【時】小田原映画祭に福本先生がご来場!~その1

カテゴリ【時】:時代劇の話
~時代劇の感想、雑感、ニュースを書いて行きます。


ミニブログコーナー:遠山の金さんあるある~お白洲のシーンで縁側に座る武士は間違いなく悪役だが、悪事が露見した際、間違いなくお奉行に襲いかかる。その時のセリフは"もはやこれまで"か"おのれ、遠山"のどっちか。
小田原映画祭のオープニングイベントで"太秦ライムライト"が上映され、オープニングトークに福本先生が御出演と聞き、小田原に出かけていきました。チケットは小田原限定販売だったので、前日、小田原に行って購入し、泊まるとおそらく飲み歩いてしまうので、一度帰って翌日再度、出かけました。新幹線だと新横浜から一駅ですが、読みたい本があったため、東急と小田急を使って小田原まで2時間半ほど。今回は少し趣向を変えて小田原映画祭と共に小田原城をご紹介します。

駅から見える小田原城_H27.09.22撮影
駅から見える小田原城 H27.09.22撮影

駅ビルの東口から小田原城の天守が頭を出しています。本日の会場は小田原城銅門(あかがねもん)桝形のため、駅前で軽く食事を済ませて、"お堀端通り"を天守がある方向へ歩いていきます。そういえばこの間、何かの歴史番組でやっていましたが、歴史上、天守閣という言葉はないそうで、大阪城の天守が再建された時、通天閣に倣って"天守閣"という言葉ができたという説を紹介していました。

小田原城・二の丸東堀_H27.09.22撮影
二の丸東堀 H27.09.22撮影

小田原城の二の丸東堀に出ました。碧の水をたたえた風格のある美しい堀です。小田原城の中ではこの堀が一番大きく、最も広いところは40mもあるのだとか。碧に映える赤い橋を渡って城内へ入ります。

小田原映画祭の幟_H27.09.22撮影
小田原映画祭の幟 H27.09.22撮影

堀端に来てようやく映画祭の幟発見。小田原映画祭の実行委員長は俳優の阿藤快さんなんですが、のちほど、何で映画祭の案内が駅にないんだと、オープニングの挨拶の時に嘆いていました。赤い橋のたもとにたどり着くと、小田原城の天守は来年4月まで工事中で入場できないとの立て看板を発見。空き時間に見学しようと思ったのに残念でした。

学橋_H27.09.22撮影
学橋 H27.09.22撮影

堀を渡る赤い橋は"学橋"(まなびはし)という名前が付けられています。小田原市民には人気の場所で、桜の季節はさらに美しいとこちらのページに紹介されています。桜のピンクと橋の赤、堀の緑の組み合わせは確かに絶景!

小田原城・隅櫓_H27.09.22撮影
隅櫓 H27.09.22撮影

学橋の上からは隅櫓が見えます。碧に浮かぶ白壁、こちらも小さいながら堂々とした押し出しです。小田原城はいつも通過するだけだったのですが、こんな綺麗なスポットだったんですね。

小田原城・二の丸広場_H27.09.22撮影
二の丸広場 H27.09.22撮影

橋を渡ると二の丸広場に出ます。今は市民の憩いの場になっていますが、寛永期には、徳川家光も宿泊した壮麗な二の丸御殿があった場所です。このスペースから考えると、かなり大きな建物があったことが想像できます。会場となる銅門は、二の丸広場の西側です。

小田原城・銅門_H27.09.22撮影
銅門 H27.09.22撮影

銅門が見えてきました。銅門は二の丸の正門にあたる門で、1997(平成9)年に復元されたものです。写真に写っている側が城の内側。まだ会場まで1時間弱あるので、人はまばらですが、テントが設営され映画祭の準備が行われています。

小田原城・銅門前_H27.09.22撮影
銅門前_H27.09.22撮影

小田原映画祭は今回で9年目を迎える映画祭で、開催期間は9/22~10/4まで。映画祭というと最近は大規模なものが多いですが、表の看板からは、地元の映画好き達の手作りの温もりが感じられますね。

太秦ライムライトの看板_H27.09.22撮影
太秦ライムライトの看板 H27.09.22撮影

看板に当日券が販売されている旨、貼られていました。当日券は無いとWEBで見ていたのですが・・・。わざわざ昨日、買いに来なくてもよかった。ちょっと残念な気持ちになりました。

太秦ライムライト・グッズ_H27.09.22撮影
太秦ライムライト・グッズ H27.09.22撮影

公開時にはパンフ以外のグッズは販売されていなかったので、ポストカード2種類(各500円)とクリアケース(500円)を購入。チラシは置いてあったものを一緒に頂きました。

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2015.09.30 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【時】時代劇の話

【歩・過】東海道五十三次踏破・由比~その1

カテゴリ:【歩・過】京都まで歩く(日本橋~金谷)
~2010年からスタートして現在中断中の、東海道を日本橋から京都まで歩く企画の過去分です。ここでは日本橋~金谷までを取り上げます。文章もその当時に書いたものです。


10/16(土)由比から歩いた記録

早起きして7:33に自宅を出発。今回はうちの奥さん(会社では通称、大将→現在離婚しています。:H27.9.28追記)が行きたいと言うので連れていく。新幹線で新横浜から三島、三島から東海道線で由比まで。今回は由比で桜えびのかき揚げを食べたいので朝食は我慢。

由比漁港_H22.10.16撮影
由比漁港 H22.10.16撮影

由比駅に着いたのは10:33、由比駅から由比漁港まで5分程歩いて行った。

桜えびのかき揚げそばとシラス丼_H22.10.16撮影
桜えびのかき揚げそばとシラス丼 H22.10.16撮影

漁港の食堂で桜えびのかき揚げそばとシラス丼を食べる。7月に吉原に泊まった際、ここも連れてきて貰ったが、今回も由比のかき揚げそばは最高の味。

11:06 由比駅付近からスタート。県道396号線を歩き始める。

11:17 県道から山側の道へ入る。ここから箱根、鈴鹿と並ぶ東海道の難所の一つ、薩捶峠(さったとうげ)に向かう道になる。少しだけ古めの民家が並び、時折、海が見える旧街道らしい道。峠を目指すハイカーもちらほら

