【門】ヴィヴィッドな国宝~西本願寺唐門・続

カテゴリ:【門】京都の門
~大きなものから小さなものまで、大小遠近男女は問わず京都の門


西本願寺唐門外側から_H25.03.17撮影
西本願寺唐門外側から H25.03.17撮影

以前に取り上げた西本願寺唐門の記事の続編。門の内側には古代中国・三皇五帝時代の「許由、耳を洗えば単父牛をひいて帰るの図」の故事が透かし彫りにされているが、門の外側には別の故事が透かし彫りにされている。

黄石公と張良の故事・裸足で馬に乗る黄石公_H25.06.16撮影
黄石公と張良の故事・裸足で馬に乗る黄石公 H25.06.16撮影

「史記」の「留侯世家」によると秦朝末期、秦に滅ぼされた韓の若い貴族、張良は始皇帝の暗殺を計画するも失敗、名を変えて下邳に隠れる。ある日、この街の橋のたもとで、老人が橋の下に自分の履いていた靴を投げ入れ、張良に取ってくるように命じる。不本意ながらも張良は靴を取ってくると、老人はその靴を履かせるように命じ、張良はその通り従った。笑いながら去って行った老人は戻ってきて、渡したいものがあるので、張良に5日後の朝、ここに来るようにと言う。

黄石公と張良の故事・龍に乗って靴を差しだす帳良_H25.06.16撮影
黄石公と張良の故事・龍に乗って靴を差しだす張良 H25.06.16撮影

5日後、張良がやってくると老人は遅いと怒り、さらに5日後来るように言う。5日後、再び日の出前に張良が家を出ると老人は既に来ており、さらに5日後来るように言う。5日後、張良は夜中のうちに橋の袂へやってくると、やがて老人がやってきて張良に太公望の兵書を渡し、これで王者の師となれること、13年後に黄色い石に出会うが、それが自分の化身であることを告げる。老人の言葉通り張良は13年後に黄石に出会い、劉邦を補佐して秦を滅ぼし、漢の天下統一を助ける。この彫刻で、黄石公が馬、張良が龍に乗っているのは、前述のエピソードを元に作られた能の「張良」によるためである。ちなみに黄石公と張良のエピソードが門の外側に置かれているのは意味があり、これが俗世の立身出世話だから。許由と単父のエピソードが内側にあるのは、これが非俗世の話であるためだ。

孔雀_H25.06.16撮影
孔雀 H25.06.16撮影

見上げないと見えない、門扉の中央上部に置かれている羽根を広げた孔雀は今にも飛び立ちそう。羽根1枚1枚が生きているようだ。この孔雀は外側にしか置かれていない。

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2013.08.14 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【門】京都の門

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