FC2ブログ

    【石】但称の石仏を巡る~その2 山科・本圀寺

    カテゴリ:【石】京都の石仏~雨の日も風の日も京の街を山を水辺を護り続ける"いしぼとけ"達


    ミニブログコーナー:趣味のアジサイなんですが、今年は暑くなったのが早いせいか、2度も水を切らしてしまい、2鉢、せっかくついた花を枯らしてしまいました。年に一度の楽しみな月なのに残念です。その後、今度は天気が不安定なせいか、色づきも悪い。今年はもうあきらめました。挿し枝も気がのらないので、今年は楽にできる水挿しにしようと思います。
    本圀寺の赤い橋_H31.02.09撮影
    本圀寺の赤い橋 H31.02.09撮影

    因幡薬師に続いて、山科にある本國寺(ほんこくじ)へ向かいました。日蓮が鎌倉に開いた法華堂を起源とする日蓮宗の大本山です。東西線の御陵駅から住宅地を抜けて山を登っていくと、下界と聖域とを隔てるような真っ赤な橋があります。この先が目的の本圀寺です。

    本圀寺・九頭龍銭洗弁財天_H31.02.09撮影
    本圀寺・九頭龍銭洗弁財天 H31.02.09撮影

    境内に入って、大本堂の向かって右隣にある本師堂のさらに右側辺りに、九頭龍銭洗弁財天があります。金の扁額がある赤い鳥居です。ちなみに数年前までは、この鳥居全体が金色でした。本圀寺はかつて境内のあちらこちらに金色の装飾が用いられていましたが、2013(平成25)年以降、改められているそうです。

    本圀寺・九頭龍銭洗弁財天_H31.02.09撮影
    本圀寺・九頭龍銭洗弁財天 H31.02.09撮影

    鳥居の向こうには石灯籠に巻き付く黄金の龍、こちらが九頭龍銭洗弁財天です。その名の通り、金運、財運にご利益があり、龍の口から流れる霊水でお金を洗うというのは、皆さまご存じの通りです。こちらは金色でもあまり違和感はありません。

    本圀寺・勢至菩薩像_H31.02.09撮影
    本圀寺・勢至菩薩像(高さ136cm) H31.02.09撮影

    九頭龍弁天の前を護るように、但称の作った石仏が2体安置されています。向かって左が勢至菩薩です。勢至菩薩は阿弥陀三尊の右脇侍として作られることが多く、合掌している姿で表現されます。

    本圀寺・勢至菩薩像_H31.02.09撮影
    本圀寺・勢至菩薩像 H31.02.09撮影

    やはり、但称の作品らしく、ずんぐりした体型でふくよかな顔立ちをしています。表情はとても穏やか、目立った損傷はあまりありませんが、手足の指先が摩耗している状態です。

    本圀寺・勢至菩薩像横から_H31.02.09撮影
    本圀寺・勢至菩薩像横から H31.02.09撮影

    横から見ると、やや小腰をかがめた前傾姿勢であることがわかります。高さは約136センチで、もう一体より一回り大きなサイズで、4頭身くらいでしょうか。また、左耳と右肩から胸が白く変色しているのが目立ちます。

    本圀寺・勢至菩薩像背後から_H31.02.09撮影
    本圀寺・勢至菩薩像背後から H31.02.09撮影

    背後に回って見ると、像の下部、裳(も)の裾の部分に銘が入っているのが確認できます。背後にも白く変色した部分がありました。

    本圀寺・勢至菩薩像の裏側の銘_H31.02.09撮影
    本圀寺・勢至菩薩像の裏側の銘 H31.02.09撮影

    銘には"願主樋口平太夫家次(花押)" "作者 但称(称は旧字)(花押)"とはっきり彫られていました。また、銘の周辺には赤錆のような色が浮き出しています。本小松石は原石の状態では、表面が酸化し赤褐色だそうです。研磨によって緑がかった灰色になるそうですが、作成当時の研磨技術の問題でしょうか。

    本圀寺・十一面観音像_H31.02.09撮影
    本圀寺・十一面観音像(高さ127cm) H31.02.09撮影

    向かって右が十一面観音像です。もちろんこちらも但称仏の特徴を備えていますが、見ようによっては下腹部が少し出ているようにも見えます。勢至菩薩同様に白い変色が点々とありました。

    本圀寺・十一面観音像・両手_H31.02.09撮影
    本圀寺・十一面観音像・両手 H31.02.09撮影

    こちらは損傷が激しく、左手は指先が欠け、右手は手首からありません。右手首には穴が開けられていますが、棒状のものを使って補強していた時期があったのでしょうか。

    本圀寺・十一面観音像・頭部_H31.02.09撮影
    本圀寺・十一面観音像・頭部 H31.02.09撮影

    頭部も摩耗、破損が進んでいますが、頭の周りに10面と頭頂に2面の顔があるのが確認できます。頭頂には破損している部分にもう2面顔があったと思われます。ちなみにwikipediaの十一面観音の項で顔については「通例、頭上の正面側に柔和相(3面)、左側(向かって右)に憤怒相(3面)、右側(向かって左)に白牙上出相(3面)、背面に大笑相(1面)、頭頂に仏相を表す」と説明されています。

    本圀寺・十一面観音像・裏側_H31.02.09撮影
    本圀寺・十一面観音像・裏側 H31.02.09撮影

    裏側に回ると背中の中央から下にかけて、はっきりと銘が入っているのがわかります。本國寺の但称仏は2体とも、因幡薬師のもののように銘が消されていたりはしていませんでした。

