【散】金戒光明寺から吉田神社へ(H25.06.16) その2

カテゴリ:【散】京都の散歩道
~街中から山道まで有名無名限らず、色々な京都の散歩道を案内します。京都歩きの御参考になれば幸いです。


金戒光明寺御影堂_H25.06.16撮影
御影堂 H25.06.16撮影

29段の石段を登ると正面に本堂にあたる御影堂(みえいどう)が現れる。柱には、金文字で洛陽三十三所観音第六番、法然上人第二十四番と記されている。御影堂は昭和19年に再建された建物で、法然上人の『鏡に御影』を安置する。左にある休憩所は通常は閉まっているが、以前にも書いたように、この休憩所のベンチでくつろぐのが私は大好きだ。

金戒光明寺御影堂から見える京都タワーと平安神宮大鳥居_H25.06.16撮影
金戒光明寺御影堂から見える京都タワーと平安神宮大鳥居 H25.06.16撮影

御影堂に上がると京都タワーと平安神宮の大鳥居が良く見える。大鳥居の朱とタワーの白、二大ランドマークが示す風景は、この辺りの位置関係が歴然として、京都好きには面白い。堂内に上がり、しばらく寺院の空気を味わうのもまた楽しい。御影堂の縁側から眺めると山門の楼上と同じ位の高さであることがわかる。京都守護職の本陣が置かれたことや高麗門から山門に着くまでの石垣を思うとこの寺は城塞のようにも思える。

金戒光明寺南門_H25.08.16撮影
金戒光明寺南門 H25.08.16撮影

余談になるが、実際に金戒光明寺は京の防衛を重要視した徳川家康により、知恩院とともにいざという時には、城として使用できるように設計されているという。上の写真は、南側の岡崎別院と岡崎神社から金戒光明寺に入る南門であるが、この門はわざと大軍が一度に入れないように狭く小さく造られている。

熊谷直実鎧掛けの松_H25.06.16撮影
熊谷直実鎧掛けの松 H25.06.16撮影

御影堂の脇にあるのは、平家物語の敦盛で知られる熊谷次郎直実の名が残る見事な松。世の無常を感じた直実がこの松に鎧をかけて出家をしたという。出家した直実は法力房蓮生として寺を各地に残している。ただし、その松は枯れてしまい、現在の松は2代目だとのこと。

金戒光明寺方丈_H25.06.16撮影
大方丈 H25.06.16撮影

御影堂の隣は大方丈。この大方丈の前の両脇に植えてあるのは、梅の木で春先には賑やかに花を咲かせる。金戒光明寺は、黒谷墓地があり、その檀家のために境内には普通に車が所々停められているのが、他の観光寺院と違う印象を与える。周辺にお土産屋や食堂なども無い所も、くろ谷が信仰の場、修業の場であることを感じさせる。ただ、禅寺の厳しい雰囲気とは違い、長閑な気がするのは、南無阿弥陀仏の言葉が持つおおらかさか。

蓮池から望む三重塔_H25.06.16撮影
蓮池から望む三重塔 H25.06.16撮影

大方丈、庫裏の前を通り、階段の下へ廻り込む形で坂を下る。幅広の石畳を下ると、蓮池があり中央には極楽橋がかかる。この池は兜之池ともいい、先ほどの熊谷直実が出家を決意した時、ここに兜を置き、弦を切った弓を池にかけた形が起源と言われている。橋の向こうには三重塔が姿を見せている。



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2013.07.26 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【散】京都の散歩道

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