【外・体】六本木に出張の大船鉾&舞妓の舞~“ほんまもん”だけ3DAYS 二日目(6/20)その2

カテゴリ【外・体】:京都以外で京都を体験~京都に行かなくても京都を体験できるイベントや場所の紹介です。


ミニブログコーナー:スマホが壊れたと思ったら、翌日ノートPCが壊れてしまいました。液晶が白くなってしまったのですが、交換でも2万かかるというので、新しいものを買うことにしました。あちこちで悩んだ挙句、ヤマダ電機で約4.5万円のレノボのノートを購入。多少、メモリの性能が劣るそうですが、オフィスも入っているので損はしてないかなと思います。昔は10万越えてたと思うのですが、パソコンも随分安くなりましたね。
車輪の手入れ_H27.06.20撮影
車輪の手入れ H27.06.20撮影

車輪に液体のようなものを塗って磨いています。鉾の車輪がいつも美しく黒光りしているのは、きちんと磨いているからなんですね。

大旗_H27.06.20撮影
大旗 H27.06.20撮影

船尾側に大旗が掲げられました。緋羅紗地に白の木瓜(もっこう)紋が刺繍された旗の大きさは縦176cm、横89cmです。上部の白線2本は、太陽と月=日月を表しています。

大旗_H27.06.20撮影
大旗 H27.06.20撮影

反対側には巴紋が刺繍されています。この頃、ちょうど10時になりました。JR東海のフィフティプラスの会員の先行入場が始まりました。一般の入場は11時からになります。

吹き流しの取り付け_H27.06.20撮影
吹流しの取り付け H27.06.20撮影

赤・黄・白の三色の絹製の吹流しの取り付け中。竿の部分も合わせて全体で幢(はたほこ)とよびます。大旗と並び船尾側の右舷側にが定位置です。

跳匂欄幕_H27.06.20撮影
跳匂欄幕の取り付け H27.06.20撮影

雨よけのビニールが取り外されました。跳匂欄の下の幕は、紫の羅紗地の真ん中に巴紋、左右に木瓜紋が染め抜かれています。船首の先では京野菜を販売中。

艫幔幕の取り付け_H27.06.20撮影
艫幔幕の取り付け H27.06.20撮影

艫屋形を囲うように紫の幔幕を取り付けていきます。狭い艫屋形の中から付けていくので、作業しづらそうです。

天水引の取り付け_H27.06.20撮影
天水引の取り付け H27.06.20撮影

左舷側の天水引を取り付けます。金地の布地の上を龍が天駆ける、大胆な図柄の織物で"金地雲龍文紋織"とよばれ、200年以上は経過しているそうです。写真ではわかりづらいですが、この龍は右舷側の龍と対になっており、阿形をとっています。この龍の英気大略ぶりから、戦国大名の朝倉三代の参謀を務めた"朝倉宗滴"の通称がついているそうです。

天水引の取り付け_H27.06.20撮影
天水引の取り付け H27.06.20撮影

右舷の龍は吽行で、博学才穎な様子から、今川義元の参謀を務めた"太原崇孚"の名がつけられているそうです。この龍は、後ろを振り返っていますが、これにより巡航の際にも龍頭は進行方向を向くようになっています。

大船鉾_H27.06.20撮影
大船鉾 H27.06.20撮影

懸装品も取り付けが終わり、完全な状態の大船鉾になりました。これほど大型の鉾が東京で公開されるのは1955(昭和30)年に東京駅八重洲口で月鉾が公開されて以来とのこと。11時を過ぎて一般の入場も始まり、私も会場入りしました。200人ほどの人が入っています。

イベントのスタート_H27.06.20撮影
イベントのスタート H27.06.20撮影

メインステージにMCの方が入りました。この後、いよいよ舞妓さんの舞の披露があります。ステージに畳が2枚敷かれているのはそのためです。(続く)

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2015.06.29 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【外・体】京都以外で京都を体験

【外・体】六本木に出張の大船鉾&舞妓の舞~“ほんまもん”だけ3DAYS 二日目(6/20)その1

カテゴリ【外・体】:京都以外で京都を体験~京都に行かなくても京都を体験できるイベントや場所の紹介です。


ミニブログコーナー:突然、iPhoneの充電ケーブルが本体側にささらなくなくなりました。プラグが奥に引っ込んじゃった感じです。AppleStoreに行くと、案の定、よく見もせずに本体を交換するしかの一点張り。電池がないのでバックアップする時間もありません。ネカフェで調べて、渋谷の修理業者で修理してもらったら、一時間ちょっとで直りました。しかも四千円程度。Appleも何でも本体交換ではなく、もうちょっと考えてもいいのではないでしょうか?次の買い替えはiPhoneはもうないな。
大船鉾_H27.06.20作成
大船鉾 H27.06.20作成

この日も朝から六本木へ向かいました。時間は9時前、狙い通り、まだ車輪の取り付けは行われていません。昨日取り付けた障子状の雨よけは、もう取り外してありました。ちょうど、船首の雨よけの柱を取り外している所です。

毛利庭園_H27.6.20撮影
毛利庭園 H27.6.20撮影

昨日は気付かなかったのですが、会場のヒルズアリーナのお隣は、TV朝日の天気予報でよく使われる"毛利庭園"です。向かって右隣はTV朝日のビル。

大屋根_H27.06.20撮影
大屋根 H27.06.20撮影

昨日とはうって変わって、天気は晴れ。今日は気持ち良く取材ができそうです。明るい所で見ると銅板の屋根、結構汚れています。一年でこれ位になってしまうものでしょうか。ただ、ピカピカよりもこちらの方が、味がある気がします。

保存会の皆さん_H27.06.19撮影
保存会の皆さん H27.06.19撮影

本日は、昨日よりも関係者の人数が多くなっています。土曜日なので皆さん、上京されたのでしょう。お囃子もあるということで楽しみです。まだこの時点では、まだ開場されていないので、私は会場外から作業を見守っています。

雨よけ_H27.06.19撮影
雨よけ H27.06.19撮影

外した雨よけはテント脇に片付けてありました。その横にあるのは、艫(とも)屋形に入れる障子と思われます。

車輪取り付けの準備_H27.06.20撮影
車輪取り付けの準備 H27.06.20撮影

片側の二つの車軸の上を渡すように置かれていた木材がどけられました。そろそろ車輪をつけるのでしょうか。

車輪の移動_H27.06.20撮影
車輪の移動 H27.06.20撮影

車輪の移動が始まりました。人と比べると大きさがわかると思いますが、車輪自体が大きいので大勢で声を掛け合いながら、少しずつ移動していきます。まず前輪の東側を取り付けて行きます。(東側前輪は位置的に明確な撮影ができませんでした。)

車輪の取り付け_H27.06.20撮影
車輪の取り付け H27.06.20撮影

こちらの写真は前輪の西側です。"せえの"で車輪を車軸に押し込んでいきます。船首側の"てこ"はまだ動かしていません。

車輪の取り付け_H27.06.20撮影
車輪の取り付け H27.06.20撮影

最後に"てこ"で鉾を持ち上げて、車輪の位置を調整していきます。

車輪の準備_H27.06.20撮影
車輪の準備 H27.06.20撮影

後輪の取り付け作業が始まります。車輪は前・後ごとに、縄で一纏めにされているようです。

車輪の取り付け_H27.06.20撮影
車輪の取り付け H27.06.20撮影

後輪東側の取り付けです。ほぼ真上から撮影できたので、作業の様子がより伝わるかと思います。

車輪の取り付け_H27.06.20撮影
車輪の取り付け H27.06.20撮影

後輪西側の取り付け完了、最終的に9時50分頃、全ての車輪をつき終わりました。(続く)

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2015.06.26 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【外・体】京都以外で京都を体験

【行・帰】キラキラ号 KR0112便(高速バス・上り)

カテゴリ:【行・帰】京都への足・からの足
~京都へ行く、京都から帰ってくる交通機関についてレポートします。出発地は東京または横浜です。データ重視。


キラキラ号 KR0112便_H27.06.07撮影
キラキラ号 KR0112便 H27.06.07撮影


運行会社名(株)桜交通
ブランド名キラキラ号
乗務員1名(海老名で交代・1名下車)
バスタイプ4列シート・トイレ無
経路第2東名利用
利用日時H27年6月7日(日)
出発時間/到着時間12:00/20:05
出発地/到着地京都駅八条口東側 /新宿駅西口コクーンタワー
休憩土山/遠州森町/海老名
費用大人5,400円(税込、楽天トラベル利用)


・八条口東側の高速バスのバス停から(地図)出発。ただバス停があるだけの場所です。
・今回、初めての4列シートで通路側。ほぼ満席でした。
・睡眠をとることが前提の夜行ならきついかもしれませんが、うとうとするだけの昼便なので4列でもあまり苦にはなりませんでした。
・トイレが無いので、サービスエリアごとに必ずトイレに行きました。
・バス自体の出発地は大阪・梅田発なので、京都出発後の乗車が無いのは落ち着きます。
・各座席に携帯のコンセントが一つあります。ただ隣りの席のコンセントとの間隔が狭いので、充電器によっては二つ並べて挿しこめない可能性あり。(私は旅行時には、必ず2股のソケットを持ち歩いています。ホテルでコンセントが一つしかない場合にも対応できます。)
・昼便だからだと思いますが、アルコールの注意はありませんでした。
・休憩は大体2時間半ごと。最後の休憩、駐車場が一杯で中井PAに入れず、次の海老名SAへ。(入らない場合はアナウンスが欲しかったです。)
・18時すぎ秦野中井で渋滞が17キロ→18時47分海老名SA→19時24分頃渋滞脱出→20時5分新宿到着
・到着予定が20時だったので、渋滞は織り込み済みと思われる。

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2015.06.25 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【行・帰】京都への足・からの足

【外・体】大船鉾が東京に!~“ほんまもん”だけ3DAYS 初日(6/19)その4

カテゴリ【外・体】:京都以外で京都を体験~京都に行かなくても京都を体験できるイベントや場所の紹介です。


ミニブログコーナー:私は時代劇の他に金八も大好きなんですが、本日TBSチャンネルで第5シリーズが終了しました。一回見てるから結果は知ってますが、それでも泣いちゃうんだなぁ。健次郎に始まり健次郎に終わった第5シリーズでした。しばらく空いて、上戸彩さんの第6が始まるんだけど、6と7は現実離れしすぎててあまり、好きじゃありません。見ますけど。
雨よけの取り付け_H27.906.19撮影
雨よけの取り付け H27.06.19撮影

船首部に雨よけが取り付け終わったようです。障子状の部材が4枚取り付けられました。白い部分が紙なのかどうかはわかりませんが、遠目には紙に見えます。

雨よけの取り付け_H27.06.19撮影
雨よけの取り付け H27.06.19撮影

続いて船尾の艫(とも)屋形にも雨よけを取り付ける作業が始まりました。

雨よけの取り付け_H27.06.19撮影
雨よけの取り付け H27.06.19撮影

艫屋形にも4枚雨よけが取り付けられました。合計8枚の雨よけが取り付けられた大船鉾、ほぼフルチューンの状態です。この姿はなかなか見れないと思いますよ。

艫掛の取り付け_H27.06.19撮影
艫掛の取り付け H27.06.19撮影

艫屋形の下部に艫掛を取り付けます。緋羅紗に金糸で刺繍された鳳凰で、緋羅紗地鳳凰肉入刺繍といいます。鳳凰が刺繍されたのは、江戸後期の文化年間ですが、記事の羅紗はさらに古いものだとか。また、艫掛の緋色は黒っぽい緋色であることも特徴的です。下水引一番と比べても赤の色が違うのがわかりますね。


"四"の半纏 H27.06.19撮影

ここで再度、大船鉾に携わる方の服装に注目して見ました。(先にご紹介した"凱"のTシャツはこちら)背中に"四"文字が入った半纏は大船鉾の曳き手の衣装です。大船鉾の鉾町である下京区四条町(しじょうちょう)の"四"の字。四条町は、明治以前は北四条町と南四条町に分かれ、一年交代で巡行を受け持っていたそう。


