【時】雲霧の軍配は山崎努さんに・・・

カテゴリ【時】:時代劇の話
~時代劇の感想、雑感、ニュースを書いて行きます。


ミニブログコーナー:諸事情により17年勤務した会社を4月20日で退職することになりました。(悪いことしてとかではないですよ。会社都合です。)一部、今の会社の仕事は外注として受けることになっていたり、その会社が入っているマンションの上に自分が住んでいることもあって、今の会社とはお付き合いが続くのですが、退職後は自営業で身をたてて行こうと思って、現在色々勉強中です。
八幡堀の石段_H18.06.17撮影
今回の舞台になった八幡堀の石段のある風景 H18.06.17撮影

鬼平は吉右衛門、雲霧は山崎努と心から思っているので、中井貴一さんの"雲霧仁左衛門"のパート1は見ていなかったのですが、まあちょっと見てみるかという気持ちで、今シーズンから"雲霧仁左衛門2"見ていました。そうしたら意外と悪くなくて、中井貴一さんの雲霧、毎週楽しみにしてます。来週は最終回です。

内山理名さんの七化けのお千代の姐さんっぷりも、池上季実子さんの匂い立つような色気とは違うカラッとした小粋な感じ。手塚とおるさんの洲走りの熊五郎も本田博太郎さんとは、また違った不気味さで気に入ってます。ちなみに手塚さん"世にも奇妙な~"の最高傑作と言われる"懲役30日"にも医者役で出ているのを、この間発見しました。昔からあんな感じなんですね。

山崎さんと中井さんのどちらが良いかというのは別に決める必要は無いんですが、先日のラス前の放送で、「あ~やっぱり山崎仁左衛門凄すぎ」と思うシーンを見てしまいました。山崎さんの存在感が凄すぎるというのと、もちろん脚本や演出など違いもあったのだと思います。また私は演技は素人なので的外れだったら済みません。それと物語の展開がほぼ同じなので比較しやすいとこともあるのですが・・・。

そのシーンとは、越後屋襲撃に失敗して、火盗改めの手が入り、雲霧一党は必死に斬り抜ける、その中で小頭の吉五郎は、小舟でやってくる仁左衛門に急を告げ、何とか逃げ延びさせようというシーン。雲霧屈指の名シーンでもあり、日本の時代劇史にも残る名シーンだと思ってます。さらに言ってしまうと、ここでの石橋蓮司さん演じる木鼠の吉五郎の死に様は、
"影の軍団3"第26話"さらば!影の軍団"の竹林虎麻呂(蟹江敬三さん)
"新必殺仕事人"第35話" 主水友情に涙する"の儀助(菅貫太郎さん)
とあわせて、時代劇3大死に様と個人的には呼んでいます。

急を告げる吉五郎が、何とか斬り抜けて、船着き場から"お頭"と呼びかけると、中井仁左衛門は船上から"吉五郎"と返すのですが、その時点で仁左衛門は動揺した表情をしちゃってるんですよ。そして"逃げ延びて下さい"という吉五郎に、仁左衛門はさらに動揺した表情をします。最終的に再び、火盗との修羅場に戻る吉五郎が"何卒ご本懐を"というと、中井仁左衛門は悲痛な顔でもう一度"吉五郎"というんです。仁左衛門の部下思いとか優しさとか人間味みたいなものを出したいという所だと思うんですが、ここ違うんだよな~

山崎仁左衛門はこのシーン、全く表情を変えずに舟の上で直立不動です。ただ大きな瞳だけで演技してる。瞳の奥には手下たちの安否を気遣う深い憂いのみ。そして引き返す舟の上から、同じ表情で吉五郎には背を向けたまま、ただ一言"吉五郎~"と短く叫ぶ。ここまでBGMなしで、そのあとテーマ曲のパーカッションが小さく入ってきて、吉五郎は仁左衛門の背に深々と一礼、そして覆面を外し、"何卒ご本懐を"と言う所でテーマ曲が始まる。心底、信頼し合った男同士には言葉なんかいらないってことが如実に表れる名シーンです。

中井さんには全く罪は無いんですがこのシーンで、やっぱり雲霧は山崎だなと思ってしまったのでした。山崎版は1995年の放送ですが、こんな名作のラスト3話(この回も含む)がオウム特番の関係で放送されず、4年後にようやくCSで放送というのは何とも皮肉な話です。地上波ではなかなか放送されないのですが、私、山崎版の雲霧は時代劇専門チャンネルで放送する度にDVDに焼いて、時代劇好きな人へプレゼント用にしています。

関連記事
スポンサーサイト

テーマ:時代劇 - ジャンル:テレビ・ラジオ

2015.03.26 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【時】時代劇の話

【動】都の猿~京都駅すぐそばの猿寺

カテゴリ:【動】京都の動物~京都の街の動かない動物たち、つまりオブジェとしての動物を取り上げます。


ミニブログコーナー:サザンの東京ドーム、5/23が当選しました。好きすぎのあまり、逆に30年近く怖くて見に行けなかったサザンを初めて見た2013夏の神戸。あまりの衝撃にWOWOWで見るまでオープニングの記憶が全くありませんでした。31年ぶりの紅白出演に立ち会えた2014年の年越し横浜アリーナ。バックステージだったのを悔んだけど、それがかえってラッキーで桑田さんとハイタッチできたのは一生の思い出です。早くも私的には3回目になりましたが、2015年の東京ドームは、一体どんなサザンが見れるのでしょうか?
今回は、京都駅の近くで"都の猿"を見ることができるというお話です。本当に京都駅のすぐそばなので、新幹線待ちの時間にも立ち寄ることもできます。

京都駅前のファミリーマート前_H26.12.07撮影
京都駅前のファミリーマート前 H26.12.07撮影

JR京都駅を中央口(京都タワーのある方)から出て、バスターミナルを屏風状に囲んでいる3つのビルに沿って右へ右へと進みます。駅前を走る塩小路通りに出る手前にファミリーマートがありますが、ファミリーマートの看板の少し先にある小さな看板に注目です。

正行院の案内板_H26.12.07撮影
正行院の案内板 H26.12.07撮影

看板に書かれている、"わがた地蔵""さる寺・正行院"が今回の目的地です。このまま矢印の通りに進むと最初の路地を右へ入る形になります。


ファミリーマートのあるビルとメルパルクの間を入って行っても大丈夫です。地図を見て頂ければ場所がわかって頂けると思います。ヤフーの地図にも"猿寺正行院"と表記されている所に注目して下さい。(所在地:京都市下京区東洞院通塩小路下ル東入)

わがた地蔵堂_H26.06.07撮影
わがた地蔵堂 H26.06.07撮影

どちらから行っても、わがた地蔵堂の前に出ます。正行院のもう一つの名前はわがた地蔵です。かつて、牛馬の通行を容易くするために竹田街道に敷かれた石を、輪形の石と云いました。わがた地蔵は輪形の石として土中にあったところ、若山という信心深い者の夢枕に立ち、衆生済度のために掘り起こして欲しいと告げ、掘り出されたものです。ちなみにわがた地蔵の灯火には、以前に紹介した650円ランチのいいむらさんや、ラーメンで有名な第一旭、新福会館の名前がありました。

正行院のキャラクター_H26.12.07撮影
正行院のキャラクター H26.12.07撮影

地蔵堂の前の注意書きの看板、キャラクターはもちろん可愛らしい猿です。良く見るときちんと手をあわせています。

正行院の山門から_H26.07.15撮影
正行院の山門から H26.7.15撮影

正行院は比較的小さなお寺ですが、創建が戦国時代の1538(天文7)という浄土宗捨世派の古刹で、開山は円誉上人によるものです。(通常、10時から16時までは山門が開かれているようですが、拝観は事前に申し込みが必要。)ただ、今回の"猿"は、門が空いていれば外からでも見学することが出来ます。正行院が、"さる寺"とよばれるのは次のような由来があります。

完又十郎という猟師が北山で大きな猿に出会った。弓矢で狙う又十郎を前に、猿は首の輪を引っ張りながら拝む。驚いた又十郎が「その首輪をよこせ。命は助けてやる」と言うと猿は首輪を置いて逃げた。首輪の中には竹の皮に包んだ紙切れがあり、何やら字が書いてある。又十郎が、道で坊さんに意味を尋ねると、字は円誉上人が書いた「南無阿弥陀仏」の名号だという。
 坊さんが言うにはこうだ。北山に庵(いおり)を結んでいた円誉上人は、動物をかわいがっていた。ある日、一匹の猿が上人のために自然薯(じねんじょ)を採ろうとして、がけから落ちて命を落とした。上人は猿を弔い、来世には人間に生まれ変わる仏縁を願い、山にいたほかの猿たちの首にお守りをつけてやった。この話に、殺生を重ねてきた又十郎は改心し、正行院の住職だった上人の弟子になった。"京都新聞 ふるさと昔語りより"
正行院の猿_H26.07.15撮影
正行院の猿 H26.07.15撮影

