【石】爪で彫られた観音像

カテゴリ:【石】京都の石仏~雨の日も風の日も京の街を山を水辺を護り続ける"いしぼとけ"達


ミニブログコーナー:今日、出かけた先で見ると幸せになれるという黄色い新幹線を見ました。見たといっても走っている所ではなく、倉庫に入っていてしかも先端部分だけなんですが・・・。幸運を少しでも皆様にということで写真はこちら

清水寺・随求堂(ずいぐどう)_H27.09.09撮影
清水寺・随求堂(ずいぐどう) H27.09.09撮影

清水寺の話題が3回続きましたが、今回のテーマも清水寺七不思議の一つ、石に爪で彫られたという観音像です。今回のお目当ては仁王門をくぐって正面にある随求堂(地図)の前にあります。随求堂は真っ暗なお堂の中を、数珠を頼りに進むという胎内めぐりを体験できる場所です。ちなみに"清水寺の七不思議"とこの間から連呼していますが、七不思議と言いつつ、実は不思議は26個も。

爪で彫られた観音像へ_H27.11.08撮影
"爪で彫られた観音像へ H27.11.08追加撮影

仁王門から来ると、隋求堂の手前にこの石灯籠と石柱が見えてきます。石碑には"かけきよ守本尊 観世音"と書かれているのでしょうか?

清水寺・随求堂前の石灯籠_H27.09.09撮影
随求堂前の石灯籠 H27.09.09撮影

爪で彫られた観音像は、"景清爪形観音"、"景清爪彫の観音"とよばれ、随求堂前、お堂に向かって右側にたつ石灯籠の中にあります。平氏の侍大将だった平景清は、壇ノ浦後に、源頼朝の暗殺を企てて捕らえられ、"源氏の世は見られぬ"と自らの眼球をくりぬいて、清水寺に奉納したという伝説が残る人物です。

景清爪形観音の石柱_H27.09.09撮影
景清爪形観音の石柱 H27.09.09撮影

その景清が牢内にて、爪で刻んだというのがこの観音像。話だけでも鬼気迫るものがあります。石灯籠の脇に立つ石柱には"かけきよ""くわんせおん"の文字を確認することができました。

清水寺・随求堂前の石灯籠_H27.09.09撮影
随求堂前の石灯籠 H27.09.09撮影

石灯籠の火を灯す部分を"火袋(ひぶくろ)"と云いますが、観音像はこの中に彫られています。窓の部分から中を覗き見るのですが・・・

石灯籠の火袋_H27.09.09撮影
石灯籠の火袋 H27.09.09撮影

覗いても暗くてなかなかよく見えません。何とか内部にフラッシュの光が当たるようにして、映したのが上の写真です。テレビか何かで、ジョークかもしれませんが"心がきれいな人しか見えない?"と聞いたような気もするので、無理やりこじつけてみたのが赤丸と青丸部分になります。

赤丸部分_H27.09.09撮影
赤丸部分 H27.09.09撮影

まず赤丸部分はおかっぱの女の子のようにも見えますが、肩から下の手を合わせた観音像のようにも思えます。

青丸部分_H27.09.09撮影
青丸部分 H27.09.09撮影

青丸部分は手を合わせた観音の全体像。真ん中の小さな丸が手を合わせている部分です。

テレビのキャプチャー画面_H27.09.09撮影

テレビのキャプチャー画面_H27.09.09撮影
テレビのキャプチャー画面 H27.09.09撮影

たまたまテレビで景清爪形観音を取り上げていたので、画面をキャプチャーしてみました。これもはっきりしませんが、私には黄色い線で描いた、宝冠を付けた観音像の頭部から肩にかけての像に見えました。皆さんはいかがでしょうか?


清水寺:京都府京都市東山区清水一丁目294(アクセス/公式HP)
H27.11.17追記・写真追加

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2015.10.30 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【石】京都の石仏

【石】清水の首振地蔵

カテゴリ:【石】京都の石仏~雨の日も風の日も京の街を山を水辺を護り続ける"いしぼとけ"達


ミニブログコーナー:当ブログのPC版のサイドナビに、Twitterのタイムラインを表示できるようにしました。久々に機能追加してみましたが、いかがでしょうか?
前回は清水寺、仁王門の前にある阿々(ああ)?の狛犬をご紹介しましたが、本日は同じく仁王門手前の向かって左側にある善光寺堂の首振地蔵をピックアップします。

清水寺・善光寺堂_H27.09.09撮影
清水寺・善光寺堂 H27.09.09撮影

善光寺堂は地蔵菩薩が本尊ですが、如意輪観音も併祀しているので、洛陽三十三所観音霊場の一つ、第十番札所に数えられているお堂です。善光寺堂の具体的な位置はこちら

首振地蔵_H27.09.09撮影
首振地蔵 H27.09.09撮影

参道を登ってくると、どうしても仁王門に目が行ってしまうので、その手前にある善光寺堂に気づかない方も多いと思いますが、首振地蔵は、善光寺堂の正面、向かって右側の小さな祠の中に安置されています。首振地蔵も狛犬と同じく、清水寺の七不思議の一つです。

首振地蔵_H27.09.09撮影
首振地蔵 H27.09.09撮影

このお地蔵様は首が可動式になっていて、動かすことができる、動かしてもよいという珍しい石仏です。駒札によると、自分の願い事がある方角に首を動かして祈ると、願いが叶うそうです。"商売がうまく回る","借金で首が回らない"などの"回る"という意味ににかかっているのでしょう。(公式HPでは片思いが叶うとなっています。)

首振地蔵_H27.09.09撮影
首振地蔵 H27.09.09撮影

首を動かすなんてちょっと畏れ多いのですが、せっかくなので首を動かさせて頂きました。(小学校の時、宿題で地元の古い石仏を調べていて、首を落としてしまったことがあるので、ちょっと抵抗があるのです。) 現在、就職活動中なのでとりあえず東京のある方角へ首を向けて、手を合わせます。石臼を引くような感じで、ギリギリとした感じで首が動きます。

初代・首ふり地蔵_H27.09.09撮影
初代・首振地蔵 H27.09.09撮影

ところで、私が首を回したのは20~30年前に作られた二代目の首振地蔵で、初代はその後ろの格子戸の中に安置されています。初代は、江戸中期に祗園の芸妓が、鳥羽八という幇間(ほうかん~たいこもち)を忍んで奉納したのだとか。実はこのお地蔵さん、仏像ではなく、幇間の像なのです。初代は確認できませんが、二代目の像は頭巾をとるとちょんまげ、よだれかけの下には扇子を持っているそう。着ているものも羽織です。言われてみると初代の像も、扇子を持っているのが確認できます。表情は摩耗していてわかりませんが、なんとなく穏やかなのがわかります。(詳しいエピソードは京都新聞のサイトに)
H27.11月追記

後日、善光寺堂を訪れた際に、二代目の像のよだれかけの下がどうなっているのか、見させて頂きました。失礼を十分お詫びしてからめくってみたのがこちらの写真です。

首振地蔵_H27.11.07撮影
首振地蔵 H27.11.07撮影

やはり前述の京都新聞の内容は正しく、よだれかけの下は、羽織に扇子を持つ幇間の姿でした。(さすがに頭巾をとる勇気はありません。)

善光寺堂内_H27.11.07撮影
善光寺堂内 H27.11.07撮影

写真撮影禁止ではなく、なおかつ公開されているので、是非、当ブログでご紹介致したく、きちんと参拝した後、善光寺堂内の御本尊も撮影させて頂きました。中央が鎌倉期作の六臂(ろっぴ~六つの肘の意味)の如意輪観音座像、向かって左がご本尊の地蔵菩薩、右が奥の院南庭にあった善光寺如来堂の本尊・善光寺型阿弥陀如来三尊像です。こちらは長野の善光寺の本尊を勧請したものです。善光寺如来堂は明治初期に地蔵院と合併して善光寺堂になりました。

善光寺堂扁額_H27.11.07撮影
善光寺堂扁額 H27.11.07撮影

結果的に善光寺堂に合併された形になっていますが、地蔵院の名前はこちらに残っていました。善光寺堂は旧地蔵院ともよばれています。
清水寺:京都府京都市東山区清水一丁目294(アクセス/公式HP)

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2015.10.27 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【石】京都の石仏

【動】仁王門を固める2頭の狛犬

カテゴリ:【動】京都の動物~京都の街の動かない動物たち、つまりオブジェとしての動物を取り上げます。


ミニブログコーナー:初めてテレビ東京の"釣りバカ日誌"見たけど面白いなあ。でも金八好きの私にとっては、今回の第1話で、金八第7シリーズの狩野伸太郎と金八が共演したことで胸がいっぱいです。それにしても濱田岳クン、今度は必殺に仕事人役で出て欲しい。得物はシンプルに長ドスとかどうでしょうか。仕事屋稼業の政吉みたいな感じ。きっといい芝居すると思うけど。
五条坂_H27.09.09撮影
○○○の参道 H27.09.09撮影

今回は、京都に行ったことがあるほとんどの方が見たことがあるはずのものがテーマです。それがあるのはこの石畳を登った先になりますが、このブログを見ている方なら、きっとどこだかおわかりでしょう。

清水寺・仁王門_H27.09.09撮影
清水寺・仁王門 H27.09.09撮影

ハイ、清水寺で正解です。参道を登りきったところにある、仁王門の石段の下に控えている狛犬が今回の話の主役です。この狛犬は明治時代に寄進されたものだそうですが、何か普通の狛犬と違うことに気づきませんか?

