【動】蛤御門と猿が辻

カテゴリ:【動】京都の動物~京都の街の動かない動物たち、つまりオブジェとしての動物を取り上げます。


ミニブログコーナー:映画の"関ケ原"、ストーリー的には今一つな感がありましたが、合戦シーンは満足できるものがありました。もうちょっと原作に添ってほしかったのと、小早川秀秋の扱いが良すぎで何となく違和感が・・・そして今、敢えて有村架純ちゃんを使う必要があるのか?あと細かい話になってしまいますが、"葵・徳川三代"以来の麿赤児さんの島津維新入道、良かったです。津川雅彦さんが徳川家康俳優なら、麿さんは維新入道俳優だ!
蛤御門_H29.06.26撮影
蛤御門 H29.06.26撮影

御所の一角に祀られているという、奇妙な猿に会いに今回は京都御苑を訪れました。まずは烏丸通り側、"禁門の変"で名高い蛤御門から御苑の中へ入ります。"蛤"の名は、普段は開かない門が、ある時御所の火災で門が開いたため、蛤を炙った時に例えて、この名が付いたのだそうです。正式名称は"新在家御門"(しんざいけごもん)と云います。今回の"京都の動物"のテーマは猿ですが、思いがけず、ここにも生き物の名前を拾うことができました。

蛤御門の銃弾跡_H29.06.26撮影

蛤御門の銃弾跡_H29.06.26撮影
蛤御門の銃弾跡 H29.06.26撮影

早速、銃弾の痕を探してみたのがこちらの写真(右側が拡大)です。駒札には梁と書いてあったのですがよくわからず、。柱を見たら弾痕の跡と思われるものを複数見つけました。wikipediaにも同じような写真があるので、これで間違いないと思います。1世紀半も前のものですが、いまだ生々しい気がしました。会津の恨みが籠った弾痕です。

京都御所・建礼門_H29.06.26撮影
京都御所・建礼門 H29.06.26撮影

蛤御門から真っ直ぐ東へ進むと、御所の正門である建礼門が見えます。この門は現在でも天皇皇后両陛下と外国の元首級しか通ることのできない、最も格式の高い門になります。京都御苑内は、地元の方も自転車で普通に通行しているので、私も自転車で入ったのですが、この辺りは特に、砂利が細かいせいかとても走りづらい。

京都御所・南東の角_H29.06.26撮影
京都御所・南東の角 H29.06.26撮影

建礼門前を抜けて御所の南東の角へ。こちらの角の形をよく覚えていて下さい。築地塀(ついじべい)に引かれている5本の白線は、定規筋とよばれるもので格式を表しています。寺ではよく見られるもので、もちろん5本が最高位です。

京都御所・建春門_H29.06.26撮影
建春門 H29.06.26撮影

東南の角を曲がるとすぐにある唐破風をつけた門は建春門です。かつては勅使が、明治以降は皇后陛下、皇太子殿下をはじめ、外国元首にも用いられます。宮内庁のHPによると、彫刻が多数、施されているそうです。

京都御所・猿が辻_H29.06.26撮影
猿が辻 H29.06.26撮影

猿が辻とよばれる北東の角までやってきました。こちらの築地塀は先ほどの南東の角と異なり、角が不自然に欠けています。この場所は北東で御所の鬼門にあたるため、意図的に角を欠いているのです。鬼門封じで、鬼の角をとるという意味があります。そして矢印の辺り(北東の東側)には、日吉大社の使いである猿の像を祀っているのです。日吉大社では、猿を神猿(まさる=魔が去る)とよび大切にしています。

京都御所・猿が辻の猿_H29.06.26撮影
猿が辻の猿 H29.06.26撮影

暗いのでよく見えませんが、蟇股の部分に、烏帽子を被り御幣を担いだ猿の木像が置かれています。金網が張られているのは、夜な夜な抜け出して、この辺りを通る人に悪さをしていたからなのだとか。

京都御所・猿が辻の猿_H29.06.26撮影
猿が辻の猿 H29.06.26撮影

もう少しわかりやすいように画像加工してみました。下の白い部分が御幣の紙垂(しで)の部分で、その上の筒状のものが烏帽子を被った頭です。

阿形の狛猿_H25.12.10撮影

吽形の狛猿_H25.12.10撮影
新日吉神宮の阿吽の狛猿 H25.12.10撮影

三年半前に当ブログでご紹介した東山の新日吉神宮(いまひえじんぐう)の狛猿も、同じ理由で金網に入れられていました。こちらでは"阿吽"で対になっています。

赤山禅院の猿_H26.06.26撮影
赤山禅院の猿 H26.06.26撮影

当分記事にできないと思うので、ついでに今回ご紹介すると、御所の表鬼門の方角にある、左京区修学院の赤山禅院の拝殿の屋根の上に居る猿も金網に入れられていて、猿が辻の猿と向き合っていると言われています。(なおこちらのサイトでは正確には向き合っていないことを検証しています。)

京都御所・猿が辻_H29.06.26撮影
京都御所・猿が辻 H29.06.26撮影

北側から見た猿が辻の周辺。1863(文久3)年攘夷派急先鋒の過激公卿、姉小路公知が暗殺(猿が辻の変)されたのが、この辺りです。暗殺の現場になるような人気のない場所だったので、何かあると猿が抜け出して悪さをしたと言われていたのでしょう。

京都御所・北西と南西の角_H29.06.26撮影
京都御所・北西と南西の角 H29.06.26撮影

最後に確認のために、残りの筑地の角の部分を撮影しておきました。南東の角と同じく角が欠けていません。これで北東だけが欠けていることがわかると思います。

H29.06.26訪問

京都御苑(環境省のHP):京都府京都市上京区京都御苑(アクセス/苑内案内図)

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2017.09.12 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【動】京都の動物

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