【歩・過】東海道五十三次踏破・三島~その1

カテゴリ:【歩・過】京都まで歩く(日本橋~金谷)
~2010年からスタートして現在中断中の、東海道を日本橋から京都まで歩く企画の過去分です。ここでは日本橋~金谷までを取り上げます。途中の文章もその当時に書いたものです。


2010年5月22日の記録

8:30自宅を出発、横浜より東海道線で三島へ向かう。三島から伊豆箱根駿豆線で三島二日町駅下車

跨線橋からの富士山_H22.05.22撮影
跨線橋からの富士山 H22.05.22撮影

11:37 前回、道を間違えて終了した国道1号の伊豆箱根駿豆線の跨線橋上より本日はマイナスからのスタート。道を間違えて終了した場合は、終了地点からスタートして正しい道に復帰するのが自分で決めたルール。ガスっているが富士山が橋上から見える。ここから1.3kmほど坂を上って正しいルートを目指す。

11:51 谷田東小山交差点で正しいルートに復帰。三島大社まで1.5kmの地点。ここから国道1号を外れて県道22号三島富士線を歩く。空は曇っているが雲の間から陽が強めに刺しているので既に汗ばんでいる。歩くと正面に富士が見える。富士を正面に歩くのは実に気持ちがよい。

三島への案内板_H22.05.22撮影
三島への案内板 H22.05.22撮影

11:59 T字で右が三島、左が箱根宿の案内板を発見。

正しいルート(旧道)に復帰したと思って歩いていたルートが正しくないらしい。旧道を歩くなら左の箱根宿の方角からこのT字に出てこなければならなかった。再度、戻って歩き直そうか考えたが、地図も無いためにどこまで戻れば良いのかがわからない。思案の末、ここは諦めることにした残念ながら、旧道を1箇所取りこぼしてしまった。伊豆箱根駿豆線の跨線橋から谷田東小山交差点ではなく、さらに2つ先の五本松交差点まで戻ればよかったことがあとでわかった。なんでもそうだが、事前調査の手を抜いたのが失敗のもとだった。

三島大社大鳥居_H22.05.22撮影
三島大社大鳥居 H22.05.22撮影

12:09 三島大社。三島大社は伊豆国一宮・総社で、戦前では官幣大社に位置づけられた格式の高い社である。創建より2000年余と伝えられている。折角なので参拝することにした。

三島大社拝殿_H22.05.22撮影
三島大社拝殿 H22.05.22撮影

大きな錦鯉がたくさん泳ぐ池の間を通って拝殿へ向かう。敷地内はそれほど広く。家族連れも目立ち、どちらかといえば明るい雰囲気である。拝殿で参拝。書かれている正式な参拝方法で旅の安全を祈ってみた。ちなみにこのブログの読者の方は拝殿と本殿の違いをご存じだろうか?皆さんが参拝をするさい銭箱や鈴があるのが文字通りの拝殿でその奥にあるのが本殿である。本殿はご神体が安置されているため殆ど一般人が立ち入ることはない。気をつけて見ると拝殿の後ろ側にある小さめの建物が本殿である。

三島大社末社_H22.05.22撮影
三島大社末社 H22.05.22撮影

大きな神社に行くと神社の中に小さな神社がたくさんある。これらの神社内神社を摂社、末社という。摂社の方が格式が高いが、摂社、末社ともに、神社本体の神に所縁のある神が祀られている。とりまきのことを末社というのもここから来ている。神様には大変失礼な言い方だが、“芸者も末社も”という云い方もしたりするほどだ。たくさんあるだけあって集合住宅のような末社もある。個人的には神社マンションと呼んでいる。

三島大社舞殿_H22.05.22撮影
三島大社舞殿 H22.05.22撮影

ある程度の規模の神社だと、拝殿の前にある正方形の舞殿があったりする。ここは神楽を奉納するステージである。

三島宿の古い建物_H22.05.22撮影
三島宿の古い建物 H22.05.22撮影

12:20 三島大社を出発。三島広小路というメインストリートを歩く。確か、20年近く前だと思うが、バイク旅行で、夜、東京を出たものの、すぐに雨に降られて三島で泊まってしまったことがある。今歩いている広小路にホテルが何軒かあるが、どこだかどうしても思い出せない。市役所中央町別館の脇には問屋場跡の案内板がある。この辺りがちょうど宿場の中心だったのだろう。街自体はどこにもあるビルばかりだが、2件ほど古い建物が店になっており、かつての宿場町から発展してきた三島宿の雰囲気を感じさせる。

からくり人形_H22.05.22撮影
からくり人形 H22.05.22撮影

12:26 静岡銀行の脇にからくり人形。写真ではわからないが動いているのが可愛らしい。

世古本陣の碑_H22.05.22撮影
世古本陣の碑 H22.05.22撮影

そのあとすぐに三島宿の本陣の世古本陣跡。今は跡を示す石碑しか残っていない。

桜屋_H22.05.22撮影
桜屋 H22.05.22撮影

12:30 伊豆箱根駿東線の踏切手前で本日最大の楽しみである鰻屋の桜屋に到着。創業が安政3年というからかなりの老舗だ。予約をした方がよいといわれていたが、前日に電話をしたら予約は受け付けていないとのこと。入り口には警備員が1人いて順番待ちの人を仕切っている。早速順番表に名前を記入しようとしたら4枚目と書かれているのに驚いた。警備員の無線を聞いていると30-40人程待っている人がいるらしい。店の周りでも20人ほどが待っている。

三石神社の時の鐘_H22.05.22撮影
三石神社の時の鐘 H22.05.22撮影

時間がありそうなので店の周辺をぶらぶら。店の隣は三石神社。今晩祭りの予定なのか露店が出ている。境内の時の鐘は江戸時代に時を知らせていた鐘を昭和25年に再建したもの。太平洋戦争に供出されたそうだ。

桜屋の蒲焼定食_H22.05.22撮影
桜屋の蒲焼定食_H22.05.22撮影

12:45 意外に早く名前が呼ばれて入店。6人掛けのテーブルに案内され、隣の椅子に荷物をおいても良いと言われた。混んでいるからと言ってギュウギュウ詰めというわけではなさそう。さすがに店内の写真撮影は控えたが、木造の民家風の造りで2Fにも客席がある。60-70席位はありそうだ。折角なので3670円の蒲焼定食を注文。残念ながらグルメの才能は持ち合わせていないので気の利いた表現ができないのだが、肉厚の鰻とタレが美味しいのは間違いない。蒲焼以外の小鉢にもふんだんに鰻が使われていて、この値段を払っても後悔はない。接客も老舗にありがちな横柄、高慢な対応は無く、混んでいるにもかかわらず店員さんも豆にお茶を注いでくれるなど、これは店が繁盛するはずだ。そういえば日本橋から歩きだして土地のものを食べたのはここが初めてだ。

桜屋のHP
http://www.sakura-ya.net/

13:18 スタート。伊豆箱根駿東線の踏切を渡る。踏切の脇はすぐ三島広小路駅。県道145号三島沼津線を歩く。踏切を越えると、店などはあるもののよくある田舎の国道の佇まい。

清水町の案内板_H22.05.22撮影
清水町の案内板 H22.05.22撮影

13:30 大河資生堂という化粧品屋の辺りで新宿2丁目清水町に入る。現在、静岡市に編入された現在の静岡市清水区(旧清水市)と間違いがちだが、ここは清水町。

こうじ製造所_H22.05.22撮影
こうじ製造所 H22.05.22撮影>

すぐに千貫樋交差点。そこから100m程行くと実に年期の入ったこうじ製造所の看板を出した建物がある。

常夜燈_H22.05.22撮影
常夜燈 H22.05.22撮影

正面には常夜灯が再現されている。沼津まで1里(3.9km)の表示。一里は一般的には4kmとされているが、正確には約3.927kmである。

蔵のある米屋_H22.05.22撮影
蔵のある米屋 H22.05.22撮影

13:39 伏見南バス停手前で蔵付きの米屋がある。昭和期の建物とは思うが、さすが旧街道沿い。味のある建物だ。

宝池寺の一里塚_H22.05.22撮影
宝池寺の一里塚 H22.05.22撮影

13:43 宝池寺の一里塚。江戸から29番目の一里塚になる。街道を挟んで反対側の玉井寺にある一里塚と対になっている。

玉井寺の一里塚_H22.05.22撮影
玉井寺の一里塚 H22.05.22撮影

玉井寺の一里塚は作られた当初のままとのこと。

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2015.06.18 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【歩・過】京都まで歩く(日本橋~金谷)

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