【歩・過】東海道五十三次踏破・静岡~その1

カテゴリ:【歩・過】京都まで歩く(日本橋~金谷)
~2010年からスタートして現在中断中の、東海道を日本橋から京都まで歩く企画の過去分です。ここでは日本橋~金谷までを取り上げます。文章もその当時に書いたものです。


11/16(土)静岡駅前付近から歩いた記録

8時頃自宅を出発。新横浜から静岡まで新幹線。自由席はかなり混雑しておりずっと立ちっ放し。本日は宇津ノ谷峠を越えるので出来たら行きは体力を温存しておきたいのだが…。トイレの前に立ちながら会社で借りた劇団ひとりの“陰日向に咲く”をむさぼるように読む。ここ10年の中で一番面白かった本かもしれない。本日もうちの大将(妻→現在離婚しています。:H27.10.03追記)が同行。大将がわざわざウオーキング用の靴を買っていて張り切っているのが怖い。

静岡駅北口_H22.11.16撮影
静岡駅北口 H22.11.16撮影

APECの影響で静岡駅も警戒の警官が改札の前のお立ち台の上に立っている。ただし、都内のように100m歩くのに警官10人とすれ違うというような無茶なことは無い。駅を降りて帰りの高速バスの時間を確認。次第に交通費が高くなるので、終了地点から静岡駅まで戻り、東京まで高速バスで帰る予定。

今は駅ビルのパルシェが建っているが、建設前の1982年には西部警察Part.2の第10話【大追跡!!静岡市街戦-静岡・前篇】で裕次郎演じる小暮課長がここにヘリコプターで降り立って話題になった。市街地にヘリを下ろすというのは、昔も今も許可関係が大変なことらしく、そこまでするかと、他の地方局から静岡県民放送が猛抗議を受けたらしい。今の刑事ドラマは、所轄対本庁みたいな構図がメインになっていて妙にリアルだが、このころの刑事ドラマは、一所轄の一課長が現場にヘリコプターで乗り込む、西部署の一捜査員が、普通に県警をアゴで使っていたりという無茶な構図が面白い。

駿府城の石垣_H22.11.16撮影
駿府城の石垣 H22.11.16撮影

10:20 前回終了地点の伝馬町通りの静岡銀行前からスタート。駿府城の石垣を眺めながら、神君家康公を想う。現在、石垣は普請中。かつてお手伝い普請で諸侯が請け負わされていた工事も、現代は地元を潤しているのだろう。この辺り、地図をチェックしている時から妙に分かりづらかったが、案の定、迷ってしまう。 県庁付近をウロウロするが、細かいルートにはこだわらず進むことにする。

呉服町_H22.11.16撮影
呉服町 H22.11.16撮影

10:32 呉服町に入る。新宿でいえば歌舞伎町のような繁華街が静岡では呉服町。もちろん、歌舞伎町よりも随分上品な町で、こじゃれたフレンチポップスなんかが通りのスピーカーで流れている。札の辻跡があるのでこの辺りが府中宿のメインだったろう。そういえば5.6年前、バイク旅行で静岡に泊まった時、呉服町で飲んだことがある。今は、焼酎の緑茶割も珍しくないが、その頃はまだそんな飲み方が少なく、飲み屋のお姉ちゃんに緑茶割を教わって、地元のスナックに輸入した記憶がある。

安倍川架橋の碑_H22.11.16撮影
安倍川架橋の碑 H22.11.16撮影

由井正雪の碑_H22.11.16撮影
由井正雪の碑 H22.11.16撮影

10:56 公園に安倍川架橋の碑と由井正雪の墓址。仮想敵国を西国と見る、江戸幕府の防衛上の理由から安倍川は橋をかけずに人足で渡していた。交通の便利よりも自家の保全を守ることに汲々としてきた、何とも内向きな武家政権であるが、その橋の近くに幕府転覆を企てた謀反人の墓があるのも何とも皮肉な話だ。正雪は、静岡府中の宿で自決している。

石部屋_H22.11.16撮影
石部屋 H22.11.16撮影

公園脇には丸子まで1.8Kmの案内がある。そのまま進むと安倍川の手前で、名物安倍川餅を売る創業文化7年(1810年)の石部屋(せきべや)

川越人足の義夫の碑_H22.11.16撮影
川越人足の義夫の碑 H22.11.16撮影

近くには川越人足の義夫の碑。旅人が忘れた小判入りの財布を届けた人足が謝礼を受け取らなかったという美談を顕彰している。これだけの話で顕彰碑ができるというのも何か不思議な話。よほど人足の性質(たち)が悪かったのだろうか?