"舩"のTシャツ H27.06.19撮影

こちらの方は"船"の異体字""舩"が背中にあしらわれたTシャツを着ています。このTシャツを着ているのは、ほとんどがヘルメットをかぶっている方ですが、これらの方は皆さん、囃子方だそうです。高所の作業を行っているので、鳶の方かと思っていました。白いヘルメットにも"大舩鉾"の文字が入っています。

代表者の方?_H27.06.19撮影
代表者の方? H27.06.19撮影

こちらの方は服装や動き、また貫禄からおそらく、四条町大船鉾の代表の方ではないかと思われます。

雨よけビニールの取り付け_H27.06.19撮影
雨よけビニールの取り付け H27.06.19撮影

大きな雨よけビニールの取り付けが始まりました。ビニール無しでは、夜中に土砂降りになってしまったら、鉾や懸装品を痛めてしまいます。昨年見た先祭りの宵々山でも、ビニールをつけたまま公開していた山鉾もあったと思います。

力綱の確認_H27.06.19撮影
力綱の確認 H27.06.19撮影

黒い力綱を引っ張って、強度を確認しています。力綱は鉾の巡行の際、鉾の車輪の脇に乗り、扇子を持って掛け声をかける音頭取の命綱です。

雨よけビニールの取り付け_H27.06.19撮影
雨よけビニールの取り付け H27.06.19撮影

大金弊にも、きちんと雨よけのビニールをかけていきます。

本日の作業完了_H27.06.19撮影
本日の作業完了 H27.06.19撮影

20時40分過ぎに本日の作業が完了。明日の作業は朝9時から。まだ車輪がついていませんが、車輪は明日つけるそうです。皆さん、お疲れさまでした。

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2015.06.24 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【外・体】京都以外で京都を体験

【外・体】大船鉾が東京に!~“ほんまもん”だけ3DAYS 初日(6/19)その3

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ミニブログコーナー:1年位前から園芸に凝っていて、ベランダで色々な物を育てています。メインはアジサイですが、それ以外にもアサガオやひまわり、冷蔵庫で芽が出てしまった人参なんかも植えたり・・・。名前のわからない植物もあるんですが、鉢が増えすぎて、朝の水やりが30分程かかります。むやみに増やし過ぎたかな。お近くの方ならアサガオの苗、差し上げますよ。
大楫の取り付け_H27.06.19撮影
大楫(おおかじ)の取り付け H27.06.19撮影

船尾に、緋羅紗地肉入雲龍文の大楫が取り付けられています。

紙垂(しで)の取り付け_H27.06.19撮影
紙垂(しで)の取り付け H27.06.19撮影

船首の大金弊に金の紙垂を取り付けています。紙垂は独特の折り方をしているので、取り付けも大変そうです。

だらりの帯_H27.06.19撮影
だらりの帯 H27.06.19撮影

雨天のため、再度、舞妓さんの舞が中止になったので、今度はメインステージで簡単なインタビューと撮影会。先程、宮川町のとし恵美さん、とし純(すみ)さんが再登場です。人が少し減ったので、最前列で撮影出来ました。舞妓さんの象徴であるだらりの帯は、なんと6.5mもあるとか。

宮川町・とし恵美さん_H27.06.19撮影
宮川町駒屋・とし恵美さん H27.06.19撮影

柳の花かんざしを挿したとし恵美さんは、今年の2月に見世出しになった新人舞妓さんです。まだ幼さの残る顔が初々しい。
(京都市が主催者に含まれる公式イベントで、写真撮影も禁止でなかったため、以下、そのまま写真と動画を掲載させて頂きました。)

宮川町・とし純さん_H27.06.19撮影
"宮川町駒屋・とし純さん H27.06.19撮影

紫陽花の花かんざしを挿したとし純さんは、2012年に見世出しになった舞妓さんです。二人とも宮川町の駒屋という置屋に所属しています。ちなみに駒屋さん、一見さんでも入れるバーもやっているそうです。

大金弊_H27.06.19撮影
大金弊 H27.06.19撮影

ステージが終わってから、大金弊にオレンジの房がついたことに気付きました。大金弊の下に見えている前掛は、紅地雲龍青海文綴織。金弊のすぐ下からのぞいている顔は龍の顔です。こちらは復元新調したものだとのこと。

会場の様子_H27.06.19撮影
会場の様子 H27.06.19撮影

夜に入り、会場が次第に暗くなってきました。強くなったり弱くなったりしながらも、雨はずっと降り続いています。見物の人も少しづつ減ってきました。鉾も随分濡れているのではないかということが気になります。

障子?_H27.06.19撮影
障子? H27.06.19撮影

障子の様なものが運ばれてきました。私も知らなかったのですが、何に使うかは後ほどわかりますが、意外な使い方です。

七宝組房の取り付け_H27.06.19撮影
七宝組房の取り付け H27.06.19撮影

船尾の大楫(おおかじ)に七宝組房を取り付けています。大楫にあしらわれているのも緋に龍です。

船首に柱を建てる作業_H27.06.19撮影
船首に柱を建てる作業 H27.06.19撮影

船首に柱を建て始めました。屋根には人が二人上がっています。屋根は雨が降っていて濡れているので、かなり危険な作業です。

船首に柱を建てる作業_H27.06.19撮影
船首に柱を建てる作業 H27.06.19撮影

屋根の上の1人は、命綱を体に巻き付けています。両端を左右に伸ばして、下でそれぞれ人が引っ張っているという寸法です。

船首に柱を建てる作業_H27.06.19撮影
船首に柱を建てる作業 H27.06.19撮影

ステージ横の階段がある場所から、作業を撮影してみました。命綱を体に巻いているのがわかります。大船鉾のこの部分には何もないはずなのですが、何ができるのでしょうか。

雨よけの取り付け_H27.906.19撮影
雨よけの取り付け H27.906.19撮影

先ほどの障子の様な部材が取り付けられました。スタッフの方に伺って見た所、これは雨よけだそうです。実際には、それほど雨をよけられないとおっしゃっていました。夜のうちに紙が破けたりしないのでしょうか。

授与品の販売_H27.06.19撮影
授与品の販売 H27.06.19撮影

授与品の販売ブースに立ち寄ってみました。Tシャツの"凱"の文字が気に行ったので、文字の入った団扇を購入しました。値段は1,000円です。帰って玄関に飾りました。(続く)

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2015.06.23 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【外・体】京都以外で京都を体験

【外・体】大船鉾が東京に!~“ほんまもん”だけ3DAYS 初日(6/19)その2

カテゴリ【外・体】:京都以外で京都を体験~京都に行かなくても京都を体験できるイベントや場所の紹介です。


ミニブログコーナー:グランドフィナーレでの40人の芸舞妓さんの勢ぞろいは圧巻でした。ここで必殺ファンあるある。芸妓さん舞妓さんが、舞で扇子を開くとその先に刃が仕込んであると思ってしまう。舞が終わって退出すると、そのあと「あっ、死んでる」という声が聞こえてくるような気がする。あるある。
大船鉾と会場の様子_H27.06.19撮影
大船鉾と会場の様子 H27.06.19撮影

会場を俯瞰して見ました。雨天にもかかわらず、かなり人が入っています。200人程度はいるのではないでしょうか。周囲にあるのが物販のブースです。青いシートがかかっているのがメインステージ。

大船鉾_H27.06.19撮影
前掛房の取り付け作業 H27.06.19撮影

前掛に前掛房を取り付けています。付けられるのは下まで左右2本ずつ、計10本。ちなみに各部の名前は、四条町大船鉾保存会が発行している"祇園祭大船鉾復興の軌跡"を参照しました。

大船鉾_H27.06.19撮影
部材の運び込み H27.06.19撮影

必要な部材を次々、船内に運び込んでいます。部材に書かれているのは"西"、この部材は手前側(今、作業している方)の囃子方が坐る部分(のはず)です。

大船鉾_H27.06.19撮影
部材の運び込み H27.06.19撮影

こちらは"東"と書かれています。これは私の想像ですが、大船鉾の鉾町である四条町は新町通に鉾を建てるので、船首を烏丸通りに向けた時の位置で、東西を決めているのでしょう。

宮川町 とし恵美さん とし純(すみ)さん_H27.06.19撮影
宮川町 左からとし恵美さん とし純(すみ)さん H27.06.19撮影

18時過ぎ、舞が雨天のため中止になったかわりに、宮川町の舞妓さんが2人がステージに登場。簡単なインタビューと撮影会が行われました。

名入りうちわ_H27.06.19撮影
名入りうちわ H27.06.19撮影

とし純さんは名入りうちわも出ています。隣りは、テレビによく出る上七軒の勝也さんのうちわ。

大船鉾_H27.06.19撮影
跳勾欄(はねこうらん)の取り付け H27.06.19撮影

跳勾欄の取り付けが行われています。勾欄とは手すりのことで、飛び出している端の部分が、上に少し跳ねていることから、跳勾欄とよばれています。

大船鉾_H27.06.19撮影
大船鉾の天井部 H27.06.19撮影

軒裏を覗いてみました。鉾は軒裏も華美なものですが、他の部材同様、白木のまま。大船鉾は昨年巡行に復帰したばかりなので、実はまだ完成しているわけではないのです。今後の復興事業で漆塗りが予定されています。

大船鉾の車輪_H27.06.19撮影
大船鉾の車輪 H27.06.19撮影

鉾の車輪が脇に置かれています。成人男性の身長くらい、160~170cmはあるでしょうか。取り付けは明日になるそうです。

鉾を持ち上げる作業_H27.06.19撮影
鉾を持ち上げる作業 H27.06.19撮影

鉾を持ち上げる必要がある時は、てこを使って皆で鉾を持ち上げていました。持ち上げている間に手前の男性が木片を差し込んでいます。

大船鉾のTシャツ_H27.06.19撮影
大船鉾のTシャツ H27.06.19撮影

全員ではありませんが、作業をされている方の背中には"凱"の文字。これは"凱旋"の"凱"です。先祭の船鉾が神功皇后の三韓征伐に向かう様子を表しているので、"出陣の船鉾"とよばれるのに対し、大船鉾は、勝って戻ってきた"凱旋の船鉾"のとよばれているためです。

作業の様子_H27.06.19撮影
作業の様子 H27.06.19撮影

木槌を使う時は当て木をして、部材を傷つけないように慎重に作業しています。

魁力屋_H27.06.19撮影
魁力屋のブース H27.06.19撮影

少し疲れてきたので休憩がてら食事をすることにしました。外側にブースを出している、北白川の背脂醤油ラーメンの魁力屋(かいりきや)さんで食べることに。九条ねぎラーメンバトルで2年連続1位だそうです。最近、名前をよく聞く気がします。

魁力屋のラーメン_H27.06.19撮影
魁力屋のラーメン H27.06.19撮影

ラーメンは1杯税込みで500円。ちょっと小さな器ですが、麺が見えないくらいの山もりの九条ねぎが印象的です。中には、もやしとチャーシューも入っていて、麺は細麺。小さくても、随分と食べでがあるラーメンでした。スープはちょっとしょっぱい気がしました。

千年の都ダイニングBar_H27.06.19撮影
千年の都ダイニングBar H27.06.19撮影

私は会場内に出されたテーブルでラーメンを食べましたが、竹林と実際に水が流れる滝をあしらった"千年の都ダイニングBar"という場所がありました。1時間ごとの予約制で一般は入れないようですが、なかなか凝っています。

下水引一番_H27.06.19撮影
下水引一番 H27.06.19撮影

休憩しながら、下水引一番に注目してみました。緋羅紗地波濤飛魚文肉入刺繍(ひらしゃじはとうとびうおもんにくいりししゅう)です。緋羅紗の布に金糸で波濤と飛魚があしらわれています。文化年間の作品です。(今回は複製かもしれません)