仁王門前の狛犬_H27.09.09撮影
仁王門前の狛犬 H27.09.09撮影

こちらが向かって左側の狛犬。裏側の台座には、音羽婦人会との銘が刻まれています。口を大きく開いた阿形(あぎょう)の狛犬です。

仁王門前の狛犬_H27.09.09撮影
仁王門前の狛犬 H27.09.09撮影

こちらが反対側、向かって右側の狛犬。裏の台座には"清水普門会"の銘が刻まれています。口を大きく開いた阿形(あぎょう)の狛犬です。あれ・・・?

仁王門前の狛犬_H27.09.09撮影
仁王門前の狛犬 H27.09.09撮影

そうです。普通の狛犬は片方が口を開け、片方が口を閉じているという阿吽(あうん)の形をとるものなのですが、清水寺の狛犬は両方が阿形をとっているのです。阿々(ああ)の狛犬といったところでしょうか。これは全国的にも非常に珍しいもので、清水寺の七不思議の一つになっています。

仁王門前の狛犬_H27.09.09撮影
仁王門前の狛犬_H27.09.09撮影

公式HPによると、東大寺の南大門裏にある狛犬(こちらも阿々)をモデルにしたためこのようになったそうです。また後付けのような気がしますが、お釈迦様の教えを大声で伝えるために両方とも口を開けているという説も。ちなみにwikipediaによると狛犬は通常、無角の獅子と有角の狛犬とが一対だそうなので、正確に言えば、清水寺は犬ではなく獅子ということになりますね。京都観光では定番の清水寺ですが、次回行かれた際は注目してみて下さい。
清水寺:京都府京都市東山区清水一丁目294(アクセス/公式HP)
編集記録:H27.11追記

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2015.10.25 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【動】京都の動物

【歩・過】東海道五十三次踏破・静岡~その6

カテゴリ:【歩・過】京都まで歩く(日本橋~金谷)
~2010年からスタートして現在中断中の、東海道を日本橋から京都まで歩く企画の過去分です。ここでは日本橋~金谷までを取り上げます。文章もその当時に書いたものです。


11/16(土)静岡駅前付近から歩いた記録の続き 須賀神社のクスの木通過から

16:22 セブンイレブンでトイレ休憩。

16:28 国道1号を横断して裏道へ。住宅街が工事中で、どこへ行っても行き止まり。住宅地の中をウロウロ、イライラしながらようやく元のルートへ戻る。

成田山藤枝別院_H22.11.16撮影
成田山藤枝別院 H22.11.16撮影

16:36 成田山藤枝別院。千葉の成田山新勝寺の別院で、この場合は直末寺院というらしい。地図では新護寺となっているがガイドブックでは左車山休息寺ともある。左車とは親王将軍の宗尊親王が東下りする際、車の左輪が破損してここで休息したためとも言う。本家同様、火祭りも行われている。この通りはずっと商店街になっており、幾つかの商店街がつながって長い商店街を形成している。そろそろうす暗くなってきた。

16:54 県道32号と交差する千歳交差点通過。車はもうライトをつけて走っている。あと1kmちょっと歩けば本日終了だ。

東海道五十三次藤枝宿_H22.11.16撮影
東海道五十三次藤枝宿 H22.11.16撮影

16:59 上伝馬問屋場跡。交番脇には広重五十三次の絵が描かれている。

勝草橋_H22.11.16撮影
勝草橋 H22.11.16撮影

17:04 瀬戸川にかかる勝草橋を渡る。並行してかかる橋は虹色にライトアップされている。

志太一里塚跡_H22.11.16撮影
志太一里塚跡 H22.11.16撮影

川を渡ると志太一里塚跡。江戸から50番目の一里塚。日本橋から200km以上は歩いていることになる。

17:23 国道1号と交わる青木交差点で本日は終了。駅まではここから10分程歩く。

何とか帰りは、静岡駅ビルで弁当を買って、高速バスで帰ることが出来た。渋滞もあって帰宅は11時過ぎになってしまったが、バスだと中でゆっくりできるし、安いので、このような時は新幹線で帰るよりもいいかもしれない。

静岡駅付近から藤枝駅付近
時間:7時間3分(61時間44分)
歩行距離:23.7km(201.79km)

飲食代:4,916円
交通費:9,020円(新幹線は往き新横浜~静岡 帰りは静岡~霞が関まで高速バス)
合計:13,936円(累計:102,309円)
*飲食代は2人分、交通費は1人分

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2015.10.23 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【歩・過】京都まで歩く(日本橋~金谷)

【飲】四富会館から○○会館へ・・・もう一つのディープ 後篇

カテゴリ【飲】:京都で呑む~さあ、今日はどこで呑もうか。木屋町、祇園、河原町。吉田類さんばりに京の酒場を探訪する、大人の魂京都です。


ミニブログコーナー:11月の京都行のコースがようやく出来上がって、同行する人のOKもとれました。新幹線は明日から取れるので、朝一で予約しにいかないと。そういえばツイッターで、東急ハーベスト、1泊2万と言いましたが、1万円程度の間違いでした。何かベランダに露天風呂があるすごい部屋らしいです。後日、コースをブログで発表します。
ここからが本題。うろ覚えですが、"たすく"で、このブログでも取り上げた京都の三大ディープ飲食街(烏丸七条のリド飲食街西院の折鶴会館四条富小路の四富会館)の話をしていたら、女性の常連さんが何と、まだもう一つディープなところがあるというのです。これは聞き逃せないと思い、詳しく聞いて見るとそこは○○木屋町の○○会館という建物だとのこと。何やらディープな店が沢山入っている飲食ビルだそう。酔っているので、忘れてはならじと手帳にメモをとりました。基本、これから書くのは半分悪口なので、場所を特定できそうなところは伏字にしましたが、地元の人ならすぐわかるかもしれません。

"たすく"を出ると、私はすでに千鳥足。回転寿司で生ビールジョッキ2杯、"たすく"でワインを8杯、私にしては結構飲んでいる方です。四条富小路から○分くらいかけて○○会館を探します。酔っているのも有って裏通りをフラフラ、大まかな場所しか聞かなかったので少し迷いましたが、客引き(実際は引かないけど、目で引いてる)をかわして、○○会館に辿り着きました。古ぼけたビルでいかにも昭和なたたずまいは、確かに見た目でディープな感じ。即、四大ディープ飲食街の一つに認定!

さてどの店に入るかなんですが、手帳にメモってある店は、オーナーがヤバい的な話だった(と思います)ので、何となく腰が引けて、二階に上がってすぐの所にある店に入ることにしました。店内は見えないので、ぼられるかもしれませんが、こうなったら酔った勢いです。ドアを開けるといきなり、正面、店の奥におっさんの背中が。なんとそのおっさんは、トイレのドアを開けたままおしっこしていたのでした。ファーストインパクト!いきなりかよと思ったら、そのおっさんはこの店のマスター。マスターは、たいして驚いた様子もなく、カウンターの中に戻ると普通に注文を聞いてきました。60代位な感じです。とりあえず、ビールを注文すると小瓶のビールが出てきたのですが、そのあと、マスターはカウンターの中で端っこに座って、何かノートの様なものをずっと見ています。このシチュエーションだと、普通は何か話しかけてきそうなんですが、マスターは沈黙しています。

私は基本的に知らない店で、絶対にこちらから先に話しかけません。だから旅行先ででなかなか知り合いができづらいのかもしれませんが、"こちらから先に話しかけたり、話しかけられたそうにしたら負け位のポリシー"を持ってます。(あくまでも先に話しかけないだけで、いったん話しかけて来たら、その後は楽しく会話するんですよ。)だから、私も沈黙継続中。この狭いスペースに人が二人いて、会話が無いというのは非常に気まずい空間です。マスターもきっと"この人何でこの店に来たんだろう"と考えているに違いありません。

沈黙しながらもずっと考えていたんですが(それしかすることないし)、このマスター、なんか違うんです。何が違うんだろうと考えていたら、どうも、そのマスターが一般的な酒場のマスターっぽくないのだ、ということに気づきました。バーのマスターというよりは古本屋の店番をしているオヤジという感じなのです。たまに古いレコード(CDかも)を交換する以外は、どうみてもバーのマスターという感じでは無い人がマスターをしているのが、この場に強烈な違和感を醸し出していることに気づきました。マスター、帽子はかぶってませんが、心に田中小実昌の帽子をかぶっていいるに違いありません。水商売にまったく興味がなさそうです。

あいかわらず、店内に沈黙が流れています。今考えると迷惑な話ですが、私はこのマスターに次第に腹が立ってきて、罰を与えようと考えました。神様でもないのに他人に罰を与えようという発想自体、狂ってますが(酔っているからね)、思いついたのは、絶対にこのマスターは、俺がこのビールを一杯飲んだら、この沈黙に耐えかねてすぐ帰るだろうと思っている。それならばあえてこの店に居続けてみようと。マスターを焦らせてやろう!