小池邸_H22.10.16撮影
小池邸 H22.10.16撮影

11:23 東海道名主の館小池邸。平成10年に国の有形文化財に指定されていて、YAHOO地図にも史跡として掲載されている。見学も可能。前には灯りの博物館。

駿河湾_H22.10.16撮影
駿河湾 H22.10.16撮影

11:30 駿河湾を一望できる場所。そばには行き倒れの旅人の供養塔がある。今来た方角を振り返るとうっすら富士が見える。

八坂神社_H22.10.16撮影
八坂神社 H22.10.16撮影

11:38 八坂神社。異常に急な階段の上に建てられている。見た目には梯子のように垂直な階段。試しに上って見る。

八坂神社階段上から_H22.10.16撮影
八坂神社階段上から H22.10.16撮影

昇りもそうだが降りる時は手すりをつかまないと危なくて降りられない。ステップの幅が足のサイズより小さいので怖さ倍増。

由比の脇本陣_H22.10.16撮影
由比の脇本陣 H22.10.16撮影

11:48 蔵に古いポストのある情緒のある家。由比の脇本陣。

望嶽亭_H22.10.16撮影
望嶽亭 H22.10.16撮影

50mほどで望嶽亭(ぼうがくてい)。

この建物は、間の宿、藤屋という茶店だった。眺めが良いため望嶽亭と名付けられた。看板には山岡鉄舟ゆかりの家と書かれているので気になって調べてみたら、静岡まで進軍した官軍の西郷に江戸城無血開城の交渉に行った山岡が、薩兵に追われてこの宿に隠れたそうだ。その際、亭主の機転で山岡が難を逃れ、その際の刀傷がこの建物に残っている。見てみると現住の住宅のようだ。

山岡鉄舟は勝海舟や高橋泥舟とともに幕末の三舟と呼ばれた人物だが、西郷に会う際に官軍の中を“朝敵徳川慶喜の家来、山岡鉄舟罷り通る”大声で叫んでと堂々と歩いたというエピソードが小気味良い。西郷も認めた骨のある人物だったらしいが、wikiの受け売りをすると、木村屋のあんパンが好きで、木村屋の看板は彼の揮毫だそうだ。

由比一里塚_H22.10.16撮影
由比一里塚 H22.10.16撮影

前には由比一里塚跡、ここで旧東海道は峠へ向かう道と海沿いの道へ別れる。私達はここから降りて、海沿いを進む。海沿いをそのまま歩いていればよいので気が楽だ。この海沿いの道は下道と呼ばれ、峠へ向かう道は途中からさらに峠へ向かう上道と下道に途中で合流する中道に別れる。

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2015.09.29 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【歩・過】京都まで歩く(日本橋~金谷)

【食】魂京都に最も近い?ラーメン屋~麺魂 京都久世店

カテゴリ【食】:京都で食べる
~私が京都で食べた店、食べたい店をご案内します。味音痴なのでグルメガイドはできません。まずかったり、印象悪かった所は掲載していませんので。


ミニブログコーナー:シルバーウイークの22日に小田原映画祭で"太秦ライムライト"が上映されて、福本先生を含めたトークショーを見てきました。次回は東海道歩きの記事なので、次々回に映画祭の様子をアップいたします。(先生の写真はアップできませんが)
まず最初に、"魂京都に最も近いラーメン屋"という意味から説明しなければなりませんね。このブログのタイトル"魂京都"をヤフーで検索して見て下さい。リアルタイムの検索結果はこちら→ヤフーグーグル

上のリンクはこれから時期が経つと変わるかもしれませんが、現時点ではヤフーでもグーグルでも一番上に、魂京都のツイッターが出てきてその次に、食べログの"麺魂 京都久世店 (メンコン) "という店が出てきています。これが"魂京都に最も近いラーメン屋"ということなんですが、私は前からずっと気になっていて、いつか食べに行ってみようと思っていました。

場所は車であれば、国道171号を6キロほど南西方面へ進むのですが、今回は電車なのでJR京都線、京都駅から3駅目の向日町(むこうまち)駅で下車します。店があるのは駅の東側なのですが、駅は西口しかなく東側に出る方法がわからなかったので、やむなく西口のターミナルからタクシーで行きました(600円なのですぐ)。帰りに分かったのですが駅の北、200m位のところに地下通路があり、そこからまっすぐ東へ行けばすぐです。一番下の地図のリンク先に道順の案内をつけておきました。

麺魂・京都久世店_H27.09.10撮影
麺魂・京都久世店 H27.09.10撮影

店は国道沿いに立っています。今まで気づいていませんでしたが、外観で徳島ラーメンの店であることがわかりました。店に入ってみると、J有線で-POPが流れるきれいなお店です。店内の整っている感が、チェーン店とわかる感じ。麺魂は徳島の七福人が運営しているチェーンで、この麺魂は2軒だけですが、もうひとつの麺王というチェーンは四国中心に18店舗ほどあります。

夕方の中途半端な時間に行ったので、お客は私一人でしたが、街道沿いということもあり、駐車場も広いので、食事時にはドライバーで賑わうのでしょう。店員は接客をしてくれる元気なお姉さんと、ラーメン職人さんの二人、席は大きなテーブルも含めて28席。注文は入口で食券を購入するシステムです。800円のラーメン・チャーシュー入りと300円の餃子を購入しました。

お姉さんに食券を渡すと、生卵を付けるかどうか聞かれます。?と思って尋ねると、徳島ラーメンは、生卵を入れて食べるのが定番だそうです。ラーメンに生卵を入れたことはないのですが、せっかくなので生卵も頂くことにしました。

チャーシューメン_H27.09.10撮影
生卵入りチャーシューメン H27.09.10撮影

ほどなくラーメンが出てきます。のりに白文字でネームが書かれているのにはちょっと驚きました。この文字は安全な素材で書かれていることが、壁に張られた紙に書かれてあります。早速、とんこつしょうゆのスープに、生卵を割って頂いてみました。生卵、無料なのに白い卵ではなく、殻が肌色?の高い卵です。いかに徳島ラーメンには卵というこだわりがあるかがわかります。券売機で無料の卵の券を押さなかったら、わざわざ付けますかと聞いてくれるわけだ。あとは、テーブルにあったキムチのようにつけられたもやしも投入。

食レポは苦手なので簡潔に結果を申し上げますと・・・
生卵を入れたスープは、とんこつしょうゆ独特のしょっぱさがあまりなくて食べやすいと思います。(喉は乾きますが。) ただ卵が入っているせいか、スープが円やかになり、パンチが無いといえば無い感じです。ただ、これは慣れなのだと思います。この円やかさが徳島ラーメンの醍醐味なのでしょう。そのあと、もうちょっと食べたくなってごはん(100円)と替え玉(100円)を注文しました。スープがごはんのおかずになりそうだと思っていたら、徳島ラーメンは、ごはんのおかずとして食べるものだそうとWEBで見つけた記事に書いてありました。ごはんが食べたくなったのも納得です。また替え玉の麺の硬さは4種類から選べます。不満な点としては、チャーシューが中に散らして入れてある感じなので、チャーシュー入りの印象がちょっと薄かったです。ぎょうざはあまり印象がありません。どこにでもある感じ。

ちなみに店内は禁煙なので煙草嫌いな人には嬉しいと思います。
麺魂久世店:
京都府京都市南区久世殿城町448(HP/地図~駅から徒歩での道案内付き)
075-874-6425
営業時間11:00~24:00(年中無休)

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2015.09.24 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【食】京都で食べる

【歩・過】東海道五十三次踏破・東田子の浦~その2

カテゴリ:【歩・過】京都まで歩く(日本橋~金谷)
~2010年からスタートして現在中断中の、東海道を日本橋から京都まで歩く企画の過去分です。ここでは日本橋~金谷までを取り上げます。文章もその当時に書いたものです。