大金幣の取り付け_H27.06.19撮影
大金幣の取り付け H27.06.19撮影

船首に立つ大金幣の取り付けが始まりました。房がついていないので十字架のようにも見えます。

房を船内に_H27.06.19撮影
紙垂(しで)の運び込み H27.06.19撮影

大金弊に取り付ける金の紙垂を船内に入れています。房の材質は何かわかりませんが、特殊な処理をした紙のように見えました。(続く)

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2015.06.22 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【外・体】京都以外で京都を体験

【外・体】大船鉾が東京に!~“ほんまもん”だけ3DAYS 初日(6/19)その1

カテゴリ【外・体】:京都以外で京都を体験~京都に行かなくても京都を体験できるイベントや場所の紹介です。


ミニブログコーナー:六本木のイベントのレポートを早速開始しました。既に2日で3,000枚以上写真撮っているので、上手くまとめられるかどうか。日曜日は芸舞妓さん40人の舞が13時からあるそうなので、また行ってきます。交通費だけでも大変そう。私みたいに高速バスってこともないでしょうからw
六本木ヒルズ森タワー_H27.06.19撮影
六本木ヒルズ森タワー H27.06.19撮影

六本木ヒルズに大船鉾がお目見えすると聞き、6/19の金曜日に六本木ヒルズに向かいました。祇園祭の鉾が、京都以外で見れるチャンスはまずありません。いそいそと17時前に到着すると、当日はあいにくの雨模様、傘無しでは歩けないほどの雨でした。森タワーも雨に煙っています。

大船鉾_H27.06.19撮影
大船鉾 H27.06.19撮影

鉾が建てられる場所は六本木ヒルズアリーナ。一般の入場はまだなのですが、横に階段がある場所なので高い所から大船鉾を見つけることができました。鉾はまだ船体と屋根の骨組みだけの状態です。以前に当ブログでも紹介しましたが、ヨドバシカメラのビルに展示されてた状態よりも、随分大きく感じます。朝から来てたら最初の組み立てから見られたんですね。

大船鉾_H27.06.19撮影
胴幕の取り付け H27.06.19撮影

赤と緑の胴幕が取り付けられています。下についているのは裾幕です。会場の外には、雨にもかかわらず100人弱の入場待ちの列が出来ています。このイベントは京都市、観光協会、JR東海が主催する、「“ほんまもん”だけ3DAYS」 というもので、夏の観光キャンペーンの40回記念として行われています。

大船鉾と会場の様子_H27.06.19撮影
大船鉾と会場の様子 H27.06.19撮影

17時開場に開場しました。一応、屋根付きの会場ですが、屋根が高いところにあるので雨が降り込んできます。ステージも椅子も濡れていて、傘をさしながら坐っている人もいました。

大船鉾と会場の様子_H27.06.19撮影
大船鉾と会場の様子 H27.06.19撮影

MCの女性も登場しましたが、雨のためメインステージはビニールシートがひかれ、びしょびしょの状態。仕方なく大船鉾の前に立っています。この日は舞妓さん2人の舞の披露が予定されていたのですが、結局雨で中止。この日は最後まで雨が降り続き、終わった頃にようやく止みました。(開場前に鉾を撮ったのは、写真の後ろの階段です。)

舞妓さんのうちわ_H27.06.19撮影
芸舞妓さんのうちわ H27.06.19撮影

会場内には芸舞妓さんのうちわが展示されていました。よくテレビに出る上七軒の勝音さんのうちわもあります。明後日には、40人合同の舞が披露されるそうです。

大船鉾_H27.06.19撮影
下水引一番の取り付け H27.06.19撮影

下水引一番を取り付けています。次第に華やかになってきました。大船鉾は祇園祭・後祭の山鉾巡行のしんがり(最後尾)をつとめる鉾で、幕末の蛤御門の変で焼失して以来、休み鉾になっていましたが、昨年、150年ぶりに巡行に復帰しました。

京都市長の乾杯_H27.06.19撮影
京都市長の乾杯 H27.06.19撮影

門川京都市長の乾杯の際には、場内に出店している佐々木酒造の日本酒が、来場者に振る舞われました。よく知られた話ですが、佐々木酒造は俳優の佐々木蔵之介さんの御実家。会場では、佐々木酒造をはじめ、祇園辻利や井筒八橋など、食品から工芸品まで著名なお店がブースを出しています。

大船鉾_H27.06.19撮影
欄縁の取り付け H27.06.19撮影

欄縁を取り付けています。先程の階段の上から作業を見ていました。階段を上がったり下りたり、腰が悪いので結構疲れます。

大船鉾_H27.06.19撮影
艫(とも)屋形 H27.06.19撮影

上から見ていてわかったのですが、部材には組みたての番号がふられています。艫屋形の屋上の床には"壱"弐"参"肆"伍"陸"と書かれているのが見えました。他にも"東"西"なども書かれています。確かに、はっきり書いておかないとわからなくなってしまいます。(続く)

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2015.06.21 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【外・体】京都以外で京都を体験

【季】都・青葉とアジサイのころ その2

カテゴリ【季】:京都の四季
~表情豊かな都の四季を題材にして、自由気ままに記します。写真が下手なのは御愛嬌、心意気を買って下さい。


ミニブログコーナー:大船鉾の鉾建を六本木ヒルズで見てきました。あいにくの雨空でしたが、舞妓さんの撮影もできました。鉾はあと車輪の取り付けのみ、明日の朝9時からなので、もう一回明日の朝行ってきます。明後日も、芸舞妓40人の枚があるそうなので、毎日、六本木に行くことになりそうです。
真如堂・参道_H27.06.06撮影
真如堂・参道 H27.06.06撮影

真如堂に到着です。参道の両側を新緑が出迎えます。緑で本堂が隠されているのが、神秘的ではありませんか。やはり紅葉の名所は新緑の名所です。

真如堂・五重塔_H27.06.06撮影
真如堂・五重塔 H27.06.06撮影

緑の中を、天に向かってすくっと突き抜ける五重塔。ひまわりの太い茎のような、初夏の躍動感を建物から感じ取りました。

真如堂・菩提樹_H27.06.06撮影
真如堂・菩提樹 H27.06.06撮影

本堂の前では菩提樹が花開いています。つい最近の開花だそうですが、花期が短いので運が良かったようです。お香の様なよい香りがふんわりと漂います。

鴨川納涼床_H27.06.06撮影
鴨川・納涼床 H27.06.06撮影

京都の夏といえば納涼床を忘れてはいけません。夜に撮るのは難しいので、帰り際に三条大橋から。スマホで撮影しました。この日はこれでおしまい。

智積院のアジサイ_H27.06.07撮影
智積院のアジサイ H27.06.07撮影

翌日は早起きして智積院へ向かいました。智積院は金堂の周りに、沢山のアジサイが咲いている、実は隠れた名所です。戒壇の向こうのの建物は大師堂。

智積院のアジサイ_H27.06.07撮影
智積院のアジサイ H27.06.07撮影

朝の智積院は本当に静かです。観光客もほとんどなく、朝のお勤めで移動する若いお坊さんが私にも、挨拶の声をかけて下さる。朝の散歩に智積院はおススメです。

智積院のアジサイ_H27.06.07撮影
智積院のアジサイ H27.06.07撮影

金堂周りのアジサイ、まったく手入れをしてないことは無いと思うのですが、ほぼ自然に近い状態"野アジサイ"な感じです。綺麗に整えられているアジサイばかりを見ていると、こういうのも大粒のダイヤモンドのようなアジサイもワイルドで魅力を感じます。

八坂の塔_H27.06.07撮影
八坂の塔 H27.06.07撮影

東福寺と同じく、今年の夏の"そうだ京都"のCMと同じアングルで撮影してみました。この道を女性が自転車で走り抜けて行きます。普段は混雑していますが、日曜日でもまだ朝なので人は少なめ。

烏丸通りのアジサイ_H27.06.07撮影
烏丸通りのアジサイ H27.06.07撮影

烏丸通り挟んで、東本願寺の向かいの旅館街の前もアジサイが綺麗です。従業員の方が手入れされていると思われる路傍のガクアジサイが鮮やか。

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2015.06.20 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【季】京都の四季

【季】都・青葉とアジサイのころ その1

カテゴリ【季】:京都の四季
~表情豊かな都の四季を題材にして、自由気ままに記します。写真が下手なのは御愛嬌、心意気を買って下さい。


ミニブログコーナー:Twitterではお知らせしましたが、今日から六本木ヒルズに大船鉾がやってきます。17時から鉾建てだそうなので16時くらいから行ってようかなと思ってます。東京まで持ってこれるのは新しい鉾だからでしょうね。今から楽しみにしてます。
東福寺通天橋_H27.06.06撮影
東福寺通天橋 H27.06.06撮影

緑に覆われた東福寺通天橋を臥雲橋から撮影しました。今年の"そうだ京都"のCMの最後の方と同じ構図で。

東福寺方丈北庭_H27.06.06撮影
東福寺方丈北庭 H27.06.06撮影

緑は葉っぱだけのものではありません。苔の緑も色鮮やか。市松模様がより引き締まります。

東福寺洗玉澗(せんぎょくかん)_H27.06.06撮影
東福寺洗玉澗(せんぎょくかん) H27.06.06撮影

東福寺は谷の地形を巧みに利用して、絶景を演出しています。通天橋の下を流れる洗玉澗が涼しげです。

塩小路橋の桜の木_H27.06.06撮影
塩小路橋の桜の木 H27.06.06撮影

春に空恐ろしくなるくらい、咲き乱れる鴨川の塩小路橋の桜の木。春に思い切り咲く力を、今のうちから蓄えているのでしょう。

ハトヤ瑞鳳閣のアジサイ_H27.06.06撮影
ハトヤ瑞鳳閣のアジサイ H27.06.06撮影

京都駅近く、塩小路通りに面するハトヤ瑞鳳閣の北東の角に大粒のアジサイがたくさん咲いています。昨年から自宅でアジサイを挿し穂から3鉢育てているので、街角のアジサイはどうしても気になります。

夏の大文字_H27.06.06撮影
夏の大文字 H27.06.06撮影

以前、冬の大文字を紹介しましたが、2ヶ月後の送り火を待つ、夏の大文字です。確か聖護院の辺りから撮影したと思います。

金戒光明寺瑞泉院前のアジサイ_H27.06.06撮影
金戒光明寺瑞泉院前のアジサイ H27.06.06撮影

こちらも私が好きなアジサイスポットです。白壁にアジサイの葉と花がよく映えます。花びらはまだ緑の花弁が混じっています。満開まであと少し。

金戒光明寺瑞泉院前のアジサイ_H27.06.06撮影
金戒光明寺瑞泉院前のアジサイ H27.06.06撮影

路地の奥に見える赤い門は、金戒光明寺の塔頭・長安院の門です。この構図は昔から気に入っています。奥行きがある写真になっていますか?