ビールを飲み干した私は、すかさず言いました。"焼酎、炭酸でわれますか?" "ナッツかなんか貰えます?"私はマスターがギョッとするのを期待していましたが、特にマスターは動じる様子もありません。すぐに手元に焼酎の炭酸割りとナッツが出てきました。そしてマスターはまたカウンターの隅に戻って何か見ています。再び流れる沈黙!"うわっ、ツワモノだ"逆に私の方が焦りました。私の方が罰を与えられている感じです。困った私は、キョロキョロするのも何なので、私の正面に貼ってあるスナップ写真のおっさん(たぶん常連だと思われる)のみを見つめることにしました。そうしていればマスターは"もしかしてお知り合いですか?"とか何とか話しかけてくるに違いない。気付くと何とかマスターに話しかけられようと努力している自分が・・・だんだん訳がわからなくなってきました。マスターは"この人何でこの店に来たんだろう"なんて全く考えてない。私に全く関心が無い!

そうこうしているうちに、京都大学の学生らしい四人組が入店してきました。その中の一人がマスターに○○の京都大学西部講堂ライブのレコードをリクエストして、あとは四人でしゃべってます。たまにレコードの感想を一人が言うくらい。そしてまたマスターは頼まれたものを作ると空気のように存在するという・・・

他のお客も入ってきたので、ようやく解放された気がして店を出ることが出来ました。お会計も2千円程度だったので、妥当な金額。大してオチもない話なんですが、しかし、何とも不思議な空間でした。次回はそんなに飲まないで行ってみようと思います。"あっ、こないだの"なんて絶対言わないだろうな。

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2015.10.23 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【飲】京都で呑む

【歩・過】東海道五十三次踏破・静岡~その5

カテゴリ:【歩・過】京都まで歩く(日本橋~金谷)
~2010年からスタートして現在中断中の、東海道を日本橋から京都まで歩く企画の過去分です。ここでは日本橋~金谷までを取り上げます。文章もその当時に書いたものです。


11/16(土) 岡部宿柏屋出発から

小野小町姿見の橋_H22.11.16撮影
小野小町姿見の橋 H22.11.16撮影

15:11 リスタート。3分程県道208号を歩いた後、並行する裏道へ入る。すると何の変哲もない橋とも言えないような小さな橋がある。この橋は小野小町姿見の橋と言い、晩年、東下りをする小町がこの橋の上で、水面に映る自らの姿を見て、容色の衰えを嘆いたという。

佐護神社の石段_H22.11.16撮影
佐護神社の石段 H22.11.16撮影

高札場などがあるのでこの通りが、岡部宿のメインストリートだったのではないかと思われる。長い石段を昇った上にあるのは佐護神社。石段フェチにはちょっと気になるが、疲労の為昇らず。

県道81号_H22.11.16撮影
県道81号 H22.11.16撮影

15:23 岡部支所前交差点。宿場防衛のための桝型になっている。ここから県道81号に入る。そこそこ幹線道路になっていて、途中にはカモメ静岡工場、通りには松の木が植えられていて、ちょっとした街道気分を醸し出している。疲労はピークに達しており、途中のバス停を見るたびにここからバスに乗りたい衝動に駆られるが、今ここで中止すると次回ここまで戻ってこなければならないので何とかして我慢する。

巌村領の表示_H22.11.16撮影
巌村領の表示 H22.11.16撮影

15:35 内谷新田交差点。高速の下をくぐる。直進すると国道1号だが1号には入らず、1号と並行する県道81号へ入る。県道と言っても普通の住宅街の道。路傍にはこれより巌村領との表示がある。岩村藩は美濃の大名だったかが、この辺りの横内村は岩村藩の飛び地だったと書かれている。

米屋の案内板_H22.11.16撮影
米屋の案内板 H22.11.16撮影

途中、かつての店を示す木板があちらこちらに立てられている。

15:47 仮宿交差点を通過。国道1号に入る。疲れでお互いに不機嫌で、とうとう大将(妻→現在離婚しています。:H27.10.19追記)と喧嘩になる。5分後、1号をそれて県道208号へ入る。島田まで13kmの表記。時間的にも本日は島田は無理と諦める。疲労もあるが、18時までには終了させて、静岡駅に戻らないとバスで帰れない。すぐに自動販売機を見つけて10分程休憩。

鬼島一里塚跡_H22.11.16撮影
鬼島一里塚跡 H22.11.16撮影

16:07 アパート脇に小さな鬼島一里塚跡。

鬼島の建場_H22.11.16撮影
鬼島の建場 H22.11.16撮影

16:15 鬼島の建場。何の跡なのかよくわからないが、膝栗毛では鬼島で弥次喜多が昼間から一杯やっていたようだ。

須賀神社のクス_H22.11.16撮影
須賀神社のクス H22.11.16撮影

16:18 須賀神社のクス。樹齢500年はとても見事だ。根の周りは15.2mもあると書かれている。

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2015.10.19 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【歩・過】京都まで歩く(日本橋~金谷)

【飲】四富会館から○○会館へ・・・もう一つのディープ 前篇

カテゴリ【飲】:京都で呑む~さあ、今日はどこで呑もうか。木屋町、祇園、河原町。吉田類さんばりに京の酒場を探訪する、大人の魂京都です。


ミニブログコーナー:"朝がきた"にドはまりしてしまいました。クレジット、宮崎あおいさんがトメなんですね。何か風格が出てきた気が・・・今週、おはつが蔵に閉じ込められるって予告でやってましたが、毎日クレジットに萬田久子さんの名前が出て来ると暗い気持ちになっています。
1ヶ月半前の話になります。宿泊場所は西本願寺の聞法会館でした。通常、私が"大人の魂京都"するところは四条河原町なので、夜の京都を、小一時間テクテク歩いて行きます。なんとなく寿司が食べたかったので、三条河原町のむさしへ。あいかわらず欧米系の外人客が多いなと思っていたら、レジの所に、トリップアドバイザー(世界最大の旅行口コミサイトらしい)の"外国人に人気の日本のレストラン"TOP30入賞のプレートが建ててありました。安いし、ネタも新鮮だと思うので妥当なところかと思います。

その後、せっかく顔を覚えて頂いたので、四富会館の琥珀さんへ向かいましたが、例によって満席。このお店は、常連さんが多いので早い時間に行かないとダメみたいです。(このあと3回位除きましたがずっと満席でした。) 四富会館はハモニカ長屋形式なので、なんども廊下を行ったり来たりすると、あきらかに一見さんで舐められると行けないので、廊下を一往復して出口に一番近い、バーに思い切って飛び込んでみました。

入ったお店の名前は"たすく"さん。ママが一人でやっている、カウンター5~6席のみのお店です。店名はママの名前から一文字とって訓読みにしてつけたそう。ワインバーなのでメインはもちろんワインですが、ママが日本中で買い付けた国産ワインのみを出しています。私はワインは詳しくないので、その都度おススメのワインをショットで頂きましたが、種類は沢山あるようで、常に違うワインを赤白色々頂きました。国産ワインってフルーティーで甘めなイメージを勝手に持っていたのですが、輸入物にも負けない渋みもある赤ワインや美味い日本酒のようにすっきりしたワインもあって、国産ワインの印象がずいぶん変わりましたね。お通しも、細かいことは忘れてしまいましたが、フランス料理の前菜の様な感じで充分満足感。

当初、店内は私の左側にカップルが一組だけ。カップルは会話に夢中、ママも大人めな感じの方だったので、私は一人で静かにワインを傾けていました。2、3杯飲んだところで女性のお客さんが入店。彼女は常連さんらしく、私の隣でママさんと会話が弾んでいます。意外とママさんも結構しゃべる人です。そのうち、彼女とママは二つある、舞妓さんのろうそくでミニコント的なことを始め、それが面白くて私もいつの間にか会話に加わっていました。私の悪い癖でどんどん、調子に乗ってワインを8杯も飲んだので(お会計は6,000円位なので良心的な値段)、細かい話の内容は全く覚えていないのですが、翌日付の私のフェイスブックにはこんなことが書いて有りました。

