【歩・過】東海道五十三次踏破・藤沢本町~その3

カテゴリ:【歩・過】京都まで歩く(日本橋~金谷)
~2010年からスタートして現在中断中の、東海道を日本橋から京都まで歩く企画の過去分です。ここでは日本橋~金谷までを取り上げます。途中の文章もその当時に書いたものです。


3/14(日)の第6回目の続き 大磯マックでの休憩後から

16:50 マックを出発して化粧坂。化粧とかいて“けわい”と読む。鎌倉時代、この辺りが大磯の中心だった。

17:00 大磯駅入口交差点。ここを過ぎると今日は二宮駅まで歩かなければならない。

虎御石の案内_H22.03.14撮影
虎御石の案内 H22.03.14撮影

17:03 穐葉神社入口交差点。ここに曽我物語の悲しきヒロイン虎御前の成長につれて大きくなった虎御石があったらしい。穐葉神社は1号に面している小さな祠。穐葉は“あきば”と読む。

新島襄終焉の地の石碑_H22.03.14撮影
新島襄終焉の地の石碑 H22.03.14撮影

17:07 照ヶ崎海岸入口 ここが日本の海水浴場発祥の地。1985年に陸軍初代軍医総監の松本順によりこの地に海水浴場が開かれた。松本順については司馬遼太郎の小説“胡蝶の夢”が面白いが幕府の奥医師でありながら会津戦争にも参加した血の気の多い人物。ちなみに日本医薬品製造社製の征露丸に彼の顔写真がロゴになっている。またそばには新島襄終焉の地の石碑がたっている。

初めて見た海らしい海_H22.03.14撮影
大磯の海 H22.03.14撮影

17:11 鴫立庵(しぎたつあん)。脇道を入っていくとバイパスの向こうにすぐ海が見えた。東海道を歩き出して初めて見えた海らしい海。

湘南発祥の地の石碑_H22.03.14撮影
湘南発祥の地の石碑 H22.03.14撮影

鴫立庵は1664年、崇雪が草庵を結んだのが始まりで、京都・落柿舎、滋賀の・無名庵とともに日本三大俳諧道場の一つ。すぐそばには湘南発祥の地の碑も建てられている。鴫立庵内の石碑の銘文“著盡湘南清絶地”によりこの地が「湘南発祥の地」とされている。もしこの碑がなければサザンが湘南サウンドと呼ばれることもなかったはずだ。元々の湘南とは現在の中国、湖南省の洞庭湖の湘江の南部のあたりを呼び地名。

東海道の松並木_H22.03.14撮影
東海道の松並木 H22.03.14撮影

17:19 大磯中学校前交差点。今日歩いたルートは、街道に松並木や松が植えられている部分が多かったがこの辺りは本格的な松並木。

切り株_H22.03.14撮影
切り株 H22.03.14撮影

写真の切り株は樹齢217年。東海道の歴史を残すために保存されている。この辺りの距離表示は小田原まで18km。ここで距離を稼げば次回が少し楽になる。

東海道の案内板_H22.03.14撮影
東海道の案内板 H22.03.14撮影
大磯町は町の東西を東海道が貫いているせいか東海道の案内が絵入りの案内板で丁寧に説明されている。

休業中の滄浪閣_H22.03.14撮影
休業中の滄浪閣 H22.03.14撮影

17:25 滄浪閣前。滄浪閣は1897年に建てられた伊藤博文の邸宅。終戦後はプリンスホテルの別館として営業していたこともある。現在は、大磯町が買い取りに失敗して大手建設会社の所有になっているようだが営業はしていない。2007年までホテルとして使用されていたこともあり、建物の概観は取り立てて歴史的なものというものではない。

滄浪閣の石碑_H22.03.14撮影
滄浪閣の石碑 H22.03.14撮影

大磯は私にとっての、日常と非日常の境目の地だと前述したが、そのなかで滄浪閣が旅の扉の入口の日常側の板面である。また滄浪とは青々とした波と言う意味だが、滄浪という文字と語感も私が非常に気に入っている名だ。

17:44 国府本郷交差点。そばを川が流れていることもあり、磯の香りがかすかに香ってくる。風向きのせいか今日は大磯で潮の香りを感じることがなかったので少しうれしい。

17:48 国府本郷から200m位進んだところで道を間違えたことに気づく。旧道を行くには500m程戻らなければならない。旧道も新道に並行しているだけなのであまり大差はないのだが折角なので戻ることにする。

城山公園_H22.03.14撮影
城山公園 H22.03.14撮影

17:53 城山公園前交差点まで戻る。ここから1号を外れて旧道を歩く。歩きすぎたせいか数歩歩くごとに足の裏が痛むようになった。すでに薄暗くなっているので先を急ぎたいが、やむを得ず城山公園の入口のベンチで休憩。公園はすでにしまっており人影はなく非常に寂しい風景。18:01に再出発。休憩を取ったおかげで足裏が痛まなくなった。

国府本郷の一里塚跡_H22.03.14撮影
国府本郷の一里塚跡 H22.03.14撮影

18:11 国府本郷の一里塚跡。江戸から17番目になる。手持ちのデジカメではそろそろ写真が難しくなってきた。

18:19 国府新宿交差点。ここで1号に合流。この交差点は見覚えがある。バイクで京都へ向かう時、厚木方面から走って明け方にここで1号に合流したはずだ。

18:30 二宮町に入る。疲れはピークに達している。今回、地図はヤフーの地図の200mが基準になっているものを印刷して歩いているが、次のページでようやく二宮駅が出てくる。最後の一枚を死ぬ気になって歩いている。

18:41 中央通り入口交差点。小田原14km、沼津52km、静岡107kmの距離表示。駅の入口と間違ってここで終わりにしようとして右折したが、違っていたので再度1号に戻る。

二宮駅入口_H22.03.14撮影
二宮駅入口交差点 H22.03.14撮影

18:45 二宮駅入口。本日はようやくここで終了。今までの中で一番きつい道中となった。ただ、今回頑張ったので、次回は小田原は確実。上手くいけば箱根湯本まで歩けるはずだ。さすがに本日は帰りに学芸大学駅の最近行きつけのマッサージ屋で足裏マッサージをしてもらった。それでも翌日、翌々日は足腰の筋肉痛がひどかった。

藤沢本町駅付近~二宮駅付近 ()は日本橋からの累計。
時間:5時間33分(19時間56分)
歩行距離:23.52km(76.5km)

かかった費用
飲食代:940円
交通費:2160円(自宅付近バス停~藤沢本町 二宮~学芸大学)
マッサージ代:3200円
合計:6300円(15537円)

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2014.05.17 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【歩・過】京都まで歩く(日本橋~金谷)

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