黒谷墓地_H27.06.06撮影
黒谷墓地 H27.06.06撮影

黒谷墓地の桜のトンネルは、緑のトンネルです。この景色も私のお気に入りの一つ。

会津墓地_H27.06.06撮影
会津墓地 H27.06.06撮影

この時期の会津墓地は雨など降っていると、しっとりして本当に風情があるのですが、曇っていた天気も良くなり、周囲も工事中で機械の音が響いていてちょっと残念。

西雲院の蓮_H27.06.06撮影
金戒光明寺西雲院の蓮 H27.06.06撮影

西雲院は本堂の前に多くの蓮の鉢が並んでいます。(写真は一部分です) まだ時期が早いのはわかっていましたが、見ずにはいられず顔を出してみました。

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2015.06.19 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【季】京都の四季

【歩・過】東海道五十三次踏破・三島~その1

カテゴリ:【歩・過】京都まで歩く(日本橋~金谷)
~2010年からスタートして現在中断中の、東海道を日本橋から京都まで歩く企画の過去分です。ここでは日本橋~金谷までを取り上げます。途中の文章もその当時に書いたものです。


2010年5月22日の記録

8:30自宅を出発、横浜より東海道線で三島へ向かう。三島から伊豆箱根駿豆線で三島二日町駅下車

跨線橋からの富士山_H22.05.22撮影
跨線橋からの富士山 H22.05.22撮影

11:37 前回、道を間違えて終了した国道1号の伊豆箱根駿豆線の跨線橋上より本日はマイナスからのスタート。道を間違えて終了した場合は、終了地点からスタートして正しい道に復帰するのが自分で決めたルール。ガスっているが富士山が橋上から見える。ここから1.3kmほど坂を上って正しいルートを目指す。

11:51 谷田東小山交差点で正しいルートに復帰。三島大社まで1.5kmの地点。ここから国道1号を外れて県道22号三島富士線を歩く。空は曇っているが雲の間から陽が強めに刺しているので既に汗ばんでいる。歩くと正面に富士が見える。富士を正面に歩くのは実に気持ちがよい。

三島への案内板_H22.05.22撮影
三島への案内板 H22.05.22撮影

11:59 T字で右が三島、左が箱根宿の案内板を発見。

正しいルート(旧道)に復帰したと思って歩いていたルートが正しくないらしい。旧道を歩くなら左の箱根宿の方角からこのT字に出てこなければならなかった。再度、戻って歩き直そうか考えたが、地図も無いためにどこまで戻れば良いのかがわからない。思案の末、ここは諦めることにした残念ながら、旧道を1箇所取りこぼしてしまった。伊豆箱根駿豆線の跨線橋から谷田東小山交差点ではなく、さらに2つ先の五本松交差点まで戻ればよかったことがあとでわかった。なんでもそうだが、事前調査の手を抜いたのが失敗のもとだった。

三島大社大鳥居_H22.05.22撮影
三島大社大鳥居 H22.05.22撮影

12:09 三島大社。三島大社は伊豆国一宮・総社で、戦前では官幣大社に位置づけられた格式の高い社である。創建より2000年余と伝えられている。折角なので参拝することにした。

三島大社拝殿_H22.05.22撮影
三島大社拝殿 H22.05.22撮影

大きな錦鯉がたくさん泳ぐ池の間を通って拝殿へ向かう。敷地内はそれほど広く。家族連れも目立ち、どちらかといえば明るい雰囲気である。拝殿で参拝。書かれている正式な参拝方法で旅の安全を祈ってみた。ちなみにこのブログの読者の方は拝殿と本殿の違いをご存じだろうか?皆さんが参拝をするさい銭箱や鈴があるのが文字通りの拝殿でその奥にあるのが本殿である。本殿はご神体が安置されているため殆ど一般人が立ち入ることはない。気をつけて見ると拝殿の後ろ側にある小さめの建物が本殿である。

三島大社末社_H22.05.22撮影
三島大社末社 H22.05.22撮影

大きな神社に行くと神社の中に小さな神社がたくさんある。これらの神社内神社を摂社、末社という。摂社の方が格式が高いが、摂社、末社ともに、神社本体の神に所縁のある神が祀られている。とりまきのことを末社というのもここから来ている。神様には大変失礼な言い方だが、“芸者も末社も”という云い方もしたりするほどだ。たくさんあるだけあって集合住宅のような末社もある。個人的には神社マンションと呼んでいる。

三島大社舞殿_H22.05.22撮影
三島大社舞殿 H22.05.22撮影

ある程度の規模の神社だと、拝殿の前にある正方形の舞殿があったりする。ここは神楽を奉納するステージである。

三島宿の古い建物_H22.05.22撮影
三島宿の古い建物 H22.05.22撮影

12:20 三島大社を出発。三島広小路というメインストリートを歩く。確か、20年近く前だと思うが、バイク旅行で、夜、東京を出たものの、すぐに雨に降られて三島で泊まってしまったことがある。今歩いている広小路にホテルが何軒かあるが、どこだかどうしても思い出せない。市役所中央町別館の脇には問屋場跡の案内板がある。この辺りがちょうど宿場の中心だったのだろう。街自体はどこにもあるビルばかりだが、2件ほど古い建物が店になっており、かつての宿場町から発展してきた三島宿の雰囲気を感じさせる。

からくり人形_H22.05.22撮影
からくり人形 H22.05.22撮影

12:26 静岡銀行の脇にからくり人形。写真ではわからないが動いているのが可愛らしい。

世古本陣の碑_H22.05.22撮影
世古本陣の碑 H22.05.22撮影

そのあとすぐに三島宿の本陣の世古本陣跡。今は跡を示す石碑しか残っていない。

桜屋_H22.05.22撮影
桜屋 H22.05.22撮影

12:30 伊豆箱根駿東線の踏切手前で本日最大の楽しみである鰻屋の桜屋に到着。創業が安政3年というからかなりの老舗だ。予約をした方がよいといわれていたが、前日に電話をしたら予約は受け付けていないとのこと。入り口には警備員が1人いて順番待ちの人を仕切っている。早速順番表に名前を記入しようとしたら4枚目と書かれているのに驚いた。警備員の無線を聞いていると30-40人程待っている人がいるらしい。店の周りでも20人ほどが待っている。

三石神社の時の鐘_H22.05.22撮影
三石神社の時の鐘 H22.05.22撮影

時間がありそうなので店の周辺をぶらぶら。店の隣は三石神社。今晩祭りの予定なのか露店が出ている。境内の時の鐘は江戸時代に時を知らせていた鐘を昭和25年に再建したもの。太平洋戦争に供出されたそうだ。

桜屋の蒲焼定食_H22.05.22撮影
桜屋の蒲焼定食_H22.05.22撮影

12:45 意外に早く名前が呼ばれて入店。6人掛けのテーブルに案内され、隣の椅子に荷物をおいても良いと言われた。混んでいるからと言ってギュウギュウ詰めというわけではなさそう。さすがに店内の写真撮影は控えたが、木造の民家風の造りで2Fにも客席がある。60-70席位はありそうだ。折角なので3670円の蒲焼定食を注文。残念ながらグルメの才能は持ち合わせていないので気の利いた表現ができないのだが、肉厚の鰻とタレが美味しいのは間違いない。蒲焼以外の小鉢にもふんだんに鰻が使われていて、この値段を払っても後悔はない。接客も老舗にありがちな横柄、高慢な対応は無く、混んでいるにもかかわらず店員さんも豆にお茶を注いでくれるなど、これは店が繁盛するはずだ。そういえば日本橋から歩きだして土地のものを食べたのはここが初めてだ。

桜屋のHP
http://www.sakura-ya.net/

13:18 スタート。伊豆箱根駿東線の踏切を渡る。踏切の脇はすぐ三島広小路駅。県道145号三島沼津線を歩く。踏切を越えると、店などはあるもののよくある田舎の国道の佇まい。

清水町の案内板_H22.05.22撮影
清水町の案内板 H22.05.22撮影

13:30 大河資生堂という化粧品屋の辺りで新宿2丁目清水町に入る。現在、静岡市に編入された現在の静岡市清水区(旧清水市)と間違いがちだが、ここは清水町。

こうじ製造所_H22.05.22撮影
こうじ製造所 H22.05.22撮影>

すぐに千貫樋交差点。そこから100m程行くと実に年期の入ったこうじ製造所の看板を出した建物がある。

常夜燈_H22.05.22撮影
常夜燈 H22.05.22撮影

正面には常夜灯が再現されている。沼津まで1里(3.9km)の表示。一里は一般的には4kmとされているが、正確には約3.927kmである。

蔵のある米屋_H22.05.22撮影
蔵のある米屋 H22.05.22撮影

13:39 伏見南バス停手前で蔵付きの米屋がある。昭和期の建物とは思うが、さすが旧街道沿い。味のある建物だ。

宝池寺の一里塚_H22.05.22撮影
宝池寺の一里塚 H22.05.22撮影

13:43 宝池寺の一里塚。江戸から29番目の一里塚になる。街道を挟んで反対側の玉井寺にある一里塚と対になっている。

玉井寺の一里塚_H22.05.22撮影
玉井寺の一里塚 H22.05.22撮影

玉井寺の一里塚は作られた当初のままとのこと。

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2015.06.18 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【歩・過】京都まで歩く(日本橋~金谷)

【行・帰】ウェルカムライナー LR0002便(高速バス・下り)

カテゴリ:【行・帰】京都への足・からの足
~京都へ行く、京都から帰ってくる交通機関についてレポートします。出発地は東京または横浜です。データ重視。


ウェルカムライナー LR0002便_H27.06.05撮影
ウェルカムライナー LR0002便 H27.06.05撮影


運行会社名中央交通バス(株)
ブランド名ウェルカムライナー
乗務員2名
バスタイプ3列シート・トイレ付
経路東名利用
利用日時H27年6月4日(木)~5日(金)
出発時間/到着時間23:16/06:08
出発地/到着地新宿南 新宿南側バス駐車場/大阪・梅田
休憩海老名他
費用大人3,500円(税込、楽天トラベル利用)


・出発場所の新宿南側バス駐車場は、新宿駅から甲州街道を渡って代々木駅方面に進んだ左側。バスが3台ほど泊まれる駐車場で、小さいですが待合などもあるのですぐわかります。新宿駅の西口から5分程度の距離です。
・どこまで信頼性があるかわかりませんが、"貸切バス事業者安全性評価認定制度"というものがあるのに気が付きました。(今回のバスは未認定のようです)
・価格が税込3,500円と今までの中で最安でした。平日夜の出発だったからでしょうか?この価格なら助かります。
・ディズニーランド発で、私が乗る新宿が最後の乗車地だったので、落ち着いて休むことが出来ました。
・3列独立ではなく、3列シート。2列になった方の奥側でした。ただ他の席が空いていたので、隣の人が違う席に移ってくれて楽でした。
・オプションはひざかけあり。使い捨てのスリッパもあり。
・乗車後のアナウンスでアルコール禁止の注意はありませんでした。
・座席の座り心地が妙に悪かった気がします。眠れはしましたが、腰が痛くなりました。
・今回は大阪の親戚に用事があったため、大阪下車になりましたが、途中京都竹田着は06:03でした。

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2015.06.17 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【行・帰】京都への足・からの足

【歩・過】東海道五十三次踏破・箱根越え下り~その4

カテゴリ:【歩・過】京都まで歩く(日本橋~金谷)
~2010年からスタートして現在中断中の、東海道を日本橋から京都まで歩く企画の過去分です。ここでは日本橋~金谷までを取り上げます。途中の文章もその当時に書いたものです。


【もしも箱根にスフィンクスが出てきたら】
(サブタイトルは必殺シリーズ風。今回は必殺仕切人)

小時雨坂のカーブ_H27.05.01撮影
小時雨坂のカーブ H27.05.01撮影

18:06 小時雨坂のカーブ、坂公民館のあるところで旧道に入る。ここはうっかり通り過ぎてしまうトラップなので要注意。私も実際、通り過ぎそうになった。坂公民館の前でY字に分かれており、進行方向向かってY字の右側が低くなっている。そこを坂小学校の裏に入っていくような形。地図を見ればすぐわかると思う。

題目坂_H27.05.01撮影
題目坂 H27.05.01撮影

18:10 小学校の裏で細い坂道に入る。この坂道は題目坂という。

七面堂の旧址_H27.05.01撮影
七面堂の旧跡の碑 H27.05.01撮影

細いアスファルトの坂_H27.05.01撮影
細いアスファルトの坂 H27.05.01撮影

足利尊氏の七面堂跡の碑がある。細いアスファルトの坂は途中で階段になる。

征馬記念碑_H27.05.01撮影
征馬記念碑 H27.05.01撮影

18:13 バス通りへ合流。この坂小の界隈は市山新田と言う。新田とつく地名が多いのは江戸時代に開発された土地だからだろう。少し行くと征馬記念碑がある。征馬の意味がよくわからないが、旅に乗る時乗る馬もしくは戦場におもむく馬という意味だそうだ。