ちょっと色々あって気晴らしに京都へ行ってました。ワインバーでママやお客と仲良くなり、俺的三大京都好き基地外アピール
その1 最高で、年に15回、京都に来たことがある。
その2 一番住みたくない街は京都。なぜなら来る楽しみが無くなるから。京都で呼吸をしている時間はいつでも特別な瞬間(とき)でありたい。ちなみに瞬間と書いて、〝とき〝と読ませるのは、ファンじゃないけど国生さゆりのサードシングル〝ノーブルレッドの瞬間〝から来ている。
その3 趣味は京都。ただ京都とだけ書くのは、サーフィン好きな人がサーフィンと書くのと同じ。
をワインを8杯飲んで話したら、若干、引いてました。

そりゃ引くわ(笑)・・・(続く)

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2015.10.15 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【飲】京都で呑む

【歩・過】東海道五十三次踏破・静岡~その4

カテゴリ:【歩・過】京都まで歩く(日本橋~金谷)
~2010年からスタートして現在中断中の、東海道を日本橋から京都まで歩く企画の過去分です。ここでは日本橋~金谷までを取り上げます。文章もその当時に書いたものです。


11/16(土) 宇津ノ谷峠下り途中から

髭題目碑_H22.11.16撮影
髭題目碑 H22.11.16撮影

斜面に建つ髭題目碑。日蓮宗の信者により天保年間に旅の安全や豊作、平和を願って再興された。髭と言うのは正面に刻まれている南無妙法蓮華経の文字が髭のように跳ねた書体で刻まれているから。

下りの峠道_H22.11.16撮影
下りの峠道 H22.11.16撮影

峠を下っていく。下の方からは国道を走る車の音がかすかに聞こえる。山の中でも社会の営みを感じると安心する。

蘿径(らけい)記念碑跡_H22.11.16撮影
蘿径(らけい)記念碑跡 H22.11.16撮影

14:27 蘿径記念碑跡。蘿は蔦の意味で、蔦の細道の消滅を恐れた、文政年間の駿府代官羽倉外記が蘿径記念碑をここに建てた。現在の記念碑は坂下地蔵堂の裏にある。

坂下地蔵堂_H22.11.16撮影
坂下地蔵堂 H22.11.16撮影

14:31 坂下地蔵堂の所で峠が終わる。坂下地蔵は鼻取地蔵、稲刈地蔵とも言われている。地蔵が子供の姿で牛の鼻を取り農作業を手伝ったという伝説が残っている。階段を昇るにはちょっと疲れているので、そのまま進む。

金鳥の古い看板_H22.11.16撮影
金鳥の古い看板 H22.11.16撮影

14:34 国道1号に合流。10分程歩いて廻沢交差点から、1号に並行する裏道へ入る。この裏道は先程歩いていた県道208号線。山を縫って続いていたようだ。川沿いには年期の入った金鳥の看板。川沿いのせいか小さな虫が多く、手で払いながら進む。

岡部宿の看板_H22.11.16撮影
岡部宿の看板 H22.11.16撮影

15:02 地元商工会によって作られた岡部宿の看板。ここから先が岡部宿。岡部宿は江戸から21番目の宿場町。東海道中膝栗毛では、弥次喜多もここに宿をとっている。宇津ノ谷峠と大井川という東海道の難所に囲まれた宿場で、彼らも峠で滑り、大井川で川留めにあって難儀している。

柏屋_H22.11.16撮影
柏屋 H22.11.16撮影

15:08 岡部宿の大宿籠柏屋。かしばやと読み、国の登録有形文化財に登録されている。現在内部は資料館になっており、人形や資料が展示されている。現在の建物は天保7年に再建されたもの。横に広いので道路を渡らないと正面から写真を撮れないのだが、その元気が無く、横着して脇から撮影。

柏屋の人形の展示_H22.11.16撮影
柏屋の人形の展示 H22.11.16撮影

人形の展示は箱根宿以来。

公園の水車_H22.11.16撮影
公園の水車 H22.11.16撮影

隣の岡部宿公園で休憩。本日2台目の水車。

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2015.10.12 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【歩・過】京都まで歩く(日本橋~金谷)

【宿】西本願寺の宿・聞法(もんぽう)会館

カテゴリ:【宿】京都の宿
~サウナ、ゲストハウスも含めた泊まる京都をご案内します。京都旅行のお役に立てば幸いです。


ミニブログコーナー:検索ワードにあったロケ地の疑問にお答えします。
・京都ドラマ舞台に出る小川にかかる石の橋の場所?
→おそらく上賀茂神社の"ならの小川"ですね。この川のふちを一人で歩いている人は大抵襲われます。石橋は神事橋といい、こちら
京都の山奥 崖から落ちるシーン
→落合の崖と私はよんでいます。以前にご紹介しました。平野屋(愛宕神社の鳥居のところ)さんのさらに奥なので車でないと難しいですが、保津川下りでは最後の方で川から見ることができます。

聞法会館・外観_H27.09.09撮影
聞法会館・外観 H27.09.09撮影

今回は楽天トラベルを通じて、西本願寺の施設・聞法会館に宿泊してみました。"西本願寺の敷地内"とあるので、境内の中にある印象を受けますが、実際は隣接している感じで、西本願寺の北側にあります。そもそもが宿坊なのですが、楽天トラベルにも出ているので、信徒で無くても宿泊OK。

受付のある1Fは売店もあるせいか、お香の匂いも漂っていて、まさに"お寺の施設"という雰囲気です。客室は5,6F(各階33室)にありますが、2~4Fは西本願寺の研修施設があります。ただ読経を強制など、そういうことはないので普通のビジネスホテル感覚で宿泊して大丈夫です。各施設の終了時間が、若干早い気がしますが、そこは宿坊なので仕方ないところでしょう。アメニティや室内設備も普通のビジネスホテルと同じレベルです。ちなみに全館禁煙です。

聞法会館・客室室内_H27.09.09撮影
聞法会館・客室室内 H27.09.09撮影

いつも通り、当日予約(日中、下りの新幹線の中から)で7,560円(税込)。この金額は、ホテルのHPでは定価ですが、京都のビジネスホテルとしてはまあ妥当な値段かと思います。部屋は洋室の3人部屋で3台ベッドが並ぶ部屋だったので、かなり広めで、得した気分でした。

タイプ的にはビジネスホテルに含まれると思いますが、大浴場(16:00~22:00)がB1にあるのが嬉しいです。(部屋にもユニットバスはついていました。) 浴室のロッカーには貴重品用のロッカーもあります。

客室のある5Fと6Fにはコインランドリー(8:00~22:00)があります。洗剤は40円で販売、洗濯は40分位で200円、乾燥器は30分で100円です。両替機が無いので、小銭を用意した方が良いです。(近くに飲料の自販機はあり)

客室の鍵はシンプルなタイプでオートロック。電気は室内でキーについているパーツを差し込むタイプなので、外出時には室内の電気が消えます。室内のコンセントは窓際に2つありました。ユニットバス内にもドライヤー用のコンセントが2つあります。

室内には金庫、3Fにはコインロッカーがあります。

門限は特にありませんが、確か23時以降でフロントのスタッフは不在となります。チェックアウトは10時です。

利用しませんでしたが、B1にはレストランがあり、朝・昼・夜と利用できます。
聞法会館:
京都府京都市下京区堀川通花屋町上ル柿本町600-1(HP/アクセス)
075-342-1122

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2015.10.10 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【宿】京都の宿

【歩・過】東海道五十三次踏破・静岡~その3

カテゴリ:【歩・過】京都まで歩く(日本橋~金谷)
~2010年からスタートして現在中断中の、東海道を日本橋から京都まで歩く企画の過去分です。ここでは日本橋~金谷までを取り上げます。文章もその当時に書いたものです。


11/16(土) 宇津ノ谷峠入口から峠の頂上までの記事ですが、誤って文章を消してしまいました。そのため写真だけ掲載しています。(H27.10.12追記)

道の駅・宇津ノ谷峠_H22.11.16撮影
道の駅・宇津ノ谷峠 H22.11.16撮影

茶畑_H22.11.16撮影
茶畑 H22.11.16撮影

峠への入り口_H22.11.16撮影
峠への入り口 H22.11.16撮影

街道の家並み_H22.11.16撮影
街道の家並み H22.11.16撮影

旧屋号_H22.11.16撮影
旧屋号 H22.11.16撮影

羽織屋_H22.11.16撮影
羽織屋 H22.11.16撮影

松屋_H22.11.16撮影
松屋 H22.11.16撮影

旧街道の案内板_H22.11.16撮影
旧街道の案内板 H22.11.16撮影

峠の登り口_H22.11.16撮影
峠の登り口 H22.11.16撮影

峠の地蔵_H22.11.16撮影
峠の地蔵 H22.11.16撮影

竹林_H22.11.16撮影
竹林 H22.11.16撮影

宇津ノ谷の集落_H22.11.16撮影
宇津ノ谷の集落 H22.11.16撮影

旧道の坂_H22.11.16撮影
"旧道の坂 H22.11.16撮影

峠の地蔵堂跡の石垣_H22.11.16撮影
峠の地蔵堂跡の石垣 H22.11.16撮影

峠の頂上_H22.11.16撮影
峠の頂上 H22.11.16撮影

旧道の下り_H22.11.16撮影
旧道の下り H22.11.16撮影

再び旧道へ_H22.11.16撮影
再び旧道へ H22.11.16撮影

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2015.10.09 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【歩・過】京都まで歩く(日本橋~金谷)

【撮・東】栃木県栃木市・岩船山採石場跡

カテゴリ:【撮・東】東日本の時代劇ロケ地
~東日本の時代劇ロケ地をメジャーからマイナーまで


ミニブログコーナー:知り合いが鷹峯の東急ハーベストを11月にとってくれて、宿泊できることになりました。しかも2泊です。ずっと前から泊りたかったので、今から期待大です。ただし1泊約2万!問題はここだけなんですが、こんなに高いところ泊ったことがありません。どうやって工面するかいまから頭を悩ませています。
今回はご紹介する前に→を使って少し説明が必要です。

私は時代劇が大好き→武士道精神をリスペクト→武士は戦う前に名を名乗る→スーパー戦隊・仮面ライダー・プリキュアも戦う前に名を名乗る→日曜朝は毎週チェック

ということになります。あとは東映だし。ただし、いちいち色々覚えるのは面倒なので、技とかロボットとかを全部暗記するような見方はやめて、世界観を楽しむだけに留めています。以前に5歳の男の子と、ゴーカイジャーの話で2時間、飲みながらずっと話していたことがありました。(もちろん飲んでいたのは私だけ。親がライブの打ち上げに子供を連れてきていたので、その席で。) 日曜朝にスーパー戦隊・仮面ライダー・プリキュアを見ている子供は、自然と武士道精神を学んでいるのです。きっと良い子に育つはず。

岩船山採石場跡_H27.10.02撮影
岩船山採石場跡 H27.10.02撮影

どちらかというと、岩船山はスーパー戦隊・仮面ライダーの戦闘のロケ地に使用されることが多いのですが、時代劇でも使われることがあるそうなので、さらっとご紹介することにしました。検索すると時代劇での具体的な使用例としては、2011(平成23)年のNHK大河ドラマ"江"や2008(平成20)年の映画"ICHI"(綾瀬はるかの座頭市)など。首都圏近郊で火薬を使う大がかりな撮影ができるロケ地が少ないので、岩船山はなかなか重宝されているようです。昔なら、"影の軍団"で使われそうな雰囲気。このごつごつした山肌はかなり印象に残ります。

岩船山からみた市街_H27.10.02撮影
岩船山からみた市街 H27.10.02撮影

撮影に使われるところは山の中腹の平地になっているところですが、そこからは岩舟(地名は"舟")の市街地が見渡せます。時代劇では当然映りませんが、現代モノでは街も一緒に映ることも。岩船山の荒涼とした風景の割には、意外と周辺は家屋が多い感じです。そのため私は栃木にあると知る前は、八王子あたりかと思っていました。岩船山は土木工事の基礎材料となる岩舟石の産地で、江戸時代から石を切り出したために、このようにワイルドな風景になっています。さらに2011(平成23)年の東日本大震災では、一部が山体崩壊したのだとか。

岩船山採石場跡 H27.10.02撮影
岩船山採石場跡 H27.10.02撮影

山へは民家の脇を通り、開きっ離しのゲートを抜けて山を登ります。軽自動車で行ったのですが、道がやや急で登れなかったらどうしようと心配になりました。(何とか大丈夫でした。) 中腹までたどり着くと何箇所か平地になっている部分があり、一番低い所では何かの撮影をしていました。行きませんでしたが、さらに中腹から山頂まで行く道もあるので、その上でも撮影できるのかもしれません。今回、時間があまりなかったので簡単な取材しかできませんでしたが、国道50号からも見えるので、近くに行った際はチェックして見て下さい。
所在地:栃木県栃木市岩舟町畳岡(地図)
アクセス:東北自動車道 佐野・藤岡ICから車で約15分/JR両毛線岩舟駅から徒歩10分

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2015.10.07 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【撮・東】東日本の時代劇ロケ地

【歩・過】東海道五十三次踏破・静岡~その2

カテゴリ:【歩・過】京都まで歩く(日本橋~金谷)
~2010年からスタートして現在中断中の、東海道を日本橋から京都まで歩く企画の過去分です。ここでは日本橋~金谷までを取り上げます。文章もその当時に書いたものです。


11/16(土)丸子宿丁字屋から歩いた記録

五十三次丸子宿_H22.11.16撮影
五十三次丸子宿 H22.11.16撮影(どこかに掲示されていた絵だと思われます。:H27.10.05追記)

この辺りの名物はとろろ汁だが、中でもこの丁字屋は広重五十三次の丸子宿にも描かれているほど。江戸中期の食道楽の公家、土御門泰邦の東行説話にもとろろ汁は登場するが、庶民の味は彼の口には合わなかったようだ。本日も、今の庶民でかなり混み合っていて食事をするにもだいぶ時間がかかりそう。

一松園_H22.11.16撮影
一松園 H22.11.16撮影

そこですぐそばにもう1軒ある一松園というお店で、とろろ汁を食べることにする。

とろろ汁定食_H22.11.16撮影
とろろ汁定食 H22.11.16撮影

定食の一番安いものを二人で注文。一人前1470円。ちょっと高い。とろろ汁は麦飯によくあい、ご飯を4杯平らげた。今まで歩いたカロリー分が台無しに。赤だしのみそ汁も美味。ただ、おかずは1品とみかんだけなので、これで持つかがかなり不安だ。お会計の時に、ここから先坂道はきついかと尋ねたら、蔦の細道でなければそれほどでもないとのことだった。宇津ノ谷峠道は3種類有り、古代のルート(先程の蔦の細道)、江戸時代の官道、明治以降に作られた道がある。

高札のレプリカ_H22.11.16撮影
高札のレプリカ H22.11.16撮影

12:45 再スタート。丁字屋前の橋を渡ると高札のレプリカが並んでいる。太陽は雲の間に出たり入ったり。少し寒いくらいでも長距離を歩く身には快適だ。きれいに刈り込まれた茶畑や突然現れるラブホ街を歩いて行く。

13:00 二軒家交差点で1号に合流。名古屋まで178km、浜松まで70km、島田まで23kmの表示。すぐに並行する裏道へ。

丸子紅茶の水車_H22.11.16撮影
丸子紅茶の水車 H22.11.16撮影

13:05 日本の紅茶発祥の地、丸子紅茶と書かれた水車がある。丸子紅茶は明治維新後、輸出品として栽培がはじめられたもので、帰農武士の多田元吉によりインドから種が持ち帰られたそうだ。

起樹天満宮入口_H22.11.16撮影
起樹天満宮(おきぎ天満宮)入口 H22.11.16撮影 

13:08 入口だけ写真をとっても仕方が無いが長源寺、起樹天満宮入口。先程の多田翁の墓は長源寺にある。変わった名前の起樹天満宮の起樹とは、頼朝上洛の際、通行の妨げになっていた梅の老木が一夜にして起き上がり、頼朝を通したという伝説から。この先の赤目という地名も、元は赤梅から。

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2015.10.06 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【歩・過】京都まで歩く(日本橋~金谷)

【時】小田原映画祭に福本先生がご来場!~その3

カテゴリ【時】:時代劇の話
~時代劇の感想、雑感、ニュースを書いて行きます。


ミニブログコーナー:そういえば"魂京都"、ここのところずっとネタが京都じゃないことに気づきました。でもすみません、私にも色々都合が・・・。あと2.3回で京都ネタに戻りますので。
今回から、内容がオープニングイベントになりますので、写真が少なく配置が変です。あしからず。ちなみに今回、前回、前々回の小田原の写真は全てスマホで撮ってます。

オープニングアクトが終了すると、2名の鎧武者に先導されて、小田原映画祭・実行委員長の阿藤快さん、"太秦ライムライト"からは福本先生、俳優の合田雅吏さん(小田原出身・小田原ふるさと大使)、脚本・プロデューサーの大野裕之さんの登場です。福本先生の紹介時には会場からひときわ大きな拍手が。私同様、福本先生を目当てに来ている観客が多いようです。

阿藤さんの開会宣言のあとトークショーが始まりました。18時を回っているので、会場が薄暗くなり、白壁で囲まれた銅門(あかがねもん)桝形は幻想的な雰囲気。トークは阿藤さんのMCで進行、早速、福本先生を中心にトークが進んでいきます。ここでもいつもの福本節はあいかわらず。"5万回斬られた男"という紹介には"5万回も斬られてません。"と、謙遜トークで返していきます。でもそこが長年、大部屋俳優をされてきた先生の魅力でもあるんですよね。

"太秦ライムライト"の主演のオファーについては、"スターさんでも当たるかわからないのに、僕は斬られ役です。製作費が集まるわけがない。"とずっと断り続けていたそうです。"最終的には家の近くまで、プロデューサーの大野さんがやってきてオファーをうけたということでした。先生はOKした後も、お客が入るのかが気になって、初めて主演の気苦労を知ったそうです。公開初日も挨拶に行くのが怖かったけれど、故郷の香住(兵庫県城崎郡香住町)から皆が祝福に来てくれたのだとか。

脚本・プロデューサーの大野さんは、実はチャップリンの高名な研究家で、今回"太秦ライムライト"で"ライムライト"という言葉を使うに当たって、チャップリン家にダメもとでオファーしたところ、"あなたが脚本書くのならいい"と言わしめたそうです。それよりも福本先生を口説くことの方が大変で、先生に会うたびに"あほなこというたらあきません"と言われたとのこと。最終的に先生の家の近くまで来たのは偶然のようにおっしゃっていましたが、多分偶然ではないと思います。

"太秦ライムライト"は、ハリウッド仕込みの監督、カメラマンが担当していて、この間NHKで放送した番組で、ハリウッドと太秦の撮影方法の違いで色々あった感じでしたが、実際はもっと衝突はあったみたいです。大野さん、はっきりはいいませんが言外にそのようなニュアンスが漂ってました。(私もその番組見ていて、松方さん、怒り出すんじゃないかとドキドキしてました。)

この映画の見どころはという質問に先生は、"見てほしいところは無い!" どれだけ謙遜するのかと思っていたら、その後、カナダのファンタジア国際映画祭で最優秀主演男優賞を受賞という話になり、会場からは大きな拍手が起こりました。それに対して先生は一言"恥ずかしい" もう先生、女の子みたいです。"スターさんから花束を貰ってえらい目にあった"と言ってしまうところとか、トークショーなのにマイク使うの忘れてしまうとか、悪役の時の迫力では考えられないですが、そのギャップがまた先生の魅力にもつながっているのだと思います。

最後の方で先生は、"これだけのチャンスを貰った人間はいない"とおっしゃっていました。

ライムライトの魔力 若者の登場に老人は消える
-チャップリン「ライムライト」より-

と、"太秦ライムライト"のチラシにはありますが、どんなに若者が出てきても福本先生は福本先生。消えることはありません。これからも先生の代名詞、海老反り斬られをたまにでいいので見せて下さい。大野さんの、"この映画は全ての縁の下の力持ちの映画"という言葉も、この映画を一言で表していて印象的でした。

トークの終了時には花束の贈呈がありました。会場からも花束を渡せるとのことで、着物の女性が渡してらっしゃいましたが、もしかして、福本清三ファンクラブ主催の五十嵐マヤさんでしょうか?(お顔を存じ上げないので) 今、昔のようなファンクラブなくなっちゃったみたいですが、私も昔、入ってました。今はツイッター上で活動されてます。2年くらい前でしょうか、"怒り新党"の日本三大で福本先生が取り上げられた時も、有識者としてお名前が出ていました。

開演前の会場_H27.09.22撮影
開演前の会場 H27.09.22撮影

トーク終了後は開演まで15分ほど休憩。オープニングの前にタオルケットやホカロンを配っていましたが、陽が落ちて大分たつと、私も半袖では少し肌寒くなってきました。

銅門と月_H27.09.22撮影
銅門と月 H27.09.22撮影

映画は19時前にスタート。多少肌寒くても、月が出ていたり、時折、鳥がきれいな三角形を作って飛んでいく、白壁に囲まれた会場はとても魅力的なスペースでありました。

映画の感想は以前に書きましたが、一つわかったことがあります。

ストーリーで一つだけ疑問だったのは、香美山から受け取った木刀を、さつきが撮影所に置いたままだったこと。香美山の思いが詰まった木刀をなぜ置いて東京へ行ってしまったのか、その点だけが疑問です。(人気女優になったさつきと再び木刀を交えた時「東京で何をしていた」というのはそこから?)
と書いたのですが、さつきは大事な木刀だったからこそ、神聖な撮影所の道場に置いて東京に行ったんだと気づきました。置いたままじゃなくて、道場だからこそだったんだ。大事なところを見誤ってました。

隅櫓と月_H27.09.22撮影
隅櫓と月 H27.09.22撮影

上映は20時45分頃、無事終了しました。イベントはこれで終わりです。今回、2日連続で小田原まで来ましたが、時代劇好き、福本清三ファンの私にとっては有意義で楽しい時間を過ごすことが出来ました。小田原映画祭の皆さん、素敵なイベントをありがとうございました。

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2015.10.05 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【時】時代劇の話

【歩・過】東海道五十三次踏破・静岡~その1

カテゴリ:【歩・過】京都まで歩く(日本橋~金谷)
~2010年からスタートして現在中断中の、東海道を日本橋から京都まで歩く企画の過去分です。ここでは日本橋~金谷までを取り上げます。文章もその当時に書いたものです。


11/16(土)静岡駅前付近から歩いた記録

8時頃自宅を出発。新横浜から静岡まで新幹線。自由席はかなり混雑しておりずっと立ちっ放し。本日は宇津ノ谷峠を越えるので出来たら行きは体力を温存しておきたいのだが…。トイレの前に立ちながら会社で借りた劇団ひとりの“陰日向に咲く”をむさぼるように読む。ここ10年の中で一番面白かった本かもしれない。本日もうちの大将(妻→現在離婚しています。:H27.10.03追記)が同行。大将がわざわざウオーキング用の靴を買っていて張り切っているのが怖い。

静岡駅北口_H22.11.16撮影
静岡駅北口 H22.11.16撮影

APECの影響で静岡駅も警戒の警官が改札の前のお立ち台の上に立っている。ただし、都内のように100m歩くのに警官10人とすれ違うというような無茶なことは無い。駅を降りて帰りの高速バスの時間を確認。次第に交通費が高くなるので、終了地点から静岡駅まで戻り、東京まで高速バスで帰る予定。

今は駅ビルのパルシェが建っているが、建設前の1982年には西部警察Part.2の第10話【大追跡!!静岡市街戦-静岡・前篇】で裕次郎演じる小暮課長がここにヘリコプターで降り立って話題になった。市街地にヘリを下ろすというのは、昔も今も許可関係が大変なことらしく、そこまでするかと、他の地方局から静岡県民放送が猛抗議を受けたらしい。今の刑事ドラマは、所轄対本庁みたいな構図がメインになっていて妙にリアルだが、このころの刑事ドラマは、一所轄の一課長が現場にヘリコプターで乗り込む、西部署の一捜査員が、普通に県警をアゴで使っていたりという無茶な構図が面白い。

駿府城の石垣_H22.11.16撮影
駿府城の石垣 H22.11.16撮影

10:20 前回終了地点の伝馬町通りの静岡銀行前からスタート。駿府城の石垣を眺めながら、神君家康公を想う。現在、石垣は普請中。かつてお手伝い普請で諸侯が請け負わされていた工事も、現代は地元を潤しているのだろう。この辺り、地図をチェックしている時から妙に分かりづらかったが、案の定、迷ってしまう。 県庁付近をウロウロするが、細かいルートにはこだわらず進むことにする。

呉服町_H22.11.16撮影
呉服町 H22.11.16撮影

10:32 呉服町に入る。新宿でいえば歌舞伎町のような繁華街が静岡では呉服町。もちろん、歌舞伎町よりも随分上品な町で、こじゃれたフレンチポップスなんかが通りのスピーカーで流れている。札の辻跡があるのでこの辺りが府中宿のメインだったろう。そういえば5.6年前、バイク旅行で静岡に泊まった時、呉服町で飲んだことがある。今は、焼酎の緑茶割も珍しくないが、その頃はまだそんな飲み方が少なく、飲み屋のお姉ちゃんに緑茶割を教わって、地元のスナックに輸入した記憶がある。

安倍川架橋の碑_H22.11.16撮影
安倍川架橋の碑 H22.11.16撮影

由井正雪の碑_H22.11.16撮影
由井正雪の碑 H22.11.16撮影

10:56 公園に安倍川架橋の碑と由井正雪の墓址。仮想敵国を西国と見る、江戸幕府の防衛上の理由から安倍川は橋をかけずに人足で渡していた。交通の便利よりも自家の保全を守ることに汲々としてきた、何とも内向きな武家政権であるが、その橋の近くに幕府転覆を企てた謀反人の墓があるのも何とも皮肉な話だ。正雪は、静岡府中の宿で自決している。

石部屋_H22.11.16撮影
石部屋 H22.11.16撮影

公園脇には丸子まで1.8Kmの案内がある。そのまま進むと安倍川の手前で、名物安倍川餅を売る創業文化7年(1810年)の石部屋(せきべや)

川越人足の義夫の碑_H22.11.16撮影
川越人足の義夫の碑 H22.11.16撮影

近くには川越人足の義夫の碑。旅人が忘れた小判入りの財布を届けた人足が謝礼を受け取らなかったという美談を顕彰している。これだけの話で顕彰碑ができるというのも何か不思議な話。よほど人足の性質(たち)が悪かったのだろうか?

