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    【鳥】奇妙な形をした鳥居

    カテゴリ【鳥】:京都の鳥居
    ~京都にある珍しい鳥居や特徴的な鳥居をピックアップします。


    ミニブログコーナー:先日、桑田さんのライブを見に東京ドームへ行ってきました。アリーナで2塁ベースのあたりでしたよ。"〇〇〇〇〇〇"からの"〇〇〇〇〇〇〇"は鳥肌モノでした。私はセトリは知りたくない方なので、伏字にさせてもらいましたが、ファンならわかっちゃうかな。
    今回は、京都三珍鳥居の最後の一つ、蚕の社(かいこのやしろ)の三柱鳥居(みはしらとりい)を御紹介すべく、嵐電で蚕ノ社駅へやってきました。蚕ノ社の三柱鳥居は今まで記事にしようと何度も訪問していましたが、その都度記事にするチャンスを失っておりました。

    蚕ノ社・駅近くの石鳥居_H29.06.27撮影
    駅近くの石鳥居 H29.06.27撮影

    駅を降りると目の前は三条通り、嵐電の線路はここから四条大宮に向かって三条通りの上を走っていきます。線路に沿って50mも進むと、北側に進む道に6~7mはあろうかと思われる1934(昭和9)年の銘の入る大きな石鳥居が目に入ってきました。

    蚕ノ社・石鳥居脇の石灯籠_H29.06.27撮影
    石鳥居脇の石灯籠 H29.06.27撮影

    石鳥居の扁額や鳥居脇の石灯籠には"蚕養神社(こがいじんじゃ)"と刻まれています。これは、蚕の社の境内社である"蚕養神社"のことを指し、それが駅名にもなった"蚕の社"の通称の由来となっています。元々は、古代に渡来人として、この地、太秦(うずまさ)で大きな勢力をもった"秦氏"の養蚕・機織・染色技術に関わる神社なのでしょう。

    蚕ノ社の森_H29.11.03撮影
    蚕ノ社の森 H29.11.03撮影

    石鳥居の下を進むと通り沿いは、数軒の飲食店や住宅が並ぶ静かな地方のごく小さな町の趣きです。300m程進んだセブンイレブンのある変形十字路の一角に、蚕ノ社のこんもりとした森が現れました。

    蚕ノ社・木の鳥居_H27.04.24撮影
    木の鳥居 H27.04.24撮影

    入り口に立つ黒ずんだ丸太の神明鳥居は、それほど古いものでは無さそうですが、この神社の格と気品を感じさせます。

    蚕ノ社・木嶋坐天照御魂神社の石碑_H29.06.27撮影
    木嶋坐天照御魂神社の石碑 H29.06.27撮影

    鳥居の脇には、蚕ノ社の正式名称である"木嶋坐天照御魂神社(このしまにますあまてるみたまじんじゃ)"の碑が建っています。舌を噛みそうな名前ですが、京都検定受験の時には覚えるのに苦労しました。蚕の社以外の通称では、木嶋神社(木島神社 このしまじんじゃ)とよばれています。

    蚕ノ社・石柱と石燈籠_H29.06.27撮影
    石柱と石灯籠 H29.06.27撮影

    隣には蚕神社の石碑、石灯籠には蚕養社と刻まれています。

    蚕ノ社・境内_H29.06.27撮影
    境内 H29.06.27撮影

    渡来人の秦氏に所縁があるといわれる通り、京都の神社の中でも古い時代、平安遷都以前に創建された神社で、604(推古12)年に創建されたとの説もあります。一方、参道の脇には保育園があり、日中は無邪気な子供の声が響きます。

    蚕ノ社・舞殿_H27.06.27撮影
    舞殿 H27.06.27撮影

    鳥居から一直線、社務所や蔵の前を通り過ぎると、舞殿に行きあたります。舞殿から先は、木々の葉に覆われて空が見えなくなります。そのせいで辺りは少し暗くなるのですが、それが否が応でもこの場所の神秘的な感じを引き立てています。私は京都の神社の中では、ここが最も神秘的な印象をもっています。

    蚕ノ社・拝殿_H27.06.27撮影
    拝殿 H27.06.27撮影

    舞殿の向こうの小さな石段を上がったところが拝殿です。本殿は位置的に撮影が難しいのですが、本殿の祭神は天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)、大国魂神(おおくにたまのかみ)、穂々出見命(ほほでみのみこと)、鵜茅葺不合命(うがやふきあえずのみこと)、瓊々杵尊(ににぎのみこと)の五神となっています。古くから雨乞いの神社としても信仰されていました。

    蚕ノ社・本殿と蚕養神社_H29.11.03撮影
    本殿(左)と蚕養神社(中央) H29.11.03撮影

    こちらが蚕の社の名の由来にもなっている蚕養神社です。本殿の向かって右に、本殿と並んで建っています。拝殿の内側にあり、東本殿とよばれていることで、この養蚕神社が重要な位置を占めていることがわかりますが、由来はよくわかっていないそうで、祭神は保食神、蚕の神、木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)となっています。

    蚕ノ社・珍鳥居前に建つ鳥居_H27.04.24撮影
    珍鳥居前に建つ鳥居 H27.04.24撮影

    今回の珍鳥居は舞殿の脇の小さな木製鳥居を抜けた先、元糺(もとただす)の池の中にあります。元糺の池では、夏の土用の丑の日に足浸け神事が行われます。この日、この池に足をつけると諸病に効くという伝承があるのです。

    蚕ノ社・元糺の池(手前)_H29.06.27撮影
    元糺の池(手前部分) H29.06.27撮影

    現在、元糺の池は水がありません。神社の方に伺ったところ、神事の際は地下水をポンプでくみ上げて、池に水を張っているそうです。20年くらい前はコンコンと水が湧いていたのだとか。元糺の池は竹柵で二つに分けれれており、池の手前側はちょっとした幼稚園のプールくらいの深さでしょうか。ここからさらに出ている水路は神社の正面をぐるりとまわり、社務所の裏まで続いています。

    蚕ノ社・元糺の池(奥側)_H29.06.27撮影
    元糺の池(奥側) H29.06.27撮影

    少し見えていますが、この御幣をつけた竹柵の向こうに、今回の三柱鳥居が鎮座しています。いつ頃からあるものかは不明ですが、現在のものは享保年間に修復されたものだそうです。

    蚕ノ社・三柱鳥居_H29.06.27撮影
    三柱鳥居 H29.06.27撮影

    竹柵の隙間から撮影してみました。八の字型の池の真ん中に奇妙な三本柱の鳥居が鎮座しています。鳥居の真下には石が積まれ、真ん中に御幣が。何やらただならぬ雰囲気が感じられます。

    蚕ノ社・三柱鳥居_H29.06.27撮影
    三柱鳥居 H29.06.27撮影

    渡来人の秦氏が景教(古代キリスト教の一派)を日本に伝えたのではないかという説から、この三柱はキリスト教の三位一体を表しているのではないかという考え方もあるそうです。こちらのHPでは、三柱鳥居の場所と方角について面白い分析をされています。

    蚕ノ社・三柱鳥居の下部_H29.06.27撮影
    三柱鳥居の下部 H29.06.27撮影

    枯れた池にぽつねんと立つ不可思議な鳥居ですが、水があればさらに神秘さが増していることと思います。鳥居の下の、この石組の下からポンプで水をくみ上げているそうです。

    蚕ノ社・三柱鳥居_H29.06.27撮影
    三柱鳥居 H29.06.27撮影

    訪れたのはいずれも春夏の時期、池は森の木々に覆われていますが、三柱の上にはさらに深く覆い被さり、何かからこの鳥居を守っているように感じました。ちなみに日中でも、一眼レフでこの鳥居を撮影すると写真がぶれることが多いのも不思議な気がします。(単に私の撮影技術の問題だと思いますが。掲載の写真は全てスマホで撮影しています。)

    三囲神社_H29.11.18撮影
    三囲神社 H29.11.18撮影

    余談になりますが、呉服屋から財を成した三井家は、布に関わる技術を守護する蚕の社を篤く信仰していました。江戸期に松坂から進出した三井家は、江戸では向島の三囲神社を崇敬することとなります。"三囲"が"三井"の"井"の字を"□"で囲っていることから、"三井を護る"と解釈されたのです。

    三囲神社・三柱鳥居_H29.11.18撮影
    三囲神社・三柱鳥居 H29.11.18撮影

    現在も"三囲(みめぐり)神社"の中には、この鳥居を模した三柱鳥居が置かれています。説明には"三角石鳥居 三井邸より移す。原形は京都太秦・木島神社にある。"とはっきりと書かれています。鳥居の真下には井戸が置かれていました。

    三囲神社・顕名霊社_H29.11.18撮影
    三囲神社・顕名霊社 H29.11.18撮影

    ネット上では(wikipediaでも!)三井家の家祖を祀る顕名霊社が今でも蚕の社にあることになっていますが、三井広報委員会こちらのHPによると、顕名霊社は現在東京の三囲神社内に移されていると書かれています。東京の三井北家邸取り壊しと共に、1994(平成6)年にこの地へ、三柱鳥居と共に移ってきたようです。

    蚕ノ社・椿丘大明神の入り口_H27.04.24撮影
    椿丘大明神の入り口 H27.04.24撮影

    蚕の社の話に戻りましょう。最後にもう一つ、この神社の神秘的なスポットをご紹介します。神社の入り口に近い側の蔵の脇を入った所が、椿丘大明神と呼ばれる一角です。元糺の池から水を引く水路を渡る橋を渡ります。

    蚕ノ社・椿丘大明神入口_H29.06.27撮影

    石鳥居をくぐるとと、四つの社と一つの塚で構成されているスペースが現れます。こちらも、昼でも何となく薄暗く奇妙な感覚にとらわれる場所です。

    蚕ノ社・椿丘大明神・白清社外観_H29.06.27撮影
    椿丘大明神・白清社外観 H29.06.27撮影

    一番奥の、白清社は石を積んだ"かまくら"のような洞穴の中に社が置かれています。薄暗い中にぼんやり見える社は恐怖さえ感じてしまいます。

    蚕ノ社・椿丘大明神・白清社内部_H29.06.27撮影
    椿丘大明神・白清社内部 H29.06.27撮影

    石室の中で狐を従えているのが白清稲荷です。ここから南に700mほどの所にある秦氏に所縁の天塚古墳から、伯清稲荷大明神を移築したため、このような造りになりました。伯清稲荷は養蚕稲荷ともよばれていて、ここでも秦氏、養蚕の深い関係が浮き彫りになっています。

    H27.4.24、H29.06.27他取材
    蚕ノ社(木嶋坐天照御魂神社):京都府京都市右京区太秦森ケ東町50番地(地図)

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    テーマ:京都 - ジャンル:地域情報

    2017.11.21 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【鳥】京都の鳥居

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