安倍川橋_H22.11.16撮影
安倍川橋 H22.11.16撮影

11:00 安倍川橋に入る。現在工事中。左に見えるのは国道1号の駿河大橋。私達が進んでいるのは県道208号線。安倍川橋自体は500m程だが、川の水量はとても少なく、川むこうをチョロチョロと流れているような感じ。6分程で渡りきると、藤枝まで17kmの表示。今日の目標は藤枝の一つ先の駅、六合だが、バスの時間の関係で藤枝で終わりにするかもしれない。また、今日は最初から足の調子が悪く、今の時点ですでに股関節に違和感がある。峠道もあるので、中止にするのも勇気かと思いつつ歩く。天気は曇りだが、時折、日が差す程度で、歩くにはかえって暑くなくて良い。


地蔵堂_H22.11.16撮影
地蔵堂 H22.11.16撮影

11:18 手越原交差点で国道1号に合流後、200m程で手越交差点、ここで再度1号からそれ、県道208号へ入る。すぐに丸子宿の表示があり次の岡部宿までは9km。案内板の前には古めの地蔵堂。

11:28 セブンイレブンで休憩。腰が随分と重く痛い。中止を真剣に考えるが、もう少し、様子を見ることにする。

11:41 スタート。ところで、この辺りは先の地蔵堂と松の木を2本ほど見ただけで旧宿場の面影がほとんど無い。ただ、街並みをみるとこの辺りが丸子宿の中心地であったようだ。鉄道の駅は無いが、スーパーやタクシー会社、商店などが集まっている。それほど栄えている様子は無いが、旧宿場が発展して、ちょっとした中心地を形成しているように見える。この辺りで昼食場所を探しながら歩くが、なかなか適当な店が見つからない。道の先は山が見えており、食事が出来ないまま山に入るのではとちょっと焦る。天気も次第に曇ってきた。

一里塚跡_H22.11.16撮影
一里塚跡 H22.11.16撮影

11:51 小さな小さな一里塚跡。前の民家には柿が良く実っている。

和菓子屋徳栄堂_H22.10.16撮影
和菓子屋徳栄堂 H22.10.16撮影

11:54 和菓子屋徳栄堂。店前にここから丸子宿に入るとの案内あり。この場所が江戸方見附だったようだ。丸子宿は江戸から20番目の宿場町で鞠子とも書く。

旧藤屋_H22.10.16撮影
旧藤屋 H22.10.16撮影

先程、旧宿場中心であったと思っていた所は違っていたらしい。地図で確認したら、団地があるので団地が出来たことによって発展した場所なのだろう。この道は1号と並行しているが、普通の住宅地の中の道。先程も柿がなっていたが、柿を干していたり、売っていたり、住民が持って歩いていたり柿をよく見かける。通り沿いの建物ははそれぞれ、旧宿場の店名をかかげている。

丁子屋_H22.10.16撮影
丁子屋 H22.10.16撮影

12:07 茅葺屋根の丁字屋。規模は小さいが、農産物の販売、貸し自転車、駐車場などで観光客が集まり、ちょっとしたドライブインのようになっている。

東海道中膝栗毛の碑_H22.10.16撮影
東海道中膝栗毛の碑 H22.10.16撮影

丁字屋の正面玄関脇には、十返舎一九の東海道中膝栗毛の碑もある。碑には“けんくハする 夫婦は口をとが らして 鳶とろろにすべりこそすれ”との狂歌が刻まれている。物語の中での、とろろ汁屋夫婦の夫婦喧嘩を描いたもの。

関連記事
スポンサーサイト

テーマ:静岡県 - ジャンル:地域情報

2015.10.03 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【歩・過】京都まで歩く(日本橋~金谷)

«  | HOME |  »

タイムライン

リンク


京都市 ブログランキングへ

にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 京都(市)情報へ
にほんブログ村

都の商売人様バナー
都の商売人様運営サイト
“空想の匣”

プロフィール

SOULKYOTO

Author:SOULKYOTO
東京生まれの東京育ち、でも魂は京都人
自称・勝手に京都観光大使

全記事表示リンク

全ての記事を表示する

カテゴリ

カレンダー

09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR