【歩・過】東海道五十三次踏破・東田子の浦~その1

カテゴリ:【歩・過】京都まで歩く(日本橋~金谷)
~2010年からスタートして現在中断中の、東海道を日本橋から京都まで歩く企画の過去分です。ここでは日本橋~金谷までを取り上げます。文章もその当時に書いたものです。


2010年10月2日の記録

猛暑の夏がようやく終わり、10/2(土)から五十三次を再開。前回、雨で途中断念したが、今回は再度、東田子の浦駅から再出発する。8:16に自宅を出発、自由が丘経由で新横浜から新幹線で三島まで、在来線で東田子の浦へ。

ゲラティック号の記念碑_H22.10.02撮影
ゲラティック号の記念碑 H22.10.02撮影

10:49 東田子の浦駅出発。晴天、猛暑ではないが汗ばむ陽気。県道380号を西へ。5分後、立円寺。境内には昭和54年の台風20号の為遭難し死者2名を出したインドネシア船のゲラティック号の記念碑。赤い錨型のモニュメントが印象的。

広沼橋から_H22.10.02撮影
広沼橋から昭和放水路 H22.10.02撮影

10:58 広沼橋は昔の街道を彷彿とさせる。岸辺の松と緑の水が印象的。橋の傍らには浮島沼の干拓に生涯をささげたという増田平四郎の像。またこの付近には一里塚もあったという。この辺りから土曜日にも関わらず日本製紙の赤白の煙突が煙を吐いているのが見えてくる。歩いていると、今風のココナツ型のヘルメットでなく、昔ながらのヘルメットをかぶった中学生に遭遇。私自身は自転車でヘルメットをかぶったことは無いが、思わず郷愁を感じる。この頃には背中が汗でぐっしょり。着替えを持ってきて良かった。

妙法寺_H22.10.02撮影
妙法寺 H22.10.02撮影

11:12 檜の交差点を左へ。旧東海道の案内があり、ここから県道170号。前回はここまで来て雨の為リタイヤした。進んでいくと日本製紙の煙突が1本増えて2本に。工場の怪しげな建築物も見えてきて、工業地帯に近付いていることが分かる。15分後、毘沙門天と呼ばれる妙法寺。

西部タワー_H22.10.02撮影
西部タワー H22.10.02撮影

門前には旅館が2軒あり観光バス用の駐車場もあるが、境内は閑散としている。境内は和風の本堂と中華風のエキゾチックな建造物が混在していて時代劇に出てくる長崎の寺のような感じ。県道に戻ろうと参道の階段を降りると、正面には先程の工場の怪しげな建造物。西部警察で撃ち合いをしていそうな建物なので、個人的に西部タワーと名付けた。

日本製紙富士工場鈴川_H22.10.02撮影
日本製紙富士工場鈴川 H22.10.02撮影

11:38 東海道線を渡る踏切。踏切を渡ると日本製紙富士工場鈴川の正門。日本製紙は国内第2位の製紙会社で日本製紙グループの洋紙を作成する会社だそうだ。

シャディ_H22.10.02撮影
シャディ H22.10.02撮影

11:43 吉原駅北口交差点。スーパーの屋上に久々にシャディーの名前を見つける。我々、必殺ファンには、番組中のCMで馴染みなのだが、現在は一般の人はあまり知らないだろう。シャディはカタログでギフトを選ぶ会社の走りで、必殺シリーズ後期にはガッツ石松が裃姿でスクーターに乗るCMが必ず流れていた。先日、必殺仲間と飲んでいる時にCMもドラマの重要な一部とシャディーのCMを引き合いに出して語ったのを思い出した。

河合橋から_H27.10.02撮影
河合橋から H27.10.02撮影

3分程歩くと河合橋。橋の左右の両岸にはモータボートがずらり。正面にはCMでお馴染みの鈴与の工場。CMではよく見るが、何をしている会社かわからないので調べてみたら、物流から発展した商社のような感じらしい。橋を渡って先は、まさに工業地帯の雰囲気。

富士山_H22.10.02撮影
富士山 H22.10.02撮影

太い道路や倉庫が立ち並び、見渡すと煙突も何本か見える。太い道路の先には雲がかかっているが富士が見える。

左富士神社_H22.10.02撮影
左富士神社 H22.10.02撮影

12:00 お昼を知らせるチャイムと同時に左富士神社到着。

馬頭観音_H22.10.02撮影
馬頭観音 H22.10.02撮影

この辺りは、通常に東海道の下りでは右に見える富士が、東海道がくねっている関係で、左側に見えることからこの辺りの富士を左富士という。5分後には左富士の記念碑やその脇に往時を忍ぶ老松もあるが、家や工場があって左側に富士は見えない。結局、この日は左富士を見ることが出来なかった。さらに進むと道の端に何やら由緒ありそうな馬頭観音の祠。

ヘルス東京_H22.10.02撮影
ヘルス東京 H22.10.02撮影

すぐ先、団地(社宅?)の真っ正面に突然、何の脈絡も無く現れたヘルス東京。東京ととつけてしまったネーミングが何故か悲しいが、地元の若者の通過儀礼的存在の場所か?

平家越_H27.10.02撮影
平家越の碑 H27.10.02撮影

12:16 平家越橋。傍らには平家越の碑。この辺りが富士川の戦いで、羽音で平家を敗走させた水鳥の飛び立った場所とのこと。この地は平家没落のきっかけとなった地ということになる。ところで昨日、3時間程しか寝れなかった関係で、体調が良くない。睡眠不足で下痢気味。近所のコンビニを借りてトイレ休憩。

吉原本町駅_H27.10.02撮影
吉原本町駅 H27.10.02撮影

12:31 吉原本町駅。この辺りのバスの行き先が吉原中央駅となっているので、不思議に思っていたら吉原中央駅はバスターミナルで、吉原本町駅は岳南鉄道の駅だとのこと。この辺りはアーケード街になっており、吉原地区の商業の中心のようだ。商店街を歩いて行ったが、あまり食べたいものがない。この先、進むと店が無くなりそうな気がして、ここで食べておかないと思うのだが、なぜか気が進まず、食べずに進む。

餃子の王将_H27.10.02撮影
餃子の王将たではら店 H27.10.02撮影

市役所付近でもラーメン屋しかなく、仕方なく進むと、持っていた地図に餃子の王将を発見。ほんの少しルートから外れるが、王将が食べたくなってきたので王将を目指す。途中、スシローに惹かれたが、鮨屋だと休憩がゆっくりできなそうなので王将にする。長く歩くには十分な休憩が欠かせないのは今までの経験で学習済み。13時過ぎにようやく餃子の王将たではら店に到着。ラーメンセットを注文。その後、有料の緑茶を注文して休憩。食べていると汗が止まらず、顔からも汗が噴き出してくる。ここのお店は、よく見るような平屋型の王将ではなく、1Fが駐車スペースになって、その上を蔽うように2Fが店舗になっているタイプ。京都の上鳥羽店を小さくしたような感じ。店の雰囲気からフランチャイズかと思って調べたら、案の定フランチャイズだった。王将の直営とフランチャイズの見分け方には最近自信がある。休憩1時間を目標にしたが、カウンターなのでなかなか長居もしづらく、約40分程休憩して店を出る。店を出ると道路の表示は静岡まで40km。今日は無理だが、そろそろ静岡が射程距離に入ってきた。

間宿の図_H27.10.02撮影
間宿の図 H27.10.02撮影

13:58 総合庁舎前。この辺りは吉原宿と蒲原宿の間で多くの茶屋が立ち並んでいた。このような場所を間宿(あいのしゅく)と言うそうだ。写真は間宿を描いたもの。

刈り入れ中の水田_H27.10.02撮影
刈り入れ中の水田 H27.10.02撮影

正面には刈り入れ作業中の水田で農家の方が作業をしていた。住宅地の中に田園風景が広がる。

京都までの案内図_H22.10.02撮影
京都までの案内図 H22.10.02撮影

14:15 富士ホワイトホテル。このホテルは駿河有数の大地主、松永氏の旧邸宅跡地に建てられたもの。表の案内では京都まであと90里30丁(357.0Km)。まだまだ先は長い。ところで、このウォーキングが無事終了したら、社長の友人のUさんが、京都のお座敷に上げてくれるそうだ。

柚木駅_H22.10.02撮影
柚木駅 H22.10.02撮影

14:24 柚木駅通過。この路線はJRの身延線で富士駅と山梨の甲府を結んでいる。

常夜燈_H22.10.02撮影
常夜燈 H22.10.02撮影

この先、少しだけ裏道に入るのだが、入り口に案内があり助かった。常夜燈は慶応元年(1865)に建てられたもの。
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2015.09.15 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【歩・過】京都まで歩く(日本橋~金谷)

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