2010年10月2日の記録 柚木駅付近からの続き

富士川_H22.10.02撮影
富士川 H22.10.02撮影

14:41 富士川を渡る富士川橋に到着。ここは江戸期には渡し船で渡ったのだが、この時代は渡し船もあるはずもないので橋を渡る。水量も多く大きな川。上流1km位には富士川楽座がある。前回、吉原に来た時に連れてきてもらった場所だが、道の駅と東名の富士川サービスエリアの複合施設である。日本一の集客数を誇る道の駅だそうだ。

富士山_H22.10.02撮影
富士山 H22.10.02撮影

渡りきった所で富士を見ると、雲の上から富士の山頂部分がちょうどバランス良く見えているため、富士が天空に浮いているように見える。

東海道ルネッサンス_H22.10.02撮影
東海道ルネッサンス H22.10.02撮影

このあと、住宅地ではあるが高台を登っていく。住宅地の下水のふたには東海道ルネッサンスの文字と弥次喜多のイラストが掘られている。東海道ルネッサンスは、弥次喜多のイラストとともに箱根辺りでも見た覚えがある。国土交通省の横浜国道事務所が主催している東海道を盛り上げようという運動らしい。

http://www.ktr.mlit.go.jp/yokohama/tokaido/


岩淵脇本陣_H22.10.02撮影
岩淵脇本陣 H22.10.02撮影

進んでいくと、立派な黒塗りの門のある古い民家があり、向かって右に西條少将小休の札がでており、左には無料公開中の札が出ている。しかし通常の民家の表札もかかっており、何かと思ったら、かつての岩淵脇本陣とのこと。無料公開なので覗こうとしたが、人が中にいて、民家でもあるので遠慮をした。この辺りで喉が渇いたので、コカコーラゼロを自動販売機で買って軽く休憩。カロリーを気にする身にはコーラゼロは実に有りがたい。昔はゼロコーラは薬臭くてまずかったが、今は随分美味しくなった。

一里塚_H22.10.02撮影
一里塚 H22.10.02撮影

さらに進むと一里塚。この辺りから坂を下っていく。

15:14 富士川駅入口交差点。東海道の案内板があったので見てみると、ここまで下りてきたのは誤りで、途中で折れなければいけなかったようだ。すっかり疲れていたので、またここでドリンクを買って休憩。20分後、再出発。間違えた場所に戻る。この辺りは、事前に調べた案内書でもコースがよくわからなかったので、現地の案内板を期待して進む。途中、知らないリュックサックの人にこんにちわと声をかけられすれ違う。同じ東海道を歩く人だろうか。

15:43 東名高速の下を通過。案内には蒲原まで2.5km。山あいのためか、少し涼しい。この辺りから疲れているせいか、よく躓くようになってきた。東海道新幹線の下をくぐってしばらく行くと、住宅地だが急な上り坂。疲れているのでつらい。

静岡市の案内板_H22.10.02撮影
静岡市の案内板 H22.10.02撮影

16:01 東名高速が眼下に見える場所に到着。この辺りで既に静岡市に入っているはずだ。かつてはこの辺りは清水市だったが、静岡が政令指定都市になってくれたおかげで、横浜の次の県庁所在地である静岡市到着が早くなった。地図上ではくぐるようなな感じだったが、現在地が東名高速よりも高い場所にあり、周囲にもくぐれるような場所が無い。越えることが出来るのかと思って進んでいくと、東名を越える橋がある。この橋の入り口には静岡市→と看板が。

雪の蒲原_H22.10.02撮影
雪の蒲原 H22.10.02撮影

橋を渡ると長い下り坂。坂の上からは向うに海沿いのバイパスが見え、車が宙を走っているように見える。坂の終わりの駐車場には地元の人が書いたと思われる、広重五十三次の雪の蒲原が描かれている。

五十三次を歩いていると、あちこちで、五十三次の絵が見られるが、これだけ集めて歩いてみるのも面白いかもしれないと思った。ここで県道396号に合流。すぐに裏道に入るはずなのだが、入口か見つからず、やがて新蒲原の駅前に到着。ここで気付いたのだが、どうも県道に合流してはいけなかったらしい。元の場所まで戻るか悩んだが体力的に厳しい上に、県道はほぼ旧道と並行しており、その感覚も20-30mくらいなので戻らず、ここの場所から最短で旧道に戻ることにした。

蒲原宿和泉屋_H22.10.02撮影
蒲原宿和泉屋 H22.10.02撮影

蒲原宿佐藤家_H22.10.02撮影
蒲原宿佐藤家 H22.10.02撮影

蒲原宿五十嵐歯科_H22.10.02撮影
蒲原宿五十嵐歯科 H22.10.02撮影

蒲原宿スタンプ_H22.10.02撮影
蒲原宿スタンプ H22.10.02撮影

16:25 旧道に入る。ここがかつての蒲原の宿場街。蒲原は町がとても宿場に力を入れているようで、あちらこちらに宿場や建物の説明が詳しく案内されている。見学者の駐車場や蒲原宿のスタンプを押すスタンプ台なども置かれている。今まで歩いてきた中では一番力が入っている宿場町だ。街自体も古い家並みがよく保存されており、現在、人が住んでんでいる一般の家にも案内がつけられている。

桜えびの店_H22.10.02撮影
桜えびの店 H22.10.02撮影

16:38 蒲原の宿場を抜けると次の由比まで3.1Kmの表示。再度県道に戻る。この辺りから由比名物、桜えびの看板がちらほら見えだす。またこの辺りにはやたら磯部という名前が多いのだが、地元の地主さんか何かだろうか。海沿いなので磯部姓も不思議ではない。

蒲原駅_H22.10.02撮影
蒲原駅 H22.10.02撮影

16:57 蒲原駅到着。8分程で高速をくぐる。すぐ左側は海なのだが高速や1号のバイパスで海は見えない。

由比宿東桝形_H22.10.02撮影
由比宿東桝形 H22.10.02撮影

17:15 由比宿の入口。ここは由比宿東桝型と呼ばれている。宿場の出入り口は、宿場の入り口の目印と防衛のために、道が桝形に折れ曲がっていたそうだ。由比は東海道で一番好きなスポット。大学3年で初めてバイクを買って東海道を往復した時、帰りの東名上りでトンネルをくぐるとパッと開ける由比の海に感激して、そのたびに由比に来ると海を見ないと帰れない。またこの間、吉原に来た時、車で連れてきてもらって食べた桜えびのかき揚げでますます由比が好きになった。

御七里役所の址_H22.10.02撮影
御七里役所の址 H22.10.02撮影

すぐに御七里役所の址の碑。御七里役所とは西国の大名が江戸との通信網の為に七里ごとに置いた七里飛脚の為の施設で、この場所は紀州藩のもの。当然、大藩で無いと置けなかったと想像できる。

由比本陣記念館_H22.10.02撮影
由比本陣記念館 H22.10.02撮影

歩いて行くと建物の間から少しだけ海が見える。今日は雄大な海は見れそうにない。じきに由比本陣公園。既に時間も遅いので閉館しているが、中には由比本陣記念館、東海道広重美術館がある。入口は重厚な門。おそらく本陣の門の復元と思われる。

由比本陣記念館_H22.10.02撮影
由比本陣記念館・門前の水路 H22.10.02撮影

門前の水路は馬の水飲み場や体の洗い場場として使用されていた。

由比本陣記念館_H22.10.02撮影
由比本陣記念館・櫓 H22.10.02撮影

中には櫓も作られており、時代劇の撮影所のようだ。

弥次喜多の人形_H22.10.02撮影
弥次喜多の人形 H22.10.02撮影

本陣公園の向かいには桜えび料理の店。門前には滑稽な感じの弥次喜多の人形が置かれている。

五十三次由比宿_H22.10.02撮影
五十三次由比宿 H22.10.02撮影

街中の五十三次由比宿の絵。途中、魚屋さんは閉店の準備をしているところが多く、ショーケースの電気も消えている所が多い。1軒見つけて生桜えびを購入。おばちゃんが親切に保存方法などを教えてくれた。

由比川橋_H22.10.02撮影
由比川橋 H22.10.02撮影

17:27 由比川橋で由比宿を出る。橋も歩道の部分が板になっていたり、浮世絵の彫刻があったりと景観に気を使っている。

桜えび通りの店_H22.10.02撮影
桜えび通りの店 H22.10.02撮影

橋を渡り終わると、由比駅へ向かう由比さくらえび通りになる。桜えびやシラスを売る店、飲食店がたくさん並んでいる。

桜エビのモニュメント_H22.10.02撮影
桜エビのモニュメント H22.10.02撮影

今日は時間的にちょっと無理だが、次回は必ず由比で桜えびのかき揚げを食べようと心に決めた。今度は通りに原の姓が良く見られる。途中、県道右折する形で396号に戻る。ここからまた由比駅の前で終了して、帰るためにさくらえび通りに戻るのだが、どこで戻るのかわからず、歩いていたおばあさんに聞いたら親切に教えてくれて、曲がり角まで追いかけてきてくれた。由比駅に降りる階段で本日は終了。駅前には桜えびの大きなモニュメント。帰りの電車の中で額をこすったら、額に塩が浮いていて驚いた。

東田子の浦駅~由比駅付近
時間:7時間0分(47時間23分)
歩行距離:25.18km(154.59km)

飲食代:1,725円
交通費:8,300円(自宅付近バス停~東田子の浦駅 由比駅~自宅付近バス停 新幹線は往復とも新横浜~三島)
お土産代:1,050円
その他:180円
合計:11,255円(累計:62,723円)

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2015.09.21 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【歩・過】京都まで歩く(日本橋~金谷)

【滞】南禅寺・鞍馬から向日町まで大移動 9/10

カテゴリ【滞】:京都での滞在記録
~備忘録も兼ねた京都での行動記録です。基本、取材旅行の過密スケジュールなので観光の参考にはならないと思います。後日、他のカテゴリで大きく取り上げる部分はさらっと流します。


ミニブログコーナー:京★銀行に口座を作りたくなって、東京駅近くの東京支店に行ったのですが、今は銀行って簡単に口座作らせてくれないんですね。京都が好きで年に何回か行くって理由だと口座開設できないそうです。結局、ネットバンクならどこに住んでてもいいそうなので資料を取り寄せました。月鉾のキャッシュカードが欲しいんですよね。
9月10日(水)の滞在記録 

二日酔いはしなかったものの、疲れもあって朝の散歩はお休み。9時半に聞法会館を出発し、まずは徒歩で京都駅へ向かいます。案の定、京都駅のバスターミナルは超混んでいるので、時は金なりということでタクシーを使うことにしました。最初の目的地は南禅寺、バス停も駅も最寄りが無いのでタクシーの方が効率的。ドライバーはおじいさんだったのですが、脇道をスルスルと利用して、プロの技を見た感じです。

金地院・大寧軒への門_H27.09.10撮影
金地院・大寧軒への門 H27.09.10撮影

金地院の奥にある大寧軒は南禅寺の塔頭ですが、通常非公開。今年の夏は公開しており、中に、蚕の社と同じ、三柱鳥居があるのでそれを目当てに伺いました。山の中というわけでもないのに、滝から流れる水の音で、ちょっと言い過ぎかもしれませんが、深山幽谷の雰囲気も少しします。写真はtwitterでは公開しましたが、後日、京都の鳥居カテゴリで。

瓢亭_H27.09.10撮影
瓢亭 H27.09.10撮影

瓢亭の前を通り、市営地下鉄の東山駅まで徒歩、そこから一駅、三条京阪・三条で出町柳から叡山鉄道に乗車。普段、市営地下鉄はあまり乗らないんですが、一駅でも210円かかるんですね。結構高い。あと今まで、三条京阪と三条の区別がよくついていなかったんですが、三条京阪が市営地下鉄で、三条が京阪の駅名ということを認識しました。私が言うのもなんですが、逆にした方がわかりやすい気もするんですがどうなんでしょう。

鞍馬駅の天狗_H27.09.10撮影
鞍馬駅の天狗 H27.09.10撮影

出町柳から叡山電鉄に乗って三宅八幡駅へ。降りてみるとカメラが・・・。前回も同じことしたのに懲りてません。あちこちの駅へ電話して、おそらく先ほど降りた電車の中だろうということで、次の電車で鞍馬駅まで追いかけることに。結果、鞍馬駅で回収して保管していてくれました。私は荷物が多いからこういうことになるので、次回は改善策を考えようと思います。気を取り直して鞍馬へ。仁王門と金堂前にある狛虎の取材です。仁王門は駅からすぐなのですが、金堂はケーブルカーに乗らないといけません。ところが、ケーブルカーが来年3月まで休止でした。諦めて仁王門前だけにして、もう一度鞍馬駅から叡山電鉄で出町柳方面へ向かいます。

三宅八幡宮・本殿_H27.09.10撮影
三宅八幡宮・本殿 H27.09.10撮影

三宅八幡駅で降りて、三宅八幡宮へ。今度は狛鳩の取材です。そういえば本日は朝から全く食事をしていなかったので、茶屋で名物の鳩餅を食べて休憩していたら、茨城が台風で大変なことになっていることをニュースで知りました。本日、徳島から東京に来ているフォロワーさんも東武鉄道が運休で、大幅な予定変更をされたそうです。

蛇塚古墳_H27.09.10撮影
蛇塚古墳 H27.09.10撮影

京都市文化観光資源保護財団に電話をして、太秦の蛇塚古墳の見学許可が取れました。出町柳から市バスを乗り継いで、北野白梅町から帷子ノ辻へ。蛇塚古墳は駅からそれほど遠くないのですが、地図無しでは絶対に行けない場所にあります。ちなみに松竹京都映画撮影所のすぐそばでした。住宅地の中に突然、こんな古墳が現れるところがさすが京都!という感じです。

麺魂・京都久世店_H27.09.10撮影
麺魂・京都久世店 H27.09.10撮影

本日最後の目的地はラーメン屋です。太秦駅からJRで京都駅、京都線乗り換えで向日町駅下車。時間があまりないので、店まではタクシーで。なぜわざわざ、向日市までラーメンを食べに行ったのでしょうか。その答えは、次回か次々回に京都で食べるのカテゴリで発表します。

京都駅上りホーム・案内板_H27.09.10撮影
京都駅上りホーム

案内板 H27.09.10撮影

本日の帰りは、ぷらっとこだまのグリーン車。一番遅い時間の18:59発です。新横浜まで3時間半かかりますが、書店で、"そうだ、京都行こう"の写真集を買ったので、それを眺めながらゆっくり過ごします。今回は駆け足になってしまいましたが、次回は仕事が決まったら、二泊か三泊くらいでゆっくりしたいです。

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2015.09.18 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【滞】京都での滞在記録

【歩・過】東海道五十三次踏破・東田子の浦~その1

カテゴリ:【歩・過】京都まで歩く(日本橋~金谷)
~2010年からスタートして現在中断中の、東海道を日本橋から京都まで歩く企画の過去分です。ここでは日本橋~金谷までを取り上げます。文章もその当時に書いたものです。


2010年10月2日の記録

猛暑の夏がようやく終わり、10/2(土)から五十三次を再開。前回、雨で途中断念したが、今回は再度、東田子の浦駅から再出発する。8:16に自宅を出発、自由が丘経由で新横浜から新幹線で三島まで、在来線で東田子の浦へ。

ゲラティック号の記念碑_H22.10.02撮影
ゲラティック号の記念碑 H22.10.02撮影

10:49 東田子の浦駅出発。晴天、猛暑ではないが汗ばむ陽気。県道380号を西へ。5分後、立円寺。境内には昭和54年の台風20号の為遭難し死者2名を出したインドネシア船のゲラティック号の記念碑。赤い錨型のモニュメントが印象的。

広沼橋から_H22.10.02撮影
広沼橋から昭和放水路 H22.10.02撮影

10:58 広沼橋は昔の街道を彷彿とさせる。岸辺の松と緑の水が印象的。橋の傍らには浮島沼の干拓に生涯をささげたという増田平四郎の像。またこの付近には一里塚もあったという。この辺りから土曜日にも関わらず日本製紙の赤白の煙突が煙を吐いているのが見えてくる。歩いていると、今風のココナツ型のヘルメットでなく、昔ながらのヘルメットをかぶった中学生に遭遇。私自身は自転車でヘルメットをかぶったことは無いが、思わず郷愁を感じる。この頃には背中が汗でぐっしょり。着替えを持ってきて良かった。

妙法寺_H22.10.02撮影
妙法寺 H22.10.02撮影

11:12 檜の交差点を左へ。旧東海道の案内があり、ここから県道170号。前回はここまで来て雨の為リタイヤした。進んでいくと日本製紙の煙突が1本増えて2本に。工場の怪しげな建築物も見えてきて、工業地帯に近付いていることが分かる。15分後、毘沙門天と呼ばれる妙法寺。

西部タワー_H22.10.02撮影
西部タワー H22.10.02撮影

門前には旅館が2軒あり観光バス用の駐車場もあるが、境内は閑散としている。境内は和風の本堂と中華風のエキゾチックな建造物が混在していて時代劇に出てくる長崎の寺のような感じ。県道に戻ろうと参道の階段を降りると、正面には先程の工場の怪しげな建造物。西部警察で撃ち合いをしていそうな建物なので、個人的に西部タワーと名付けた。

日本製紙富士工場鈴川_H22.10.02撮影
日本製紙富士工場鈴川 H22.10.02撮影

11:38 東海道線を渡る踏切。踏切を渡ると日本製紙富士工場鈴川の正門。日本製紙は国内第2位の製紙会社で日本製紙グループの洋紙を作成する会社だそうだ。

シャディ_H22.10.02撮影
シャディ H22.10.02撮影

11:43 吉原駅北口交差点。スーパーの屋上に久々にシャディーの名前を見つける。我々、必殺ファンには、番組中のCMで馴染みなのだが、現在は一般の人はあまり知らないだろう。シャディはカタログでギフトを選ぶ会社の走りで、必殺シリーズ後期にはガッツ石松が裃姿でスクーターに乗るCMが必ず流れていた。先日、必殺仲間と飲んでいる時にCMもドラマの重要な一部とシャディーのCMを引き合いに出して語ったのを思い出した。

河合橋から_H27.10.02撮影
河合橋から H27.10.02撮影

3分程歩くと河合橋。橋の左右の両岸にはモータボートがずらり。正面にはCMでお馴染みの鈴与の工場。CMではよく見るが、何をしている会社かわからないので調べてみたら、物流から発展した商社のような感じらしい。橋を渡って先は、まさに工業地帯の雰囲気。

富士山_H22.10.02撮影
富士山 H22.10.02撮影

太い道路や倉庫が立ち並び、見渡すと煙突も何本か見える。太い道路の先には雲がかかっているが富士が見える。

左富士神社_H22.10.02撮影
左富士神社 H22.10.02撮影

12:00 お昼を知らせるチャイムと同時に左富士神社到着。

馬頭観音_H22.10.02撮影
馬頭観音 H22.10.02撮影

この辺りは、通常に東海道の下りでは右に見える富士が、東海道がくねっている関係で、左側に見えることからこの辺りの富士を左富士という。5分後には左富士の記念碑やその脇に往時を忍ぶ老松もあるが、家や工場があって左側に富士は見えない。結局、この日は左富士を見ることが出来なかった。さらに進むと道の端に何やら由緒ありそうな馬頭観音の祠。

ヘルス東京_H22.10.02撮影
ヘルス東京 H22.10.02撮影

すぐ先、団地(社宅?)の真っ正面に突然、何の脈絡も無く現れたヘルス東京。東京ととつけてしまったネーミングが何故か悲しいが、地元の若者の通過儀礼的存在の場所か?

平家越_H27.10.02撮影
平家越の碑 H27.10.02撮影

12:16 平家越橋。傍らには平家越の碑。この辺りが富士川の戦いで、羽音で平家を敗走させた水鳥の飛び立った場所とのこと。この地は平家没落のきっかけとなった地ということになる。ところで昨日、3時間程しか寝れなかった関係で、体調が良くない。睡眠不足で下痢気味。近所のコンビニを借りてトイレ休憩。

吉原本町駅_H27.10.02撮影
吉原本町駅 H27.10.02撮影

12:31 吉原本町駅。この辺りのバスの行き先が吉原中央駅となっているので、不思議に思っていたら吉原中央駅はバスターミナルで、吉原本町駅は岳南鉄道の駅だとのこと。この辺りはアーケード街になっており、吉原地区の商業の中心のようだ。商店街を歩いて行ったが、あまり食べたいものがない。この先、進むと店が無くなりそうな気がして、ここで食べておかないと思うのだが、なぜか気が進まず、食べずに進む。

餃子の王将_H27.10.02撮影
餃子の王将たではら店 H27.10.02撮影

市役所付近でもラーメン屋しかなく、仕方なく進むと、持っていた地図に餃子の王将を発見。ほんの少しルートから外れるが、王将が食べたくなってきたので王将を目指す。途中、スシローに惹かれたが、鮨屋だと休憩がゆっくりできなそうなので王将にする。長く歩くには十分な休憩が欠かせないのは今までの経験で学習済み。13時過ぎにようやく餃子の王将たではら店に到着。ラーメンセットを注文。その後、有料の緑茶を注文して休憩。食べていると汗が止まらず、顔からも汗が噴き出してくる。ここのお店は、よく見るような平屋型の王将ではなく、1Fが駐車スペースになって、その上を蔽うように2Fが店舗になっているタイプ。京都の上鳥羽店を小さくしたような感じ。店の雰囲気からフランチャイズかと思って調べたら、案の定フランチャイズだった。王将の直営とフランチャイズの見分け方には最近自信がある。休憩1時間を目標にしたが、カウンターなのでなかなか長居もしづらく、約40分程休憩して店を出る。店を出ると道路の表示は静岡まで40km。今日は無理だが、そろそろ静岡が射程距離に入ってきた。

間宿の図_H27.10.02撮影
間宿の図 H27.10.02撮影

13:58 総合庁舎前。この辺りは吉原宿と蒲原宿の間で多くの茶屋が立ち並んでいた。このような場所を間宿(あいのしゅく)と言うそうだ。写真は間宿を描いたもの。

刈り入れ中の水田_H27.10.02撮影
刈り入れ中の水田 H27.10.02撮影

正面には刈り入れ作業中の水田で農家の方が作業をしていた。住宅地の中に田園風景が広がる。

京都までの案内図_H22.10.02撮影
京都までの案内図 H22.10.02撮影

14:15 富士ホワイトホテル。このホテルは駿河有数の大地主、松永氏の旧邸宅跡地に建てられたもの。表の案内では京都まであと90里30丁(357.0Km)。まだまだ先は長い。ところで、このウォーキングが無事終了したら、社長の友人のUさんが、京都のお座敷に上げてくれるそうだ。

柚木駅_H22.10.02撮影
柚木駅 H22.10.02撮影

14:24 柚木駅通過。この路線はJRの身延線で富士駅と山梨の甲府を結んでいる。

常夜燈_H22.10.02撮影
常夜燈 H22.10.02撮影

この先、少しだけ裏道に入るのだが、入り口に案内があり助かった。常夜燈は慶応元年(1865)に建てられたもの。

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2015.09.15 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【歩・過】京都まで歩く(日本橋~金谷)

【滞】気分転換に台風一過の京都へ 9/9

カテゴリ【滞】:京都での滞在記録
~備忘録も兼ねた京都での行動記録です。基本、取材旅行の過密スケジュールなので観光の参考にはならないと思います。後日、他のカテゴリで大きく取り上げる部分はさらっと流します。


ミニブログコーナー:前回、仕事が決まったら京都に来ると申し上げました。先日、仕事が決まったのですが、条件面で折り合わず、やむなく辞退した次第です。当然、京都へ行っていい条件は満たしていないのですが、気持ち的におさまりがつかず、とりあえず行っちゃいました(笑)。
9月9日(水)の滞在記録

東京は時折、小雨がぱらつく感じ。台風15号が午前中に愛知県に上陸しましたが、京都に行きたい気持ちは止められず、12:49の新幹線のぞみで新横浜から京都へ出発。台風にも関わらず意外と車内は混んでいます。まずはデッキへに落ち着いて、とりあえず弁当を頂きました。ちなみに本日は魂京都3周年の記念日、ツイッターにお礼のツイートなどして時間を過ごします。

車窓からの空_H27.09.09撮影
車窓からの空 H27.09.09撮影

車窓を眺めると、台風でも意外に所々晴れ間が出ています。でも三河安城の手前で、手が届くほど雲が低くなっていることに気づきました。名古屋に到着すると、雲は多いけれど合間から陽が差す感じ。ニュースを見ると台風はこの時間、福井に行ってしまったそう。3号車の先頭が空いたので名古屋から座ります。自由席は先頭だとコンセントが使えるので、それがなによりありがたい。そういえば先ほどから、以前に紹介した727やローズ羽毛布団の野立て看板が目につきます。狙うと撮れないのに、こういう時に限って連続で発見するものです。


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新幹線京都到着のアナウンス H27.09.09撮影

山科過ぎたら、いつも通り、車窓を動画で撮りながら、大好きな京都到着のアナウンスをスマホに納めます。アナウンス時の音楽は私が好きな、いい日旅立ちじゃないほう。"タンタンタン、タタン"のほうです。

五条坂_H27.09.09撮影
五条坂 H27.09.09撮影(今回からフォトショップを使っているので、顔をモザイクで消しています!)

どうせ混んでいるから、京都駅前でバスに乗る気がしないので、そのまま新幹線の券を利用して、東福寺乗り換えで京阪の清水五条へ。鉄橋の上から、台風のせいで鴨川の水量が増えているのがわかります。空を見ると、京都も雲が多いですが、雲を通しても陽が差しているのがわかる感じ。東山の向こうは少し、青空が見えています。今日は時間もあまりないので、最初の目的地は清水寺にしました。私にとって京都に午後つくなんてのは、結構なぜいたく!です。五条坂につくと、台風直後にもかかわらず結構な人手。心の中で、通り過ぎる修学旅行生たちに"修学旅行で京都に来るのは、大人になって再度来た時のための思い出作り。いい旅をするのだぞ"と声をかけました。清水寺では、狛犬、首振地蔵、景清爪彫りの観音の取材、いすれも仁王門のそばなので、短時間でネタを3件ゲット。

八坂の塔_H27.09.09撮影
八坂の塔 H27.09.09撮影

産寧坂を下っていつものコースで八坂の塔・法観寺へ。この眺めから見る八坂の塔は、いつ見ても気持ちがよい風景です。テレビでよく使用される東大路通りからの眺めと甲乙つけがたい。私は上の写真のビューを"そうだ京都"ビュー、東大路からを"TVビュー"とよんでいます。そうこうするうちに、私の気持ちも次第に晴れてきました。やはり京都に来ると元気になります。来てよかった。もしかしたら、自分は京都コンプレックスなのかもしれません。すでに午後四時を過ぎているので、東大路通りからバスに乗り平安神宮へ向かいます。

平安神宮の大鳥居_H27.09.09撮影
平安神宮の大鳥居 H27.09.09撮影

次の目的地は、先日テレビで見た平安神宮近くのうちわの小丸屋さん。自宅京都化計画の一環で、洛中洛外図屏風的な風景が描かれたうちわが欲しかったのですが、残念ながら見つかりませんでした。京都駅までバスで戻ることにしたので、バス停近くのこのブログの初期で紹介をした平安神宮の大鳥居を再度取材。いつ見ても大きな鳥居。結構離れないとファインダーに収まりません。

聞法会館_H27.09.09撮影
聞法会館 H27.09.09撮影

超満員のバスで京都駅へ。運よくすぐ座れました。四条通りの歩道拡張により、9月の下旬辺りから市バスも四条通りを避けて走るコースになるとの広告がでています。さもありなんという感じ。京都駅では、明日の"ぷらっとこだま"を予約して、今日の宿は新幹線の中から楽天トラベルで予約した、西本願寺の聞法会館まで徒歩。今回もポイントを使ったので、60円で宿泊できました。チェックインをして、入浴、洗濯を済ませたら、今晩の大人の魂京都へ出発。今回の大人の魂京都タイムも、"京都で呑む"カテゴリでご覧下さい。

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2015.09.14 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【滞】京都での滞在記録

【歩・過】東海道五十三次踏破・三島~その5

カテゴリ:【歩・過】京都まで歩く(日本橋~金谷)
~2010年からスタートして現在中断中の、東海道を日本橋から京都まで歩く企画の過去分です。ここでは日本橋~金谷までを取り上げます。文章もその当時に書いたものです。


ミニブログコーナー:魂京都、お陰様で3周年を迎えることが出来ました。いつも訪問して下さる皆様に心から御礼申し上げます。本来ならオリジナル記事を書きたかったのですが、時間が無いために過去記事で申し訳ありません。今後もますます頑張っていきますので、今後ともどうぞよろしくお願い致します。

2010年5月22日の記録  白隠禅師生誕の碑からの続き

雲見浅間神社_H27.05.22撮影
雲見浅間神社 H27.05.22撮影

17:04 雲見浅間神社。浅間神社はよく聞く名前だが、本日二つ目。地図を見るとすぐ隣にも浅間神社があった。

原宿本陣跡_H27.05.22撮影
原宿本陣跡の案内板H27.05.22撮影

17:05 原宿本陣跡。現在は説明書のついた案内の石柱があるだけ。丁度、葬式をやっていて出棺の時間だったので、説明部分のみ撮影して出発。

白隠正宗の幟_H27.05.22撮影
白隠正宗の幟 H27.05.22撮影

17:07 原駅入口交差点。夕暮れの時間になり少し涼しくなってきた。疲れているので素直にうれしい。近くで白隠正宗という、先程の白隠禅師の名前を取った地酒の幟を発見。よりによって坊さんの、しかも禅宗の僧の名前を酒につけてしまった所が可笑しい。禅宗は門前によく不許葷酒入山門 (くんしゅさんもんにいるをゆるさず) と書かれていることが多いのだが、白隠禅師も実は酒好きだったのだろうか。ちなみに僧侶の隠語で般若湯とは酒のこと。

原宿一里塚跡_H27.05.22撮影
原宿一里塚跡 H27.05.22撮影

17:26 原宿一里塚跡。ここも遺跡は残っておらず、説明書のついた石柱のみ。

富士山_H27.05.22撮影
富士山 H27.05.22撮影

17:32 気付くと富士が横に来つつある。今まで1時の方向だったのが2時の方向に近付きつつある。それだけ歩いてるということか。アパートの脇から富士が綺麗に見えている。三島辺りから、富士と一緒に旅をしていると、富士が信仰の対象というのは何だかわかるような気がする。

17:35 村社三社宮。村社という言葉は初めてだがこの辺りの鎮守様ということだろう。実はここにも浅間神社である。本日4社目。

浅間神社_H27.05.22撮影
浅間神社 H27.05.22撮影

17:44 またまた浅間神社。本日5社目。これはこの辺りは何かありそうだ。

17:55 東海道線の踏切。この辺りで富士が13時の方角から14時の方角位になってきた。結構な距離を歩いたことを実感した。千本街道の別れ道から8.8km程。

富士市の案内板_H22.05.22撮影
富士市の案内板 H22.05.22撮影

18:00 富士市に突入。

18:03 東柏原交差点で現在の東海道である県道380号に合流。

富士山_H22.05.22撮影
富士山 H22.05.22撮影

18:06 本日ラストの富士を撮影。遮るものが無く、綺麗に撮影できた。

六王子神社_H22.05.22撮影
六王子神社 H22.05.22撮影

18:10 東田子の浦駅前交差点で終了。道路沿いには六王子神社という何かいわくありげな神社がある。由緒書によると、関東から京に行く7人の巫女の中の一人が、土地の竜神の生贄になるくじを引き当ててしまい、残された6人がそれを嘆いて身を投げた亡骸を埋めたのがここだということ。

三島二日町駅付近~東田子の浦駅入口交差点 ()は日本橋からの累計。
時間:6時間33分(40時間23分)
歩行距離:21.09km(129.41km)

かかった費用
飲食代:4,700円
交通費:5,710円(等々力駅~三島二日町駅 東田子の浦駅周辺~横浜駅)
その他:100円
合計:10,510円(51,468円)

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2015.09.09 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【歩・過】京都まで歩く(日本橋~金谷)

【歩・過】東海道五十三次踏破・三島~その4

カテゴリ:【歩・過】京都まで歩く(日本橋~金谷)
~2010年からスタートして現在中断中の、東海道を日本橋から京都まで歩く企画の過去分です。ここでは日本橋~金谷までを取り上げます。文章もその当時に書いたものです。


2010年5月22日の記録  千本街道との交差点からの続き

東海道53次タオル_H22.05.22撮影
東海道53次タオル H22.05.22撮影

15:44 蒲団屋でまた東海道五十三次タオルを発見。結局、保土ヶ谷で聞いた、保土ヶ谷と由比でしか売っていないというのは違っていたようだ。大した値段ではないが、腹が立つので、今後は見つけても五十三次タオルの話題はもうしない。

163号線は地方の街同士を結ぶ田舎の幹線道路といった感じ。ひたすらまっすぐな道を歩き続ける。左側には並行して海があるのだが、両側が家なので海の見える気配は全くない。気がつくと右斜め前に家と家の間から時折、富士山が姿を見せるが、電線などが間に入ってあまり写真映えしない。

サトちゃん人形_H22.05.22撮影
サトちゃん人形_H22.05.22撮影

15:52 工藤薬局の前に昔懐かしいサトちゃん人形が飾ってある。色の落ち方もいい具合だ。

富士山_H22.05.22撮影
富士山 H22.05.22撮影

15:58 JAなんすん片浜前で、障害物が無く、家の屋根の向こうに富士がやや綺麗に見える。

願満具足天満宮_H22.05.22撮影
願満具足天満宮 H22.05.22撮影

16:06 廃業していると思われる雑貨屋風の店の前で休憩。風邪が治ったばかりで鼻の調子が悪く、口で息をしているのでやたら喉が渇いている。10分程の休憩で500mmのペットボトルを2本飲み干した。前には天満宮がある。願満具足天満宮とあるが、何でも願いがかないそうな天満宮だ。歩きだしたら天満宮の隣に喫茶店があった。雑貨屋の前から見えなかったのだが、どうせなら喫茶店で休憩すれば良かったと後悔。

ログハウス_H22.05.22撮影
ログハウス H22.05.22撮影

16:22 何の店だかわからないが、随分と立派なログハウス。どうせならこんなところで休憩したい。道が単調な直線で、疲れているのもあって、休むことばかり考えてしまう。

富士山_H22.05.22撮影
富士山 H22.05.22撮影

16:28 家の向こうに富士が綺麗に見える。富士が綺麗に見える場所を見つけることが唯一の楽しみで歩いている感じだ。写真に綺麗に写らないのが残念。

16:39 東海道線と交差する踏切通過。直線の道はまだまだ延々と続いている。

富士山_H22.05.22撮影
富士山_H22.05.22撮影

16:43 神明宮という社の所で富士が綺麗に見える。

松蔭寺_H22.05.22撮影
松蔭寺 H22.05.22撮影

松蔭寺_H22.05.22撮影
松蔭寺 H22.05.22撮影

16:53 松蔭寺。江戸中期、臨済宗中興の祖と言われた白隠禅師の墓がある。見た目は特に普通の一般寺院と変わらないが、案内板によるとこの辺りは“白隠の里”と書かれている。

二宮金次郎像_H22.05.22撮影
二宮金次郎像 H22.05.22撮影

境内で禅師の生誕碑を探してみるが見当たらないので出発。そのかわり、今時、珍しい二宮金次郎の石像があった。あとで写真を見て気付いたが、写真の後ろ側の車の脇にある石柱は白隠禅師の墓と書いてある。

白隠禅師誕生地の碑_H22.05.22撮影
白隠禅師誕生地の碑 H22.05.22撮影

17:02 海道沿いに白隠生誕地の碑を発見。かなり大きな石碑だ。車道に面して建っているので、交通量の関係で、離れて写真を撮影するのが難しい。臨済宗中興の祖とはいっても、我々にはあまりなじみがないのだが、“駿河には過ぎたるものが二つあり。富士のお山に原の白隠”と俗に言われたことから、江戸期には相当、高名な禅僧だったのだろう。そういえば、徳川家康にも“家康に過ぎたるものが二つあり、唐の頭と本多平八”、石田三成にも“島の左近と佐和山の城”というのがある。他にもこのようなものがあった気がするが、日本人は過ぎたるものを詠うのが好きなのだろうか?もちろん、本多平八郎忠勝や島左近のように、この歌に名を詠み込まれるのは非常に名誉なことだ。

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2015.09.06 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【歩・過】京都まで歩く(日本橋~金谷)

【鳥】福を呼ぶ"えびす顔"の鳥居~ゑびす神社

カテゴリ【鳥】:京都の鳥居
~京都にある珍しい鳥居や特徴的な鳥居をピックアップします。


ミニブログコーナー:気が付いたら鳥居の話が3連発になってしまいました。実はこのあとに鳥居のネタがあと二つあります。なんで鳥居の話だけ貯めてたんだろう?とりあえずこのまま次回もいっちゃいます。
ゑびす神社一の鳥居_H27.04.25撮影
ゑびす神社・一の鳥居_H27.04.25撮影

賑やかな四条通りから大和大路通りを450mほど下ると、建仁寺の塔頭、禅居庵のはす向かいに、日本三大ゑびす(他の二つは兵庫県の西宮神社、大阪府の 今宮戎神社)の一つ、"京のえべっさん"の愛称で親しまれている、ゑびす神社があります。800年ほど前、臨済宗の祖、栄西が建仁寺の建立に当たり、鎮守として建てた由緒のある神社です。都七福神の一つでもあります。

ゑびす神社二の鳥居_H27.04.25撮影
ゑびす神社・二の鳥居_H27.04.25撮影

今回、ご紹介するのはゑびす神社の二の鳥居です。遠めに見ても扁額の部分が普通の鳥居と少し違うのがわかると思います。

ゑびす神社二の鳥居のゑびす顔_H27.04.25撮影
ゑびす神社・二の鳥居のゑびす顔 H27.04.25撮影

何と二の鳥居の額束(扁額を取り付ける場所)には、まるで参拝者を優しく見守るかのような、ニコニコ顔(*^-^*)のゑびすさんの顔が取り付けられているのです。これでご利益の商売繁盛が保証されたような気になってしまいますね。

ゑびす神社二の鳥居のゑびす顔_H27.04.25撮影
ゑびす神社・二の鳥居のゑびす顔 H27.04.25撮影

見ようによっては、白い汚れがちょっと泣いているようにも見えます。顔は福箕(みの)につけられていますが、箕とは脱穀の時に廃棄物を選別する竹で編んだ道具です。

ゑびす神社二の鳥居の熊手_H27.04.25撮影
ゑびす神社・二の鳥居の熊手_H27.04.25撮影

そして顔の下には熊手があり、掬い取ったようにも見える小銭が入っています。みなさん、下から投げ入れているのですが、いざ下に立つとかなり難しそう。(私は運動神経が鈍いのであきらめました。) 調べてみると、案の上、うまく入ると願いが叶うと言われているのだとか。

ゑびす神社本殿_H27.04.25撮影
ゑびす神社・本殿 H27.04.25撮影

ちなみに「商売繁昌、笹持って来い!」の掛け声で知られる十日ゑびす大祭(初ゑびす)は、毎年1/8から1/12に行われますが、その時には鳥居のゑびす様には白い布がかけられます。ここに小銭を入れようとする人で混雑してしまうからだそうです。(写真がこちらのHPに掲載されています。)

ゑびす神社本殿南側_H27.04.25撮影
ゑびす神社本殿・南側 H27.04.25撮影

こちらは本殿の南側です。本殿参拝後、真ん中の板をトントンと軽く叩くという一風変わった参拝があります。ゑびすさんの肩を叩くお参りと、脇の説明書には書かれていました。知らなかったのですが、ゑびすさんは耳が遠いという設定?があり、今宮の戎神社ではドラを叩くそうです。

ゑびす神社財布塚・名刺塚_H27.04.25撮影
ゑびす神社・財布塚と名刺塚_H27.04.25撮影

また境内には商売繁盛の神様らしく、使い終わった財布や不要になった名刺を供養する財布塚と名刺塚があります。9月の第4日曜日に行われる名刺感謝祭では、出世して不要になった自分の名刺や不要になった他人の名刺を焚き上げてくれるそう。忙しいビジネスマンのちょっとした会話の小ネタにいかがでしょうか。

ゑびす神社絵馬_H27.04.25撮影
ゑびす神社・絵馬 H27.04.25http://admin.blog.fc2.com/control.php?mode=editor&process=load&eno=592#撮影

神社を紹介するといつも絵馬の写真を掲載しているので今回もアップしてみました。デザインはゑびすさんが必ず持っている、鯛になっています。小さく書かれている"ほえかご"とは、宝恵駕籠のことで、京都のゑびす神社では東映太秦映画村の女優が、松竹梅と紅白に飾った駕籠で参拝します。(宝恵駕籠はこちらのページに写真があります。)
京都ゑびす神社:京都府京都市東山区大和大路通四条下ル小松町125(地図・アクセス)
*ゑびす神社の表記は色々あるようですが、神社公式ページの"ゑびす"に統一しました。

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2015.09.03 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【鳥】京都の鳥居

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