門の外から中をのぞくと、本堂の前に子供を抱いた猿、その前に頬杖をついた白い猿の像が置かれているのがわかります。

正行院の親子猿_H26.07.15撮影
正行院の親子猿 H26.07.15撮影

子猿を抱いているのは母猿でしょう。とても穏やかな表情ですが、子猿をしっかりと抱いているその姿は、母親の慈愛とともに我が子を守る強さがあふれているように見えて、こちらも優しい気持ちになってきます。

正行院の白猿_H26.07.15撮影
正行院の白猿 H26.07.15撮影

下の白猿は頬杖をついてどこか遠くを眺めています。どこかのんびりしたその表情は、時間が経つのを忘れてしまっているかのようです。

正行院山門_H26.06.07撮影
正行院山門 H26.06.07撮影

正行院の本堂内には、膝の上に猿を乗せた円誉上人の像や500体以上の猿の人形があるそうです。実は昨年の夏、ハガキで本堂内の拝観を申し込んだのですが、ご住職が亡くなられたため拝観を中止しているとのお返事を頂きました。12月に訪問した際も、山門が閉鎖されていたのでまだ拝観は受け付けていないようです。拝観が再開したら、また訪ねてみようと思います。

関連記事

テーマ:京都 - ジャンル:地域情報

2015.03.10 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【動】京都の動物

【鳥】鴨川東岸から眺めるだけの鳥居

カテゴリ【鳥】:京都の鳥居
~京都にある珍しい鳥居や特徴的な鳥居をピックアップします。


ミニブログコーナー:更新が遅れている理由の一つに、会社の引越しがあったということもあるのですが、実は私の会社が私の住んでいるマンションに引っ越してきました。そのため現在、通勤時間が1分以内というとんでもないことになっています。そもそも、私が社長の所有するマンションに住んでいるからなんですが。出勤もコート要らず、お昼は自分の部屋に帰って食事を作れるのでとても便利です。
鴨川東岸から見える鳥居_H26.12.06撮影
鴨川東岸から見える鳥居 H26.12.06撮影

感の良い方なら、タイトルだけでどこの鳥居のことを指しているのかわかるかもしれません。川端通りを歩いていくと、三条大橋と四条大橋の間の鴨川西岸のビルの屋上に、小さな鳥居が見えてきます。現地で初めて見ると、ビルの屋上に鳥居?と不思議に思われる方も多いかもしれません。

鴨川東岸から見える鳥居_H26.12.06撮影
鴨川東岸から見える鳥居 H26.12.06撮影

東寺の五重塔や京都タワーのようにメジャーではありませんが、京都を歩く方なら必ず一度は気に留めたことがあるはずのこの鳥居は、先斗町歌舞練場の屋上に立つ鳥居です。そのため、遠くから眺めるだけの鳥居とタイトルをつけました。

先斗町歌舞練場屋上の鳥居と鬼瓦_H26.12.06撮影
先斗町歌舞練場屋上の鳥居と鬼瓦 H26.12.06撮影

WEB上でもこの鳥居の情報は出てこないので、関係者が舞台の成功や安全を祈願するためだけの社なのでしょう。私のカメラではこのサイズで撮影するのが限界なのですが、社と重なる形で見えるのは、中国の蘭陵王の舞楽面をかたどった鬼瓦です。(先斗町歌舞練場のHPに鬼瓦の写真があります。)

先斗町歌舞練場_H26.12.06撮影
先斗町歌舞練場 H26.12.06撮影

先斗町歌舞練場は、五花街の踊りの一つである鴨川をどりが、5/1~5/24に行われる場所です。完成は1927(昭和2)年ということなので、かなり年季の入った建物になります。鉄筋コンクリート造で地上4階、地下1階、劇場建築の名手の名を持つ大林組の木村得三郎の手によるもので建造当時は「東洋趣味を加味した近代建築」とよばれたそう。

関連記事

テーマ:京都 - ジャンル:地域情報

2015.03.06 | | Comments(1) | Trackback(0) | 【鳥】京都の鳥居

«  | HOME |  »

タイムライン

リンク


京都市 ブログランキングへ

にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 京都(市)情報へ
にほんブログ村

都の商売人様バナー
都の商売人様運営サイト
“空想の匣”

プロフィール

SOULKYOTO

Author:SOULKYOTO
東京生まれの東京育ち、でも魂は京都人
自称・勝手に京都観光大使

全記事表示リンク

全ての記事を表示する

カテゴリ

カレンダー

02 | 2015/03 | 04
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR