人がいるからだそう。嵐山花灯路の時は特にひどかったとか。最後に偶然見つけた小便鳥居では、設置者のリアルな声も聞くことができました。小便鳥居は今回で一旦終わりですが、今後も小便鳥居を見つけたらご紹介して行きます。街歩きの楽しみが一つ増えました。

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2015.02.08 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【鳥】京都の鳥居

【鳥】京都の小便鳥居を巡る~その2

カテゴリ【鳥】:京都の鳥居
~京都にある珍しい鳥居や特徴的な鳥居をピックアップします。


ミニブログコーナー:昨年の三級に続き、京都検定二級合格しました。これで一級の受験資格が得られましたが、一級は4択式でなく全問記述式、小論文五問で八十点以上が合格の超難関です。気合い入れ直して精進致します。
前回から、京都にある小便除けの鳥居を"小便鳥居"と勝手に名付けて御紹介しています。昨年の日経新聞の記事によると、全国8万の神社を統括する神社本庁では、当然のことながら、良くは受け取っていません。むしろ怒っています。先の記事によると、この鳥居の風習が始まったのは明治以降だそう。江戸時代には、排泄物は肥料として有用なため街角で収集されていたのですが、明治以降は衛生面の問題から廃止になり、そのため路上で用を足す人が増えたからだとか。以上のような、信仰と風習を頭に入れつつ、御紹介を続けます。

日中の先斗町_H26.12.06撮影
日中の先斗町 H26.12.06撮影

先斗町に小便鳥居があると聞いてやってきました。こちらは四条通り側を入った所ですが、夜と違ってほとんど観光客がいない静かな風景です。ここで働く人たちや納品の業者が数人歩いている程度、道もしっとり濡れて、さすが昼でも風情のある先斗町。私と言えば小便、小便と頭の中で繰り返しているので、自己暗示にかかってトイレに行きたくなってしまいました。

先斗町の小便鳥居_H27.04.25撮影
先斗町の小便鳥居 H27.04.25撮影(後日撮影分)

ちなみに私は腹が弱いせいもあり、京都市内の公衆トイレは熟知しているつもりです。行こうと思えばすぐ行けるので、とりあえず我慢しながら先斗町を進みます。150m程進むと、左側の山とみという料理屋さんの軒先、犬矢来の脇に小便鳥居がありました。犬矢来は犬の小便除けなので、小便除けが二つ並んでいることになります。今まで見てきたものは壁にかかっていたり、壁にくっついていましたが、単体で立っているのはこちらが初めてです。(写真がぼけていますので、次回取り直す予定です。悪しからず→H28.02.28差し替え済)

先斗町の小便鳥居_H26.12.06撮影
先斗町の小便鳥居 H26.12.06撮影

先斗町の小便鳥居_H27.04.25撮影
先斗町の小便鳥居 H27.04.25撮影(後日撮影分)

山とみから100m少し進むと、左側の幸輪という店の軒先に小便鳥居を発見しました。地上より少しだけ高い位置の柱に、釘で打ちつけられています。その前には御猪口に盛り塩が。特徴的なのは鳥居に鬼門と書かれていることです。ただ、鬼門は北東ですが、この鳥居はどう見ても真東を向いているので、警告として書いてあるのだと思われます。(後日訪問したら、上に鬼の絵が張り付けてありました。)

先斗町の小便鳥居_H26.12.06撮影
先斗町の小便鳥居 H26.12.06撮影

さらに150m程進むと、また左側に小便鳥居があります。今度は吉田というお茶屋です。鳥居の前に掃除のバケツが置かれていたので、朝の清掃中なのでしょう。こちらの鳥居は、木塀にねじで丁寧に取りつけられています。色がだいぶ褪せているので、少なくとも数年はこの場所を守っているはずです。

先斗町歌舞練場_H26.12.06撮影
先斗町歌舞練場 H26.12.06撮影

先斗町が終わる手前に先斗町歌舞練場があります。ここには小便鳥居は無いのですが、実は面白い場所に鳥居があるのです。それはまたの機会にご紹介します。今回先斗町をご案内しました。(続き)
H28.02加筆修正・写真差し替え

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2015.02.03 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【鳥】京都の鳥居

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