    本圀寺・十一面観音像・裏側の銘_H31.02.09撮影
    本圀寺・十一面観音像・裏側の銘 H31.02.09撮影

    銘の内容は"願主樋口平太夫家次(花押)" "作者 但称(称は旧字)(花押)"で勢至菩薩のものと同じです。こちらも銘の部分に赤錆のような色が浮き出ています。

    本圀寺・勢至菩薩と十一面観音像_H31.02.09撮影
    本圀寺・勢至菩薩と十一面観音像 H31.02.09撮影

    1978(昭和53)年出版の「京の石仏」によると、1975(昭和50)年の時点では、本圀寺の中で山積みにされた石材の中にこの二仏があったと記載されています。掲載されている二仏の写真を見ると、現在と違って台座がくっついているような形で置かれていました。背景ははっきり写っていませんが、場所も別の場所のようです。

    堀川警察署_Wikipedia
    堀川警察署(2012(平成24)年廃止) Wikipediaより

    こちらのHPによると、1961(昭和46)年に本圀寺が堀川六条から現在地の山科に移転する際に、堀川警察署裏手の墓地に、御室の蓮華寺から無くなった石仏二体が置かれていることが知られていたそうで、これが盗品であることは本圀寺も知っていたというのです。移転前の本圀寺は、現在の西本願寺の北側、現在の聞法会館のある場所にありました。

    旧堀川警察周辺地図 *柿本町568の地点が堀川警察署跡地

    旧堀川警察署はそこから北へ500mほどなので、本圀寺に因縁のあるものが裏手の墓地に隠されていてもおかしくはありません。堀川警察の裏手がどこを指すのかがあいまいですが、すぐ裏は本圀寺の塔頭・智光院、堀川警察署のあるブロックから猪熊通を挟んだ西は妙恵会墓地で、現在も本圀寺の塔頭寺院が管理している墓地でもあります。

    妙恵会墓地

    そもそも鎌倉期に起源をもち、1345(貞和元)年に堀川六条に移転した由緒ある古刹が山科に移転した理由は、昭和30年代に本圀寺が衰微して借財や訴訟により六条堀川の土地を売却したためです。貴重な仏像や美術品が関係者によって勝手に売却されるなど、モラルハザードを起こしている状態であったので、盗品である石仏を扱うことなど朝飯前だったでしょう。

    因幡薬師・毘沙門天と金剛夜叉明王_H31.02.08撮影
    因幡薬師・毘沙門天と金剛夜叉明王  H31.02.08撮影

    前回の因幡薬師の但称仏の記事では「昭和より前の時代に売買の対象としてどこかから4体移されてきて、今2体残っている。」という住職の証言がご紹介しました。ということは、御室の蓮華寺から盗まれた4体の石仏が、一旦、因幡薬師に置かれ、その後、本圀寺側に2体が渡ったということでしょうか。そのような経緯があれば、出所を隠すために因幡薬師の金剛夜叉明王の銘が埋められていたことも説明がつきます。

    佐野精一著「京の石仏」
    佐野精一著「京の石仏」

    さきほど引用させて頂いたHPの作成者は、病床にある「京の石仏」の著者の佐野精一氏から、これらが盗品であったという真相を聞いたそうです。私もこの本を入手して読みましたが、佐野氏がいいかげんな憶測を言う人物とも思えませんし、他にも盗まれた石仏の真相を見破った事実も書かれていました。(続く)

    注:盗品とは言いますが、百年近く前の話です。現在の因幡薬師や本圀寺が盗難に関わっているということではありませんので、その辺はご理解下さい。


    参考文献:
    「京の石仏」 佐野精一 1978(昭和53)年 サンブライト出版
    樋口平大夫と但称の作善」 川勝政太郎 1974(昭和49)年大手前女子大学論集8号
    「品川歴史館特別展 大井に大仏がやってきた-養玉院如来寺の歴史と寺宝」 品川区立品川歴史館 2013年発行
    ブログ「のんびり生きよう」 但唱上人の足跡(年表) 2013.11.04
    ブログ「のんびり生きよう」 京都 因幡堂(平等寺) 2014.11.11
    写真少年漂流記の旧サイト 続・蓮華寺から流失した石仏の謎 2010.11.4
    大光院本圀寺:京都市山科区御陵大岩6(WEB/MAP
    H31.06UP

    関連記事
    スポンサーサイト

    テーマ:京都 - ジャンル:地域情報

    2019.06.09 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【石】京都の石仏

    «  | HOME |  »

    タイムライン

    リンク


    京都市 ブログランキングへ

    にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 京都(市)情報へ
    にほんブログ村

    都の商売人様バナー
    都の商売人様運営サイト
    “空想の匣”

    プロフィール

    SOULKYOTO

    Author:SOULKYOTO
    東京生まれの東京育ち、でも魂は京都人
    自称・勝手に京都観光大使

    全記事表示リンク

    全ての記事を表示する

    カテゴリ

    カレンダー

    07 | 2019/08 | 09
    - - - - 1 2 3
    4 5 6 7 8 9 10
    11 12 13 14 15 16 17
    18 19 20 21 22 23 24
    25 26 27 28 29 30 31

    検索フォーム

    ブロとも申請フォーム

    この人とブロともになる

    QRコード

    QR