【散】金戒光明寺から吉田神社へ(H25.06.16) その4

カテゴリ:【散】京都の散歩道
~街中から山道まで有名無名限らず、色々な京都の散歩道を案内します。京都歩きの御参考になれば幸いです。


文殊塔から京都市街_H25.06.16撮影
文殊塔から京都市街 H25.06.16撮影

125段の石段を登り切ると文殊塔へ到着する。この紫雲山は標高96mで東山三十六峰の第13番目、頂上からは黒谷墓地と京都市街を一望できる。(東山三十六峰についてはこちらのページを参照した)

文殊塔_H25.06.16撮影
文殊塔 H25.06.16撮影

文殊塔(三重塔)は寛永11(1634)に、徳川秀忠にかつて仕えた伊丹重好が徳川秀忠の菩提を弔うため建立したもので、現在は国の重要文化財に指定されている。本瓦葺で高さは22m、以前にもこのブログで紹介したが、真っすぐな石段の上にそびえる塔の風景は、この塔が日本一美しいのではないかと思わされてしまう。

日本三文殊随一_H25.06.16撮影
日本三文殊随一_H25.06.16撮影

二層目正面にかかる額には『日本三文殊随一』の文字。諸説あるが、大和の安倍文殊、丹後の切戸文殊と共に
山城の中山文殊とよばれ、元は中山宝幢寺(ほうどうじ)の本尊だった獅子に騎乗する文殊菩薩像が近年までここに安置されていた。(現在は御影堂に安置)脇寺とともに運慶作と伝えられている。

会津墓地への参道_H25.6.16撮影
会津墓地への参道 H25.6.16撮影

石段を下って会津墓地への分岐点まで戻る。道しるべの通り10mほど進むと、以前取り上げた母の像があるお墓がある。

亀の上の石碑_H25.06.16撮影
亀の上の石碑 H25.06.16撮影

母の像の隣には、亀にくさびを打ち込むような形で立っている石碑がある。漢文で書かれた碑文を読むと、山本義安という慶長年間に伊賀で生まれた武士を顕彰したものらしい。藤堂高虎や後藤又兵衛の名もある。後日調べてみると、松倉重政に従い、大坂冬の陣、夏の陣で功をあげ、後に伊予松山の久松松平家宗家二代目の定行に仕えた人物であることがわかった。

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2013.08.06 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【散】京都の散歩道

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