安倍川橋_H22.11.16撮影
安倍川橋 H22.11.16撮影

11:00 安倍川橋に入る。現在工事中。左に見えるのは国道1号の駿河大橋。私達が進んでいるのは県道208号線。安倍川橋自体は500m程だが、川の水量はとても少なく、川むこうをチョロチョロと流れているような感じ。6分程で渡りきると、藤枝まで17kmの表示。今日の目標は藤枝の一つ先の駅、六合だが、バスの時間の関係で藤枝で終わりにするかもしれない。また、今日は最初から足の調子が悪く、今の時点ですでに股関節に違和感がある。峠道もあるので、中止にするのも勇気かと思いつつ歩く。天気は曇りだが、時折、日が差す程度で、歩くにはかえって暑くなくて良い。


地蔵堂_H22.11.16撮影
地蔵堂 H22.11.16撮影

11:18 手越原交差点で国道1号に合流後、200m程で手越交差点、ここで再度1号からそれ、県道208号へ入る。すぐに丸子宿の表示があり次の岡部宿までは9km。案内板の前には古めの地蔵堂。

11:28 セブンイレブンで休憩。腰が随分と重く痛い。中止を真剣に考えるが、もう少し、様子を見ることにする。

11:41 スタート。ところで、この辺りは先の地蔵堂と松の木を2本ほど見ただけで旧宿場の面影がほとんど無い。ただ、街並みをみるとこの辺りが丸子宿の中心地であったようだ。鉄道の駅は無いが、スーパーやタクシー会社、商店などが集まっている。それほど栄えている様子は無いが、旧宿場が発展して、ちょっとした中心地を形成しているように見える。この辺りで昼食場所を探しながら歩くが、なかなか適当な店が見つからない。道の先は山が見えており、食事が出来ないまま山に入るのではとちょっと焦る。天気も次第に曇ってきた。

一里塚跡_H22.11.16撮影
一里塚跡 H22.11.16撮影

11:51 小さな小さな一里塚跡。前の民家には柿が良く実っている。

和菓子屋徳栄堂_H22.10.16撮影
和菓子屋徳栄堂 H22.10.16撮影

11:54 和菓子屋徳栄堂。店前にここから丸子宿に入るとの案内あり。この場所が江戸方見附だったようだ。丸子宿は江戸から20番目の宿場町で鞠子とも書く。

旧藤屋_H22.10.16撮影
旧藤屋 H22.10.16撮影

先程、旧宿場中心であったと思っていた所は違っていたらしい。地図で確認したら、団地があるので団地が出来たことによって発展した場所なのだろう。この道は1号と並行しているが、普通の住宅地の中の道。先程も柿がなっていたが、柿を干していたり、売っていたり、住民が持って歩いていたり柿をよく見かける。通り沿いの建物ははそれぞれ、旧宿場の店名をかかげている。

丁子屋_H22.10.16撮影
丁子屋 H22.10.16撮影

12:07 茅葺屋根の丁字屋。規模は小さいが、農産物の販売、貸し自転車、駐車場などで観光客が集まり、ちょっとしたドライブインのようになっている。

東海道中膝栗毛の碑_H22.10.16撮影
東海道中膝栗毛の碑 H22.10.16撮影

丁字屋の正面玄関脇には、十返舎一九の東海道中膝栗毛の碑もある。碑には“けんくハする 夫婦は口をとが らして 鳶とろろにすべりこそすれ”との狂歌が刻まれている。物語の中での、とろろ汁屋夫婦の夫婦喧嘩を描いたもの。

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2015.10.03 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【歩・過】京都まで歩く(日本橋~金谷)

【時】小田原映画祭に福本先生がご来場!~その2

カテゴリ【時】:時代劇の話
~時代劇の感想、雑感、ニュースを書いて行きます。


ミニブログコーナー:長年、時代劇を見ていると、もし時代劇に出れたとしたらやってみたい役というのもマニアックになってきます。その1:ラストの立ち回りの終わりの方でふすまの陰から奇声を上げて、主人公に斬りかかり、すぐやられてしまう殿様 その2:同じくラスタチで主人公に追い詰められ、"千両やる""二千両やる""いや、三千両"と言ってるうちに斬られる悪徳商人。をやってみたい。
オープニングセレモニー会場_H27.09.22撮影
オープニングセレモニー会場 H27.09.22撮影

まだ人のいないオープニングセレモニーの会場です。小田原城の構成でいうと、銅門の外側に会場をセットしている形になります。イスは200弱位出ているでしょうか。

天守へ向かうルート_H27.09.22撮影
天守へ向かうルート H27.09.22撮影

まだ時間があるので、天守まで登ってみることにしました。二の丸広場から、この橋を渡って上へ登っていきます。

天守へ向かうルート_H27.09.22撮影
天守へ向かうルート H27.09.22撮影

橋の先は石段になっています。石段の上の白壁の向こうが本丸です。

小田原城・常盤木門_H27.09.22撮影
常盤木門(ときわぎもん) H27.09.22撮影

本丸を守る最後の門が常盤木門。1971(昭和46)年の再建です。

工事中の天守_H27.09.22撮影
工事中の天守 H27.09.22撮影

工事中の天守はこんな感じです。駅から見えなかった部分は、全て足場で覆われていました。考えようによっては、かえって工事中の天守など、なかなか見れないかもしれません。

工事中の天守_H27.09.22撮影
工事中の天守 H27.09.22撮影

こちらが天守の正面側です。常盤木門と天守の入り口の向きを変えてあるのは、おそらく防衛上の理由ではないかと思います。

銅門前の様子_H27.09.22撮影
銅門前の様子 H27.09.22撮影

そろそろ会場の時間が近づいてきました。上から見ると銅門の前に、行列が出来ています。私もそろそろ戻ることにしました。

銅門前の入場の列_H27.09.22撮影
銅門前の入場の列 H27.09.22撮影

やはり観客はお年を召した方が多いようです。列の後ろに並んでいると、突然、大勢の拍手が聞こえてきました。

会場入りする福本先生_H27.09.22撮影
会場入りする福本先生 H27.09.22撮影

何かと思って前方を見ると、スーツ姿の福本先生が会場入りされる後姿が見えました。このレベルの写真ならお許しいただけるでしょうか?左から3人目のダークスーツの方が福本先生です。

オープニングセレモニー会場_H27.09.22撮影
オープニングセレモニー会場 H27.09.22撮影

前売り券を持っていると先に入場できるとの案内があったので、先に入場させてもらいました。前から3番目に陣取ります。注意事項のアナウンスでやはり、セレモニー部分の写真撮影はダメだとのこと。前説では阿藤快さんの開会宣言の時の掛け声の練習がありました。

相模舞台同盟の殺陣披露_H27.09.22撮影
相模舞台同盟の殺陣披露 H27.09.22撮影

オープニングアクトでは、小田原を中心に活動する相模舞台同盟の殺陣の披露がありました。目の前で繰り広げられる、流れるように美しい殺陣に皆さん拍手。このあと、いよいよオープニングセレモニーが始まります。

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2015.10.02 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【時】時代劇の話

【歩・過】東海道五十三次踏破・由比~その2

カテゴリ:【歩・過】京都まで歩く(日本橋~金谷)
~2010年からスタートして現在中断中の、東海道を日本橋から京都まで歩く企画の過去分です。ここでは日本橋~金谷までを取り上げます。文章もその当時に書いたものです。


2010年10月16日 由比一里塚からの続き

薩埵(さった)トンネル_H22.10.16撮影
薩埵(さった)トンネル H22.10.16撮影

12:04 東名が薩埵トンネルに入る所を通過。海沿いを走る東名が山に突き刺さっているようにも見える。今回は下を歩いているから見られないが、東名高速の上りに乗ったときは、トンネルを抜けて海が広がる東名高速で一二を争う風景の美しいところ(だと思う)。帰りの東名は退屈だが、ここはお楽しみスポット。

東海道線_H22.10.16撮影
東海道線 H22.10.16撮影

富士山は真後ろ。写真はうっすらになってしまったが、はっきり写真を写せる位置になってきた。富士を横目に歩いていたのが懐かしい。ところでこの辺りは東名高速と国道1号とJRがほぼ一緒に走っている。もし、ここでテロでも有った日には東西の大動脈が断たれてしまう。何かで読んだのだが、富士山が爆発して東名高速が使えなくなると、東西の物資の輸送ができなって一気に物流が滞ってしまい、経済が大打撃を受けるそうだ。ましてやJRの貨物輸送も出来なくなるのだから大問題だ。などとのどかな風景を見て歩きながら想像してみる。

