【歩・過】東海道五十三次踏破・戸塚~その1

カテゴリ:【歩・過】京都まで歩く(日本橋~金谷)
~2010年からスタートして現在中断中の、東海道を日本橋から京都まで歩く企画の過去分です。ここでは日本橋~金谷までを取り上げます。途中の文章もその当時に書いたものです。


3/6(土)戸塚からスタートの記録

戸塚駅地下通路に描かれた五十三次戸塚宿_H22.03.06撮影
戸塚駅地下通路に描かれた五十三次戸塚宿 H22.03.06撮影

天気は小雨。スタート地点まで若干迷って駅周辺をウロウロ。傘をさし、小型デジカメを借りれなかったために大きな1眼レフのカメラバッグとFREITAGのメッセンジャーを襷がけ。非常に動きづらい。おまけに駅で食事をし損ねて空腹状態。非常に悪いコンディションである。天気も悪いし、16時に大久保で古い友人のたっちー氏(From仙台)のライブがあるので、今回は藤沢までいくことを目標にする。

11:26 戸塚駅東口入口交差点スタート。国道1号を歩く。日立のソフト工場を横目にJRの踏切を渡る。吉野家を発見するもスタート直後のため我慢。駅周辺のせいか国道1号は渋滞中。

澤邊本陣跡_H22.03.06撮影
澤邊本陣跡 H22.03.06撮影

11:38 消防署脇に戸塚宿にあった二つの本陣の一つ、澤邊本陣跡。現在は個人宅の敷地になっている。雨のせいか早くも腰が痛くなってきた。

富塚八幡_H22.03.06撮影
富塚八幡 H22.03.06撮影

“とみつか”とかいて“とつか”と読む。ここが戸塚の地名の発祥という説がある。急な階段が印象的な社。私は過去に京都の時代劇のロケ地写真を撮っていたので、時代劇のロケ地になりそうな場所、特に石段を見ると異常にアドレナリンが出る石段フェチである。(プラス小橋フェチ)。雨の上、腰痛発症にもかかわらず、急な石段を登ってみた。石段は45段、石段の上にはそれほど大きくはないが厳かな社殿。東海道ウオークをスタートしてから初めて神社に参拝。お賽銭は100円也。この社は源頼義、義家親子の建立である。

石仏群_H22.03.06撮影
石仏群 H22.03.06撮影

11:58 大坂下バス停。ここから長い坂を上って行く。途中8基横並びの石仏石碑群がある。真ん中は庚申塔。庚申塔とは江戸時代に行われた庚申講の記念碑。庚申講とは庚申の日(かのえさる)の日の夜、人間が眠ると体内に住む虫がその人の悪事を天帝に報告に行くため、夜通し、眠らずに宴会をするという集まりである。民間信仰だが、娯楽の少ない時代、何か理由をつけて娯楽を作ろうという趣旨なのだろう。小学生の頃、地元のの石仏を調べて歩いたことがあり、近所の庚申塔も調べたことがある。我ながら年寄り臭い子供だったと思う。そういえば、石仏を調べているときに、胴体に乗せてあるだけの石仏の首を落としてしまい、震え上がって帰ったことがあったことを思い出した。30年以上前の話だ。そんなことを考えながら坂を上っていった。途中のCOCOSを発見するも横目に見て坂を上がる。ハンバーグが食べたひ。

12:10 国道1号のバイパスに合流。距離表示は東京45km、川崎25km。そのまま国道1号を進む。この辺りは左側が低くなっており、尾根道を歩いているような感じ。1号はあいかわらず渋滞中。

お軽勘平道行碑_H22.03.06撮影
お軽勘平道行碑 H22.03.06撮影

12:20 お軽勘平道行碑。お軽勘平は浄瑠璃・仮名手本忠臣蔵の塩谷判官の家臣、早野勘平(赤穂浪士の萱野三平がモデル)と腰元お軽との悲恋物語。ストーリー上、駆け落ちした二人がこの辺りを歩いたことになっている。碑に山中とあるように国道1号が通っている今も、前述したように地形から、昔の山中のイメージは確かに湧いてくる。

宝ビスケットの電柱広告_H26.03.06撮影
宝ビスケットの電柱広告 H26.03.06撮影

12:26 吹上交差点。国道の距離表示は藤沢5km、小田原38km、静岡136km。そろそろ小田原が標的に入ってきた。小田原までたどり着けば、東海道の最大の難所と思われる箱根が目前になる。吹上から国道1号の長い坂を下って行く。ところで、この辺りは1号沿いに宝ビスケットと宝製菓の看板が延々と電柱に掲示されている。この辺りに昭和21年創業の宝製菓の本社と横浜工場があるようだ。調べてみたら、ビスケットやクッキー、乾パンを製造しているそうだが、言われてみれば確かに食べたことがあるような、無いような・・・

原宿一里塚跡の案内_H22.03.06撮影
原宿一里塚跡の案内 H22.03.06撮影

12:29 原宿一里塚跡。江戸から11番目の一里塚跡。現在は案内板しか残っていない。

12:31 浅間神社前交差点。坂道はここで終了。反対側に浅間神社がある。訪ねなかったので実際はわからないが、外観では社殿が小高い岡の森の中にあるようだ。ここから、富士山などが見えた(見える?)らしい。ここで下りの坂道は終わり。この辺りで雨がやんで傘が不要になってきた。タスキがけにバッグを両脇にかけ、傘を左手に持ち、右手にはメモ用の単語帳とペン。帽子をとって歩いていたので坊主頭が露出している。旅の乞食坊主のような姿だ。

原宿交差点_H22.03.06撮影
原宿交差点 H22.03.06撮影

12:39 原宿交差点。国道1号と県道23号、県道402号が交差するかなり大きな交差点。右に行くと大船。東京の原宿のイメージが強すぎるので戸塚の原宿は違和感があるが、昔、東京の原宿辺りは隠田(おんでん)と呼ばれていた。北斎の富嶽三十六景の【隠田の水車】にも隠田の名が出てくる。また現在も表参道の渋谷寄りには、確か隠田通り商店街の名が残っているはずだ。なので本当の原宿はこちらが本場なのだ。この交差点は道路情報で必ず名前が出てきていつも数キロ渋滞しているイメージがある。この時点では先ほどの渋滞は若干おさまっている。

CoC壱番屋戸塚東俣野店_H22.03.06撮影
CoC壱番屋戸塚東俣野店 H22.03.06撮影

12:49 影取歩道橋東側交差点。空腹も絶頂になり早く食事がしたいが店が無い。王将餃子が食べたいと思っていたら、少し先の道路の反対側に見慣れたココイチの看板発見。このタイミングでココイチ登場は、やはり神である。このタイミングは【ココイチ劇場】と名づけたい。小走りでココイチ戸塚東俣野店へ入店。いつものように神カレーを食す。私は一般的なグルメには全く興味が無いので、これから先も【ココイチ劇場】が常にあればいいのにと願う。
(続く)

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2014.05.05 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【歩・過】京都まで歩く(日本橋~金谷)

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