【散】京都駅から三条京阪を歩く(H26.06.07) その3

カテゴリ:【散】京都の散歩道~街中から山道まで有名無名限らず、色々な京都の散歩道を案内します。京都歩きの御参考になれば幸いです。


正面通り_H26.06.07撮影
正面通り H26.06.07撮影

平安法衣店の角を曲がって、烏丸通りから正面通りに入りました。突き当りは東本願寺の飛地境内の庭園である渉成園です。正面通りは渉成園の反対・河原町通りからまた始まって、鴨川を渡り、方広寺に行きつきます。方広寺の正面に出ることから正面通りの名がついたとか。


謎の近代建築_H26.06.07撮影
謎の近代建築 H26.06.07撮影

東洞院通りを越えると右手に昭和初期に建てられたような建物が現れました。片側を蔦に覆われています。何の建物かは分かりませんでした。集合住宅ではなさそうなので、個人のお宅でしょうか?

渉成園_H26.06.07撮影
渉成園 H26.06.07撮影

突き当たりが渉成園の入り口になります。渉成園は江戸初期に石川丈山によって作庭された書院式の池泉回遊式庭園です。ここから見える京都タワーが好きなのですが、今回は時間の関係でスルーします。渉成園前を北(左)に折れて間之町通りに入ります。

街角の祠_H26.06.07撮影
街角の祠 H26.06.07撮影

京の町の其処此処でよく見かけるお地蔵さんを祀る祠です。どこでも、町の人によって常に清潔に保たれていて清々しい気持ちになります。この風景は街をてくてく歩かないと味わえない、実に京都らしいひとコマです。

文子天満宮_H26.06.07撮影
文子(あやこ)天満宮 H26.06.07撮影

北野天満宮の前身である文子天満宮です。菅原道真公の没後、乳母であった多治比文子が、道真公から「われを右近の馬場に祀れ」とのお告げを受けましたが、貧しく社殿を建てられず自宅に道真公を祀ったのが、文子天満宮の始まりです。そのため天神信仰発祥の地とされています。

文子天満宮境内_H26.06.07撮影
子天満宮境内 H26.06.07撮影

鳥居をくぐって境内に入ると大部分が屋根で覆われています。これなら雨が降っても大丈夫、参拝者に優しい神社ですね。正面が大正7(1918)年造営の本殿、向かって左の赤い建物が文子殿とよばれる建物です。ビルや住宅に囲まれた小さい境内ですが、末社も五社あり、学業成就以外にも植林林業、開運招福、雷よけ・五穀豊穣、子宝、商売繁盛、良縁祈願、交通安全など様々な御利益をもっています。

多治比文子像_H26.06.07撮影
多治比文子像 H26.06.07撮影

多治比文子にちなんで"あやこ"と言う名前なら誰でも入れる全国文子会という会もあるそうです。また境内には清楚で穏やかな文子像が置かれています。この文子像を見ていると実は菅原道真公が日本三大怨霊の一人であることを忘れてしまいそうです。

学業成就の絵馬_H26.06.07撮影
学業成就の絵馬 H26.06.07撮影

神社に来ると特徴的な絵馬をいつも撮影するのですが、文子天満宮の絵馬は、梅と衣冠束帯姿の凛々しい道真公が描かれています。他にも、優雅に平安貴族の男女が描かれた縁結びの絵馬が、用意されていました。(続く)

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2014.06.27 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【散】京都の散歩道

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