駿河湾_H22.10.16撮影
駿河湾 H22.10.16撮影

12:10 防波堤に上がって海を見る。みんなここで海を見るらしく、防波堤に上るために足をかける棒が置いてある。

駿河健康ランド_H22.10.16撮影
駿河健康ランド H22.10.16撮影

12:30 新興津川橋の手前で裏道へ入る。バイパスなので道路を渡るのに一苦労。今日も天気が良く、着ていたパーカーを脱ぎTシャツに。Tシャツは汗が染みている。橋の向うには駿河健康ランドが見える。数年前まではこのホテルはすっと廃墟になっていた。

12:35 旧興津川橋を渡る。天気がいいせいか川の水が随分澄んでいるのが橋の上からでもわかる。興津は子供のころ、海水浴に泊まりがけで来ていた思い出がある。渡った所で少し休憩。

12:50 興津中町のローソンでトイレ休憩。

身延山道入口の碑_H22.10.16撮影
身延山道入口の碑 H22.10.16撮影

13:00 身延山道入口の石柱と大きな石柱がマンション脇に建てられている。身延山道は戦国期に武田信玄の駿河侵攻の軍道として整備されたのが始まり。身延山には日蓮宗総本山の久遠寺があり、江戸期には身延詣での街道として成立した。いずれにせよ、中世後期から、甲斐と駿河を結ぶ重要な道であったことに間違いない。

一里塚跡_H22.10.16撮影
一里塚跡 H22.10.16撮影

13:03 民家脇に小さな一里塚跡。小さくても跡がきちんと残されている、その気持ちが、街道を歩く者にとっては嬉しい。

13:06 興津駅前交差点を通過

興津宿公園_H22.10.16撮影
興津宿公園 H22.10.16撮影

13:12 興津宿の伝馬所が有った場所にある興津宿公園で休憩。この辺りが興津宿の有った場所。興津は東海道で17番目の宿場町で由比宿と江尻宿の間に位置する。また先程の身延山道の起点でもある重要な宿場であった。

興津宿のスタンプ_H22.10.16撮影
興津宿のスタンプ H22.10.16撮影

蒲原宿に続いて公園にスタンプ台を発見。若干、乾いていたがインクも備え付けてある。

旧屋号の表示_H22.10.16撮影
旧屋号の表示 H22.10.16撮影

ここからしばらく興津宿の跡を歩くわけだが、現在は商店街になっている。面白いのは、民家でも商店でもそれぞれ店の前に、宿場時代の屋号を掲げていることだ。

清見寺山門_H22.10.16撮影
清見寺山門 H22.10.16撮影

13:29 創建が白鳳時代という古刹、臨済宗妙心寺派の清見寺。徳川家康が少年時代、今川家への人質として預けられていたのもこの寺である。 東海道沿いにあるため、江戸時代には朝鮮通信使の接待もここで行われていた。今川氏や徳川氏の保護を受けていたこと、現在でもこの辺りが清見寺町と名付けられていることも、当時の繁栄ぶりを偲ばせる。山門を見る限り現在は巨刹という感じはしないが、面白いことに山門の向うをJRが走っている。敷地内に電車が走る寺というのも珍しい。それほど大きかったということか。

興津坐漁荘_H22.10.16撮影
興津坐漁荘(おきつざぎょそう) H22.10.16撮影

13:32 西園寺公望の別荘、興津坐漁荘。実際の坐漁荘は犬山市の明治村に移築されているそうで、ここはかつてあった場所に復元されたもの。西園寺公望は第12・14代内閣総理大臣を務め、戊辰戦争から太平洋戦争前まで生きた最後の元老でもある。

榊屋_H22.10.16撮影
榊屋 H22.10.16撮影

13:56 ずっと昼食場所を探していたがなかなか見つからず、ようやく、庵原橋バス停前の榊屋で昼休憩。自分は味噌カツ定食、大将(妻→現在離婚しています。:H27.10.01追記)は刺身定食を食べる。ちょっとだけ高めの和風レストランといった感じのなかなか感じのよい店。

井上侯爵の松_H22.10.16撮影
井上侯爵の松 H22.10.16撮影

店の前には井上侯爵の松と書かれた小さな松が植わっている。興津に別荘があり、侯爵であった井上馨の別荘にあったものだろう。

14:46 スタート。道路の表示は藤枝まで36km、浜松まで89km。今日は静岡を目標にしているが、次回は藤枝になるだろう。

無縁さんの碑_H22.10.16撮影
無縁さんの碑 H22.10.16撮影

15:04 辻町交差点で国道1号を外れる。交差点近くには、無縁さんの碑と書かれた白い石碑。この辺りは細井の松原と呼ばれていたが、東海道で倒れた旅人が葬られていたらしく、多量の人骨が出土したそうだ。松原自体は戦争中に油を絞るために伐採されてしまった。この先300m位から江尻宿に入る。

15:14 江尻東交差点。左折すれば清水駅。江尻宿はあまり宿場の名残は残っていないようだ。

稚児橋_H22.10.16撮影
稚児橋 H22.10.16撮影

15:27 稚児橋。稚児橋の由来は江戸時代、橋の渡り初めの際に、川から童子が現れたことに由来している。この童子が変じて稚児になり、その童子が河童であったとの伝承がある。そのため、橋の出入口4か所に可愛らしい河童のモニュメントが置かれている。近くには河童のこしかけ石と呼ばれる石もある。

15:49 ジュース休憩、10分程でトイレ休憩。二人とも次第に疲れが目立ってくる。

16:09 狐ヶ崎駅前通過。この駅は静岡鉄道静岡清水線。

草薙一里塚_H22.10.16撮影
草薙一里塚 H22.10.16撮影

16:21 43番目の草薙一里塚跡。一里塚の手前で県道407号線に合流している。車の通行量も多い幹線道路で南幹線と地図には書かれている。

草薙神社の鳥居_H22.10.16撮影
草薙神社の鳥居 H22.10.16撮影

16:33 静岡鉄道静岡清水線草薙駅手前で巨大な石の鳥居。草薙神社の鳥居。すぐそばにはJR東海道線の草薙駅もある。由比駅から4つ目の駅で静岡駅まではあと2駅。草薙駅前を通過してすぐ県道に並行する形で住宅街へ入る。

16:58 407号を横切って静鉄清水線県総合運動場駅前通過。

旧東海道記念碑_H22.10.16撮影
旧東海道記念碑 H22.10.16撮影

17:02 JR東海道線脇の旧東海道の記念碑で休憩。二人とも疲れきっている。地図だと遠回りをして橋を使い、東海道線を越えなければならないが、下をくぐる地下道が有ってほっとした。少しでも近道をしたい。

17:20 古庄交差点で国道1号へ。もう車もライトをつけて走行する時間。写真撮影もそろそろ厳しくなってくる。100m程で長沼交差点、再び一号からそれる。

長沼駅_H22.10.16撮影
長沼駅 H22.10.16撮影

17:24 静鉄清水線長沼駅。駅の向こうには“おかげさまでガンプラ30周年”と書かれたBANDAIの建物。ここはバンダイホビーセンターで、新たにガンプラを生産している工場とのこと。BANDAIのHPによると3億7000万個ものガンプラが今までに生産されている。私も中学生の頃、行列して買い、せっせと作ったものだ。

17:39 護国神社交差点で再度、国道1号へ入る。

柚木駅_H22.10.16撮影
柚木駅 H22.10.16撮影

17:44 柚木駅から1号をそれ、JR線の下をくぐる。フラッシュの使えない写真はもう不可能な状態。くぐったら立体交差している道路に上がり右折。

17:56 静鉄清水線春日町駅付近でJRの下をくぐって再度1号へ

18:04 100m程で1号を右折してすぐ左折して伝馬町通りへ。ようやく商店街のある明るい通りに出た。間もなく静岡駅だ。

18:12 大通りを越えて最後のトイレ休憩。途中、縁起物を販売している商店。来月は酉の市だ。

18:24 静岡銀行伝馬町支店のある交差点で終了。大将はあと2~3キロは歩けると強がっているが、二人ともフラフラだ。ここで左折して静岡駅へ向かう。駅前の回転すしで飲んで、最終の新幹線で帰宅。静岡から高速バスもあり、3時間ほどで3000円弱だったので次回、帰りは利用してみたい。
由比駅~静岡駅付近
時間:7時間18分(54時間41分)
歩行距離:23.5km(178.09km)

飲食代:14,680円
交通費:10,560円(自宅付近バス停~由比駅 由比駅~自由が丘駅 駅からタクシー 新幹線は往き新横浜~三島 帰りは静岡~新横浜)
その他:410円
合計:25,650円(累計:88,373円)
*飲食代は2人分、交通費は1人分

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2015.10.01 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【歩・過】京都まで歩く(日本橋~金谷)

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