【動】北野天満宮の臥牛(がぎゅう) その1

カテゴリ:【動】京都の動物
~京都の街の動かない動物たち、つまりオブジェとしての動物を取り上げます。


昨日、北野天満宮の伴氏社をご紹介したので勢いに乗って、北野天満宮の臥牛を取り上げてみようと思います。天満宮では、牛は神の使いとされているため、境内には多くの臥牛像が奉納されているのです。

北野天満宮・臥牛_H26.02.09撮影
北野天満宮・臥牛 H26.02.09撮影

北野天満宮前交差点から入って、一番最初に見ることが出来る臥牛です。茶室の松向軒がある辺りで参道左側です。だいぶ年季が入って汚れていますが、製作は"明治丗五年"と刻印されているので仕方が無いでしょう。頭はきちんと本殿の方向を向いています。

北野天満宮・臥牛_H26.02.09撮影
北野天満宮・臥牛 H26.02.09撮影

二本目と三本目の鳥居の間、参道右側にある黒い臥牛です。こちらは最近のもので平成21年の銘がありました。黒に赤い前かけが鮮やかで、頭は参道に向かっていて、参拝者に挨拶しているような感じ。写真は寄って撮影したので大きく見えますが、実際は、シャープペンの4~5本程度の大きさです。どちらかというと子牛ですね。北野天満宮の中では一番可愛らしいと思います。

北野天満宮・臥牛_H26.02.09撮影
北野天満宮・臥牛 H26.02.09撮影

この臥牛は相当古そうですが、"明治戌五年"の刻印があります。(明治5年は戌年では無いので"戌"は"弐"のことでしょうか?。) 頭部ははだいぶ摩耗してしまい、体も細く骨ばっているように見えて、何となく可哀そうな臥牛です。伴氏社の手前、参道の左側です。

北野天満宮・臥牛_H26.02.09撮影
北野天満宮・臥牛 H26.02.09撮影

三本目の鳥居と楼門の間、参道左側の金属製の臥牛。石造のものに比べ重厚で強そうです。まるでロボットみたいで、夜には目からビームでも出しそう。そうなると2本の角は電極でしょうか(笑) 牛本体に"明治廿六年"と彫られています。ところで冗談はさておき、なぜ天満宮の牛は、みな臥牛なのでしょうか?これは大宰府で失意のうちに無くなった菅原道真の遺骸を運ぶ途中、車を引く牛が伏せて動かなくなってしまったということによります。それ以外にも「道真の出生年は丑年である」「亡くなったのが丑の月の丑の日である」「道真は牛に乗り大宰府へ下った」「牛が刺客から道真を守った」「道真の墓所(太宰府天満宮)の位置は牛が決めた」(Wikipediaより)など様々な牛にまつわるエピソードがあります。

北野天満宮・臥牛 H26.06.08撮影
北野天満宮・臥牛 H26.06.08撮影

ビームの臥牛の前には、もう一つ屋根に守られた金属製の臥牛があります。文政2(1819)年とありますが、意外に最近のものに見えます。よく見るとこの牛には、お腹のあたりに子牛が寄り添っているのが分かります。北野天満宮の中で子牛がついた臥牛像は私が見た限りではここだけです。

北野天満宮楼門_H25.10.13撮影
北野天満宮楼門 H25.10.13撮影

参道で四頭の臥牛の前を通ると楼門です。ここから先も奉納された臥牛が境内の各所におかれてしています。先程の牛のエピソードもさることながら、肉食の習慣が無かった時代、牛が貴族にとって食用としてでなく、生活に必要で身近な存在であったことが想像できると思います。(続く)
北野天満宮:京都府京都市上京区御前通今出川上る馬喰町(地図)
H26.6加筆修正


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2014.05.13 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【動】京都の動物

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