十二体の六地蔵_H27.05.01撮影
十二体の六地蔵 H27.05.01撮影

18:18 道の脇に赤い帽子をかぶったお地蔵さんの集団がいる。地図には六地蔵との表記があるが、お地蔵さんは全部で12体。

旧道_H27.05.01撮影
旧道 H27.05.01撮影

旧道_H27.05.01撮影
旧道 H27.05.01撮影

18:20 臼転坂で旧道へ。そろそろ日没が近くなってきた。もしこの道が長かったら、街灯も無いので途中で断念せざるを得なくなる。

馬頭観音の碑_H27.05.01撮影
馬頭観音の碑 H27.05.01撮影

3分後、馬頭観音の碑の所でフラッシュで写真を撮らないと写せないほど暗くなってきた。

すぐに塚原新田で普通の車道に合流。ここの旧道が短くて良かった。おそらく、ここから先はもう旧道は無いだろうと判断し、本日初の休憩。道路わきに腰掛けて缶コーヒーを飲む。甘いコーヒーは普通飲まないのだが、この時ばかりは疲れているので微糖のコーヒー。7分程休んで出発したが、すでに日没直前。

国道1号_H27.05.01撮影
国道1号 H27.05.01撮影

18:41 塚原新田交差点で街明かりが見えてくる。ここで1号に合流。

箱根路の碑_H27.05.01撮影
箱根路の碑 H27.05.01撮影

すぐに箱根路の碑があるがちょっとしたトラップがあって再度回る形で300m程歩きなおす。ガイドブックにはバイパス合流点に箱根路の碑があると書いてあるので、箱根路の碑の前に国道に合流してはいけないのだろうと考えた。こうなってくると疲れていても意地になってくる。辺りはもう夜だ。

錦田の一里塚_H27.05.01撮影
錦田の一里塚 H27.05.01撮影

18:54 松並木が始まり、三島まであと4kmの表示。フラッシュが届かない範囲はもう写真が撮影できない。2分程歩くと 錦田の一里塚。江戸から28番目。箱根東坂の畑宿一里塚と同じく国道を挟んで向かい合っているものが残っているののは貴重。

19:06 五本松交差点。GSの中にローソンが併設されている。本日スタート以降、初めてコンビニを見る。

愛宕坂_H27.05.01撮影
愛宕坂 H27.05.01撮影

19:13 長い坂道をずっと下り続けている。この坂道が最後の愛宕坂らしい。疲れで足が上がりづらくなり、躓くことが多くなった。

19:20 谷田東小山交差点。らあめん花月があるがここは我慢。この辺りで坂は下りきったはず。ようやく完全に市街地に入り、ヤフーの地図が普通に使える場所まで辿り着いた。グランドでナイターのサッカーをしている少年チームがある。静岡はサッカーが盛んであることを思い出した。

19:33 箱根登山鉄道の陸橋。ここで道を間違っていたことに気づく。旧東海道は先程の谷田東小山の交差点を右に三島大社方面へ入らなければならなかった。戻る気力がもう無いため、本日はここで終了。三島駅まで歩こうとしたが、途中で断念。タクシーで駅まで行き、新幹線で東京へ。足の痛みがひどいため、マッサージに行くも、3,4日は腰と足の筋肉痛に悩まされた。

元箱根バス停~三島駅周辺 ()は日本橋からの累計。
時間:5時間26分(33時間50分)
歩行距離:18.93km(108.32km)

かかった費用
飲食代:510円
交通費:6,990円(桜新町駅~元箱根バス停 三島駅周辺~桜新町駅)
入場料:500円
マッサージ:3,200円
合計:1,1200円(40,958円)

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2015.06.16 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【歩・過】京都まで歩く(日本橋~金谷)

【滞】所用のついでに青葉の京都巡り 6/6その2~6/7

カテゴリ【滞】:京都での滞在記録
~備忘録も兼ねた京都での行動記録です。基本、取材旅行の過密スケジュールなので観光の参考にはならないと思います。


ミニブログコーナー:最近、先輩の誘いでバンドを始めました。失業中でも明るく楽しく過ごすのです。先日と同じく、私はベース担当。今、毎日、BOOWYの"Marionette"と"NO NEWYORK"を練習してます。
6月6日(金)の滞在記録の続き
真如堂山門_H27.06.06撮影
真如堂山門 H27.06.06撮影

真如堂にやってきました。本堂前の菩提樹の開花が始まっていて、いい香りがしています。こちらも東福寺同様、紅葉の名所は若葉の名所です。真如堂は人出もそれほど多くないので、ゆっくりと過ごすことができました。本堂に上がったり、五重塔の下で一休み。

御金神社_H27.06.06撮影
御金神社 H27.06.06撮影

そういえば御金神社に金の鳥居があったことを思い出して、西洞院通御池へ向かいました。神域は小さい神社ですが、入口には金色に光る鳥居!そもそもは金属の神様ですが、現在は金運の神様ということで、参拝者がひっきりなしに続いていたのも印象的でした。この時点で時間が四時半過ぎています。今日一日、泊まろうかどうしようか悩んでいたのですが、やっぱり泊まることにしました。とりあえず自転車を返すべく、堀川通を京都駅へ下ります。

ホワイトホテル_H27.06.06撮影
ホワイトホテル H27.06.06撮影

楽天トラベル、朝の時点で安いホテルはどこも空いていなかったのですが、夕方になるにつれ、多分キャンセルが発生したのでしょう。駅から5分のホワイトホテルを予約することが出来ました。実は楽天ポイントが3万貯まっていたので、今回は往復のバス代もホテル代もお金払っていません。このあとは夜から、恒例の"大人の魂京都。四条河原町の回転寿司で夕食→もみの木ハウスのマッサージまでは良かったのですが、12時過ぎに京都駅まで戻ってしまい、飲む所がほぼやっていなく、魚民で1人で飲むというていたらくでした。

6月7日(土)
青葉まつりの開催予定地_H27.06.07撮影
智積院青葉まつりの開催予定地 H27.06.07撮影

帰りのバスは正午発なので、早起きして午前中を有効活用。7時半に徒歩でホテルを出て、智積院へ。前にも早朝訪れたことがあるのですが朝の智積院は、静かで本当に気持ち良い。通るお坊さんもみんな挨拶をしてくれます。お目当ての金堂周辺のアジサイは見事に咲き誇っていました。こちらも蓮はやっぱりまだ。そういえば智積院は15日から青葉まつり。2年前取材に来たのを懐かしく思い出しました。

八坂の塔_H27.06.07撮影
八坂の塔 H27.06.07撮影

東大路通りを上がり、五条坂を越えて、八坂通りから八坂の塔を仰ぎます。TVでもお馴染みの風景ですが、ここから見える八坂の塔が一番美しい。このまま、まだ人の少ない八坂通りを進んでいきます。人の少ない時間を利用して、結婚式用の写真をプロカメラマンと撮影している新婚さんもいました。"そうだ京都"の八坂の塔の近くを自転車で通り抜けるシーンも同じアングルで撮影。

三年坂_H27.06.07撮影
三年坂 H27.06.07撮影

三年坂の辺りまで来ると、9時を過ぎたのでボチボチ人が出てきています。ここでも修学旅行を目一杯楽しむ、男女混合の中学生のグループが初々しかったです。三年坂を上がったら、そろそろホテルのチェックアウトの時間なので五条坂を下ります。五条のすき家経由で東本願寺の前の旅館のアジサイをチェックしてホテルへ戻りました。このあとは八条口のバス停から、初めて高速バスで東京へ戻りました。

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2015.06.15 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【滞】京都での滞在記録

【歩・過】東海道五十三次踏破・箱根越え下り~その3

カテゴリ:【歩・過】京都まで歩く(日本橋~金谷)
~2010年からスタートして現在中断中の、東海道を日本橋から京都まで歩く企画の過去分です。ここでは日本橋~金谷までを取り上げます。途中の文章もその当時に書いたものです。


【もしも箱根にスフィンクスが出てきたら】
(サブタイトルは必殺シリーズ風。今回は必殺仕切人)

諏訪駒形神社の鳥居_H22.05.01撮影
諏訪駒形神社の鳥居 H22.05.01撮影

17:03 山中新田で国道一号に合流。目の前は山中城址。日本百名城の40番目で国の史跡に指定されて5月の第3日曜日には山中城祭りが開催される。戦国期には山中城は小田原の支城の一つであったが、秀吉の小田原征伐で激戦が行われた後、廃城となった。鳥居は駒形諏訪神社の鳥居。

弥次喜多の道路標識_H22.05.01撮影
弥次喜多の道路標識 H22.05.01撮影

この辺りから可愛らしい弥次さん喜多さんのイラストの標識などが幾つか現れ出す。でも実は原作では、喜多さんは元々は弥次さんの馴染みの陰間(男娼)というとんでもない設定になっている。子供には説明できないので、一般的には無かった話になっているのだろう。


旧道の入り口_H22.05.01撮影
旧道の入り口 H22.05.01撮影

17:11 山中城址交差点 山中城の出丸があったあたりになる。ここでガイドブックに載っていない旧道の入り口が現れた。ガイドブックが発行された後に整備された旧道だろう。

司馬遼太郎の碑_H22.05.01撮影
司馬遼太郎の碑 H22.05.01撮影

司馬遼太郎の碑の碑文_H22.05.01撮影
司馬遼太郎の碑の碑文 H22.05.01撮影

17:15 私の敬愛する作家・司馬遼太郎氏の碑。彼と箱根の関わりはよくわからないが奥が深そうな碑文である。

木橋_H22.05.01撮影
木橋 H22.05.01撮影

木橋_H22.05.01撮影
木橋 H22.05.01撮影

旧道_H22.05.01撮影
旧道_H22.05.01撮影

すぐ脇に木橋がかかっている。石橋木橋フェチのため時間の無いことも忘れてとりあえず階段を下りて橋まで行ってみる。橋げたは木製ではなくコンクリート製のようなので少し興ざめした。旧道に戻って再スタート。少し歩くと左側に四季遊山というNPOの敷地になっている。HPを拝見したが何のNPOなのかよくわからない。

三島の街_H22.05.01撮影
三島の街 H22.05.01撮影

17:19 国道1号へ合流。しばらく歩くと三島の街が見えてきた。

松尾芭蕉の句碑_H22.05.01撮影
松尾芭蕉の句碑 H22.05.01撮影

17:26 富士見平の食堂。ガイドブックによると西坂唯一の食堂とあるが、先程うなぎやが1軒あった。これも後からできたものなのだろう。いずれにしても西坂に入ってから、食事を出す店はこの2軒しか見ていない。店の前には立派な芭蕉の句碑がある。

旧道_H22.05.01撮影
旧道 H22.05.01撮影

すぐにまたガイドブックには無い旧道。そろそろ旧道の石畳も見飽きてきて感動も薄い。今日は出発が遅かったため全く休んでいないことに気が付いてしまった。

旧道_H22.05.01撮影
旧道 H22.05.01撮影

歩いていると脇の茂みがガサガサと音を立てている。野犬でも居るのかと思い、殺気立ったが良く聞くと鳥が餌でも探しているような感じだ。人気が無いし疲れているしで、つまらないことでも大げさに考えてしまう。

17:33 笹原新田で国道に合流。ひたすら歩く。そろそろもう石畳は出来てこないでくれというのが正直な気持ちだ。

こわめし坂へ_H22.05.01撮影
こわめし坂へ H22.05.01撮影

17:42 国道を右折。こわめし坂に向かう。

道祖神_H22.05.01撮影
道祖神 H22.05.01撮影

脇には2体並んだ道祖神。

アスファルトの急坂_H22.05.01撮影
アスファルトの急坂 H22.05.01撮影

17:49 アスファルトの道にしては相当な急坂に入る。(下の写真の車庫と道の勾配を比べて見てほしい)坂が急すぎるのと疲れで足がガクガクしてくる。風景としては横浜の権太坂辺りと大差無いが実はまだ山の中なのだ。

