FC2ブログ

    【石】但称の石仏を巡る~その3 御室・蓮華寺②

    カテゴリ:【石】京都の石仏~雨の日も風の日も京の街を山を水辺を護り続ける"いしぼとけ"達


    ミニブログコーナー:今回の但称仏の記事は、魂京都にしては桑原町以来の大作になっています。いかがでしょうか。ネットを見る限りでは、但称仏のことを書いた記事の中で、一番写真の多い記事ではないかと自負しています。そして先週はとうとう、東京の養玉院如来寺にも取材に行ってきました。但称仏の記事は、他の小ネタも挟みつつもうしばらく続きます。お付き合い下さい。
    蓮華寺・後列の石仏群_H31.02.09撮影
    蓮華寺・後列の石仏群 H31.02.09撮影

    後列には、様々な形態の十一体の石仏群が並びます。こちらも周りを生垣で囲われていますが、像によっては、後ろから銘が確認できました。どれも大きな破損はありませんが、指先や法具など細かいものは磨耗していたり、石質の変化もあって相応の年季を感じます。

    蓮華寺・後列の石仏群_H31.02.09撮影
    蓮華寺・後列の石仏群 H31.02.09撮影

    因幡薬師の住職の証言によると、但称仏四体が因幡薬師にやってきたのは、昭和より前の時代ということなので、現在、因幡薬師、本圀寺にある四体の石仏が持ち出されたのは、現在の蓮華寺からではなく、音羽山の山中からと考えられます。

    蓮華寺・石仏群・尼形坐像_H31.02.09撮影
    蓮華寺・石仏群①・尼形坐像 H31.02.09撮影

    後列の石仏群を、向かって右側から紹介します。合掌している尼の坐像は平太夫の母、妙珍です。顔が大分摩耗していますが、女性らしい穏やかな表情をしているように見えました。台座の表側に銘があり"母妙珍 樋口平大夫家次(花押)"と刻まれています。

    蓮華寺・石仏群・地蔵立像_H31.02.09撮影
    蓮華寺・石仏群・地蔵立像② H31.02.09撮影

    右手に錫杖、左手に宝珠を持つ地蔵菩薩立像です。背面には"樋口平大夫家次(花押) 作但称(花押)"との銘があります。但称仏の首が無い、撫で肩という特徴がよく表れています。

    蓮華寺・石仏群・地蔵立像の銘_H31.02.09撮影
    蓮華寺・石仏群・地蔵立像②の銘 H31.02.09撮影

    背面の銘の"平太夫家"と"但称"の文字を写真に収めることが出来ました。

    蓮華寺・石仏群・僧形坐像_H31.02.09撮影
    蓮華寺・石仏群・僧形坐像③ H31.02.09撮影

    台座の表側に"天正十三 三月 父梅岳 道春 樋□ 平大夫 家次 立之"とあることから、これは平太夫の父の像です。おそらく天正13(1585)年は、梅岳が亡くなった年と思われますが、これら諸像が作成されたのが寛永18(1641)年で56年の年の開きがあります。平太夫の諱は家次なので、梅岳が相当年を取ってから生まれた子供なのでしょうか。

    蓮華寺・石仏群・聖観音坐像_H31.02.09撮影
    蓮華寺・石仏群・聖観音坐像④ H31.02.09撮影

    光背の裏側に"願主岡村庄兵衛清之(花押)  寛永十八天陛作但称(花押)"の銘があり、但称の作品になります。こちらも、全体的に但称仏らしさがよくわかる作品です。

    蓮華寺・石仏群・聖観音坐像の銘_H31.02.09撮影
    蓮華寺・石仏群・聖観音坐像④の銘 H31.02.09撮影

    "願主岡村庄兵衛清之(花押) "が確認できます。調べてみたのですが、岡村庄兵衛という人物についてはよくわかりません。私の想像になりますが、平太夫と親しかった地域の有力者だったのではないでしょうか。

    蓮華寺・石仏群・僧形坐像_H31.02.09撮影
    蓮華寺・石仏群・僧形坐像⑤ H31.02.09撮影

    これが常信・樋口平太夫の像であるようですが、銘などは特にありませんでした。平太夫の姿を伝える唯一の像と思われます。

    蓮華寺・石仏群・地蔵立像_H31.02.09撮影
    蓮華寺・石仏群・地蔵立像⑥ H31.02.09撮影

    後列の中央にある像です。他のものよりも、ひと際高い像のため中央に置かれたと思われます。光背の背面には"寛永十八辛巳年 願主本国伊勢之生武州江戸住樋口平大夫家次(花押) 月日造立之作但(花押)"とあり、但称の作品です。

    蓮華寺・石仏群・地蔵立像の銘 H31.02.09撮影

    蓮華寺・石仏群・地蔵立像の銘 H31.02.09撮影

    蓮華寺・石仏群・地蔵立像の銘 H31.02.09撮影
    蓮華寺・石仏群・地蔵立像⑥の銘 H31.02.09撮影

    この像は"辛巳年"と"願主本国伊勢之生武州江戸住樋口平大夫家次(花押)"の部分を写真に収めることができました。


    蓮華寺・石仏群・僧形坐像_H31.02.09撮影
    蓮華寺・石仏群・僧形坐像⑦ H31.02.09撮影

    台座の表側に"願主 心翁常信 仏性院 但唱上人 弟子 林貞作"とあり、弟子の林貞が作った但称の像であることがわかります。林貞の但称像は、東京の養玉院如来寺にもあります。

    蓮華寺・石仏群・僧形坐像_H31.02.09撮影
    蓮華寺・石仏群・僧形坐像⑧ H31.02.09撮影

    右手に密教の法具である五鈷杵(ごこしょ)、左手に数珠を持つ僧形の坐像です。特に空海であることを示す銘はありませんが、持ち物からこの像は弘法大師像と判断されたのだと思われます。

    蓮華寺・石仏群・僧形坐像の銘_H31.02.09撮影
    蓮華寺・石仏群・僧形坐像⑧の銘 H31.02.09撮影

    背面には"願主樋口平太夫家次(花押) 願主但称(花押)"の銘が確認できます。

    蓮華寺・石仏群・僧形坐像_H31.02.09撮影
    蓮華寺・石仏群・僧形坐像⑨ H31.02.09撮影

    左手に払子(ほっす)を持つ僧の像ですが、誰なのかはわかりません。蓮華寺に関連する人物であることが想像できます。

    蓮華寺・石仏群・優婆塞形坐像_H31.02.09撮影
    蓮華寺・石仏群・優婆塞形坐像⑩ H31.02.09撮影

    頭巾をかぶる役行者像です。銘はありませんが、役小角像は頭巾を被った老人の姿で表現されることが多いようです。

    蓮華寺・石仏群・僧形坐像_H31.02.09撮影
    蓮華寺・石仏群・僧形坐像⑪ H31.02.09撮影

    こちらも僧形ですが、誰の像かはわかりません。個人的には、蓮華寺にある僧形の人物像は、弟子の林貞が作った但称像を除いて但称仏の特徴が出ていないように思われました。弟子との合作や名義のみというものもあるのでしょうか。以上、各像の名称や銘については、石像美術研究の第一人者であった、故川勝政太郎氏の論文「樋口平大夫と但称の作善」を参照させて頂きました。(続く)
    参考文献:
    「京の石仏」 佐野精一 1978(昭和53)年 サンブライト出版
    樋口平大夫と但称の作善」 川勝政太郎 1974(昭和49)年大手前女子大学論集8号
    「品川歴史館特別展 大井に大仏がやってきた-養玉院如来寺の歴史と寺宝」 品川区立品川歴史館 2013年発行
    ブログ「のんびり生きよう」 但唱上人の足跡(年表) 2013.11.04
    ブログ「のんびり生きよう」 京都 因幡堂(平等寺) 2014.11.11
    写真少年漂流記の旧サイト 続・蓮華寺から流失した石仏の謎 2010.11.4
    広沢池十一面千手観音像奇譚
    五智山蓮華寺: 京都市右京区御室大内20(WEB/MAP)
    同名の蓮華寺は左京区にもありますので、訪問の場合はご注意下さい。

    H31.06UP

    関連記事
    スポンサーサイト



    テーマ:京都 - ジャンル:地域情報

    2019.06.30 | | Comments(0) | Trackback(0) | 【石】京都の石仏

    «  | HOME |  »

    タイムライン

    リンク

    trip-partner197
    Trip-Partner
    ぷらたび


    京都市 ブログランキング

    にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 京都(市)情報へ
    にほんブログ村

    都の商売人様バナー
    都の商売人様運営サイト
    “空想の匣”

    プロフィール

    SOULKYOTO

    Author:SOULKYOTO
    東京生まれの東京育ち、でも魂は京都人
    自称・勝手に京都観光大使

    全記事表示リンク

    全ての記事を表示する

    カテゴリ

    カレンダー

    10 | 2019/11 | 12
    - - - - - 1 2
    3 4 5 6 7 8 9
    10 11 12 13 14 15 16
    17 18 19 20 21 22 23
    24 25 26 27 28 29 30

    検索フォーム

    ブロとも申請フォーム

    この人とブロともになる

    QRコード

    QR