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    【石】但称の石仏を巡る~その3 御室・蓮華寺①

    カテゴリ:【石】京都の石仏~雨の日も風の日も京の街を山を水辺を護り続ける"いしぼとけ"達


    ミニブログコーナー:昨日、ずっと行きたかった神保町の古本屋街へ行ってきました。目的はサザンの古い雑誌などを物色するためです。結果80年代のツアーパンフを始め、貴重な資料を何点か手に入れることが出来ました。今回は2店しか回れませんでしたが、時間のある時にまたゆっくり行ってみたいですね。
    仁和寺・二王門_H31.02.09撮影
    仁和寺・二王門 H31.02.09撮影

    前回までの記事で因幡薬師山科の本圀寺にある但称は、御室の蓮華寺から盗み出されたものであることがわかりました。私は但称の作成した五智如来を始めとする石仏群があるという御室へ向かいました。

    蓮華寺・入口_H31.02.09撮影
    蓮華寺・入口 H31.02.09撮影

    蓮華寺はそれほど大きな寺院ではありませんが、真言宗御室派の別格本山という格式の高い寺院で、京都では土用の丑の日に行われるきゅうり封じでよく知られる寺院です。仁和寺の東門から細い道路を1本挟んだ反対側に入り口があり、仁和寺の駐車場脇のスロープを昇って行きます。

    蓮華寺・五智如来像_H31.02.09撮影
    蓮華寺五智如来像 H31.02.09撮影

    スロープを上がるとすぐに見えてくるのは、本堂を護るかのように、境内の中央で静かに鎮座する五智如来像。密教の根本仏である、大日如来を中心とした五体の石仏が並ぶ光景はなかなか壮観です。後ろには、更に石仏石像十一体が並びます。この石仏群は京都市内では深草の石峰寺と並ぶ大規模なものです。

    蓮華寺・五智如来像_H31.02.09撮影
    蓮華寺・五智如来像 H31.02.09撮影

    五智如来は向かって右から薬師如来、宝生如来、大日如来、阿弥陀如来、釈迦如来の順に並んでいます。ぐるりと生垣に囲まれていて、石仏のすぐそばまで寄ることはできません。

    蓮華寺・五智如来像_H31.02.09撮影
    蓮華寺・五智如来像 H31.02.09撮影

    私の視力の問題でで銘は確認できなかったのですが、品川区立品川歴史館発行の「品川歴史館特別展 大井に大仏がやってきた-養玉院如来寺の歴史と寺宝」によると、5体とも背面の左腰下に"作但称(花押)"の銘が入っているそうです。

    蓮華寺・本堂_H31.02.09撮影
    蓮華寺・本堂 H31.02.09撮影

    蓮華寺は1057(天喜5)年に後冷泉天皇の勅願によって、藤原康基が開創しました。応仁の乱に巻き込まれ、鳴滝音戸山の山上に移されましたが、寺はその後、長期に渡り荒廃します。

    五智如来像他諸石像遷座記_H31.02.09撮影
    五智如来像他諸石像遷座記 H31.02.09撮影

    その後、伊勢出身で元は江戸の豪商であった常信という僧が、1641(寛永18)年)に蓮華寺を再興しました。この常信こそが、因幡薬師と本圀寺の但称仏に名前があった樋口平太夫家次という人物です。

    大坂夏の陣図屏風(一部)_Wikipediaより
    大坂夏の陣図屏風(一部) Wikipediaより

    平太夫についての詳しい史料は伝わっていませんが、蓮華寺の寺伝を要約すると、彼は豊臣家に仕えていましたが、主家滅亡後は海外へ出国します。その後、出国が罪に問われ、同志は悉く罪に問われますが、平太夫一人が死を免れ、江戸に出たとあります。

    蓮華寺・五智如来像・薬師如来_H31.02.09撮影
    蓮華寺・五智如来像・薬師如来 H31.02.09撮影

    平泉の中尊寺に平太夫が奉納した金札が残っていますが、そこには日本橋材木町在住の記載があります。その後の彼の生涯を考えると、平太夫はかなり裕福な材木商であったと考えられます。

    蓮華寺・五智如来像・宝生如来_H31.02.09撮影
    蓮華寺・五智如来像・宝生如来 H31.02.09撮影

    その後、常に心の休まることのなかった平太夫は、殺されてしまった同志に対する冥福の思いから出家して、心翁常信居士と名乗り、諸国遍路の旅に出ます。やがて1635(寛永12)年にこの地に入り、蓮華寺の荒廃を知り6年をかけて蓮華寺を再興しました。

    蓮華寺・五智如来像・大日如来_H31.02.09撮影
    蓮華寺・五智如来像・大日如来 H31.02.09撮影

    寺院の再興と同時にこの石仏群も、平太夫が但称に作成を依頼、但称は信州・浅間・紀州那智三山でそれぞれ百日の荒行を行い、石仏群を完成しました。

    蓮華寺・五智如来像・阿弥陀如来_H31.02.09撮影
    蓮華寺・五智如来像・阿弥陀如来 H31.02.09撮影

    1928(昭和3)年に、音羽山の山上から蓮華寺は現在の場所に移され、1958年(昭和33)年、山中のあちこちに離散していた仏像がこの場所に集められました。

    蓮華寺・五智如来像・釈迦如来_H31.02.09撮影
    蓮華寺・五智如来像・釈迦如来 H31.02.09撮影

    五智如来は一体も欠けることなくこの場所に集められました。現在も外観に、それほど大きな損傷等も見受けられません。1928(昭和3)年移動の際には、大日如来の台座の下から、平太夫の写経等が発見されています。(続く)
    参考文献:
    「京の石仏」 佐野精一 1978(昭和53)年 サンブライト出版
    樋口平大夫と但称の作善」 川勝政太郎 1974(昭和49)年大手前女子大学論集8号
    「品川歴史館特別展 大井に大仏がやってきた-養玉院如来寺の歴史と寺宝」 品川区立品川歴史館 2013年発行
    ブログ「のんびり生きよう」 但唱上人の足跡(年表) 2013.11.04
    ブログ「のんびり生きよう」 京都 因幡堂(平等寺) 2014.11.11
    写真少年漂流記の旧サイト 続・蓮華寺から流失した石仏の謎 2010.11.4
    広沢池十一面千手観音像奇譚
    五智山蓮華寺五智如来像他諸石像遷座記(蓮華寺境内の石碑)

    五智山蓮華寺: 京都市右京区御室大内20(WEB/MAP)
    蓮華寺は左京区にもありますのでご注意下さい。

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    テーマ:京都 - ジャンル:地域情報

    2019.06.23 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【石】京都の石仏

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