昔のガチャガチャ_H22.05.01撮影
昔のガチャガチャ H22.05.01撮影

17:51 三ツ谷新田でバス通りに合流する。またひたすら歩く。雑貨屋の店先で昔のガチャガチャ発見。1回の金額は100円だが機械自体は私が子供のころ1回20円だったころと同じ機械だ。

富士山_H22.05.01撮影
富士山 H22.05.01撮影

18:00 遠くに富士山が見える。はっきり見えないが形からして間違いないはずだ。日本橋から歩き始めて富士山が見えたのは今回が初めてだ。(続く)

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2015.06.15 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【歩・過】京都まで歩く(日本橋~金谷)

【滞】所用のついでに青葉の京都巡り 6/6その1

カテゴリ【滞】:京都での滞在記録
~備忘録も兼ねた京都での行動記録です。基本、取材旅行の過密スケジュールなので観光の参考にはならないと思います。


ミニブログコーナー:一部の方には直接、ご挨拶させて頂きましたが、先日、調停で離婚が成立致しました。悩まされていた問題が一つ解決し、色々と励まして頂いた方、本当にどうもありがとうございます。今後も一歩ずつ、確実に進んでいこうと思います。
6月6日(金)の滞在記録

蓬莱_H27.06.06撮影
朝の蓬莱 H27.06.06撮影

親戚に所用ができ、急遽、高速バスで大阪に向かうことに。大阪に一泊後、このまま帰る手は無いと、いつものようにJR京都線で京都にやってきた次第です。開店直後の蓬莱さん、まだすいてますね。曇天ですが所々、青空も見えていて予想のつかない天気ですが、降らないにかけていつものように八条口のecoトリップさんで自転車をレンタルします。

修学旅行の女子高生_H27.06.06撮影
修学旅行の女子高生 H27.06.06撮影

最初の目的地は東福寺です。紅葉で有名な東福寺ですが、私は青紅葉の東福寺の方が好きです。人出もそれほど多くないし、青葉に埋もれた通天橋は、生きる者の力強い生命力を感じます。(季節の写真は、明日以降の"京都の四季"カテゴリでご紹介します。)通天橋では、着物で修学旅行に来ている高校生の団体がいました。スマホで慌てて撮った写真はピンボケですが、後ろ姿で女の子の弾む心が表現できた気がして、この写真は好きです。"そうだ京都"の動画も持って行ったので、画面を見ながら同じアングルで通天橋も撮影。また、東福寺では初めて重森三玲の方丈の庭園も見学しました。

不動明王院と道祖神社_H27.06.06撮影
不動明王院と道祖神社 H27.06.06撮影

今日は急遽決まった訪問なのでコースを決めていません。気の向くままに、自転車のハンドルをくねらせます。東福寺を出たら、早速、雨が。米屋さんの軒先で雨宿りをします。10分位で雨が上がったので、出発。塩小路通りのハトヤ瑞鳳閣のアジサイが見事です。そうこうするうちに、駅前の不動明王院と道祖神社へやってきました。こちら、前からどんな所なのか、ずっと気になっていたのです。不動明王院は弘法大師空海ゆかりの寺、道祖神社は縁結びの神社で京都駅に最も近い神社ではないかと思います。

元気やの250円弁当_H27.06.06撮影
元気やの250円弁当 H27.06.06撮影

気がつくとお昼近くに。今回も前回同様、元気やの250円弁当を頂くために、堀川通りを上がって四条堀川へ。これで締めて394円はやっぱり安すぎです。前回は、この弁当を先斗町公園まで自転車の前かごに入たため、ぐしゃぐしゃになってしまい写真を撮れませんでした。手持ちでそろそろと、川端御池の鴨川沿いのベンチまで持って行き頂きます。チキン南蛮弁当、美味しいです。満腹満足。

須賀神社_H27.06.06撮影
須賀神社 H27.06.06撮影

今年の"そうだ京都"のキャッチコピーは
「初夏に私は「秋のガイドブック」を開きます。
紅葉の名所は、すなわち
新緑の名所ですから。」

ですが、これ、いつも私もそう思ってました。確かに裏ワザです。午後はそれに従い、金戒光明寺から真如堂に行ってみることにしました。写真は、途中通りかかった須賀神社です。岡崎神社の東天王社に対して西天王社とよばれています。交通神社も分祀されていることで知られる神社で、聖護院の真ん前。初めてここにあることに気付きました。

アフロ石仏のこんぺいとう_H27.06.06撮影
アフロ石仏のこんぺいとう H27.06.06撮影

金戒光明寺は高麗門から三門の辺りが工事中。この時期、恒例の瑞泉院のアジサイを観賞してから、御影堂へ御参りに上がります。何となくお土産コーナーを見ていると、アフロ石仏のグッズが売っているではありませんか。仏像好きのみうらじゅん先生のアナウンスのおかげでしょうか?金戒光明寺も推しているようで、写真のこんぺいとうは5色用意されています。(アフロ石仏は以前に当ブログでも"結果的にファンキーになってしまった仏様"でご紹介しています。)

民家の猫_H27.06.06撮影
民家の猫 H27.06.06撮影

自転車なので黒谷墓地を抜けるコースでなく、西側から北上して東へ折れる形で真如堂方面へ向かいます。途中の民家の駐車場で猫の親子がくつろいでいます。猫好きなので、しばし足を止めて写真を撮ります。実際には親猫1匹と子猫4匹いました。その後、ちょっと期待していた西雲院の蓮はまだまだで、隣の会津墓地は工事中でちょっと騒がしかったです。(続く)

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2015.06.14 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【滞】京都での滞在記録

【歩・過】東海道五十三次踏破・箱根越え下り~その2

カテゴリ:【歩・過】京都まで歩く(日本橋~金谷)
~2010年からスタートして現在中断中の、東海道を日本橋から京都まで歩く企画の過去分です。ここでは日本橋~金谷までを取り上げます。途中の文章もその当時に書いたものです。


【もしも箱根にスフィンクスが出てきたら】
(サブタイトルは必殺シリーズ風。今回は必殺仕切人)

15:17 上り切って国道1号に合流。箱根新道の箱根IC入り口地点。周囲が見えない場所を歩いてきたために方向を失うが、ここは1号を左へ進む。

箱根くらかけゴルフ場の入口_H22.05.01撮影
箱根くらかけゴルフ場の入口 H22.05.01撮影

15:22 箱根くらかけゴルフ場入り口。ここを左に入って上る。

芦ノ湖_H22.05.01撮影
芦ノ湖 H22.05.01撮影

ここがトラップ地点。以下、ガイドブックを引用。“箱根くらかけゴルフ場入り口を百メートル登ると箱根峠、旧道最高点。富士山、芦ノ湖見え、眺望絶佳。”ガイドブック通り100m登ると道が二つに分かれ、右手に行くと下り坂、直進は上り坂になる。この分岐点では右手に行って下るのが正解。この別れ道がガイドブックの言う旧道最高点となる。ただし、ガイドブックが13年前のものなので、最高点である分岐点では現在、芦ノ湖が見えなくなっている。そのため混乱してしまい、そのまま登り続けてしまった。明らかに方向がおかしいため、この道は諦めて15:36に元のゴルフ場入り口まで戻る。登りの時は分からなかったが、坂を下っている途中では芦ノ湖が綺麗に見える。

静岡県の案内板_H22.05.01撮影
静岡県の案内板 H22.05.01撮影

15:39 箱根峠交差点手前で静岡県に入る。ここから函南町になる。

道路標示では日本橋から103km。静岡77kn、沼津22km、三島17km。何とか本日中に三島まで行けそうだ。ここで先程、迷った地点のトラップに気付いた。箱根峠に合流している上から下って来る坂道が、先程のくらかけゴルフ場を登った所の分岐点から下って来る坂道であることがわかった。早速、再度くらかけゴルフ場入り口まで戻り、再度、箱根峠交差点まで歩き直す。ここから後は三島までほぼ下り坂。再度国道1号を200m程進み、“芦ノ湖カントリークラブ/芦ノ湖高原別荘地”の看板を右に入り300m程行く。なお、距離計測に使用している"ちずまる”(H27.6.13追記:現在は閉鎖)というサイトによると箱根峠から看板までの道の右側を並行して旧街道の記載があるがその道は行き止まりになっている。

旧道の入口_H22.05.01撮影
旧道の入口 H22.05.01撮影

15:56 旧道の入り口に到着。この辺りは茨ヶ平というらしい。旧道がハイキングコースとして整備されているようだ。ちなみにこれからの下り坂を総称して箱根の西坂という。私が今まで箱根湯本から登ってきた坂は東坂である。

旧道_H22.05.01撮影
"旧道 H22.05.01撮影

旧道_H22.05.01撮影
旧道  H22.05.01撮影

旧道_H22.05.01撮影
旧道 H22.05.01撮影

少し進むと周囲は芦のような植物が生い茂っており、次第に芦はトンネルのようになっていく。トンネルが200m?程続いた後は見慣れた石畳の道になった。ただし途中、掘り返してあったり、石がゴツゴツしていて大分歩きづらい。

接待茶屋の碑_H22.05.01撮影
接待茶屋の碑 H22.05.01撮影

16:08 国道1号に合流する。接待茶屋バス停のあるヘアピンカーブのイン側には東坂にもあった接待茶屋の碑が建っている。
明治維新で中断した接待茶屋だが、明治12年に再開されてから何と昭和45年まで続いていたそうだ。昭和45年位まで箱根を徒歩で越える人が普通にいたということに驚きだ。

旧道入口_H22.05.01撮影
旧道入口 H22.05.01撮影

16:12 旧道入り口。入るとすぐに徳川有徳公遺跡。有徳公とは8代吉宗のこと。ここの茶屋で休息し永楽銭を与えたために石碑が残っているようだ。

兜石_H22.05.01撮影
兜石 H22.05.01撮影

旧道_H22.05.01撮影
旧道 H22.05.01撮影

旧道_H22.05.01撮影
旧道_H22.05.01撮影

旧道_H22.05.01撮影
旧道 H22.05.01撮影

また進むと兜石。確かにすんぐりした烏帽子型の兜のような形をしている。小田原征伐の時、秀吉が兜を置いたとも伝えられているが、見た感じでは形から名前がついた気がする。ここの旧道はしばらく土の道だったが、また石畳へ。坂道には石が敷いてあり、平地は土のままというのが基本的なスタンスらしい。

念仏石_H22.05.01撮影
念仏石_H22.05.01撮影

16:23 念仏石を通過。この旅の行き倒れをここで供養したそうだ。今はのんびり旅をしているが、昔は旅は命がけの大仕事でもあった。そういえばそろそろ日光が夕日色に近付いている。日のあるうちに市街地に出ておかないと大変だ。

16:28 広場に出る。向こうの山の山裾の街が見え始める。

国道1号_H22.05.01撮影
国道1号 H22.05.01撮影

ここが第2のトラップ地点。左側に降りて行くと国道1号、右に行くとそのまま旧道になる。ガイドブックによると、念仏石の先を行くと民家の庭にでるとのことだが、民家は無い。第1のトラップ同様、かつてここに民家があったが無くなったのがこの広場だと判断する。さらにガイドブックで国道を渡りガードレール内側を100m進むと石畳があると書かれているが、その通り行っても石畳が無い。200m程進んだが石畳が無いので、元の広場に戻る。この広場はガイドブックの云う民家跡ではないようだ。

旧道_H22.05.01撮影
旧道 H22.05.01撮影

16:37 そのまま旧道を進む。少し上り坂になるが、すぐに下り。石畳の間から草が生えているが、芝生のような草なので荒れ果てている感じはない。西坂は東坂に比べて明るい印象がある。石畳の石が黒ずんでいるのは、火山岩を使っているせいだろうか?歩いていると、一瞬、三島の街らしき街が見えてきた。

行き止まりの道_H22.05.01撮影
行き止まりの道 H22.05.01撮影

16:43 ガイドブック通り、民家の庭に到着。結局、先程は旧道を歩き続けるのが正しかったようだ。ここでまたトラップ地点。ガイドブック通り、国道を渡り、ガードレールを行くとすぐに左に入る道があるが、どう考えても人が通れる道ではない。思い切って入ってみたが、すぐに腰を屈めないと笹で歩けないようになる。蛇でも出てきそうなところだ。さすがにいくらなんでも旧道では無いと判断して引き返して国道に戻る。

三島市の案内板_H22.05.01撮影
三島市の案内板 H22.05.01撮影

旧道の階段_H22.05.01撮影
旧道の階段 H22.05.01撮影

16:51 国道を進むと三島市へ入る。1分程歩くと左側に旧道の入り口が出現。100m進むとというガイドブックの距離表示が誤りだったようだ。

旧道_H22.05.01撮影
旧道 H22.05.01撮影

16:52 旧道に入る。土と木でできた階段を下ると石畳。三島まで2里8丁の距離表示。まだ三島まで2時間程度かかるようだ。ここは坂道でないが平らな石畳が丁寧にひかれていて歩きやすい国道沿いのせいか走り屋と思われるバイクの音がうるさい。途中、下り坂で石は元のゴツゴツした石に変わってきた。残念。この石畳がいつ作られたものかわからないが、江戸時代のものとしたら、工事を割り当てられた村ごとに持ってきた石が違うのだろう。

旧道_H22.05.01撮影
旧道 H22.05.01撮影

雲助徳利の墓_H22.05.01撮影
雲助徳利の墓 H22.05.01撮影

17:01 左側に林道?が並行して走っている。右側に雲助徳利の墓。元剣術指南役であった松谷久四郎という武士が酒で失敗して雲助の仲間に入り、雲助達に慕われたため、死後、この墓ができたのだという。案内板には雲助は悪者の代表のように言われるが、雲助がいなければ女性はどうして山を越えたのか、荷物はどうして運んだのかと書かれている。確かに雲助達にも同情すべき点はあるかもしれない。面白いのはこの墓が元は山中の一里塚辺りにあったが、いつの日かこの場所にやってきたということだ。案内板では、酒飲みの墓なのでふらふらして一か所に落ち着かないようだと締めくくっている。

(続く)

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2015.06.13 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【歩・過】京都まで歩く(日本橋~金谷)

【石】嵯峨野の油掛地蔵

カテゴリ:【石】京都の石仏~雨の日も風の日も京の街を山を水辺を護り続ける"いしぼとけ"達


ミニブログコーナー:土日に所用があって大阪に出かけたので、当然のことながら京都で一泊して参りました。出かける前にこちらの記事を書きかけだったので、まずはこちらの記事を完成させようと思います。
有栖川_H27.04.24撮影
有栖川 H27.04.24撮影

嵯峨嵐山駅から丸太町通りに出て、200m程東へ進み、有栖川に行き当たったら川沿いに入ります。有栖川は、マンションの脇を静かに流れているせせらぎです。

有栖川へ降りる階段_H27.04.24撮影
有栖川へ降りる階段 H27.04.24撮影

川沿いの大きなマンションには、川へ降りる階段がつけられていて、子供たちが川遊びをしているのが印象的でした。かつては汚れていた川も、再生活動で綺麗な水に戻ったようです。

集会所_H27.04.24撮影
集会所 H27.04.24撮影

しばらく進むと写真のような建物が見えてきます。地図で示すとこちらです。(実際は丸太町通りに出なくても近道がありますが、川沿いを通りたかったので。)

橋に取り付けられた幟_H27.04.24撮影
橋に取り付けられた幟 H27.04.24撮影

橋には、油掛地蔵の名が入った幟が取り付けられています。この橋の名も油掛橋、この辺りの地名も右京区嵯峨天龍寺油掛町です。先程の建物は油掛地蔵奉賛会が管理する集会所になっており、Y字に交差している道路の逆三角になる中央部にあります。この集会所では、関西の風習である地蔵盆も行われているようです。

油掛地蔵_H27.04.24撮影
油掛地蔵 H27.04.24撮影

油掛地蔵は、建物の、私達が来た道の反対側に安置され、千羽鶴や真新しい供花、線香が手向けられています。

供えられた花_H27.04.24撮影
供えられた花 H27.04.24撮影

私が取材している15分位の間に、少なくとも地元の人が5人以上が、みな丁寧に参拝していました。"まさに香華の絶ゆることがない"というのはこのことです。

油掛地蔵_H27.04.24撮影
油掛地蔵 H27.04.24撮影

金びしゃくで、下に溜まっている油をすくって、仏像にかけます。油をかける風習は、江戸初期に山城国の地誌"雍州府志"を著した黒川道祐が、油の行商人がここを通りかかる時に、祈願成就のために油をかけた旨を記述しています。

油掛地蔵_H27.04.24撮影
油掛地蔵 H27.04.24撮影

仏像自体は鎌倉後期の延慶3(1310)年に建立された記録があるそうですが、風化と長年に渡り、油をかけ続けられたたこともあり、真っ黒で細部はよくわからなくなっています。ちなみに行商人が油をかける地蔵は、伏見の西岸寺(さいがんじ)にもあり、寺田屋騒動で坂本龍馬が襲撃された際に、地蔵堂に身を潜めたという言い伝えも。石仏に油掛をかける習慣はこちらのページに詳しくまとめられています。

油掛地蔵_H27.04.24撮影
油掛地蔵 H27.04.24撮影

先程から、この石仏を"地蔵"とよんでいますが、実は"地蔵菩薩"ではなく、"阿弥陀如来"です。仏像の頭光(ずこう~光背の頭部分)に刻まれた、観音菩薩と勢至菩薩の梵字と合わせて、阿弥陀三尊となっています。左右の石も石仏が刻まれているようにも見えますが、これは違うようです。)

集会所と道標_H27.04.24撮影
集会所と道標 H27.04.24撮影

道路がY字に交差する部分には、文字が読めませんでしたが、道標が置かれていました。おそらくこの地域の交通の要衝であったと思われますが、そのような重要な場所に安置されていることからも、地元によく根差した石仏であることがよくわかります。油掛地蔵はこれから先も、この場所で護り護られ続けられていくのでしょう。
嵯峨・油掛地蔵:京都市右京区嵯峨天龍寺油掛町30-1(地図)

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2015.06.10 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【石】京都の石仏

【歩・過】東海道五十三次踏破・箱根越え下り~その1

カテゴリ:【歩・過】京都まで歩く(日本橋~金谷)
~2010年からスタートして現在中断中の、東海道を日本橋から京都まで歩く企画の過去分です。ここでは日本橋~金谷までを取り上げます。途中の文章もその当時に書いたものです。


【もしも箱根にスフィンクスが出てきたら】
(サブタイトルは必殺シリーズ風。今回は必殺仕切人)

2010年5月1日 元箱根バス停から
前日、遅くまで飲んでいたのが祟り、家を出たのが10:30。交通の接続は良かったが、桜新町→長津田→町田→箱根湯本、そしてバスでは元箱根港と結構手間がかかったのでスタートは14:07になった。

海賊船の入港_H22.05.01撮影
海賊船の入港 H22.05.01撮影

本日も快晴のためパーカーにTシャツの軽装で元箱根港の賽の河原前をスタート。ちょうど海賊船の入港時間。すぐそばにあるセブンイレブンも連休中ということもあり、かなりにぎわっている。ここはバイク旅行で箱根を越える際いつも前を通っていたが、24時間営業ではなく通るのは必ず早朝の為、使いたくても利用できなかった。国道1号でここが空いていないと、箱根湯本から箱根越えるまでコンビニが無い。

身代り地蔵_H22.05.01撮影
身代り地蔵 H22.05.01撮影

ここから三島まで20kmの表示。本日は国道1号を歩くのがメインになる。賽の河原の斜向かいには、身代り地蔵。宇治川の先陣争いで有名な梶原景季が人違いで襲われた時にこの地蔵が身代りになって助かったそうだ。

芦原久保の一里塚_H22.05.01撮影
芦原久保の一里塚 H22.05.01撮影

14:12 江戸から24番目の葦原久保の一里塚から国道1号に並行している旧道に入る。ここでは檀の木が植えられていた。檀は“まゆみ”と読む。まゆみは真弓とも書き、弓を作るのに有用なニシキギ科の木。

杉並木_H22.05.01撮影
杉並木 H22.05.01撮影

ここからは土の道を歩く。両脇は杉並木。杉並木が残っているのは東海道では箱根周辺だけである。

杉の巨木_H22.05.01撮影
杉の巨木 H22.05.01撮影

杉並木_H22.05.01撮影
杉並木 H22.05.01撮影

江戸時代から残っている杉並木とあってどの木も太い。太い幹は大人4人で抱えて1周するほどありそうだ。

14:21 杉並木が終わり、公園前で1号に合流。公園は恩賜箱根公園でここには箱根の関所が完全再現され整備されている。このまま1号を歩くのが正しいのか1号に並行している関所を通過する道が正しいのか迷ったが、折角なので関所を通過することにした。

箱根関所_H22.05.01撮影>
箱根関所 H22.05.01撮影

14:37 箱根関所に入る。チケット代は500円。入り口は江戸口御門。GWで人の出入りが多いため、観光客の顔が写りこまないように撮影するのに苦労する。

遠見番所_H22.05.01撮影
遠見番所 H22.05.01撮影

入り口脇の高台には遠見番所という見張り小屋も再現されている。

人形の展示_H22.05.01撮影
人形の展示 H22.05.01撮影

人形を用いた箱根関所の展示では、その時代の色や模様がわからないためにシルエット展示というグレー一色で人形を作成する表現方法をとっている。運営者のこだわりを感じるところだ。

顔出しパネル_H22.05.01撮影
顔出しパネル H22.05.01撮影

顔出しパネル_H22.05.01撮影
顔出しパネル H22.05.01撮影

14:44 GWで混雑していることと時間が遅いためやむなく早々に退散。出口は京口御門。出口の先には観光地恒例恒例顔出しパネル。

14:47 国道1号へ合流。しつこいようだがGWのため、国道1号は朝の渋滞の駒沢通り並みの混雑。道路を横切るのもなかなか難しい。

大楓_H22.05.01撮影
大楓 H22.05.01撮影

14:50 箱根ホテル前の幕府が箱根宿に植えた樹齢400年の大楓。かつては箱根宿には楓並木が存在した。撮影後、階級が上であろうホテルマンの方に“ありがとうございました”と言われたのが印象的。ホテルもこの楓に思い入れがあるのだろう。

関白道の碑_H22.05.01撮影
関白道の碑 H22.05.01撮影

14:57 関白道の碑。秀吉が小田原征伐の際、開いた道の記念碑。奥には不動尊らしき像が祀られている。

山の神の碑_H22.05.01撮影
山の神の碑 H22.05.01撮影

右手には、意味不明だが“山の神”とだけ彫られた石碑が建っている。

芦川の石仏群_H22.05.01撮影
芦川の石仏群 H22.05.01撮影

この関白道の碑がある信号を右に入るのが旧道(県道737号)。150m程行くと左手に駒形神社の鳥居、そのまま50m程直進すると、石畳への入り口になる。入り口には芦川の石仏群。

タイルの道_H22.05.01撮影
タイルの道 H22.05.01撮影

石仏群を過ぎるとそのまま石造りのタイルを上っていく。

向坂の碑_H22.05.01撮影
向坂の碑 H22.05.01撮影

タイルと石の道_H22.05.01撮影
タイルと石の道 H22.05.01撮影

石の道_H22.05.01撮影
石の道 H22.05.01撮影

国道一号をくぐる_H22.05.01撮影
国道一号をくぐる H22.05.01撮影

15:04 向坂と書かれた石碑。ここから石畳に変わりそこを上っていく。石がごつごつしていて歩きづらい。このまま国道1号の下をくぐる。

ラストスパートの始まり_H22.05.01撮影
赤石坂付近 H22.05.01撮影

15:07 赤石坂と書かれた案内板を通過。ここから坂が急になる。石畳の上りはここからがラストスパートの始まり。

釜石坂付近_H22.05.01撮影
釜石坂付近 H22.05.01撮影

15:09 釜石坂の案内板を通過。この辺りは両側の草や枝が道に倒れ掛かって、道を半分くらいふさいでいる。

風越坂付近_H22.05.01撮影
風越坂付近 H22.05.01撮影

15:12 風越坂の案内板を通過。

自然木の階段_H22.05.01撮影
自然木の階段 H22.05.01撮影

自然木の階段_H22.05.01撮影
自然木の階段 H22.05.01撮影

15:14 自然木を使った階段に到着。全50段の階段だが、最後は感覚的に垂直に近い傾斜の階段。

(続く)

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2015.06.04 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【歩・過】京都まで歩く(日本橋~金谷)

【歩・過】東海道五十三次踏破・箱根越え上り~その5

カテゴリ:【歩・過】京都まで歩く(日本橋~金谷)
~2010年からスタートして現在中断中の、東海道を日本橋から京都まで歩く企画の過去分です。ここでは日本橋~金谷までを取り上げます。途中の文章もその当時に書いたものです。


【あんたこの山越えをどう思う】
(サブタイトルは必殺シリーズ風。今回は必殺仕業人)
2010年4月18日の続き

箱根旧街道休憩所外観_H22.04.18撮影
箱根旧街道休憩所外観 H22.04.18撮影

15:07 甘酒茶屋バス停。ここで箱根旧街道休憩所と甘酒茶屋が並んでいる。

箱根旧街道休憩所内部_H22.04.18撮影
箱根旧街道休憩所内部 H22.04.18撮影

箱根旧街道休憩所内部_H22.04.18撮影
箱根旧街道休憩所内部 H22.04.18撮影

旧街道休憩所内には、昔の民家内部の展示などもされているが、あまり大した展示はおいていない。付近では観光バスも自転車乗りもみなここで休憩している。この先はまた上り坂。

甘酒茶屋_H22.04.18撮影
甘酒茶屋 H22.04.18撮影

甘酒茶屋は赤穂浪士の神埼与五郎の詫び状の伝説を伝えている。馬子にからまれた神埼与五郎が大事の前のトラブルを避けるために、馬子の言うとおり詫び状を書いたという話だ。のちに赤穂浪士であることを知った馬子は改心して出家し、彼の菩提を弔ったという逸話である。

箱根・5番目の石畳_H22.04.18撮影
箱根・5番目の石畳 H22.04.18撮影

15:19 今回5番目の石畳に入る。元箱根まで40分の表示がある。

白水坂の碑_H22.04.18撮影
白水坂の碑 H22.04.18撮影

すぐに白水坂の碑。山中で坂道続きなのに、いちいち坂道に名前がついているのに感心する。もしかすると、正確な地図のない昔は、こまかく名前を付けていかないと案内するのに不便だったからかもしれないということもちょっと想像した。

天ヶ石坂の碑_H22.04.18撮影
天ヶ石坂の碑 H22.04.18撮影

15:27 天ヶ石坂の碑。碑の脇の巨石は秀吉が小田原征伐の際、弁天のお告げでここから引き返したという変更石と呼ばれる巨石。この辺りは車の音も聞こえてこない本当に山中だ。箱根にはいないと思うがクマでも出たら逃げられない。

石畳_H22.04.18撮影
石畳 H22.04.18撮影

石畳_H22.04.18撮影
石畳 H22.04.18撮影

ここから本日、石畳では一番キツイ坂を上る。ガイドブックによると旧道では最もキツイ坂道らしい。確かに本日で一番つらい石畳だ。石畳ももう見飽きてきた。現在、箱根に残っている石畳は文久2年の和宮降嫁の際に完成されたものだそうだ。

下り坂の土の道_H22.04.18撮影
下り坂の土の道 H22.04.18撮影

15:33 この辺りから下り坂に。石畳の石が足の裏に痛いので土の部分を歩くと少し楽だ。そうこうしていると土と砂利の道になり、また石畳になった。この辺りから元箱根から歩いてきたと思われるハイカー数組に出会う。人に会うとやはり少し安心する。

箱根八里の碑_H22.04.18撮影
箱根八里の碑 H22.04.18撮影

15:36 箱根八里の碑。有名な“箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川”と刻まれている。前のベンチでは外人ハイカーが2人で休んでいる。ガイドブックによるとこの辺りが最高点らしいが、案内は見当たらない。少し下ったので最高点はもっと前ではないのかと疑問。ちなみに東海道で最も高所の箱根の最高地点は標高725m。

元箱根への案内板_H22.04.18撮影
元箱根への案内板 H22.04.18撮影

15:42 アスファルトの道と交差する地点で元箱根まで15分との表記。ようやく終わりが見えてきた。時間も遅いので今日は元箱根で終わることにする。

坂の先に芦ノ湖_H22.04.18撮影
坂の先に芦ノ湖 H22.04.18撮影

この先、今度は急な下り坂。すぐに芦ノ湖が見えてきた。

権現坂_H22.04.18撮影
権現坂 H22.04.18撮影

またアスファルトの道と交差。さらに進むとさらに急な下り。転げ落ちたら間違いなく怪我をする位急だ。この坂は権現坂という。

土の道_H22.04.18撮影
土の道 H22.04.18撮影

15:48 50m程、石畳も砂利も無い土の道になっている。石畳になる前の東海道はおそらくこのような感じだったのだろう。この状態で激しい坂道で、雨が降った場合は旅人が難渋したのは想像に難くない。

杉並木歩道橋_H22.04.18撮影
杉並木歩道橋 H22.04.18撮影

そのあと、杉並木歩道橋という珍しい木製の歩道橋を渡る。東海道に合わせて歩道橋を木製にしている心づかいが嬉しい。

箱根旧街道案内板_H22.04.18撮影
箱根旧街道案内板と杉並木 H22.04.18撮影

歩道橋を降りると樹齢370年の杉並木を歩く。幕府が残した杉並木はこの元箱根地区と箱根町にしかのこっていないらしい。

ケンぺル顕彰碑_H22.04.18撮影
ケンぺル・バーニー顕彰碑 H22.04.18撮影

15:51 ケンぺル・バーニー顕彰碑の場所で県道に合流。ドイツ人医師のエンゲルベルト・ケンペルは元禄時代、オランダ使節に随行して箱根を通過し、箱根の記述を“日本誌”という書物に残している。シリル・モンタギュー・バーニーはケンぺルの“日本誌”に感銘を受け、箱根の自然保護を訴えた大正期のイギリス人貿易商。4/12はケンぺル・バーニー祭が取り行われているという。外国人にも愛された箱根である。

箱根神社大鳥居_H22.04.18撮影
箱根神社大鳥居 H22.04.18撮影

15:57 元箱根到着。箱根神社の大鳥居があるところだ。

賽の河原_H22.04.18撮影
賽の河原 H22.04.18撮影

遊覧船乗り場の脇には賽の河原が作られている。江戸時代には地蔵信仰の聖地として多くの信仰を集めていたという。本日はここで終了。バスで箱根湯本まで戻り、ロマンスカーで帰宅。

三枚橋交差点~元箱根バス停 ()は日本橋からの累計。
時間:4時間29分(28時間24分)
歩行距離:12.89km(89.39km)

かかった費用
飲食代:2,451円
交通費:4,670円(桜新町駅~元箱根バス停 元箱根バス停~桜新町駅)
お土産代:630円
合計:7,751円(29,758円)

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2015.06.02 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【歩・過】京都まで歩く(日本橋~金谷)

【宿】FIRST CABIN 京都烏丸

カテゴリ:【宿】京都の宿
~サウナ、ゲストハウスも含めた泊まる京都をご案内します。


仕事を辞めてから1月経ちますが、7月からWEBデザインの学校に行こうかと考えています。ありがたいことにハローワークの職業訓練で、行かせて貰えるんですよね。実は今まで楽天、ヤフーのネットショップで11年ほど店長やってました。運営は普通にできるんですが、製作系の知識が古くなっちゃってるので。明日、申込に行ってきます。
タカノハスクエア_H27.04.25撮影
タカノハスクエア正面入口 H27.04.25撮影

今回は飛行機のファーストクラスをイメージしたという"FIRST CABIN 京都烏丸"に宿泊して見ました。ホテル側のくくりとしては"コンパクトホテル"だそうですが、わかりやすく言えば、カプセルホテルとビジネスホテルの中間というか、ややビジネスホテル寄りという感じです。仏光寺通烏丸東入(四条烏丸近く)の立地は便利だと思います。

部屋のランクはファーストクラスとビジネスクラスがあるのですが、今回は当日予約と言うこともあり、高い方のファーストキャビンしか予約できませんでした。≪直前割≫【当日限定】 とにかくお得!というプランで、1泊税込みで6,200円です。ちなみにFIRST CABINの公式HPだと、ファースト5,600円、ビジネス4,600円となっています。(なぜ楽天通して6,200円なのかよくわかりません。土日だからか?公式HPの予約ボタンを押すとまた違う料金が表示されます。)東横インの四条烏丸がシングルで税込¥7,020~¥8,424なので、以下を考えて高いのか安いのか、判断に迷うところです。ビジネスなら3,000円台のプランもあるようです。

ファーストキャビン_H27.04.25撮影
ファーストキャビン入口 H27.04.25撮影

カプセルホテルというと棺桶の中に入って寝るようなイメージがありますが、こちらの場合は、4.4平米できちんと部屋になっています。中で立つこともできるし、書き物をするテーブルもありますし、ベッド脇には2畳程のスペースもあるので、カプセルのような窮屈なイメージは無いです。ちなみにビジネスクラスは2.5平米だそう。(公式HPでの部屋の写真) なお、部屋の扉はありません。そのかわりカーテンになっています。あとは気付いた点を箇条書きであげてみます。(以下の記述は、男性スペース及びファーストクラスを見た情報のみです。)

ファーストキャビンの室内_H27.04.25撮影
ファーストキャビンの室内 H27.04.25撮影

・フロントはビルの中の4Fにあります。ビルに入ったら、まずエレベーターで4Fへ向かってチェックイン。
・フロントで渡されるカードキーは、キャビン(宿泊スペース)があるエリアに入るときのみ使用します。
・キャビンエリアは禁煙になっています。
・部屋数は男性77キャビン、女性キャビン44キャビン。
・共有スペースにはマッサージサービスやラウンジも有り。
・PC関係は全館Wi-Fi完備(無料)、レンタルPCは1泊1,000円(LANケーブルレンタルとインターネットは無料)

・宿泊した室内に使用できるコンセントは3か所ありました。
・ベッドの足元側に32インチのテレビが備え付けてあります。(ヘッドフォン有)
・お風呂はボックス式のシャワー6か所。数が少ないかもしれません。空いている時間を上手く選ばないと大変そう。私は早めの時間に利用しましたが、(17時代)誰も入っていなかったのでゆっくりシャワーを浴びることができました。
・シャワールームに貴重品ボックス的なものが無かったのが不便でした。
・貴重品は120cm幅のベッドの下に、ベッドの大きさの1/4程度の大きさの引き出しに入れます。暗証番号で鍵をかけますが、説明書きがちょっと見づらい。(なんとなくはわかりますが)

・通常のホテルと同じく、外出時などは受付で貴重品は預かってもらえました。
・フロントは24時間オープン。門限は無し。
・館内着はTシャツ、短パンでサウナのような感じです。
・アメニティは、スリッパ、歯ブラシ、垢すり、洗面タオル、バスタオル。
・朝食は500円で利用できます。(営業時間6:00~10:00)
・今回の利用のプランだとチェックアウトは朝10時。幾らか払うと延長できるようです。(確か数百円でした。)
FIRST CABIN京都烏丸:京都市下京区仏光寺通烏丸東入上柳町331番地タカノハスクエア4F(地図)

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2015.06.01 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【宿】京都の宿

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